よろけながらも、警棒を手にパティオに出た。バカ犬どもめ、またウチのゴミ箱をひっくり返しやがって。ゴミ置き場のドラムが転がる音で僕は目を覚ました。今週になって3回目で、いい加減、私はうんざりしていた。ここの住民は、どうしてバカ犬どもを家に閉じ込めておくことができないのだ? 犬たちは腹をすかしているのは分かる。だが、こんなの馬鹿げてるじゃないか。
音を立てずに裏門を開け、飛び出て、みすぼらしい野良犬どもを懲らしめようと身構え、一気に門を開け、ゴミ置き場にダッシュした。ゴミ入れドラムの横、黒い姿がふたつ見えた。棍棒を振り上げると、僕に気づいたようだ。
「お願い。腹がすいていたんだ」とひとりが言った。「片付けるから、叩かないでくれ!」
犬ではなかった。子供だった。だが、野良犬化した子供なのは確かだった。そこは暗かったので、僕はふたりの首根っこを掴んで、家の庭の防犯灯の元へ引きずった。ふたりを立たせ、まじまじと見た。汚い、ぼろぼろの風体。浮浪者のようだ。よく分からないバギーの服を着て、野球帽を被ってる。冷え込んだ夜だった。ふたりが震えてるのが見えた。
「今週、うちのゴミ缶をひっくり返していたのはお前たちなのか?」
ふたりは顔を見合わせた。「はい。このゴミ缶にはいつもピザとか残ってるから。そのままにしてきて、すみません。もうしないよ。だから、逃がして。もう、迷惑かけない。ちゃんと後片付けするから」
これで許すのは良くないだろう。僕はふたりのシャツを掴んで、ぐいぐい引っ張るようにして、家の中に戻った。バスルームに直行し、ふたりを中に入れ、ドアを閉めた。
「僕が戻ってくるまで、出てくるんじゃないぞ」
僕は寝室に行き、クローゼットから元妻のスウェットパンツ、フード付きウェア、ソックス、それにふかふかの大きなタオルを2枚を取り出し、それを持ってバスルームへ戻り、ドアを開けた。ふたりは窓を開け、そこから逃げ出そうとしていた。
「お前たちは、汚い格好でいるのが好きなのかもしれないが、熱いシャワーを浴びても体に害はないと思うぞ。シャワーにはソープとシャンプーがある。それに、これは清潔な服とタオルだ。服を脱いで、シャワーを浴びることだな」
「別に汚い格好が好きなわけねえし」と大きい方の子供が悪態をついた。「ここみたいなシャワーがねえんだよ。あんた、ずっとそこに立ってるつもりなのか?」
「お前たちが何か盗むかもしれないからな」
「ああ、その通りさ」と小さい方が言った。「あんたのトイレットペーパー、持って帰るかもな。オレたち、泥棒じゃねえし。おじさん、あんた、変態なんだよな? 少女が好きなんだろ?」
僕は唖然とした。よくよく見ると、確かに、汚れの下には女の子の姿が見えた。「ぼ、僕は……。君たちが女だとは知らなかった。ともかく、シャワーを浴びて汚れを落とすんだ。何か食べ物を用意してやろう。きれいになったら、キッチンに来なさい。食べ物をあげるから」
僕はバスルームを出てキッチンに向かった。冷蔵庫を開け、食材を探した。冷たくなったフライドチキン。ポテトサラダがボールの半分ほど。半分食いかけのサラダ。サンドウィッチ用のパストラミとピクルス。フライドチキンをふたり分の皿に分けた。ひと皿あたり3ピース。それぞれの皿にポテトサラダを山盛り。サラダの野菜も盛って、ディップできるようにドレッシングも用意した。それぞれの皿にピクルスとパストラミ・サンドウィッチ。あと、僕自身が食べるためにポテトチップスを盛った。いや、あの子たちも、食べたかったら、食べてもいいだろう。完璧のディナーじゃないか、と思った。あの子たちも、サンドに、ムエンスター・チーズとマヨネーズとマスタードが最高と思ってるといいなと思った。
バスルームのドアが開く音がした。その後、キッチンのドアの向こうで何か囁きあう声が聞こえた。1分ほどした後、ドアが開いた。そして、見たことがないほどの美少女がふたりキッチンに入ってくるのを見た。漆黒の長い髪とオリーブのような肌。緑の可愛いアーモンド形の瞳。高く隆起した頬骨とキュートで可愛い鼻。11歳か12歳くらいの、まだティーンになって間もないような感じに見えるが、元妻のブリアンナの服を着てるので、妙な感じだ。ブリアンナは背が高いが、この子供たちは小柄だ。袖もズボンの裾も捲くっているので、本当に浮浪者みたいに見える。
「椅子を引いて座りなさい。君たちはコーラがいいかな? ジュースや牛乳もあるが」
ふたりとも牛乳を望んだ。「僕はマッケイ・ノースだ」 牛乳を注ぎながら名乗り、牛乳をカウンターの上、ふたりの前に置いた。「飲みなさい」
「あたしはマギー」と大きい方が言った。「マーガレットを短くした名前。この子はストークリイ。本当にこれ全部食べていいの?」
「もっと欲しけりゃ用意するが? 朝になったら作ってやろう。午前2時には料理したくないからな」
「いや、これでいいよ。ありがとう」とストークリイが言った。
マギーは僕のことを疑い深そうな目で見ていた。「何かしてもらおうってことか? あたしたち、イヤらしいことはしないよ」
僕は笑った。「いや、僕もそれは御免だ。君たちのどっちかが何か僕に下心を抱いているようだったら、がっかりするだろうね」
明らかに、ふたりとも僕のユーモアを理解していなかった。「僕は幼い女の子には興味がないよ」
ふたりは僕が「幼い女の子」と言ったことが気に食わないようだったが、ともかく、ふたりは食べ始めた。飢えた動物のような食い方だった。「おい、ほら、もっと落ち着けよ。食べ物は逃げたりしないんだから。チキンはすでに死んでるし、ジャガイモは足が速いわけがない。そんな調子で食べると腹をこわすぞ」
今度はふたりともくすくす笑ってくれて、多少はがつがつしなくなった。「君たちはどこに住んでるんだ?」
「ひとブロック先に空き家があるんだよ」とマギーが言った。「マットレスと上に掛けるものを見つけた。だけど、薬物中毒が入ってくるんじゃないかって心配なんだ。あいつら、空き家だと分かると、すぐに入ってくるから」
「今夜は温かいきれいなベッドで眠りたいか?」
ふたりは、またも怪しむ顔をして僕を見た。
「アハハ。僕のベッドではないよ。予備の寝室が3つある。まあ、確かに予備のベッドも僕のものだが。言っている意味は分かるよね?」
ふたりは引きつった笑い方をした。「あたしたちおカネ持ってないよ」とストークリイが言った。「カネは払えない。空き缶集めはしてるけど、稼いだカネは全部食い物に使うから」
「いや、別におカネを払ってもらうつもりはないさ。カネを払えなんて言ってないだろ?」
「じゃあ、なんで? なんでおじさんはあたしたちにそんなに親切なんだ? マック……」
「呼び方はマックでいいよ。みんなそう呼ぶし」
「どうして親切にふるまってるんだ、マック?」
「別に『ふるまってる』つもりはないが。僕の母親に訊いてみるといいよ。僕は優しい男なんだ」
それを聞いてふたりは笑顔になった。いい笑顔だった。僕はふたりをもっと笑わせたいと思った。「もし、僕が君たちの境遇だったら、やっぱり、誰かに優しくしてもらいたいもんな」
ふたりは僕の言葉の意味を考えたようだった。「そのチップス、少しもらってもいい?」とストークリイが訊いた。僕はポテトチップスの袋をふたりの方へ押した。ふたりともサンドイッチを頬張ってるにもかかわらず、同時に手を伸ばした。僕はポテトチップスはもう充分だ。ふたりは牛乳を飲み干したが、まだ飲み足りない様子。ふたりにお替りの牛乳を注いで上げると、それも一気に飲み干した。驚いたが、ふたりとも皿に盛ったものをきれいに平らげたし、野菜も残らず食べた。本当にお腹がすいていたに違いない。
「もう寝る時間だな。ふたり、それぞれ、自分のバスルームがある。そこの戸棚には歯ブラシやヘアブラシなんかがそろっている。薬棚にはアスピリンや腹痛薬や歯磨き粉やデンタルフロスがある。他に何か必要なものがあったら、言ってくれ」
「ドアに鍵をかけてもいいよね?」とマギーが訊いた。
「もちろん。でも、僕が求めたら、ある程度の時間はドアを開けておくように」
ふたりとも変な顔して僕を見たが、ふと、マギーのありえないほど緑の瞳がきらりと光った。「あたしたちが何か盗むと思ってるんだよ」と彼女は妹に言った。「あたしたち、何も盗まないよ、マック。あたしたちを信じなくてもいいけど、あたしたちもあんたをあまり信頼しないから」
僕は思わず笑いだしてしまった。「オーケー。相互に不信状態でいるわけだ。いいよ。そのうち、僕を信頼できると分かるだろうから。僕はね、美しい女の子を傷つけることなど滅多にないんだよ」
それを聞いて、ふたりともパッと明るい笑顔になった。「美しい」と言った部分に気分を良くしたのだろう。ふたりは僕の後に続いて廊下を進み、部屋に入った。ふたりが入ると鍵を締める音がし、それを聞いて、僕は笑顔になった。
自分の寝室に入り、ベッドに横になった。しばらく眠らずに横になっていた。あの女の子たち、どうしよう? どうして、うちのゴミ缶を漁っていたのだろうか? どうして、ふたりだけでいるのか? 親はどこにいるのか? 明日の朝になったら、その答えを聞くことにしよう。
朝になり、着替えをしてると廊下がきしむ音がした。ドアを少し開けると、あのふたりがリビングの方にこっそりと歩いているところだった。彼女たち出ていくつもりなのかと思い、僕はドアを開けた。ふたりは動きを止めた。
「君たち朝食を食べたくなった?」
ふたりは顔を見合わせた。「あたしたち出て行った方がいいかなと思って。あたしたちを泊めておくとか、そういうつもりじゃないんでしょ?」とマギーが言った。
「つまり、君たちは、僕が君たちを強制的にここに留めるつもりかと?」
ふたりはまた顔を見合わせ、その後、僕に顔を向け、頷いた。
「いや、僕は何も強制しないよ。人に何かを強制するのは僕のルールに反する。でも、僕と一緒に朝食を食べてくれたら良いなと思っているけど?」
ふたりはまたもや顔を見合わせた。「一緒に食べたら、あたしたちを帰らせてくれる?」とストークリイが訊いた。
「そうしたいなら。本当のところは、君たちが今日一日、僕と一緒にいたいと思ってくれたらいいなあと思っているんだ。そうじゃないなら、全然かまわないよ。でも、今日は誰かと会う約束でもあるのかな?」
「ええ、うちの株主との面会があるから」とマギーは笑った。まるでクリスマスツリーのように明るい笑顔だった。「で、朝食は何?(What you going to feed us?)」
「まず、君は今の文でbe動詞を抜かしたね。正しくは、What are you going to feed us?だね」
「あんた英語の先生かなんか?」
「実を言えば、その通り。僕は大学で英文学を教えている」
「はいはい、かっこいいこと! あたしたちは学校なんか行かないもん。忙しすぎて」
「ともあれ、朝食は食べるんだよね? ワッフルとベーコンを考えているけど、君たちは好きかな?」
