「身内びいき」 Nepotism  by Nikki J. 出所
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マイクは怒っていた。会社が最大級の損失を出してしまったのは、自分の責任ではない。自分は自分の仕事をしただけだ。ミスをして、会社に何百万ドルもの損失を与えたのは、あのトニーの傲慢バカ野郎のせいなのだ。だが、そんなことは問題にされなかった。トニーはすべてマイクのせいだと主張した。そしてトニーは、CEOの従弟であるおかげか、むしろ、あらぬ嫌疑をかけられた人物として、会社から好意的に受け取られた。

結果として、マイクはオフィスでの自分の持ち物を段ボール箱に詰めることになった。その作業をするところを守衛が見守っている。会社のビルから出るまでマイクを監視する職務なのだろう。

マイクは25年近く会社のために働いてきたし、何百万ドルも会社に利益をもたらしてきた。だが、身を粉にして働いてきたことも、会社のトップの親族である傲慢野郎の身代わりに会社から放り出されるためだけだったような気がしてくる。マイクはマグカップを段ボール箱に放り込んだ。だが、怒りのせいか、ちょっと強く投げすぎたようだ。マグカップが粉々に割れ散った。

「大丈夫?」 と守衛が訊いた。マイクはこの10年ほど毎日、この守衛を見かけてきたが、名前は知らなかった。

「ああ。ただ、憤懣やるかたなくてね」 とマイクは答え、ツルツルに剃ったチョコレート色の頭を手で撫でた。

お金が問題ではなかった。彼は充分な財産を蓄えていた。問題は今回の件の背後にある原則なのである。会社に貢献してきた長い歴史が何の意味もなかったということが問題だった。会社への忠誠心が、廃棄物のように投げ捨てられたように思えた。わずかな所持品を段ボール箱に詰め終わると、守衛に導かれてビルの外へ出た。何かの犯罪者のように扱われ、マイクは屈辱感を感じた。

ビルの外に出たマイクは、しばし呆然と突っ立っていた。彼の脇を通行人たちが歩いていく。これから何をしようか?

ほぼ10年前に離婚したので、彼には家族と呼べる人はいなかったし、子供もいなかった。マイクはそれだけ会社に人生を捧げてきたのである。そして、その会社はというと、彼の顔面に唾を吐きかけた。

何分か後、マイクは家路についた。それしか思い浮かばなかったからである。

*

2日ほど過ぎた。マイクは重度のうつ状態に陥っていた。何もしたくない。ただリクライニングに座って、一日中、テレビを見ていた。別の仕事を探すこともできるだろうとは思ったが、新しい仕事についたからと言って、この欝状態を和らげることにはならないのは自明だった。加えて、新しい職場に行っても、たぶん、その会社もスケープゴートが必要になったら、自分を真っ先に解雇するだろうと思った。

日は、週へと延び、週は月へと変わった。そして知らぬ間に半年近くが過ぎていた。マイクはめったに家を出ず、ただ無為に時間を浪費することを選んだ。ひとつ明るいことがあって、それは、彼の取引業者が巧妙に株の投資をしたおかげで、このひと月の間に、貯蓄がほぼ3倍になっていたことだった。こんな短期間に資産が数百万ドルに膨れ上がったら、たいていの人なら、狂喜するだろうが、マイクは違った。生きる目的がない時、カネがあったって何に使うというのだ。

彼の興味を惹くものはほとんどなかった。食もギリギリ必要なものしか食べず、ほとんど睡眠もとらず、外の世界との接触も皆無だった。マイクは実に、実に暗い場所に落ち込んでいたのである。だが彼は自分が求めていることが何かを知っていた。少なくとも、無意識的には知っていた。マイクはあの連中に代償を求めていたのでる。トニーに負け犬になった気持ちを味わわせたかった。彼は復讐を求めていたのである。

その思いが幾層にも重なった欝状態を潜り抜けるのには、しばし時間がかかった。だが、ようやくその状態から復讐の思いが抜け出た後は、彼は計画を練り始めた。再び、自分自身のことを期にかけるようになったし、それから間もなく、彼は元の自分自身に戻った。今や、マイクには目的ができたのである。トニーを殺すのだ。

*

そういうわけで、マイクは身体を鍛え始めた。捕まらずに目的を達成するために、どの程度の体力が必要かを考え、設計したトレーニング計画だ。もちろん、彼は刑務所の塀の中にはいりたいとは思っていない。だから、彼はありったけのエネルギーをトレーニングに注ぎ込んだ。彼は、ミッションに取り憑かれた男になっていた。

ある朝、射撃練習場から帰って来たマイクは、留守電にメッセージが入っているのに気づき、ボタンを押した。

「マイク? オマールだ。この二日ほど、ここに来ていて、私の大学時代のルームメイトに電話をしようと思ったんだ。どこかで会わないか? 私の電話番号は421-555-2351。返事の電話をくれ」

マイクはニヤリとした。彼はオマールとはいつも気が合った。オマールは人種的なことに関しては、いささか過激な点があったが、全体的にみれば、オマールはいい奴だった。それに、オマールは常に興味をそそる存在でもあった。マイクは電話をすることにした。