ふたりとも好きなようだった。そんなわけで3人でキッチンに行き、僕がバターを混ぜている間、ふたりはワッフルアイロンを用意した。僕が800グラム分のベーコンを炒めてる間、ふたりはワッフルを焼いた。僕はちょっとシロップにうるさい。コーヒーにもうるさい。ベーコン炒めの続きはマギーに任せ、僕はコーヒー豆を挽き、パーコレータを設置した。3人の共同作業ですべて完了し、メイプルシロップつきのワッフルが完成した。ふたりとも、コーヒーに入れるクリームはないのかと訊いて僕をがっかりさせた。コーヒーにクリームを入れるような野蛮人とブリアナのためにいくらかクリームは用意していたので、それを与えた。ふたりはバニラ・ヘーゼルナッツも好きだった。多量のベーコンだったが、みんなですべて平らげたし、3人それぞれワッフルを3枚ずつ食べた。
「僕と一緒にいるといい。そうしたら、1週間以内に君たちをカエルみたいに太らせることができるよ」
それを聞いてふたりは声を出して笑った。その笑い声、これまで聞いた音の中で一番素晴らしい音だった。ふたりは飢えた子牛のように牛乳を飲んだ。家の食料貯蔵庫はちょっと拡張しなければならないだろう。
「ところで、マギーとストークリイについて話を聞かせてくれないかな? 君たちに何が起きてるんだ? なんで食べ物を求めて他の人のゴミ箱を漁るようなことをしてるんだ?」
3人でコーヒーの入ったマグカップを手にリビングに移動し、そこでふたりは嘆かずにはいられない話しをしてくれた。彼女たちの父親は自動車工場の作業員だったが、ふたりが幼い時に失業し、それがきっかけで、アルコールを飲んではふたりに暴力を振るうようになってしまった。母親は彼と離婚し、その後は父親とは会ったことがない。デトロイトの経済は最悪だった。いや経済に限らず、何もかもデトロイトは最悪だったが、とりわけ職に就くのが難しい。ふたりの母親はタクシー運転手をしていたが、ある夜、悪い客を乗せてしまったらしい。その客は彼女たちの母親が持っていたなけなしのカネを求めて、彼女を刺し、置き去りにした。彼女たちの母親は出血多量で亡くなってしまった。
ふたりは養育施設に入れられたが、その施設の男がふたりに淫らなことをし始めた。そこでこの姉妹は施設を逃げ出し、路上生活になった。この生活を始めて3ヶ月になるという。苗字はスティールという。凍死しないか、レイプされたりしないか、殺されるんじゃないか、次の食事はどうやったら手に入れることができるかとか、そう言うことばかり心配し毎日を生きてきたという。
ふたりが話し終えた後も、僕はしばらく黙って座っていることしかできなかった。何てことだ、胸が押しつぶされそうな気持になった。この子たちのような生活を送っている子供たちはいったいどのくらいいるのだろう? おそらく、僕が想像するよりもありふれた話なのかもしれない。この子たちを助けたいが、ふたりはそれをさせてくれるだろうか? どうやって助けたらよいのだろう? 児童保護で役所に相談したら、彼女たちが僕の家で暮らすことを認めるとは思えない。独身男が若い娘ふたりを預かるなどというのは、変態が夢見ることのように聞こえるし、そんなことを公的機関が許すことはないと確信できる。ひとりいろいろ思案していたが、ふたりに遮られた。
「マック、あんた結婚しているの?」とストークリイが訊いた、
「していたよ。僕の元の奥さんは、僕のことを野心的じゃないと思ったんだ。彼女は一流の法律家で、いろんなところに出張に出かけていた。彼女の人生には、夫婦生活をする余地はなかったんだよ」
「ひどい女だね」とマギーが言った。
僕は笑い出した。「いやいや、彼女はとてもいい人だよ。別に浮気をしたとかそういうことはなかったし、今でも僕とは大親友でいる。お互いの合意で決めたんだよ。ふたりはそもそも結婚すべきじゃなかったのだとね。結婚した時、ふたりともとても若くて、とても愚かだったからね」
ストークリイが不思議そうな顔で訊いた。「おじさんは何歳なの?」
「28歳だよ。君たちは?」
「あたしは11で、マギーは13。あたしたち今日は何をするの?」
「『僕たち』今日は何をするか」
「そう、あなたが言った通り」
「おしゃべりをしよう。……でも、その前に、ある人に君たちを紹介しようと思う」
僕はガレージのドアを開けた。ドアの向こうから毛むくじゃらのブルブル震える物体が飛び出してきた。彼は客たちの姿に気づくと、彼女たちが座るソファへ突進し、飛び乗って、ふたりの膝の上に横になった。早速ピンク色の大きな舌をだして、ふたりを舐め始めた。
「彼はグランビルというんだ。僕はグラニーと呼んでいる」
ふたりは、彼の舌にべろべろ舐められ、引きつったような笑い声をあげていた。グラニーは55キロはあるので、ふたりとも彼に膝に乗られて立ち上がれなかった。彼がふたりよりも重いのは確かだ。
「お座り、グラニー」 と言うと、彼は嫌そうに彼女たちから降り、ふたりの足元に伏せた。
「すごく大きいね」ストークリイは笑いながら、グラニーの頭をトントンと叩いた。「何て種類の犬? ちょっとトラみたいに縞模様がある」
「ブル・マスティフという種類。こういう柄をしてるので縞柄種と呼ばれているんだ」
「まるであたしたちの顔を食いちぎれそうな感じだよ?」とマギーが言った。
「ああ、やろうと思えばできるよ。でも、グラニーは大丈夫。彼は僕の友達にはフレンドリーなんだ。君たちが家のソファに座って、私と仲良くしてるのを見て、君たちを好きになったんだろうな。もし君たちが僕に好戦的な態度を示していたら、彼も警戒して、とても攻撃的になっていたかもしれないね。もう彼は君たちのことが分かったから、今度は誰にも君たちに好戦的な態度を取らせないようにすると思うよ。もし僕が君たちを怒鳴ったら、それも気に食わないと思うんじゃないかな。彼は、愛する人を守る気持ちがとても強いんだ」
ストークリイは跳ねるようにしてソファから降り、グラニーの上に覆いかぶさって首のところに腕を回して抱きついた。グラニーも彼女の腕をぺろぺろと舐めた。「グラニー、大好き! しわくちゃ顔でキュート! グラニーはガレージに住んでるの?」
「いや、家の中だよ。昨日はちょっと体の具合が悪かったので、家じゅうに吐かれると困るから、ガレージに出していたんだ」
「どうして具合が悪くなったの?」
「グラニーは、よく、食べちゃいけない物を食べてしまうんだよ。棒をしゃぶったり、虫を食べたり、何とは言わないけど、死んだものを見つけては食べたりとかね。でも、今日は大丈夫みたいだ」
「キモっ!」とマギーが叫んだ。「あたし、さっき、顔を舐められたんだった!」
「ああ、彼は可愛いけど、ちょっと汚くなる時もあるんだ。でも、グラニーは僕の友だちだ。だから僕は我慢してる。彼は、君たちが認めるなら、君たちの友だちにもなるよ。そろそろ、みんなで彼の散歩に連れて行った方が良いかな」
グラニーのリードを持ってくると、マギーが彼をリードしたがった。たいてい、グラニーはリードを持つ人を引っ張っていく。だから、マギーは彼に引っ張られて、僕とストークリイの2メートルくらい前を歩いていた。ストークリイは歩きながら、小さな手で僕の手を握った。彼女を見降ろすと、彼女は笑顔で僕を見上げた。ああ、何て綺麗な子なんだろう!
「こうしても構わない?」
「もちろんだよ。可愛い女の子と手をつなぐのは大好きだから」
ストークリイはちょっと顔を染めたが、僕の手を離すことはなかった。僕たちは3キロほど歩き、家に戻ったときには、グラニーはハアハアと息を荒げ、涎れを垂らしていた。この犬は、この日のように寒い日でも、こうなる。
その日の午後、僕たちは、コーヒーを飲みながらおしゃべりをした。そして、ようやく僕は、ふたりに助けてあげてもよいだろうかと訊いた。
「どういうことをしてくれるの?」とマギーが訊いた。
「正直分からない。ブリアナに話しても良いかなと思う。専門外とは言え、彼女は法律家だ。多分、何か方法を考えてくれるかもしれない」
「その人って、例のビッチ?」とマギーが訊いた。
「マギー、ブリアナはビッチじゃないよ。そう言うふうに呼ぶのはやめてくれ。僕を信頼してくれるかな?」
ふたりは顔を見合わせ、その後、僕の方を向いた。「ええ、まあね」とストークリイが言った。「あんたはあたしたちにとても優しくしてくれているよ」
「じゃあ、彼女に電話して、こっちに来れるか訊いてみよう」と僕は言った。「君たちも彼女が気に入ると思う。彼女にチャンスを与えてあげてくれ」
ブリアナは忙しかったが、夕食にはこっちに来れると言った。
ブリアナは背が高い、ゴージャスと言われる赤毛の美人だ。匂い立つような色気を放っているのに、自分ではまったく分かっていない。彼女が家に入ってきた時、マギーとストークリイは、彼女のオーラに唖然としていた。ブリアナは僕に全身が搾られるようなキスをし、その後、ふたりの女の子たちをハグした。
「あたしの替わりを入れたってわけね」と彼女は僕にウインクした。
「いや違うよ、ブリイ。君の代わりになる人なんかいないよ。知ってるくせに」と、僕は冗談っぽく言った。
でも、ブリイの代わりがいないのは本当だ。マギーたちには、僕がブリイと友だちだと言ったし、その通りだ。僕とブリイは相互に利益が得られる友人関係にある。離婚後も素晴らしいセックスを楽しんでるし、時には週に一回かそれ以上している。彼女が僕のところに来て1週間くらい泊まっていくときもある。そういう時は、僕たちはサカリのついた動物のようにセックスしまくる。離婚したのは、単に、彼女の生活には夫のための時間が作れないということだけだったし、これからもそれは続くと思う。ブリイはブリイのやり方で僕を愛してくれているし、僕も僕なりに彼女を愛している。単に、僕たちふたりは夫婦関係でいることができないということだけ。僕たちはセックスパートナーとしてなら完璧にうまく付き合えるけど、夫婦でいた時は犬と猫のようにケンカばかりしていた。
「で、あなたの新しい彼女のお名前は?」 とブリイはふたりに微笑みかけた。あの笑顔を見てマギーもストークリイもまぶしく思ったのではないだろうか。
「あたしはマギー。それにこの子はストークリイ」
「会えてうれしいわ。あなたたち、この男が危険なヤツだというのは知ってるわよね?」
「あたしたちには、そうじゃないよ」とストークリイが言った。「敵としている人にはそうなのかもしれないと思うけど。棍棒を持ってるし、すごく大きな犬も飼ってるから」
ブリイはグランビルのところに忍び足で近寄った。するとグラニーは不審げに唸り声をあげた。
「ねえ、大男さん?」と彼女はひざまずいてグラニーにハグをした。「あたしに会えなくて寂しかった?」 グラニーは目を剥いては見せたが、頭をもたげることすらしなかった。
「で、どういうこと、マック? あたしと何を離したいのかしら。別にディナーに招待してくれたことは気にしてないけど。……おふたりさん、この男、料理の腕はたいしたもんなのよ。やる気を出させられればの話しだけど」