番号を押すと、呼び出し音2回でオマールが出た。

「はい。オマール博士です」

「ただのオマールじゃないのか? お前、今はベル博士?」 とマイクは冗談まじりに言った。

「マイク! 調子はどうだい?」

「あんまり良くない。というか、実際は、かなりひどい目にあわされてきた」

「昼飯はどうだ? 何だかわからんが、俺に話してみないか?」

「ああ、良さそうだな」 とマイクは答えた、食事をする場所を決めた後、マイクは電話を切った。

*

その2時間後、マイクは指定したスポーツ・バーに来た。そして、オマールがバーカウンターのそばに座り、大学野球の試合を見ているのを見つけた。オマールは大きな男ではない。たった160センチだ。体重も多くはない。だが、彼にはどこか周囲を仕切る存在感が合った。

握手をし、挨拶を交わした後、オマールが尋ねた。「それで、悩みというのは?」

そしてマイクは解雇になったいきさつを説明した。オマールはそれは人種差別的なことによるとしたがっていたが、マイクは、自分が黒人であることはこの件と関係がないという点は頑として譲らなかった。これは、身内びいきのおかげで職につけた無能な男の代わりに、便利なスケープゴートがいたという、そういう単純なことなのだと。オマールは納得してないようだった。やはり、彼にとっては何もかもが人種差別に関係するのだ。

「それで、お前、これからどうするつもりだ? 新しい仕事に着くのか?」

マイクは頭を左右に振った。「いや、職を変えても俺が変わることはできないと思う。それに、俺は今はかなり金銭的には余裕があるんだ。株で幸運に恵まれてね」

「じゃあどうする? 旅行か? 世界を見て回る? お前なら、いつでも俺の会社に歓迎だ。俺は善良な人間を求めている」

「いや。俺には計画があるんだ…」 と言いかけ、マイクは思い直した。

マイクはオマールを完全に信頼している。ふたりはほとんど兄弟のようなものだ。だが、だからこそ、マイクは殺人の意思を持ってると言って親友を困らせたくなかった。

「…いや、お前は知らない方がいいな」

「何だよ? じゃあ、復讐か?」 とオマールは訊いた。オマールはマイクのことを良く知っている。

「会社内の不正か何かについて、社会に警鐘を鳴らすつもりなのか?」

ここまでのところ、的外れだ。

マイクは笑った。「あの会社に? いや、会社自体はクリーンだよ」

「何かせっかちに荒っぽいことをするつもりじゃないよな?」 とオマールは心から心配して言った。

マイクは返事をしなかった。その代わりに、顔を上げ、モニターに映ってる野球の試合を見た。地元の大学が、どこか他の州の大学と戦っている。そして、ふとマイクはあることに気づいた。

「ああ、もううんざりだ」

オマールはいぶかしげにマイクを見た。

「あのガキだよ。打席に立ってる…」 とマイクは画面を指差した。「あいつは、俺を首にした野郎の息子だ。フィリップと言う名前だ。俺と一緒に仕事をしていた野郎がトニーだが、あいつは、いつも野球をやってる自分の息子を自慢していた。いつかはプロの世界に入るだろうとか。あの息子こそ、あの野郎の自慢の種だし喜びなんだろう。トニーは、あのガキがたらしこんだ女の数までも自慢してたっけ」

マイクはうんざりした様子で頭を振った。そして顔を上げオマールを見た。オマールは妙な顔をしていた。

「お前は、そのトニーって男に復讐したいんだな?」 とオマールは訊いた。

「他の何よりも一番に」

「そしてお前は多額のお金が使えるんだな?」

マイクは興味をそそられた。「ああ、必要なら、数百万の単位で」

「じゃあ俺には考えがある」 とオマールは言った。「お前からはかなりの投資をしてもらうことになるが、お前が求めている復讐は確実に叶えてあげられる」

「あいつを殺すのか?」 とマイクは訊いた。

オマールは笑った。「アハハ、俺は殺し屋じゃないよ。俺がするのは、そのトニーが可愛いがってるモノを奪うだけだ」

オマールは説明し始めた。生化学者、および遺伝工学者としての研究を通して、彼の問題を非常にユニークな方法で解決する薬物を開発したと。マイクは説明を受ければ受けるほど、興奮してくるのであった。

そしてとうとうマイクは言った。「それをやろう。そうするには何が必要なんだ?」

「まずはカネだ。いくらかかるかは分からんが、俺はお前にその投資に見合ったことはして返せる。それに施設も必要だ…。それ以外では、フィリップスを俺たちが望む場所に連れてくる方法を考えてくれさえすればいい」

マイクはニヤリと笑った。まさにそういう仕事のために、この何ヶ月かトレーニングを続けてきたのだから。

「それなら任せてくれ」

*

そういうわけで、今、マイクは、2週間ほど前に買った古いピックアップトラックの中にいた。この数日、彼はフィリップを見張り続けていた。彼を拉致する適切な時期を探っているのである。だが、適切な瞬間はまだ訪れてはいなかった。この若者の女性を引っかける能力に関しては、トニーは確かに誇張していなかったようだ。大学のスター選手であると、有利なことがあるのだろうとマイクは思った。

このフィリップという若者は確かにマイクよりも大きな身体をしていた。身長190センチほど、体重は100キロ近いか? だがマイクはこの男を倒せる自信があった。何と言っても、マイクはかつてボクシングでゴールドグラブ賞を取ったことがある。それに彼は、まさにこういう時のために何ヶ月もトレーニングを続けてきたのである。

マイクはフィリップが建物から出てくるのを見た。この建物には野球部のための屋内バッティング場がある。フィリップは振り返り、友人が言ったジョークに笑い、手を振って、仲間たちと別れた。そして自分の赤いスポーツカーへと歩き出し、キーのボタンを押しした。車のランプが点滅し、ロックが解除されたことを知らせた。

彼の車は駐車場の非常に暗いスペースに止まっていた。それにフィリップは今はひとりだ。マイクにとって、これほど良いチャンスはないだろう。マイクは車のドアを開け、外に出た。足音を立てずに、より体の大きなフィリップへと忍び寄る。マイクは手袋をしていたが、その片手に注射器を握っていた。フィリップはマイクが近づくのに気づいていない。

マイクはフィリップの背後から襲いかかり、片手でフィリップの口を塞ぎ、叫び声を押し殺した。それと同時に、フィリップの首に注射針を押し込み、麻酔薬を注入した。フィリップは数秒も経たぬうちに意識を失った。

マイクは彼の身体を自分の車へと引きずり、非常に苦労したものの、彼を車の後部へと載せ、ドアを締めた。マイクはひと仕事を終え、車に背を預けながら荒い呼吸を続けた。

*

警官たちはコーヒーを飲みながら、あれやこれや話しあっている間、トニーはイライラしながら携帯電話をいじっていた。

「あの、私の言うことを聞いておられますか?」 と捜査官が訊いた。

「え? あ、ああ…」 とトニーは答えた。

「この1日か2日の間に取引の電話か手紙が来るはずです」

トニーはちょっと黙った後、口を開いた。「どうしてフィリップなんだ? 息子は誰にも迷惑をかけていない」

「可能性としては、あなたの家族のお仕事と関係があるかもしれません。ご子息を誘拐した人が誰であれ、犯人はあなたが身代金を払えると知ってる人でしょう」

その日の前夜、メッセージが現れた。トニーの息子のフィリップが誘拐されたこと、および、誘拐者は近々、接触を持つつもりであることを告げたメッセージだった。トニーは息子とは二日ほど会っていなかったが、それはそんなに不自然なことではなかった。フィリップはしょっちゅう監視する必要はなかったから。彼はもう大人だったから。

ちょうどその時、トニーの携帯電話が鳴った。皆が会話を辞めた。捜査官は、「電話に出てください。私たちが携帯電話の追跡をします」

トニーはボタンを押し、耳に電話をあてた。「もしもし…」

「我々はカネは求めていない」 と電話の向こうの声が言った。ロボットのような声で、明らかに何らかの装置を通して発せられている声である。「我々は単にお前を辛い目にあわせることを目的にしている。お前の息子が誘拐されたのは、お前のせいであるということを知らせたいだけだ」

「息子を傷つけるのはやめてくれ!」

「誰だ…」とトニーは耳から電話を離した。「すでに切れていた」

捜査官はノートパソコンの前に座っている技術者に目を向けた。技術者は頭を左右に振った。「何だ、これは…。こんなに複雑なのを追跡するのは初めてだ」

「明らかに、私たちはプロを相手にしてるようです」

*

フィリップは頭が割れそうな頭痛と激しい吐き気を感じながら目を覚ました。ぐったりしたようすであたりを見回した。彼はコンクリートの小部屋の隅にいた。鉄格子がないことだけが異なる、まるで牢屋のような部屋だった。コンクリートの壁と小さなドア、それだけだった。彼は全裸にされていた。

フィリップは立ち上がり、数歩進み、ドアを確かめた。ロックされていた。

「誰かー?」 

叫んでみた。声がコンクリートの壁に反響した。彼はドアをがんがん叩き、叫んだ。「僕をここから出してくれ!」

何度か叫んでみたが、無駄だと悟り、彼は床に座った。壁にもたれかかり、考えた。

僕を誘拐するなんて。そんな理由を持ってるのは誰なんだろう? 自分には知る限りでは、敵対する人などいない。だとしたら、犯人が求めているのはお金なのだろう。そうに違いない。フィリップは、お父さんなら僕を取り返すためにお金を出してくれるだろうと思い、少し安心した。

だが、そうだからと言って、ここから脱出しようとするのを止めたわけではない。メディアの見出しを想像してみよう。「野球のスター選手が変態誘拐犯の元から見事、脱出!」 なかなかいいじゃないかとフィリップは思った。そこで彼は落ち着いて腰を降ろし、脱出のチャンスを待った。

そのチャンスは1時間後に訪れた。フィリップは準備万端だった。ドアのノブが回り、ゆっくりとドアが開いた。フィリップは即座に行動に移った。ドアの向こうにいたのは巨漢の黒人だったが、フィリップの方は不意打ちをしかけてる点で有利だった。フィリップはドアに突進し、見張りと思われる男を床に倒した。男はコンクリートの床に頭を打ち、動かなくなった。