「マックは、ラムチョップ(参考)を作ったと思う」とマギーが答えた。「それ、あたしたち、食べたことないんだ」
「そう。だったら、ごちそうにありつけるわよ。でも、何があったの?」とブリイは再び訊いた。
4人でディナーを楽しみ、僕は説明をした。
「ブリイ、君の助けがほしい。僕は法的なことについては何も知らないからね。この子たちは孤児なんだ。まあ、父親は生きてるかもしれないが、どこにいるか誰も知らない。父親は彼女たちを捨ててどこかに行ってしまったし、母親は殺されてしまった。その後、里親施設にいたが、その施設の誰かバカ者がふたりに手を出し始めたため、ふたりは施設を逃げ、路上生活をしていたんだ。ふたりは、食べ物を求めて、僕の家のゴミ缶を漁っていてね、そこを捕まえたわけ。そこで相談なんだが、何か、この子たちを路上生活に戻さなくても済む方法を探しているところなんだ」
ブリイはしばらく黙ったまま僕を見つめていた。「あなた、この子たちが欲しいのね? 驚いたわ、マック! あなたはずっと子供を欲しがっていたものね。でも、あたしが断っていたので、この子たちが欲しいと。そうでしょ?」
僕は顔を赤らめた。「ああ。そう言ってもいい。そうするためには、どうすればいいと思う、ブリイ?」
「無理だと思う」と彼女は言った。「どの家庭裁判所も、あなたにこの幼い女の子たちを預けるのを許可しないでしょうね。あなたは独身の男性。そこに幼い女の子ふたりを預けるなんて、悲惨な結末を準備するようなもの。絶対に許可されない」
僕はマギーたちに目をやった。ふたりとも目を皿のようにして僕を見つめていた。「ん? どうした?」と僕は訊いた。
ふたりは互いに見合い、突然泣き出した。一緒に僕のところに駆け寄り、しがみついてきた。「あたしたちをもらいたいって?」とストークリイがすすり泣きながら言った。「信じられない。あたしたち、養ってくれる人なんか誰も……誰も……」 ストークリイは先を続けることができなかった。
僕はふたりをしっかりと抱きしめた。「ああ、そうだよ。それを考えていたんだ。君たちは、見守ってくれる人が必要だ。僕も見守ってくれる人が必要なんだ。だから、君たちと僕とで互いに互いを見守ることができるんじゃないかと思ったんだよ。それにグラニーも僕たち3人を見守ってくれるだろうし」
ふたりの小さな体が震えていた。ぐいぐいと、抱き着く力が強くなってくる。
僕はどうしてよいか分からず、助けを求めようとブリイを見た。ブリイの頬には涙が流れていた。彼女は子供たちから僕へ視線を移した。
「もう、マックったら。見てよ、あたしに何てことをしてくれたの! いつも、あなたのことは分かってると思ってる時に限って、こうやってあたしを驚かせるんだから。あたしはどうしたらいいのよ?」
彼女は変な表情をしていた。まるで初めて僕に会ったような顔だった。
「にさん日、考えさせてくれる? 娘さんたち? あなたたちはあたしと一緒に来るの。ここでマックと一緒にいることはできないわ。それが明るみに出ちゃうと、すべてが台無しになってしまうかもしれないから。マック? あたし、この子たちと一緒にグラニーも連れて行くわよ。あたしは一日中家にいることはできないけど、グラニーがいればふたりの安全を見てくれるだろうから」
ブリイはまるで竜巻のように家の中を忙しく歩き回り、マギーとストークリイ、そしてグラニーを家から連れ出し、彼女のメルセデスへと押し込んだ。「後で電話するわ」
実際、ブリイはそれからの2週間の間に、3回、それぞれ30秒ほど電話をしてきた。その期間、ふたりの娘たちの姿は影も形も見なかった。そして金曜日の朝、ブリイが電話をしてきて、アルフォンソの店で夕食がてら僕に会えないかと言ってきた。この店はポンティアック(デトロイト圏内の小都市)にあるイタリア料理の良い店で、僕たちは何度も行っている。
僕が店に入ったときには、彼女はすでに来ていて、カウンターのところに座っていた。彼女の周りには男たちが群がっていた。ブリイは僕を見かけると飛び上がるようにして立ち、涎れを垂らす周りの男たちを置き去りにした。彼女と僕は空いているブースに移動した。彼女は僕を押すようにしてブース内に座らせ、自分は僕の隣に座った。普通はブリイは僕の対面席に座りたがるので、隣に座ったということは何か特別なことがあるのだろうなと思った。注文を済ませるまでの間、彼女はほとんど口をきかなかった。
ようやくブリイが口を開いた。「マック、あたしがあなたを愛してることは分かってるわよね?」
「ああ。僕も君を愛している」
「あなたのお母さんを愛してるとか、そういう意味ではない。男女の関係で、あなたを愛しているの。あのシダー・ポイントでの一日以来、ずっとあなたを愛してる。あたしが愛したのは、そしてこれからも愛するのはあなただけ。口には出さなくても、あなたを信頼している。あたしと結婚したことを別にすれば、あなたについてのすべてを愛してる。あたしがどういう人間かは分かってるわよね。あたしは自由でいるのが好き。責任も重荷もない、あたしを縛り付けるものがない状態が好き。あたしは仕事も人生も愛してる。あなた以上に愛してるわけではないけど、別に使途ごとあなたのどちらかを選択しなければならないことでもない。あなたはグラニーと同じくらい誠実。あたしたちは互いに理解しあっている。あたしはあなた以外の男とはセックスしないし、したこともない。それはあなたも知ってるはず。あなたはいつもあたしのことを理解してきた。だからこそ、これから言うことは、とてつもなく変なことに聞こえるかもしれないの」
「おおっと! まるでこれからイヤラシイことを言われて驚かされそうな気配だな」と僕は笑った。
彼女は「あんたってバカね」と言いたげな顔をした。
「ええ、多分そう思うかも。あのね、あたしと結婚してくれない、マック?」
飲みかけのワインを気管支に誤飲して死ぬかと思った。しばらくむせた後、直ったものの、僕は口をあんぐり開けたまま座っていた。
「間抜けのふりをするのはやめて、返事を聞かせて!」
「ありえない!」 ようやく僕は返事した。「どうしてだ、ブリイ? またお互いをみじめにしあうのか? 1ヶ月も経たないうちに、互いにいがみ合うことになるぞ。今の僕たちの関係のどこが問題なんだ?」
「何も問題はないわ。これはあたしたちとは関係ないこと。これは、あの可愛い、地球上で最も愛らしい女の子たちに関係することなの、マック。あたしはあのふたりがすっかり大好きになったわ。あなたがあたしを招待したあの夜に、あなたはあたしの人生を完全にひっくり返してしまったの。ふたりはあなたに会いたがってるわよ。ふたりとも、毎晩、あたしに泣いて懇願するの。あなたに会わせてって。問題はというと、あたしもふたりを手放したくないということ。ふたりと一緒に暮らしてから、いろんな楽しいことや腹立たしいことがあったけど、こんなに気持ちが揺れ動いたことは、これまでの人生で一度もなかった。で、あたしもあなたも、安定した家庭環境を作ってはいないでしょ。正常な心を持った判事なら、あたしたちのどちらにもあの子たちを預けることはないわ。でも、もしあたしたちが夫婦なら、速攻でふたりを預ける判断をすると思うの。だから、あたしがあの子たちと暮らしたいと思ったら、あなたを巻き込まないわけにはいかないのよ。あなたも、あの子たちと暮らしたかったら、あたしに我慢しなければならない。それ、あたしたちにできないことかしら、マック? あたしたちはセックスフレンドとしては最高のカップルだし、あたしはあなたを死ぬほど愛している。だから、あたしをイライラさせるのを避けることはできない?」
「どうかなあ。僕も嫌な人間だけど、君も同じくらい嫌な人間だよ。酔っぱらって帰ってくる。仕事以外のことについては、いつも時間を守らない。それに、そもそも家に帰ってこないし、電話の連絡もしない。ねえ、ブリイ、僕たちはそういう生活をしてきてて、その件については、もう済んだことになっているんだよ」
「ええ、分かってる。でも、重要なのは、今は違ってるとしたらどうなのかということ。今のあたしは、早く家に帰りたくて待っていられないほどなの。遅くなる時は、いつもふたりに電話を入れているし、ふたりを預かってからは、一杯もワインを飲んでいない。自分がこんな気持ちになるとは夢にも思っていなかったわ。だから、あたしと結婚して、マック。あたしにチャンスを与えて。あたしもあなたにチャンスを与えるから」
「いろんなことを話し合わなくちゃいけないと思う」
「だから、話し合ってよ。あたしたち、いま何をしていると? あたしは意味もないことをべらべらしゃべっているだけと思ってるの? 何をしなくちゃいけないかを言ってみて。あたしから言ってほしい?」
僕は残ってたワインをぐいっと飲み干し、ウェイターにお替りの合図をした。
「ああ、言ってみて」と僕は彼女に言った。
「あなたについて、一番腹が立つのは、細かいことを求めすぎる点」と彼女は言った。「あたしがしてることすべてについて、ありえないほど細かいところまで知りたがる。どこに行ったのかとか、誰と一緒だったのかとか、何をしているのかとか、いつ家に帰ってくるのかとか。一種、嫉妬深い強迫性障害みたいになるんだもの。あたしをコントロールするのをやめて、あたしのことをほったらかしにしておこうとさえしてくれたら、今もあなたと夫婦でいたと思うわ。ああいうふうに根掘り葉掘りされると、あたし、気が変になってしまうの。今では、あたしが興味を持ってる男性はあなただけというのは、あなたにもはっきり分かっているはず。そうでしょ、マック?」
「ああ、多分。前は、その件で死ぬほど悩んだ。君が他の男を見つけて僕を捨てるんじゃないかと心配していた」
「そんなことは起きないわ。あなたに初めて出会った日から、他の男のことを思ったことは一度もないもの。顧客や同僚とディナーに行くわよ。男性、女性含めてグループで踊りに行くこともあるわ。いろんな人におもてなしをする。だって、それが仕事なんだもの。でも、あなたと出会った瞬間から、他の男も女も誰もあたしに親密に触れた人はいないし、これからも、それは同じ。信じてくれる?」
「ああ、信じるよ。僕の場合も同じだ。ブリイ、僕は君を信頼している。君が僕を傷つけることなどないのは分かっている。ただ、君はとても気ままで自由な人なのだというだけのこと。僕は君と結婚した第1日目と同じくらい今も君のことを愛しているよ。君も同じ感覚でいると思うし、今までの僕たちの関係は居心地よかったと思ってるんだが……なのに?」