フィリップは巨大な石の迷路のような廊下を圧倒的なスピードで疾走した。壁は、彼が閉じ込められていた部屋と同じコンクリート製で、天井は比較的低かった。出口を見つけ出そうと、彼はでたらめに何度も角を曲がり、走った。そしてついに、廊下の突き当たり、重厚なドアを見つけた。おそらくそこが出口だ。

そのドアを体当たりして外に出た。強烈な陽の光に照らされ、慣れない眼のため一瞬、真っ暗になる。ようやく眼が慣れ、あたりを見回し、フィリップはがっくりうなだれた。そこは砂漠の真ん中だったのである。見渡す限り砂丘が続いている。振り返って建物を見た。それは巨大なコンクリートのブロックのような建物だった。ほぼ正方形の形をしている。

フィリップはチャンスに賭けることにし、建物に背を向け走り出そうとした。そして、3歩ほど進んだ時、強烈な痛みが脇腹を襲った。フィリップは熱い砂に崩れ落ち、痛みにもがいた。ヒクヒクと身体が痙攣し、口からは涎れが垂れ流れた。

数秒後には痛みが引いたが、身体の力はかなり奪われていた。フィリップは首を曲げて、相手を見た。そこには背が低く、ヤギ髭を生やした禿げた黒人男が立っていた。手にはスタンガンを握っていた。

「フィリップ、そう簡単には逃げられないよ」 と男が言うのが聞こえ、その後フィリップは意識を失った。

*

目が覚めた時、彼は再びコンクリートの部屋に閉じ込められていた。今度は、前より頭がぼんやりしていた。そして、今度は部屋には彼ひとりではなかった。ヤギ髭の男が彼の前、スツールに座っていた。まだスタンガンを持っている。

「ああ、ようやく目が覚めたようだな」と男は言った。フィリップは男を睨みつけた。

「自己紹介が必要かもしれない。もちろん、私はお前のことを知っている。私はオマール・ベル博士だ。そして、私はお前のことを完全に、疑うべくもなく、憎んでいる。お前が誰であるからとか、お前が何かをしたからという理由で憎んでるのではない。お前が代表していることが理由で、お前を憎んでいる…」

「…こう言ったからと言って、別にお前を怖がらせようとしているわけではない。むしろ、警告するのを意図して言っているのだ。私から譲歩を得ようとしても無駄だ。私は私の計画を完遂するつもりだ。そして、お前の感情も、生活も、未来も呪われたものになるだろう」

「どうして…」 

フィリップはそう言いかけたが、ベル博士がスタンガンを掲げたのを見て、すぐに口を閉じた。

「話せと指示された場合を除いて、お前はしゃべってはならない。これからお前の身に何が待ち構えているかに関しては、いささか複雑な話しになる。ただ、私は世界を変革する薬物をお前に実験するとだけ言っておこう」

フィリップは恐怖に顔をひきつらせた。

「心配するな。その薬物はお前に危害を加えるものではない。充分、健康のままでいられる。こう言って安心するなら言っておくが、もし私がお前を殺すつもりなら、もうとっくにお前は死んでるはずだ。それを知っておくがいいだろう…」

「…その薬は単に、お前の人生に対する見方を変えるだけだ」 とベル博士は安心させるような口調で言った。「実験が終われば、お前は解放される。ちなみに、悪い行動をしたなら、確実に罰を与える。良い行動なら、褒美を与えるだろう」

ベル博士は立ちあがり、ドアに向かった。ドアを開け、彼は振り返った。

「あ、それから、二度と逃げようとしないことだな。いつでも我々は、お前のここでの生活を非常に不快なものに変えることができる。それに、ここはサハラ砂漠のど真ん中なのだよ。逃げたとして、どこに行くつもりなのかね?」

そう言って、ベル博士はドアの向こうに消えた。重々しい鉄の扉ががちゃりと音を立てて、締まった。

*

マイクはふたりの様子をコンピュータのモニタで見ていた。あの部屋に設置されている小さなカメラから画像が転送されているのである。

オマールが入ってきた。

「俺の声、どう聞こえた?」 とオマールはニヤニヤしながら訊いた。

「悪魔の天才のようだったな」 とマイクもニヤニヤしながら答えた。

「で、もう一回、教えてほしいんだが、これからどうなるんだ?」

「前に話した通り、2年ほど前、俺は前の同僚から製法を買い取った。彼は何年も前から彼にイジメを繰り返していたヤツに復讐するため、それを使ったらしい」 とそこでオマールはちょっと間を置いた。「……その男の名は忘れてしまった。とにかく彼は今はどこかに行ってしまった。それで、この薬だが、実にユニークな薬だ。だが、俺の求めるものを考えると、まだ完璧とは言えない。と言うわけで俺はその製法を改良する研究を始めた。まさに俺が望むものになるよう、改良しはじめた」

「それは?」

「俺は、この世界の白人どもに復讐したいのだよ。この問題について俺がどう思っているか、お前もよく知ってるだろう。雇用機会均等法などでちょっと仕事を与えられたからといって、俺たちが被った不平等を補われることなどあり得ない。過去に我々黒人が受けた抑圧を補うには、単に平等になっただけでは済まないのだ。平等以上の補償が必要なのだよ。白人男は罰を受けなければならない」

オマールは一言ひとこと言うごとに、だんだん声の調子が上ずっていった。一度、気持ちを落ち着かせ、彼は続きを言った。

「知っての通り、俺たちは白人より優れているんだ。プロスポーツを見ろ。俺たちの方が強く、速い。そして、あの不公平なシステムで押さえつけられていなかったら、俺たちの方がずっと賢かったはずなんだ」

「オマール? 話しを省いて要点を言ってくれないか? その話しは前から聞いていたし、俺がどう思ってるかも知ってるはずだよ。…あそこの中でフィリップにはどんなことが起こるんだ?」

「基本的に、彼は女っぽくなっていく」

マイクはちょっと考えこみ、そして口を開いた。「それは前にも聞いたが、それはどういう意味なのかな?」

オマールはニヤリと笑い、そして興奮して言った。「まるでSFの話しのようなものだ。だから、実際に自分の目で確かめるまで、信じられないと思う」

「普通の言葉で説明してくれよ」 とマイクは苛立ちながら訊いた。

「まず第一に、彼は徐々に身体が小さくなる。基本的に、彼が女性として生れたとしたら、そうなるであろう体の大きさに変わっていく。あの薬が遺伝子に変化を与えるプロセスは実に複雑で…」

マイクが遮った。「ということは、彼は小さくなるんだな。その仕組みの話しはいらないよ」

オマールは少し不満そうだったが、話しを続けた。

「筋肉の総量の大半が失われるだろう。それに体つきも変化していく。ウェストが細くなり、腰回りが膨らむ。また臀部は丸みを帯びて大きくなる…」

ちょっと間を置き、オマールは続けた。「…この薬で俺が気に入ってる部分は、これだ。乳首と肛門が性感帯に変わるという点だ。それに応じてそれぞれの器官の働きも調整されていく。アヌスは伸縮性を獲得し、挿入に対して極めて感受性が高まるようになる。乳首も興奮すると自然に硬直するようになり、女性の乳首と同じようになる。ただし、もちろん、乳房自体はないのだが…」

「…彼は体毛の大半を失うだろう。これまでの被験者の中には、陰茎の上部に小さな筋状の陰毛を残した者もいたが、大半は、それも失った。…さらに声の質も変わり、甲高くなり、陰茎と睾丸は大幅に縮小する…」

「…そして最後に、彼は女性フェロモンを分泌し始め、男性フェロモンに反応するようになる…」

「…この効果の何とも美味しい点は、彼は非常に女性的な肉体を持つことになるということ、それに男性に心を惹かれるようになることだ。そして、いったん男性に挿入されると、あまりにも快感が強いので、その惹かれる気持ちが強化されていく。まあちょっと条件付けも必要であろうが、そのような効果と、自分の男性性が失われることによる心理的効果が相まって、彼は典型的なオンナ男になるのだ」 とベル博士は興奮して話しを終えた。

マイクは少し考え、口を開いた。

「…写真だ。彼の変化を撮った写真が必要だ。それほど変化するのなら、トニーに、それが本当に彼の息子であることを確実に認識させる必要がある」

*

「起きろ」

見張りの男がフィリップの部屋のドアを開け、言った。「今すぐだ」

フィリップは言われた通りにした。

「俺について来い」

フィリップは従順に見張りの男に従い、個室から出た。2分ほど廊下を歩き、あちこちの角を曲がり進んだ。そのうち、フィリップは来た道が分からなくなってしまった。そして、巨体の見張りの男が導いてくれて、ありがたいと思った。

ようやく、ふたりは別の部屋の前に来た。ここも同じく鉄の扉がある。見張りの男はフィリップに中に入らせた。そこは写真撮影のスタジオのような部屋だった。部屋の隅には黒い背景の幕がたらされていて、そこは様々な照明器具に囲まれていた。その反対側には様々なカメラが三脚に据えられていた。

そのカメラのひとつの脇に、ベル博士が立っていた。博士はフィリップと見張りが入ってくるのを見ると、見張りの男に言った。

「クラレンス、外で待っていなさい」

クラレンスが出ていきドアを閉めると、ベル博士が言った。

「私は大学では副専攻として写真を学んだのだよ。決して巧くはなかったが、実に楽しく学んだ。分かったことがあって、それは、カネと権力を別とすれば、女性を裸にするには、その女性にアーティストの被写体になるかもしれないと思わせるのが一番だということだな」

フィリップは垂れ幕の横、裸で立った。大事なところを両手で隠しながら。

「おっと、わざわざ隠そうとしなくてよい。お前はこれからかなりの時間、素っ裸で生活することになるのだから」 とベル博士は笑った。

「さあ、それじゃあ、撮影開始だ」 とベル博士はカメラの何かをカチャリと押した。

「さて、まずは垂れ幕の前のところに立ってくれるか。…ああ、それでよい。横向きに立つんだ。両手を両膝について。お尻をちょっと突き出して。背中を反らす。そうだ、いいぞ。…じゃあ、今度はカメラの方を振り向いて、カメラにキスするように振舞って」