「まあ、今のあたしは違うわ。家族を求めてる女の子がふたりいる。あの子たちのこと、あなたと同じくらい愛してるの。仕事より愛してるのは確かだわ。あたしはあの子たちの人生の記憶の中に残りたいけど、それを実現するためには、あたしとあなたとで、協力して事に当たる他ないと思っているの。だから、チャンスをくれない、マック? あたしと結婚してくれない? ふたりでこの家族を一緒に維持していけるように、あたしを愛そうと頑張ってみてくれない? あたし自身は子供を産むことはないと思う。それをするには、あたしはあまりに自信過剰だし、利己的な人間だから。でも、あなたとなら、あの子たちの親になれるはず。結婚して、マック。そうしたら、あなたをこの上なく幸せにするようベストを尽くすから。いいでしょう?」
「どうやら、この件について、ずいぶん考えてきたようだね。なら、僕にも、多少時間をくれてもいいよね?」
カレンは時計に目をやった。「20分あげるわ」
「おいおい、締め切りがあることなのか?」
「ええ。20分後で、あの子たち店の外であたしたちと会うことになってるの。あと10分で、この店の前に来るはず。それから10分間、グラニーの散歩をさせる。その後、車で、あたしたち4人はあなたの家に行く段取り」
僕たちは急いで食事を済ませ、店の外に出た。そこにはリムジンが待っていたが、女の子たちはいなかった。ふたりは犬の散歩に行ったと運転手が言う。彼は「あの犬」のことが気に食わない様子だった。多分、車の内装に涎れを垂らされて嫌だったのだろう。数分待っていたら、向こうからふたりが僕たちのところに駆けてくるのが見えた。
僕たちのところにつくなりマギーが「早く行こう」と言った。「男があたしたちを付けてくるの。グラニーは、そいつが嫌いみたい。唸り声をあげていた」
歩道の先に目をやった。若い男が近づいてくる。170センチくらいの身長で、タトゥがあり、顔面からは金属物がプチプチと出ている。スキー帽を被り、服はフード付きのパーカーで、スウェット・パンツは今にもずり落ちそうに腰にくっついてる。自ら街のダニとの印象を受けたがっていると言ってよい服装。「リアル・スリム・シェイディ」(参考)の真似をしてるつもりなのだろうけど、みっともない。
「お前、なに見てんだよ?」と男が僕を睨み付けた。
「いや、別に。僕たちは出発しようとしてるだけだよ」
「おめえ、自分はかっこいいと思ってるな。いいジャケットに、きれいな女とデカい車か。カネが余ってるような身振りじゃねえか」
この男は頭が悪い。僕は彼より20センチは背が高いし、多分、20キロは体重が多いだろう。とは言え、僕は別に腹が出ているわけではない。
「僕たちに構わず、通り過ぎた方がいいだろう。僕のイヌはあんたのことを嫌いな様子だし」
男は僕の1メートルあたりまで近寄ってきた。
「しょぼいイヌなんか怖くねえよ。あんた、カネ、いくら持ってるんだ?」
男はコートの中に手を入れ、ズボンの腰へと近づけた。金属製のモノがきらりと光るのが見えた。僕は男の胸の真ん中を蹴った。男は後ろ向きに吹っ飛んだ。男のズボンから銃が落ちた。マギーがグラニーからリードを外すと、グラニーは飛ぶようにして男にのしかかった。男は腕で顔を守るだけの意識はあったようだ。だが、グラニーがその腕の骨を砕く音が響いた。男は叫び声をあげ、グラニーは男の服の袖を引きちぎった。
「グランビル、お座り」と僕は命じた。
グラニーは咥えた袖を落とし、僕の隣に座った。男は苦痛に地面をのたうち回っていた。僕はグラニーと共に、男の隣にひざまずいた。
「グラニー、首を!」
グラニーはすぐに飛び出て、大きな口を開け、上下のあごで男の首を挟んだ。男は身をこわばらせた。
「僕は君をバカ者だと思うが。君は本当にバカ者なのか?」
男は小さく頷いた。恐怖で顔が引きつっている。
「じゃあ、そう言ってみてくれ」
男は反応しなかった。
「グラニー、噛め!」
男は小さい叫び声をあげた。大きな牙が皮膚を貫くのに合わせて血が滴り流れるのが見えた。グラニーの鼻で空気が激しく出入りする音が聞こえる。獣の鼻息だ。
「言うんだ」
「俺はバカ者だよ」
「君はいくらカネを持っている? 僕に出すんだ」
男はポケットに手を入れた。男が動いたと思ったのか、グラニーが噛む力を強めたようだ。男はまたものたうち回った。
「ゆっくりとだよ」
男はポケットから紙幣を丸く巻いた塊を出して、僕に渡した。
「グラニー、離してやれ」
グラニーが名残惜しそうに男の首から離れた。男は慌てた様子で後ずさりした。
「君には60メートル分は先に行かせてやろう。その後、この犬に追いかけさせる。速く走った方がいいかな。僕からのアドバイスだ」
男は短距離走者のように駆けだした。10メートルくらい走ったところで、ズボンが脱げ始め、彼はみっともなく転倒した。しかし、素早く立ち上がり、ズボンを引っ張り上げ、傷んでない方の手で押さえながら走っていった。
「ベルトを買った方がいいな」と僕は声をかけた。
男の姿が見えなくなった後、僕は振り向いた。ブリイとふたりの女の子の3人とも、唖然と口をあんぐりさせ、身をこわばらせながら突っ立っていた。
僕は落ちていた銃を蹴って、排水溝に落とした。「あれ? どうかした?」
最初に元に戻ったのはブリイだった。「マック。あなたって、ちょっかいだしたらヤバいヤツなのね。あなたを怒らせないよう注意しなきゃ」
女の子たちが勢いよく僕に飛びついてきた。僕はふたりを抱きしめた。
「ああ、マック」とストークリイが僕の胸に顔を埋めた。「あたし、あの男は恐ろしい人だと思ってたけど、マックはぶちのめして……いや、やっつけてくれた。ありがとう。あたしたちのためにしてくれたのよね?」
「まあね。僕の娘たちだ。僕は誰にも手を出させない。でも、彼は君たちの学資のためにちょっとだけ寄付してくれたよ」と僕は彼女に紙幣の巻いたものを渡した。ストークリイは紙幣を数え、700ドルあると言った。あの男は他にもゆすりをしてきたに違いない。ストークリイはそのおカネをマギーと山分けした。そして、僕たちは車に乗り込んだ。
マギーを抱っこしながらちょっと後ろを見て、あることに気づいた。
「バンが1台、僕たちをつけているよ」
「ええ、あたしたちのスタッフが乗っているの」とブリイが答えた。
僕は怪訝そうに片眉を上げた。
「ええ、分かってるわ。あたしがいろんなことを当然とみなして進めてるってことはね」と彼女はにんまりした。「マギー、ストークリイ? マックがイエスって言ったわよ。あたしたち、また夫婦になって、あなたたちの親になるのよ」
ふたりは息をのみ、そして絶叫した。「ほんと、マック?」とマギーが言った。「ブリイは本当に嫌な女じゃなかった。マックの言う通りだったよ。あたしたちブリイが大好き。とても優しくしてくれてるし。たくさん新しい服を買ってもらったんだ。それに、この素敵な学校にも入れてくれたんだよ! あたしたち、ふたりにとってものすごく自慢できる子になって見せるからね! 絶対がっかりさせないって約束するわ」
「あなたならそうなるって、あたしもマックも分かってるわ。気にしなくていいのよ」とブリイが言った。
僕はちょっとショック状態だった。何か言おうとしたが、何も言葉が出てこなかった。
「マック、大丈夫?」とストークリイが訊いてきた。
ブリイがアハハと笑った。「大丈夫じゃないわね。彼、完全にパニック状態になるはず。彼がこれまで注意深く秩序づけてきた世界が、どんどん崩されていくんだから。今の彼の家は、何もかもピカピカで、何もかも正しい場所に整理されている。でも、これからは、シャワーには女の子のパンティがぶら下がることになるし、持っている本は勝手に動かされるし、コーヒーテーブルには飲み干したペットボトルが放置されるでしょうね。彼はカンカンになると。正直言って、彼がどうやってグランビルと仲良く暮らせているのか分からないの。あたしたち、マックがカウンターにパンくずが散らかっていても気にしなくなるよう、彼のことを愛してあげなくちゃダメみたいよ。あたしたち、それできるかしら?」
「あたしはできるよ」とマギーが笑った。「あたしたち、となると、分からないけど」
「あ、彼は可愛い女の子には目がないの」とブリイはふたりを安心させた。「あなたたちは、彼に向けて、愛らしく瞬きして見せるだけでいいわ。そうすれば、彼、とろとろに蕩けちゃうから。でも、あたしには怒りをぶつけてくるかも。そうなると、あたしも彼に腹を立ててしまうの。あなたたちふたりは、そういうことになっても、あたしとマックのことを愛さなくちゃいけないのよ。大丈夫?」
僕は唸り声をあげた。
「いいかな。僕は実際にはこの件について何も同意していないんだよ。ブリイは、いつもの通り、台風のようにコトを進めていて、僕たち皆を巻き添えにしているんだ」
「マックはブリイのことを愛している?」とストークリイが訊いた。
「愛しているよ。彼女が町の向こう側に住んでる限りは」 僕は何とか分かってもらおうとした。
「ええ、でも、あたしたちみんな、一緒になるためには、一緒でいる必要があるの」とマギーが言った。
その可笑しな言葉に、皆が一斉に噴き出したし、僕も笑わずにはいられなかった。その考えは馬鹿げていた。僕はどうして、こんなふうにコントロールを失ってしまったのだろう。いつもの通りだけど、ブリアナは支配権を握ってしまった。みなしごになっていた女の子たちを助けてあげようとちょっと力を貸したつもりが、あれよあれよという間に、元妻との再婚と養子縁組の話しへとつながってしまった。あんなに小さなことだったのに、気づかぬ間に人生のレールが自分の関わっていないところで大きく変わってしまっている!
僕はこれは軽率すぎる計画であると思ったし、家に着くなりすぐに、そう思うとブリイに伝えた。家では引っ越し業者が嵐のように仕事をしていて、山ほどの荷物を家に運び、いろいろな部屋へと運び込んでいた。驚いたことに、マギーとストークリイのそれぞれの部屋に、次から次へと女物の服が持ち込まれ、山と積まれていく。
マギーが通り過ぎたので、「君たちのこの持ち物、どこから?」と訊いてみた。すると彼女は、「ブリイはあたしたちを何度もショッピングに連れて行ってくれたの」と言って、さっさと部屋の中に消えてしまった。
その会話を聞いたのか、ブリイが僕の部屋から顔だけを出した。「ああ、マック。あなた、何も片付けていなかったの? 結婚した時にあなたが持っていたモノが、いまだにあるなんて。全部、捨てるわね! 箪笥とクローゼットのスペースが必要なのよ」
僕はあわてて駆けて、高校時代のレタージャケット(参考)をゴミの山から回収した。
「やめてくれ、ブリアナ! これは捨ててはいけない物なんだよ! いらない物なら、とっくの昔に捨ててるんだ! まったく! ここは僕の家だ。もし、やめないなら、そのガリガリのケツ(参考)を蹴っ飛ばして追い出すぞ!」
すると彼女は顔を突き出して僕を睨み付けた。「ガリガリのケツですって? ふん!」
そう言って僕のジャケットの袖をつかみ、ぐいぐいと寝室へ僕を引っ張っていった。まさに台風が直撃したような勢いだった。1回の動きで、ドアに鍵をかけ、ドレスを頭から脱ぎ、ベッドに両手をついてお尻を突き出したのだ。僕は息が詰まってしまった。彼女はパンティを履いていなかったから!
彼女のお尻は決してガリガリなんかではない。小ぶりだが引き締まっていて、しかも鍛え抜かれた筋肉質のお尻だ! ブリイはそのお尻を僕に向かって振って見せた。
「ヤッテよ、マック!」 肩越しに振り返って僕を見ている。瞳がギラギラしていた。「こんなにエッチな気分になったことないわ。あなたの大きなおちんちん、入れてくれなきゃ死んじゃう。早く! 話し合いは、その後でいいんじゃない?」
「君のずる賢い計画に僕を乗せようとしてるんだね。僕をセックスに夢中にさせて、家のことも、僕の生活がぐちゃぐちゃにされることも忘れさせようとしてるんだ」
「ええ、そうよ。だから、今すぐヤッテ! ヤッテください、お願いですって、あたしに懇願させるつもりなの?」
残念ながら、彼女の狡猾な計画は成功してしまったと言わざるを得ない。彼女にとって僕が用済みになったころには、僕は生まれたての子猫のように何もできなくなっていた。彼女は、すぐには僕を立たせることができないと分かるとすぐに、立ち上がり、服を元に戻した。
「ビタミン剤を飲んでおくといいわよ。まだまだ、することがたくさんあるから。まだ終わっていないから」と言ってドアから出ていってしまった。
家の中が、ともかくも秩序だったと言えるようになったときには、午前3時になっていた。僕が疲れ切って使い物にならないとブリイが諦めたときには、4時半になろうとしていた。翌朝、僕は10時まで寝ていた。よろけながらシャワーに入り、ひげをそり、シャワーを浴びて、ようやく人間に戻ったような気分になれた。ブリイはまだ寝ていた。ベッドにうつぶせになっていて、炎の色の髪の毛が彼女の顔にかかっていた。そして、彼女のお尻! いつ見ても、見事なお尻だ! 寝室を出てリビングに行くと、グラニーが僕の一番上等なシャツの山に眠っていて、涎れだらけにしていた。思わずため息を吐いた。
オレンジジュースとマフィンを手に、グラニーに呼び掛けた。
「おいで、グラニー。この破壊現場から一緒に逃げよう」
グラニーは頭を上げ、こちらに目を向け、唸りながら起き上がった。一緒に庭に出ると、グラニーは早速ひと通り庭を駆け回った後、僕の足元に横たわった。僕はと言うと、デッキチェアに座り、太った大きなトカゲのようにごろごろしながら陽の光を浴びていた。一年のこの時期にしては、暖かい日だった。
すると引き戸が開いて、中からストークリイが出てきた。手に牛乳とマフィンを持っている。
「やあ、天使ちゃん」と僕は手を振った。
「おはよう、マック」 ストークリイは戸を閉めた後、ちょっとその場に立っていたけれど、その後、僕が座ってる椅子のところにやってきた。「あたしが座れるところ、ある?」
僕は横にずれたが、彼女は僕の片方の太ももに座り、僕が空けたところに両脚を伸ばした。ストークリイはふうーっと息を吐きながら体を丸くし、マフィンにかじりついた。ストークリイの大きな緑の瞳に見つめられると、魂が射抜かれる気持ちになる。
「マック?……」と彼女は話し出そうとしたが、マフィンのパンくずが僕の腿に散らばった。
「おっと。まずは食べること。次に牛乳を飲んで、飲み下し、それからしゃべること」
彼女はくすくす笑ったが、ちゃんと口の中を空っぽにしてから話し出した。
「マック? あたしたちを養子にもらうと、マックがあたしたちのパパで、ブリイがママになるの?」
「そうなってほしいかい?」
「うん、もちろん。ブリイは一番かっこいいママになると思う! マックはかっこよくないけど、どっちかと言えば……頼れるパパになると思う。あたし、マックのこと大好きだし、世界で最高のパパになると思う」
僕は咽そうになった。「ま、まあ……かっこ悪いというなら、頼れるというのは嬉しいことなんだろうな」
彼女は笑った。「そんなつもりで言ったんじゃないよ。ていうか、ブリイは自然の力で、マックは山みたいな感じ。ブリイは本当に、本当にマックのことを愛しているよ。いつもマックのことを話してる。ブリイとマックとのことを全部話してくれたよ。マックはブリイを愛してる?」
「ああ、愛してるよ。でも、さっき良いこと言ったね? 彼女は自然の力だって。彼女の愛は、嵐や山火事のように愛そうとしてる感じだ」
「でも、山は嵐も山火事も気にしないよ。マギーはブリイに似てるところがあるの。あたしはマックに似てる」とストークリイは僕の胸にすがりついてきた。
「あたしとマックは、こっちが望めば、ブリイやマギーにあたしたちの周りでさせたいようにさせていればいいと思うんだ。あたしたちは、台風の目みたいに静かにしていればいいの」と言って、彼女は顔をあげ、僕を見た。「あたしはマックにパパになってほしいよ。マックみたいな人に出会えるとは思っていなかった。ブリイも同じ……」
彼女は泣きそうになって喉を詰まらせた。「マギーとあたしは、ずっとたったふたりで、怖がってばかりいたの。マックの生活には、あたしたちみたいな女の子が一緒になる空きスペースがある?」
僕は彼女の小さな体を抱き寄せた。「心の中にあるよ、ストークリイ。僕の心の中にちゃんとある。もう何年も前から愛せる人を僕は求めていたんだよ。ストークリイとマギーのような人をね。そういう人はこれまでいなかったと思う。ブリイは子供を持つことに、ひとかけらも興味を示さなかったし。君たちふたりは、ブリイの生活をぐちゃぐちゃにしたんじゃないかな? 僕の生活をぐちゃぐちゃにしてくれたのと同じようにね。ブリイが君たちを見るまなざしを見たよ。まるで、つい2週間前に、やっと目が覚めて、自分は母親であることが好きなんだと発見したような眼差しだった。君たちほど、彼女が影響を受けたところは見たことがないよ」
「ブリイについてはマックの言う通りだよね。ブリイはすごい。時々、圧倒的になる。何かをすると決めたら、周りの人をみんな巻き込んでやっちゃう」
僕は笑った。「分かってる。そうだよね。彼女はずっと前からそうだった。彼女と初めて会ったのは、大学の同じクラスのグループで遊園地に遊びに行った時だった。彼女は、ジェットコースターに一緒に乗る相手は僕にすると、勝手に決めてしまった。実際、僕は他の女の子が目当てで参加したんだけどね。ともかく、ブリイにぐいぐい引っ張られていろんな乗り物に乗って遊び、結局、グループの他の友だちとは、その日、一度も顔を合せなかった。ずっとブリイに引っ張りまわされて、彼女とふたりっきり。当時、僕も彼女も同い年の20歳。僕はその日のうちに彼女に恋してしまった。ブリイはウイルスみたいなものだよ。人に侵入して、人生を乗っ取ってしまう。僕たちは、結婚してたった1ヶ月で、最初のケンカをしてしまった」
「どんなことでケンカしたの?」
「話を聞いたらバカらしいと思うだろうけど、靴のことでケンカになったんだ。彼女は僕の靴をいつも移動して、僕の靴の上に自分の靴を置いたんだ。だから、僕は彼女の靴の山を掘り分けなければ、自分の靴を見つけられなかったし、彼女のヒールで僕の靴は傷だらけにされたしね。ブリイは僕のことを細かすぎるとか、命令的だと言っている。多分、ブリイは正しいのかもしれないけど、彼女に靴をクローゼットの中、彼女の持ち物の横のところに置いておくように頼むのは、そんなに細かいことなのかなあ。そこから一気に互いの感情が燃え上がってしまい、僕は彼女をカンカンに怒らせたし、彼女は僕を気が狂わんばかりにさせた。僕は明日の行動について計画をもって生きている。ブリイは完全にその場その場で行動する。彼女はそういう人間なのだし、そんな彼女が僕は好きなんだけど、でも、同時に、彼女のそういうところが一番頭にくるところなんだよ。ブリイの方も、きちんと計画性を持っている僕が好きなのだろうけど、まさに、その点が彼女を怒らせる点でもあるんだ。そんな相反したことが、えてして衝突してしまうものなんだけどね。そんなわけで、僕とブリイは互いに神経を苛立たせてしまう関係になってしまったわけ」
ストークリイはくすくす笑った。「マギーとあたしも同じようなことでケンカするよ。マギーは人生の半分を失くしたものを見つけようとして過ごしてる。マギーは朝起きると、その瞬間に何をするか決めてしまう。マックとあたしはちょっと変えなきゃいけないと思う。少しだけでいいから流れに合わせるようにしなきゃいけないんじゃないかなあ。ブリイとマギーも変えなくちゃいけない。ふたりは、あたしたちはモノがあるべきところにあるのがいいと思ってることを理解しなくちゃいけないと思うよ。マックは、みんな、それができると思う?」
「分からないな。そうしなくちゃと思う理由をみんな感じてないから。ブリイと僕は本当に奇妙な関係にあるんだ。僕は今まで以上に彼女のことを愛している。彼女も同じように感じていると思う。彼女は話し合いをするタイプじゃない。行動するタイプだ。僕と彼女は、結婚した時よりも近しい間柄になっているし、僕は彼女が好きだ。結婚した時は、それほど好きではなかったと思う。僕は彼女を愛してはいたけど、ふたりとも、いつも、相手のことで怒っていた。僕とブリイは、一種、いろんなことを、ふたりが結婚しているような感じにさせてはきてるけど、昔は、ふたりとも物事を変える必要を感じていなかった。多分、僕たちふたりとも未熟でわがまますぎたんだろうと思うけど、ともかく、今まではそれでやってきたんだ。たぶん、僕とブリイには、何を失っていたかを理解するために、君たちふたりの登場が必要だったんだろうな。家族としてまとまるというのは、とてもワクワクするけど、怖くもある。家族を持つのはいいけど、もし、その家族を滅茶苦茶にしてしまったらどうなるのだろう? すべてをギャンブルに掛けるリスクをおかすことになるんだよ。僕は不確かなことは嫌いなんだ」
「分かるよ。でも、時にはチャンスに賭けなきゃ」とストークリイが言った。「失敗するかもしれないけど、チャンスに賭けなきゃ、何も良いことは得られないよ」
僕はストークリイを抱き寄せた。彼女は子猫のような声を出した。「君は僕が知っている中で一番賢い11歳だよ」
「来月には12歳になるけど」
ストークリーは残ってたマフィンを食べきり、僕たちはふたりで家の中に戻った。
他のふたりはまだ寝ており、僕とストークリイのふたりでグラニーを散歩に連れて行った。戻った時までには、怠け者ふたりも起きていて、ぶらぶらしていた。ブリイはもともと朝型の人間ではないし、マギーもそうではないのは明らかだった。ふたりともくしゃくしゃ顔の眠たそうな猫のようで、盛んに背伸びをしたりあくびをしたりを繰り返していた。だが、いったんシャワーを浴びた後は、まるで人間発電機のように変わった。ブリイは僕たちを急き立てて、婚姻証明書を取り、養子関係の書類をまとめ、一時的な保護観察を開始させ、その後、ディナーへとみんなを引き連れた。シーフード料理を食べた。女の子たちは、その美味しさに驚いていた。実際は、その値段の高さに驚いていたと言ってよい。
「マック? きっとたくさんおカネを稼いでるのね?」とマギーが言った。
僕は笑った。「ああ、そこそこはね。いくら稼いでるか教えてもいいよ。だいたい、年収9万ドルかな。だから、必要とあらば、僕だけの稼ぎでみんなを養える。まあブリイは僕の10倍は稼いでるけどね」
ふたりは、唖然とした顔でブリイを見た。ブリイも笑った。「ただのおカネよ。実際、外食をしたかったら、いつでもあなたたちをレストランへ連れていくことができるわ。その余裕はあるの。でも、マックをその気にさせられたら、たいていのレストランより美味しいものを食べられるというのが実情ね」
「ブリイは料理をするの?」とマギーが訊いた。
「ええ、でも、簡単なものばかり。レシピー通りにすれば誰でもできるもの。でも、マックは天才」