オマールはシャッターを切った。

「今度は腰を降ろして。両脚を広げて、両手を足首に添える。それから、ちょっと膝を曲げて自分に近づけて…。そうだ、いいぞ」

カシャッ! さらにもう一枚撮った。

「上手だな。今度は立ってみようか? 垂れ幕の方を向いて。それから背中をぐーっと反らす。お尻を思い切り突き出して。両手はお尻の頬に当てがって。もっと突き出す……。よし、そこだ。それからこっちを振り向く。ちょっと口を尖らせて。いいよ、最高だ」

オマールは笑顔になっていた。

「フィリップ、君は実に素晴らしいよ。すごい才能だ。それでは、最後の一枚だ。いいね? 今度はうつ伏せになってほしい。床にうつ伏せに。そして両ひじをついて、背中を反らす。いいかね、いつも背中を反らすこと。そうして、両足を宙に上げる。…そう、その格好でカメラを見て。そしてニッコリ笑って」

彼は最後の写真を撮った。

「クラレンス!」

ベル博士が呼んだ。ドアが開いた。

「お客さんを部屋に連れ帰ってくれ」

部屋に戻るまでずっと、フィリップは恥ずかしくてたまらなかった。撮影を止めさせることなどできなかったのは知っている。だが、あんなふうに、誘拐者の言うことに全部したがったりせずに、少なくとも、抵抗はすべきだったと思った。それにしても、ベル博士はあの写真をどうするつもりなのだろう? それが気になって仕方がなかった。フィリップは、自分が女の子のようなポーズを取ったのは自覚していた。誰も、あんな格好になった写真を見ないように。彼はそう祈る他なかった。

*

その翌日、トニーはメールを受けた。そのメールには息子が裸になってポーズを取っている画像が添付されていた。息子は、まるで『プレイボーイ』誌に載せられていると思っているようなポーズを取っていた。

「連中はお前に何をさせてるんだ?」 とトニーは独りごとを言った。

彼はこの写真のことを警察に言うべきかどうか迷った。みっともない写真を見せる恥ずかしさと、何か好転材料になるかもしれないという可能性を秤にかけた。結局、自由になった息子に会いたいという気持ちが勝ち、トニーは捜査官に電話をした。捜査官は、その1時間後に現れた。別の警官と技術者も連れてきた。技術者は、インターネット上の人の動きを辿る作業を専門としていた。

「遠いところからですね。ですが、オンラインで足取りを捉えるのはそれほど難しくはありません。とはいえ、あらゆることを試してみるべきです。そのメールを見せてくれますか?」 と捜査官は言った。

捜査官はいかがわしい写真を見ても顔色ひとつ変えなかった。それを見てトニーはありがたいと思った。だが、技術者の方は写真を見て、わずかに苦笑いしいてた。

トニーは心のなか苦虫を噛み潰し、唸ったが、それでも口は閉じたままでいた。この人たちが本当に息子を見つける手助けができるのならば、この程度のことなら我慢できる、と。

*

翌日、フィリップは寒さを感じ、目を覚ました。その寒気が、体毛がすべて抜け落ちてるせいだと気づくのに、そう時間はかからなかった。前夜、うなされつつ眠ったベッドに驚くほどの体毛が抜け落ちていたのである。彼は起き上がり、小部屋の中、歩き回った。いったい、これからどんなことが自分の身に起こるのだろう?

その日も、また写真撮影が行われた。写真を撮られた後、部屋に戻ると、抜け毛がすべて片づけられていた。少なくとも、その手際の良さには感心した。

その日、フィリップは、自分の状況について考えながら、部屋の中を歩き回ったり、部屋の隅に座ったりして過ごした。ここから脱出するのは問題外だと思った。それに、ベル博士は自分が始めたことを最後まで完遂するつもりであるとも思った。こんなことを単に思いつきで始めることなど普通はない。ともかく、ベル博士が言ったことを信ずるべきだと思った。ここから生きて出られるチャンスは、それしかなかった。ベル博士が何を要求しようとも、それに従うのだ。そうしてるうちにチャンスが生まれるはずだ。フィリップは、ベル博士に従うことによってどんなことが起きるだろうと考えながら、その夜、眠りに落ちた。

*

オマールが言った。

「いや。フィリップは教えられる必要がある。何もしなくても自然に変わるということはないんだ。特に、こういう隔離された場所では、なおさらだ。通常、変身が起きるには、女性を観察し、その真似をするようになることが必要だ。彼らの脳の無意識の部分で行われるんだよ。彼らは、女性を手本にし、女性のような感情を持つようになる。女性と同じ衝動をもつようになる。女性が男性を求めるように、彼らも男を欲するようになる。女性のように振舞いたくなるんだ…」

「…だが、もしフィリップが女性に会うことができないと、彼の振舞いはさほど変わらないことになる。記憶してる女性の姿を元に何かをするかもしれないが、どのように振舞うべきかについて常時、強化される必要があるんだ。そういうわけで、彼を教え込む必要があるんだよ」

オマールはそう説明したが、マイクは依然として納得していなかった。オマールは女性を何人か雇って、あの若者に、どう振舞って、どう動くべきか教えさせたがっている。だが、人員が増えれば費用も増えることになるし、自分たちが捕まる可能性も増えることになるだろう。マイクは逮捕されることだけは避けたかった。