「いや、実際はブリイもすごく料理が上手なんだよ」と僕は口を挟んだ。「気が散ったり、何でも焦がす残念な癖があるんだけど、それを直すことができれば、彼女は料理の達人だと言える」
ブリイが僕にパンチを繰り出した。「一回でもへまをしたら、いつまでもマックはそのことを口に出すのよ」と彼女は笑った。
僕は鼻をすすった。「結婚して最初の1年は、僕たちは犬を飼っていなかった。焦げたものを食べてもらえる犬がいなかった。焦げたものをゴミ箱に入れたら、家じゅう臭くなってしまうんだ。なので、ブリイは焦がしたものを庭の木の根元のところに捨てていた。まるで、木の神様にお供えものをしてるような感じだったよ」
みんな声に出して笑っていた。ブリイは非常に上機嫌で、僕に体をすり寄せていた。僕も彼女に腕を回し、時々、抱き寄せたりしていた。そして可憐な娘たちふたりは、そんな僕たちをみてくすくす笑っていた。
「こういうとこでメシ食ったことねえもん」とマギーが言った。
「ちょっと、マギー?」とブリイは真顔で彼女を見た。「今のはダメ。そういう言葉遣いをしてると、マックは1週間もせずに、家を出て行ってしまうわよ。あなたはもっと良い言葉使いができる人でしょ? もう一度言って」
マギーはちょっと考えた後、「あたしたちはこういう場所で食事をとったことがなかった」と言い、僕が頷くと勝ち誇ったような笑顔になった。「しゃべり方……話しの仕方は知ってる。けど、街の人たちのように話す習慣ができてしまっていただけ。あたしたち、ママが死ぬまでは学校に行っていたし、成績も良かったんだよ」
「信じるわよ。あなたたちならうまくできる。忘れないでほしいの。あたしたちはデトロイトの人間だけど、品を備えた人間だってことを」
マギーとストークリイは、パッと明るく、誇りではち切れそうな顔をした。確かに、ブリイはふたりに品の良さを身につけさせてもいた。服装をブリイの服装に似合った品のものを着せていたし、歩き方、椅子の座り方、食べたり飲んだりするマナー、化粧やヘアスタイルまで教えていた。半年もすれば、誰もが、ふたりはニューイングランドの上流階級で育ち、教育を受けたと思うだろう。ふたりとも覚えが早く、成績も良い。この夜がこれからのふたりの未来の始まりとなった。
ブリイはこの新しい生活の開始にワクワクしているようだった。家につくと、ブリイはふたりの娘たちに、「テレビをつけて、一晩中、つけっぱなしにしておいて」と言った。ふたりは不思議そうな目で彼女を見た。
「あなたたちのパパとあたしで、しなくちゃいけないことがあるの」とブリイはウインクした。マギーたちは引きつったように笑い、顔を真っ赤にした。
ブリイは僕を寝室へと引きずり込んだ。「お祝いしましょう」
「何のお祝いを?」
「これから素晴らしいことを始めるお祝い。マック、あなたを愛しているわ。それは疑わないで。だから、これからふたりでセックスするの。毎晩セックスするの。あたしがあなたを愛してることを忘れないようにしたいし、あなたにあたしの気持ちを見せてあげるわ。これまでだって、あたしたちベッドでは最高だったけど、今夜は、それを、まったく新しいレベルに持ち上げたいの。で、その状態のまま、ふたり、一生添い遂げるの。分かった?」
「じゃあ、見せてくれ」と僕はあえて挑むような返事をした。
ブリイは頭に手をやり、髪留めをさっと引き抜いた。途端に、燃えるような赤髪がはらりと解け、揺れながら彼女の背に広がった。ブリイは滅多に髪を解かないが、いざ解かれると、毛先は彼女のお尻のあたりまで達していた。とても豊かで波打つ髪で、ストリッパーがするように頭を振ると、豊かな髪が彼女の体に巻き付くような動きを見せた。そして彼女は堂々とした歩みで僕に近寄り、それから後ろ向きになった。
「背中のチャックを降ろして」と、彼女は官能的な低音の声で言った。
ブリイは、気分が盛り上がってくると、このテレフォンセックス・サービスであるような、低音のハスキーな声を出す。それを聞けば誰でも即時に勃起してしまうだろう。僕は、わざとこぶしで彼女の背骨を擦るようにして、青いドレスのチャックを降ろした。その刺激を受けてか、彼女はぶるっと震え、2歩ほど僕から離れた後、くるりと向きを変えて僕の方を向いた。長い髪が、体が回転するのに合わせて、弧を描いて踊った。
僕に向き直ると、肩をすくめ、それに合わせてドレスが滑るように落ち始めた。ドレスの落下は胸のところで一時的に止まり、そして腰のところでも止まったが、最後には床の上、彼女の足元へとドレスは落ちた。
ブリイは、その落ちたドレスから優雅なポーズで踏み出た。ヒール高8センチのハイヒールのおかげで、お尻が持ち上がり、背中が反った姿勢になり、ふくらはぎがいっそう美しく見え、目を奪われる。目を奪われると言ったら、彼女の乳房も同じだ。大きく張りがあり、白いレース地のブラにかろうじて収まっている。レースの生地の中、固くなった乳首と、その周囲のピンク色の乳輪もうっすら透けて見えていた。パンティはブラとマッチしていて、ハート形の陰毛が透けて見えている。ああ、やはりブリイは素晴らしくセクシーな女性だ。
彼女は、彼女を見た男たちにどんな影響を与えているのか、全く理解していないと思う。そういうことについて、彼女は完全に無自覚なのだ。男たちは彼女に近づこうと、彼女の周りに群がるが、彼女は、そんな男たちを火に群がるうるさいハエとしか思っていない。そのブリイが、今は、彼女の持てるムンムンと息が詰まるような魅力をすべて僕に向けている。多分、そういう彼女を知っている男は僕だけだろう。
ブリイは両腕を背中に回した。次の瞬間、ブラが外れ、はらりと床に落ちた。そして、あの目を見張るような美しい乳房が跳ねるように姿を現した。クリーム色の白肌が輝いて見える。ところどころにそばかすがあるのもセクシーだ。
今度は腰を左右にくねらせ、パンティも脱いでいく。やがて、小さな布切れが、床に落ちてる他の衣類の仲間入りをした。そして全裸になったブリイは指をいっぽん口元に寄せ、噛みながら、氷のように透き通った青い瞳で僕を見つめ、僕を震えさせた。
「誰かさんは、服を着すぎていると思うんだけど?」と彼女は焦らし気味に言った。
「なら、それは、どうしたらよいかなあ?」と、僕は答えた。
ブリイは流れるように僕のところに近づき、僕の体を押して、ベッドに座らせた。両ひざで僕の腰を挟むようにして僕の上にまたがる。
彼女が興奮しているのが、漂ってくる匂いで分かった。かすかな香りで、彼女がいつもつけているシャネルの香水でほとんど分からないかもしれないが、わずかにムッとする、焦らすような、そして誘惑するような香りだ。
彼女の知性を感じさせる細く長い指が、僕のシャツのボタンを外していき、裾をズボンの中から引っ張り出し、そして肩から脱がし背中へと押した。結果として、僕の両腕はシャツに縛られ、動けなくなった。
そのまま、彼女は僕をベッドに倒し、仰向けにした。そしてズボンのベルトを外し、ズボンを引きずり、降ろし始めた。僕は従順にお尻を上げ、それを受けて彼女はズボンを足首のあたりまで降ろしていく。ズボンは靴に引っかかったが、彼女は靴紐を解き、靴と靴下を一緒に脱がしたあと、ズボンも脱がし、床に放り投げた。
トランクスの前のところが恥ずかしいほどテントを張っていた。彼女がトランクスのボタンを外すと、途端に僕の勃起が跳ねるようにして中から飛び出した。これまでの人生で、こんなに固く勃起したことがあっただろうか。
ブリイを相手にしても、これは、まったく新しいレベルの官能性だった。彼女は前から、匂い立つようなセクシーさを漂わせた女性だったが、今の彼女は、ピンク色の文字で「ファック・ミー」と照らすネオンサインのような女性に変身していた。
ブリイは顔を僕の股間に寄せ、淫らな赤い唇を舌なめずりした後、僕の分身を口に含み始める。彼女の口の中はまるでマグマが充満した火山口のようで、飲み込まれた瞬間、その場で射精してしまいそうになった。彼女の唇は僕の分身の先端から根本へとみるみる移動していき、やがて、頭部が彼女の喉奥に突き当たるのを感じた。一瞬だけ顔を引く動きがあり、彼女が、飲み込みなおすのを感じた。実際、その動きにより、僕のペニスは彼女の喉門をすぎ、さらに奥まで入ったようだ。彼女の唇は大きく広がり、今はペニスの根元を捕らえている。可愛い鼻先が、僕の下腹部に埋まっている!
ブリイはこれまでこんなことをしてくれたことはなく、我慢しようとしても刺激が強すぎ、とうとう耐えきれなくなり彼女の喉へと噴射した。ブリイは、亀頭だけが口に収まるところまで顔を引き、淫らっぽい手つきで肉茎をしごき、わざとなのかズルズルと音を出して最後まで飲み下した。
僕は、彼女の口が僕の口に並ぶところまで彼女を抱き上げた。ブリイは顔を背けようとしたが、僕はそれを許さず、ビロードのように柔らかな唇に自分の唇を押し付け、強引にキスをした。それを受けてブリイは僕にしがみついた。僕の分身を根元まで飲み込んだ時に出た涙が拭き取られずに残っていて、彼女は涙で潤んでいた。
「ああ、ブリイ……こんなこと、どこで覚えたんだ?」と囁いた。
「職場の女の子にやり方を教わって、ディルドで練習したのよ」と彼女は囁き返した。
僕は切羽詰まった口調で返した。「ありがとう。今度は僕の番だ!」
彼女を抱きかかえたままくるりと反転し、ブリイをベッドに仰向けにさせた。抵抗できないように、左右の手首をつかんでベッドに押し付けた。甲高い悲鳴を上げたが、無視して、あの長く細い首に沿ってキスをしながら降りていった。ブリイは官能が高まったのか、ぐっと背を反らせた。そのために胸を僕に突き出す格好になる。彼女の左右の乳首はスパイクのように固くなっていて、僕の胸板を突いてくる。まるで、すぐに触ってと訴えているように。もちろん、僕はその求めに喜んで応じた。
彼女の固くなったボタンに唇で触れた途端、ブリイは「ああっ」と喘ぎ、僕の髪に指を絡ませるようにして、張りのある胸に僕の顔を引き寄せ、僕の名を叫んだ。こんなに興奮した彼女を見たのは初めてだった。確かに彼女は昔からとても反応が良かったし、乳首もとても敏感だが、このように乱れた姿を見るのは初めてで、驚きだった。僕は30分近く、そこを愛し続けていたと思ったが、実際はそんなに長くはなかっただろう。というのも、彼女は僕の頭を下方へと押し始めていたから。あの涎れが出そうな乳房を愛している間、彼女は小さなオーガズムに達していたと思う。「マック、もっと。もっとして!」とブリイは叫んだ。
ブリイの平らな腹部をキスをしながら下っていく。彼女は接触している部分をできるだけ広げようとしてか、背を反らせ、肌を僕の顔に押し付けていた。おへそをすぎ、女性的に丸く膨らむ下腹部をすぎ、やがて炎の色のちじれ毛の茂みに近づいた。そのちじれ毛を唇で挟み、引っ張ると、彼女はくすくす笑いながらも、時折、溜息をもらした。
太ももの間に落ち着くと、ブリイも積極的に脚を開いて僕を挟み込んだ。内もものシルクのような肌を唇で挟む愛撫をすると、太ももの筋肉がぷるぷる震え、時々、キューっとこわばる。
甘噛みした。噛まれてると感じてほしかったから。思った通り、ブリイは「うーん」と低い声で唸り、ゆっくりと身体をうねらせ始めた。うねる身体が少し震えている。僕は、これは彼女が興奮していることを示す兆候だと知っている。さらにあの極楽の場所に向けて、口唇愛撫を続けていく。
小陰唇は閉じていた。ぴっちりと。そのまっすぐに伸びた割れ目の線が美しい。もちろん、その線の行き先は小さな突起。自慢じゃないがブリイのアソコは美しい。つるっとしてて、清潔で、可愛いおちょぼ口。その口から透明な一滴つゆが染み出てくるのが見えた。舌で掬い取り、ブリイのオンナの味を味わう。ああ、これだよ!