「女性はふたりだ。3人はダメだ。それに決して俺に会わせないように」 マイクは妥協案を出した。

「よかろう。女性ふたりで何とかできる。だが、その女性は美人である必要がある。さもないと、あの若者が興奮しなくても、あまり意味がないからな」 とオマールは言った。 「前に同じようなことをしたことがあるのか?」 とマイクが訊いた。

「ああ、ある」 とオマールは答えた。

*

最初のメールが来てから二日後、別の画像がトニーのメールに届いた。彼の息子は同じようなポーズを取っていたが、どこか前と違った点があった。トニーは何秒かじっくり画像を見つめ、そして理解した。彼の息子は首から下が完全に無毛状態になっていたのだった。

この時までには、すでに恥ずかしさの感情は枯れ果てていた。彼は画面のウインドウを閉じ、パソコンから離れた。

それからさらに二日後、別の画像が届いた。この時は、彼の息子は前より小さくなったように見えた。最初はそれほど目立たなかったが、以前の画像と並べてみると、フィリップが3センチほど小さくなり、筋肉も失われていると判断できた。

その1週間後、トニーはまたメールを受信した。この時は、フィリップの身長が低くなったのはかなりはっきりと分かった。トニーは、犯人たちが画像処理を行って、フィリップを小さく見せているのだと思ったが、心のどこかで、連中は本当に息子の身体を変えているのかもしれないという気がしていた。

その8日後、またメールが来た。トニーは恐怖感を抱きながらメールを開いた。添付されていた画像は、トニーが予想したよりもはるかに驚きに満ちたものだった。彼の息子はさらに何センチか身長が低くなっていた(合計15センチになるだろうとトニーは推定した)。それにかなり体重も落ちている。多分、今は、65キロもないだろう。

それから2週間、時が過ぎ、その後、また新しい画像が届いた。これには動画も添付されていた。トニーはまずは写真から見た。フィリップは完全に小さくなっていた。多く見積もっても、体重50キロ、身長165センチ程度だろう。だが、それよりも悪いことは、彼の身体の線が完全に変わっていたことだった。以前は引き締まっていたヒップが、今は大きく膨らんでいる。ウエストは細く、以前の固い筋肉のお尻が今は丸く膨らみ、まるで18歳のチアリーダーのお尻のように変わっていた。腹部までも変わっていて、緩やかな曲線をともなっている。

トニーは、できるだけ見たくなかったのだが、どうしても息子の陰部の変化に目を向けざるをえなかった。陰茎は明らかに小さくなっていた。今は5センチもないだろう。それに睾丸もどこにあるのか分からない。それに加えて、息子の乳首だ。乳輪は直径2センチ半ほどに広がり、乳首自体も1センチ弱ほどの高さになっていた。

トニーは、気乗りしない様子で動画を再生した。動画では、息子が全裸で立っていた。そして、カメラに向かって声をかけた。

「お父さん、僕は大丈夫だよ」

フィリップの声までも変わっていた! ちょっと声が低い女性が話しているような声だった。

「ここの人たちは僕をそれなりに大事にしてくれてると思う。それに、僕はもうすぐ家に戻れるとも言っている。これまでのところ、嘘をつかれたことはないので、あの人たちは本当に僕を解放するつもりでいると思うよ。以上」

そこで動画は終わった。

*

フィリップにとって、この2ヶ月は不思議の連続だった。自分が変身していることは分かっていたが、その変身の全体像は理解できずにいた。ペニスが縮小してるのは簡単に見てとれるのは確かだし、背も低くなり、体重も落ちてるのは分かる(彼はいまはベル博士を見上げるようになっていた)。だが、自分の変化を実際に目で確かめる必要がない時は、自分が大きく変化したことを心の中で簡単に否認することができる。

しかし、それも、ある日、変わった。フィリップは別の部屋に移されたのである。その部屋に入った時、フィリップはハッと息を飲んだ。そこは、まさしく10代の女の子の部屋のような装飾が施された部屋だった。ベッドと壁は薄黄色の色で統一され、壁にはアイドル・バンドのポスターが貼られていて、部屋の隅には大きな鏡がついたドレッサーが置いてあった。

その鏡を見て、フィリップはどうしても自分の姿をまじまじと見つめざるをえなかった。ああ、こんなに変わってしまっていたのか?

身体の変化に加えて、彼の茶色の髪は、いまは肩まで伸びていたし、顔つきも、依然として前の面影はあるものの、すっかり女性的になっていて、フィリップの妹とか従妹と言っても通りそうな感じになっていた。

「そこでシャワーを浴びてもいいぞ」 とクラレンスが、部屋の奥のドアを指差した。「それに、ドレッサには服も入ってる」

クラレンスはそう言い、ドアを出て行った。彼が外からカギをかける音が聞こえた。

フィリップは躊躇せず、バスルームへと向かった。もう何週間も身体を洗うのを夢見てきたのだから。バスルームは質素なものだった。(淡いピンク色のボトルの)液体せっけんと、ふわふわのピンク色のタオル、それにスポンジしか置いてなかった。

フィリップは肩をすくめ、シャワーをの蛇口を開けた。いきなり身体に冷たい水が振りかかり、彼はきゃーっと女の子のような悲鳴をあげ、急いで温度調節を行った。間もなく、水がお湯に変わり、リラックスできるようになった。フィリップはボディ・ウォッシュをスポンジにつけた。フルーツの香りがした。