ブリイは僕の舌があそこに触れたのを感じ、キュッとアソコを収縮させた。ここがチャンスだ。僕はそこをすかさず、べろべろ舐めて、彼女の小陰唇を開かせた。思った通り、見事に美しい花びらに開花する。ブリイは僕の舌使いに体をぐらぐら揺らせ、それに合わせてじゅくじゅくと女の体液を分泌してきた。液がキラキラ光っている。僕は飢えた男のようにそれを舐めた。ブリイは腰をぐらぐら揺らし、激しく体をくねらせた。
今は、ブリイは声を止めることができないのか、うるさいほどに「ああん、ううっ!」と声を上げ続けていた。
いまやブリイの喘ぎ声は止まらなくなっていた。陰唇からクリトリスの小さな突起へと舐め上げていくと、渇望している刺激を求め、それを見出したのか、股間をぐいっと僕の口へとせり上げてきた。僕は舌でその突起の包皮をいじり、つるつるの小さなボタンを剥き出した。そこに舌が触れると、途端に悲鳴を上げ、ぶるんと身体を跳ねさせた。もちろん僕はそこを離れるわけはなく、楽しみながら優しく愛撫を続けた。一方、彼女はいっそう激しく体を震わせ始めていた。
いったんそこから唇を離し、指先で優しく叩く愛撫に変えた。すると彼女はビクッ、ビクッと身体をけいれんさせる。
「ああ、いいわ。マック、それ、いい!」 ブリイの喘ぎは発作的な様相を帯びていた。「あなたのせいで、狂ってしまいそう!」
再び口を寄せ、上下の唇でクリトリスを挟み、舌先で激しく擦った。これを受けて、彼女はベッドから飛び上がりそうな勢いで激しく腰を突き上げ、僕の顔を叩かんばかりに波打たせ、叫び声をあげた。オーガズムに達したのだろう。さらに、指を1本、彼女の狭い割れ目に挿入すると、再び、次の絶頂を迎え、のたうちまわる。僕はその熱く濡れた肉穴に指を埋め込んだままにし、彼女をできるだけ長く絶頂状態にいさせた。さらに指をもう1本加え、同時にピンク色の陰唇に沿って狂ったように上下に舌を走らせた。すっかり膨らんだクリトリスがつんと立っているのが見えた。しばらくそれを続けていると、やがて彼女が落ち着いてくるのを感じた。体から力が抜け、ぐったりとしてくるのが分かる。でも、僕はまだ終わらない。再び攻撃を始める。ブリイは金切り声を出し、僕を押しのけようとした。僕は片手で彼女の両腕の細い手首を押さえつけ、少し体重をかけてのしかかり、彼女を身動きできないようにして、クリトリスへの攻撃を続けた。
「イヤっ!」 ちょっと切羽詰まった声でブリイが言った。「お願い、マック。もう耐えられない! もうやめて。お願い!」
「いやだ」と僕は答えた。「君のここの部分は僕のモノで、僕は今ここを思う存分舐めたいんだ!」 そう言って引き続き愛撫を続けた。彼女は弱々しい泣き声になり、やがて再び爆発的にオーガズムに達した。
それを何度も繰り返していると、やがてブリイは僕の体の下、激しく身をよじらせだした。そして、何とか腰を回しくねらせ、慌てた様子で僕から逃れた。一瞬、ものすごく恐い目で僕を睨み付けた後、がっくりと力が抜けたようになってベッドに仰向けになった。頭だけは持ち上げて、僕を睨み付けている。
「いったいどうしたのよ、マック。あたしが上にのしかかられるのが嫌いだってこと、あなた、知ってるでしょ!」
「それは悪かったね」と言い、僕はベッドの上に跳ね上がり、再び、彼女を押さえつけた。またも片手で彼女の両手首を握り、頭上にねじり上げ、同時に再び息を吹き返した勃起を彼女の熱い女陰に押し付けた。
ブリイは激しく抵抗したけど、僕の方が少なくとも40キロは体重が重い。
「イヤっ!」と彼女は小さく鋭く苦情を訴えたが、その声も、僕が彼女の湿った陰部に埋め込むのに合わせて、腹の底から出すようなうめき声に変わった。
「ああ、ひどいわ、マック!……やって! でも優しくしてよ! こんな形であたしを犯すには、あなたのは大きすぎるの。分かってるくせに!」
僕は笑いながら、ちょっとだけ腰を引いた。するとブリイは緊張が和らいだのか、体から固さが抜ける。それを受けて、僕は彼女の熱く濡れた肉穴に、ゆっくりと滑らかにではあるが、一気に奥まで突き入れた。彼女のわずかなちじれ毛が僕の下腹部を擦るのを感じたし、ペニスの頭部が彼女の子宮の奥壁に当たるのを感じた。
完全に結合した状態になっている。天国にいるような感じだ。腰を動かし、恥骨で彼女のクリトリスをこね始めた。僕の分身が、ブリイの狭く、熱く、濡れた部分に、火山のような熱で包まれるのを感じる。出し入れの動きはせず、奥の行き止まりのところに留まって、腰を回転させる動きを続けた。やがて、ブリイの方も僕とは逆方向の回転で腰を動かし始めた。
いったん引き抜き、その後、ゆっくりと出し入れを始めた。ブリイは長い両脚で僕の腰を包み込んだ。彼女のヒールが僕の太ももに食い込むのを感じる。両手首を放すと、すぐに両腕が僕の体にしがみついてきた。何かすがりつくものを求めていたのだろう。
やがて、ふたりともリズムをつかみ、それに伴って、僕の打ち込に合わせて、彼女は、あっ、あっと喘ぎ声を発するようになった。しばらくそれを続けていると、突然、ブリイは目を閉じ、頭をぐいっと後ろに倒し、あごを突き上げた。激しく絶頂に達した瞬間だった。赤みが顔に広がり、次第に首、そして胸の上部へと広がっていく。その間にも彼女は2度目の絶頂へと突入した。体を震わせ、すすり泣くような声を上げて耐える彼女の愛しい体を、僕はきつく抱きしめた。
そのオーガズムが少しだけ落ち着くのを見計らって、僕はいったん彼女から抜け、その身体をうつ伏せにさせ、彼女の両脚にまたがる形で、後ろからのしかかった。
「ああ、ダメ! ダメよ!……また? あたし……もう無理!」
そう叫んだブリイだったが、もちろん、実際には、無理なんかではなかった。僕はその姿勢でたっぷりと10分は出し入れを続け、そして彼女は何度も繰り返し絶頂を味わっていた。最後には、体をぶるぶる震わせながら、本当に涙をこぼし、声をあげて泣いていた。そして僕はその彼女の美しい姿を見ながら、中に射精した。自分の魂を彼女の体内に注ぎ入れているような感覚がした。
こんなに燃え上がり、こんなに淫らに興奮したブリイを見たのは初めてだった。この時のブリイこそ、ずっと前から僕は、彼女の本当の姿であり、きっと、彼女ならそう変われるはずと踏んでいた女だった。彼女は、男に奪われ、所有されることを待ち望んでいる魅力と謎に満ちた生き物なのだ。この瞬間、僕はどれだけ彼女を愛しているかを本当に悟ったと思う。彼女のためならいつでも死ねるし、その犠牲を払っても自分は疑問を感じないと思った。
再びブリイの体を仰向けにし、きつく抱きしめた。ブリイは横寝になる形で僕に覆いかぶさり、胸に顔を埋めて、すすり泣きを続けた。
すると彼女が言葉をかけてきた。とぎれとぎれで、かすれた声で。
「ああ、なんてこと、マック! あたし……あなたに……滅茶苦茶にされた!」
ブリイは、そう言ったきり、またしばらく震えていた。僕は彼女を抱きしめ、髪を撫で、背中のシルクのような肌を軽く叩き続けた。やがて、ブリイは顔を上げ、僕の瞳を覗き込んだ。
「マック、愛してる。ずっと愛してる。あたしは身勝手で嫌な女。それも分かってる。本当の意味で自分を誰かにゆだねることは一度もなかった。でも、今は、あなたにすべてをゆだねてしまったわ。マック、あたしのことが欲しい? 多分、生まれて初めて、あたしはそういう気持ちになったと思う。本当の意味でのあなたの友だち、あなたと愛し合える女、あなたの妻、そしてあの娘たちの母親になれる気持ちになったと。あたしに手を貸してくれる? あたしを愛してくれる? わがままなあたしを我慢してくれる? 神様に誓ってもいいけど、絶対、あなたにがっかりさせないから。あなたが手を貸してくれたら、そうできる気持ちになっているの、マック。それくらいあたしを愛している?」
僕は自分の唇を彼女の官能的な唇に押し付けた。「他の何より、君を愛しているよ。君も僕に手を貸してくれなきゃダメになるよ。僕が君に我慢するのと同じくらい、君も僕に我慢しなければならない。僕もずっと君を愛してきた。僕たちがチームを組んだら、何とかできるさ」
「あなたのためなら何でもするわ。それにあの娘たちのためにも、何でもする。こんな気持ちになるなんて、夢にも思っていなかった。あの娘たちがあたしの生活に入り込んできたら、どうしても自分を抑えることができなくなったの。怖いの、マック。自分がだらしない母親になるんじゃないかって、怖いの。ずっとそれを恐れていた。だから、子供を持つのを考えようとしなかったんだと思う。あの娘たちの人生を台無しにしてしまうんじゃないかと恐怖を感じているの。ああ、マック、どうしたら母親になれるのか、全然、分からないのよ、あたし」
「僕も分からないよ」とくすくす笑った。「多分、父親になるのも同じくらい難しいんだと思う。こういうことって、実際にやってみながら学んでいくことだと思う。誰でも、開始した時点では、どうしたらよいか知らないものだし。それに、僕は、どうしたら夫になれるかも知らないんだ。ともかく、良い夫になるにはどうしたらよいか。最初の時は、僕たち、失敗してしまったわけだし」
「ええ、そうね。大半はあたしのせいだった。あんな子供みたいに振る舞ってしまって。いろんな点で、あたしは依然として子供みたいだわよ、マック。もっと成長するよう一生懸命頑張るつもりだけど」
「ああ、僕もそのつもりだよ」 と僕は彼女を強く抱き寄せた。
いつの間にか、僕たちはそのまま眠りに落ちたようだった。
翌朝、僕は素晴らしい快感に包まれながら目を覚ました。ペニスが熱い液体に包まれている感覚。目を開けたら、ブリアナの青い瞳が僕を見つめているのに気づいた。熱を帯びた瞳。その彼女の顔が上下に跳ねている。僕の勃起を咥えこみながら。
「良かった。目が覚めたのね」
ブリイは微笑みながら引きさがり、後ろ向きになり、片足を持ち上げて僕の肉柱の上にまたがった。その姿勢のおかげで、彼女の夢のように美形のお尻と、腰が沈むのにつれて、女陰が徐々に僕の分身を飲み込んでいく信じがたいほどエロティックな光景を存分に見ることができた。すっかり貫通すると、左右の陰唇が肉棒にぴっちりとまとわりつき、アルファベットのオーの文字そのものに姿を変える。
見ていると、やがてゆっくりと、彼女のお尻は上下の運動を始め、それに合わせて僕のペニスは出ては入ってを繰り返した。出る時と入る時で、僕を包む肉壁の圧力が微妙に異なり気持ちいい。ブリイはその調子で3回、オーガズムに達し、その3回目で、僕も我慢しきれなくなり、彼女の中に熱い溶岩を噴射したのだった。
その後、ふたり一緒にシャワールームに入り、高校生同士のようにくすくす笑いながら互いの体を洗い、シャワーを浴びた。シャワーを出て、タオルで体を拭いた後、なぜかブリイはパジャマを着た。
「何をしてるの?」と訊いた。
「あたしの勘違いでなければ、すぐにお客さんが来るはずよ」と彼女は笑った。「だから、何か服を着た方がいいわね。あたしは、もう疲れちゃって、起きていられないの」
僕はトランクスとTシャツを着て、彼女と寝室に戻った。案の定、寝室に入って10分もしないうちに、誰かがドアをノックした。
「どうぞ」とブリイが呼びかけると、ドアの隙間から、ストークリーが顔を出した。彼女は僕たちを見るとパッと顔を明るくし、部屋の中を駆け、僕たちのいるベッドに飛び乗った。残念なことに、ストークリーはドアを開けっぱなしにしてしまったので、まだら色の毛の塊も飛び上がってきて、恍惚とした顔でハアハアと息をしながら、僕たちの脚の上に横たわってしまった。さらに5分もしないうちに、マギーもやってきて、結果、僕とブリイ、ストークリーとマギーの4人でグラニーと即興のレスリングをする状態になってしまった。
もちろんグラニーには牙があるし、涎れも垂らすので、レスリングの勝負は彼の勝ちに終わったが、僕たち4人で彼をシーツにくるみ、寝室から引きずり出し、やっとのことで締め出した。4人とも最終的な勝利を得て、誇らしげにベッドへと行進し、みんなで固まって抱き合った。
30分くらいそうやっていたが、やがて女の子たちはお腹がすいたと言い始めたので、朝食を食べに食卓に移動した。午後2時になると、ブリイは予定があると言った。だが、どんな予定なのかは言おうとせず、ただ、みんなを車に乗せて、地方裁判所へと向かったのだった。
「何か裁判があるのかな?」と僕は彼女に訊いた。
「ええ。あたしが担当してきた中で、一番難しい裁判だわ」と彼女は笑った。
ブリイは僕たちを連れて中に入り、法廷のひとつに案内した。法廷に入ると中には治安判事がいた。「準備は整いましたか?」と彼は訊いてきた。
「何の準備?」と僕は訊き返した。
ブリイは床に片膝をついて、ハンドバックの中から小さな箱を取り出した。
「マック、もう一度、あたしと結婚してくれる?……今度は、死ぬまで夫婦でいると約束する。前回もそう約束したけど、でも、あたしがずっとあなたを愛し続けているし、あなたの妻でありたいと思い続けているのは知っているでしょう? あたしが愛したのは、そしてこれからも愛し続けるのは、あなただけ。マック、お願い、あたしと結婚して」
彼女の箱の中には、婚約指輪に加えて結婚指輪も入っていた。「ブリアナ、本気なのか?」
「これまでの人生で、こんなに自分の判断に自信があったことはないわ」と彼女は言った。そして女の子たちに向かって声をかけた。「ふたりとも、あたしを助けてくれない? 彼、頑固になってるの!」
「そうだよ、お願いよ、マック」とふたり声を合わせて訴えてきた。「ブリイは本当にあなたを愛しているよ。あたしたちもマックを愛してるし、ブリイも愛してる。みんなで家族になりたいの」
もちろん、僕に反対などできるわけがない。婚姻の手続きが完了するのに10分程度しかかからなかった。
裁判所を出ると、ブリイはお祝いをしようと素早くこのレストランへと僕たちを連れてきた。新しく開店した、彼女が知っているギリシャ料理のレストランである。僕は、自分の人生が花開くのを目の当たりにしている気分だった。世界で一番ゴージャスな女性を妻にし、毎夜、ベッドを共にすることになる。素晴らしい娘がふたりもいて、それぞれがこれから急速に美しい女性へと成長していくのだろう。それが楽しみにならないはずがない。本当にそんな人生を送ることができるのだろうか? 時が経たなければ分からない。
マギーとストークリーの養育権を得るには1ヶ月ほどかかった。ブリイはそれを実現するために献身的に動いてくれた。そしてとうとう、僕とブリイがふたりの親となったとき、マギーとストークリーは世界で一番幸せそうな女の子になったし、僕とブリイは世界で一番幸せなカップルとなった。ブリイは自分のコンドミニアムを売却し、僕の家に引っ越した。
引っ越しの後、4人での暮らしが始まったが、僕はブリイとの間で互いに神経に触ることが起きないかと、かなり心配していた。実際、特に最初のころは、互いにイライラすることがあったのは事実。そして、結婚して3週間ほど経った時、ちょっと頭にくる出来事が起きたのだった。ブリイが、僕たちに連絡の電話をせずに、顧客とディナーに行ったのである。その夜、ブリイは帰宅すると、6個の咎める眼に出迎えられたのだった。
「どういうこと?」とブリイは訊いた。
ストークリーは持っていた電話を高く掲げた。それを見たブリイは怒りで目をきりッとさせたが、すぐに口をあんぐり開け、そしてワッと泣き出した。すぐに駆け寄り、みんなをソファの前に集めた。そして、その前の床にひざまずいて、すすり泣いた。「本当にごめんなさい。電話するのを忘れてしまっただけなの。電話すべきだったのに。お願い、怒らないで。こういうことは繰り返さないようにするから。絶対、繰り返さないとは約束できない。けど、あたしに注意するよう、助手に言うつもり。ディナーの場では、早くこのミーティングが終わって、家に帰れたらなあと、それしか思っていなかったのよ。許してくれる? ストークリー、マギー、マック! 本当にごめんなさい」
ブリイがそれまでの人生で謝罪したのは、10回もないのじゃないかと僕は思う。そのブリイが真摯に謝った。これは、僕たちふたりの関係がまったく新しくなる始まりだった。僕もブリイも、それぞれのやり方から脱皮し、相手を幸せにしようとしたし、ストークリーとマギーは、僕とブリイの関係を良くしようと驚くほど手助けしてくれていた。時々、僕たちこそが子供で、あのふたりの娘たちこそが大人のように感じた。
ブリイとはちょっとした口喧嘩はしたけど、僕はこれまでの人生で今ほど幸せで満足したことはなかった。ボクが教えているキャンパスに私立学校があり、ブリイは娘たちをその学校に登録した。僕が車で送り迎えをした。その送り迎えの車中で、僕と彼女たちとのきずなはいっそう深まった。ふたりともいろんなことについて話しをしてくれて、僕の人生をふたりの情熱で満たしてくれた。学校から帰ると、ふたりとも自分の部屋に直行し、宿題をした。たいていは2時間くらい勉強する。それが終わると、僕と3人でグラニーの散歩に出かけた。家で夕食を取る場合は、たいてい5時に夕食の準備を始める。ブリイは普通6時半には帰ってくる。ブリイは、遅くなる時は、充分前もって電話を入れてくれていて、そういう時は、普通みんなで外食しに出た。
マギーが16歳になる日が近づいた時、ブリイは彼女に誕生日のプレゼントに何が欲しいか訊いた。マギーは運転免許が欲しいと言った。それから2週間、マギーは教科の勉強と運転の練習をし、1発で合格した。彼女の誕生日の夜、ベッドの中でブリアナが僕に話しかけた。
「マギーに車を買ってあげたいんだけど」
「いいよ。どんな車にする?」
「カマロのコンバーチブル(参考)の新車を考えてるの」
「いくらくらいするのかな?」
「あら、マック。それ、問題になる? あたしたちが破産するとでも?」
「いや、問題じゃないよ。ただ、どのくらいの車か知りたかっただけだよ」
「分かってる」と彼女は僕にキスをした。「ちょっと突っかかって、ごめんなさい。だいたい6万ドルくらいのを買えると思うの」
僕はヒューっと口笛を吹いた。「そりゃあ、すごい車だなあ。でも、マギーは素晴らしい女の子だ。その車に値するよ」
「ええ、そうよね」とブリイは微笑んだ。「あの子たち、ふたりともこれまでの人生、ひどいことばっかりあったわ。これからは良いことばっかりあると、ふたりにはっきり示してあげましょう」
僕たちは車を注文した。明るい黄色で黒いストライプがたくさんついている外装で、内装は黒だ。さらに、自分でもよせばいいのにとは思ったけれど、巨大エンジンのV8タイプを選んだ。ブリイは巨大エンジンの方が性能をよく発揮するだろうと思ったからで、多分、彼女の判断は正しいのだろう。ともあれ、いかにパワフルな車を与えられても、マギーが無謀な運転をするはずはないと思った。
カマロが納車されたが、すぐには見せず、ガレージの中に入れた。学校に行く時間になり、娘たちはカバンを持って、僕の後について、普段の車へと向かった。ブリアナはガレージの中にいる。僕はわざと車のドアのロックを外さなかった。
「パパ? 車に乗せて?」とストークリーが言った。
「今日は僕の車では行かないんだよ。マギー、今日は君が運転するんだ」
「ママは仕事にはいかないの?」
「いや、行くよ」
「じゃあ、あたしが運転する車は?」
僕はガレージのドアを開けるボタンを押した。「マギーが運転するのはこれだよ」と、ガレージの中を指さした。
マギーの緑の瞳が皿のように大きくなった。どちらの瞳も1分近くじっとして動かなかった。そして、その後、彼女は泣き始めた。大きな涙の粒が頬をつたい、体が木の葉のように震えていた。
僕は飛び出し、ブリイも駆け寄ってきた。両腕でマギーを抱き、ブリイも同じようにした。「何か困ったことでもあるの? 僕たちはマギーが大喜びすると思っていたんだよ。これは君の車だ。誕生日のお祝いに買ったんだよ」
マギーは何か言おうとしたが、あまりにしゃくりあげるので、何を言おうとしてるのか分からなかった。彼女は僕の胸に顔を埋め、僕とブリイは彼女が落ち着くまで、背中を叩きながら優しく抱き続けた。ストークリーも加わって一緒にマギーを抱き、ようやくマギーは落ち着き、しゃべりだした。
「車は欲しくはないの。ふたりのことをすごく愛してるから、こんな車はあたしにはもったいなさすぎ! あたしは……あたしとストークリーは、ふたりに何かモノを買わなくちゃと思ってほしくないの。ストークリーと話し合ったのよ。モノはいらないって。ただ、あたしたちを愛してくれれば、それでいいって」
そう言ってマギーは再び泣き出した。
「もちろんあなたのことを愛してるわよ」とブリイはマギーをなだめた。「他の何より、あなたたちふたりのことを愛しているの。あなたたちと一緒に家族になることは、あたしたちにとって、夢だったの。でもね、あたしたち、あなたたちにモノを買うのも大好きなのよ。あたしたちは働いてたくさんお金を稼いでる。だから、いろんなものを買ってあげることができるわ。あなたたちを幸せな気分にさせたいの。これは、あたしたちがあなたたちを愛していることを示す方法のひとつなのよ。方法と言っても、これは小さな方法。あなたたちにモノを上げることで、あたしたちふたりとも幸せな気分になれるの」
その頃にはストークリーも泣き出していた。僕はふたりの頬にキスをした。「さあ、これは本当にすごくカッコいい車なんだ。少なくとも、どんな車か見てみるだけでもいいんじゃないかな?」
ふたりは鼻をすすり、手で目をぬぐった。そして、ようやくガレージの中に入ってくれた。僕はマギーのために運転席のドアを開けてあげ、ブリアナはストークリーのために助手席のドアを開けてあげた。マギーは両手をハンドルに掛け、僕を見上げた。美しい顔に笑顔が浮かんでいる。
「マギーにお似合いの車だね。さあ、エンジンをかけてごらん」
大きなV型8気筒エンジンが生きかえり轟音を上げた。娘たちはふたりとも興奮でぶるぶる震えていた。僕はドアを閉め、窓をノックし窓を開けさせた。僕は運転席に座るマギーにもう一度キスをした。
「じゃあ、学校で会おう」
マギーはバックで車を玄関前から道路へと出したが、そこで車を止めた。ブリアナと僕は立ったまま、車に乗るふたりを見ていたのだが、急にドアが開き、マギーが飛び出してきて、僕たちのところに飛ぶようにして駆け寄ってきた。両腕を広げて僕たちに抱きつき、何度も何度もキスをしてくれたのだった。
「本当にすごく愛してる」と何度も繰り返して言う。「ありがとう。ふたりは地球で一番のパパとママよ!」 そして再び車へと駆け戻り、そして走り去った。
ブリアナに顔を向けたら、彼女は赤ん坊のように泣いていた。僕自身、何と言ってよいか分からないが、目に涙が溢れていた。「僕たちを見てごらんよ。ふたりとも3歳の子供かなんかにしか見えないな。でも、ブリイ、車のことを思いついたのは素晴らしかったね。君は最高の女性だ」
ふたりでしばらくの間、抱き合った。授業に遅れるかもしれないのは分かっていたけど、構わなかった。
ストークリーが16歳になったとき、新車のチャレンジャー(参考)を買ってあげた。マギーの時のように感傷的になったりはしなかったが、特別なイベントだったのは変わりない。それぞれ、高校を卒業した時には、ふたりをハワイとベリーズ(参考)に連れて行った。
ストークリーが大学生生活を始めるために家を離れる日、家に帰ると、ブリアナがソファで泣いていた。僕は彼女の隣に座り、ひと言も語らず、ただ両腕で抱き、慰めた。ブリイは僕の胸に顔を寄せ、静かに泣いていた。しばらくたち、ようやく彼女は顔を上げた。大きな青色の瞳に涙が溢れていた。
「子供たちがふたりとも大きくなってしまったわ、マック」
「そうだね」と僕は彼女にキスをした。「いずれはそうなるものだよ」
ブリイは突然、両手で僕の顔を挟み、僕の目をじっと見つめた。
「マック、もうひとり子供を作りましょう。今度はあなたとあたしとで。赤ちゃんが欲しいの、マック」 いったんそこまで言い、また鼻をすすった。「こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。あなたのことをすごく愛してるし、もうすでにあの子たちがいなくてすごく寂しくなっているの。子育てをもう一度したいの。すごく驚きに満ちていたことだったもの! ふたりともここから200キロしか離れていないところにいるのは分かるけど、とても寂しいのよ」
「僕もだよ。もし、赤ちゃんを作るとするなら、ちょっと練習すべきじゃないかな?」
ブリイはハッと息をのんで僕を見つめた。「ほんと? あなたも望んでる? 赤ちゃんを作ることを?」
「もちろん。君と同じような赤毛の女の子を希望してるんだ。ブリアナ、僕も君を心から愛しているよ」
僕は彼女を抱き上げ、抱えながら誰もいなくなった家の中を寝室へと進み、そして「練習」を始めた。グランビルを追い出さなくてはいけなかったけど、犬と遊ぶより子作りの方が楽しい。ことを終え、ウトウトしていると、ナイトテーブルに飾ったマギーとストークリーの写真が目に入った。ふたりとも浮浪者には決して見えない。