早速、熱いお湯を楽しみながら、スポンジで身体を擦り始めた。快適だった。

だが、お尻の割れ目を洗う時、手がアヌスを擦り、彼はもう一度、きゃーっと女の子のような悲鳴を上げそうになったのだった。そこが信じられないほど感じやすくなっている! しかも、決してイヤな感じじゃない。もっとその感じを試してみたいという気持ちも部分的にあったが、彼はその衝動を抑えこんだ。

フィリップはすぐに身体を洗い終え、タオルで水気を拭った。それが終わるとタオルを床に落とし、素裸のままドレッサに向かった。いまだフィリップは裸でいることが悩ましかったが、今は、最初ほどではなくなっていた。

ドレッサの引き出しを開けると、中には女性用のランジェリが入っていた。赤いレースのパンティを取り上げ、うんざりしたような溜息をついた。自分は何を求められているのか、だいたいは想像できてはいるが、その目的が何なのか、見抜くことはできなかった。ただ、これに従わなければ、またスタンガンでやられるだろうし……さらに悪いことに、元の部屋に戻されるかもしれないとは知っていた。それに、これはただの衣類じゃないか。どうってことない。

フィリップは、少なくともコットンのものはないかと引き出しの中を漁った。薄青の地に黄色の点々がついたものをいくつか見つけた。フィリップは滑らかな脚にそれを通し、履いた。

鏡を見た。パンティの中、ペニスの存在がほとんど見えない。

彼は他の引き出しも全部開けてみた。その中のひとつには、レオタードが二着ととストッキングがいくつか入ってた。別の引き出しにはショートパンツが入っていた(高校のチアリーダーが練習するとき履くようなパンツである)。最後の引き出しには、タンクトップとTシャツ類が入っていた。

フィリップはショートパンツとTシャツを着ることにした。Tシャツは小さかったが、そんなに不快なわけではなかった。とはいえ、シャツの裾はかろうじておへその下に来る程度だったし、ショートパンツもベルト部分がいささかおへそより下の辺りに来るものだった。結果として、かなり腹部の肌を露出するようになっていた。

フィリップは再び鏡を覗きこんだ。後ろを向いて、女の子っぽいお尻を見てみた。あの人たちは自分にいったい何をしたんだろう?

「まるで、ぺちゃパイの女の子のようだ」 と彼は独りごとを呟いた。

それを声に出して言ったことで、自分の現実が一挙に腑に落ち、彼はめそめそ泣き始めた。ベッドに身を投げ、ふわふわの枕に顔を埋めて、声に出して泣いた。しかし、感情的に消耗する一日だったことと、温かく柔らかなベッドのおかげで、そのすぐ後に彼は知らぬ間に眠りに落ちていた。

その夜、彼は大きな黒人たちのペニスの夢を見た。

*

二日後、トニーは新しい動画を受け取った。彼は動画が添付されてるのを見て、すぐにメールを閉じた。連中が息子にしていることなど、見たいと思わなかったから。だが、その数分後、彼はメールを再び開け、動画を再生した。

ダンス音楽が鳴り、画像がフェードインした。フィリップはダンス・スタジオらしき場所に突っ立って。踊っているわけではない。チアリーダーのようなショートパンツを履き、ピチピチの丈の短いタンクトップを着ていて、お腹が露わになっていた。ベース音がなると、フィリップは頭を上下に振り始めた。そしてビートに合わせて腰を回転させ始める。そして、ようやく、音楽に合わせて非常に性的な含意に富んだ踊りを始めた。

トニーは動画を切った。見たいとも思わない。だが、やはり数分後、彼は再び再生を始め、今度は最後まで見たのだった。ダンスを終えた時、フィリップはすっかり息切れしていた。片方の前腕を身体に直角につけ、手首を曲げて、もう片方の手を大げさに振って、自分の顔に風を送っていた。明らかに女性的な仕草だった。

その1週間後、トニーはまた別の動画を受け取った。だが今回はこれまでとは違った。これは、他の者が演出してる感じがまったくしなかった。誰かが単にホームビデオを撮ったような感じの動画だった。その中で、フィリップは前の動画の時と同じような服装をしていたが、ショートパンツの上のところが捲られていて、さらに肌を露出していたし、ピンク色のソング・パンティもチラリと見えていた。

動画は、単にフィリップがストレッチングをするところを映していた。フィリップは驚くほど身体が柔らかだった。両脚の全開脚を苦労することなくできていて、さらにその姿勢のまま、前に身体を倒し、床にあごをつけるところまでできていた。そのポーズを20秒ほど維持し、それから立ち上がった。

それから後ろ向きになって、ゆっくりと前屈みになった。膨らんだ臀部をカメラに惜しげもなく見せる。その姿勢を数秒続けた後、また身体を戻し、リラックスして立っていた。何か飲み物をもらっている様子で、誰かと雑談していた(ただ、音声はまったくない)。そのおしゃべりする時の仕草は完全に女性的で、立っている時も背中を少し反らし、胸を突きだした姿勢でいた。

すると突然フィリップが笑いながら体をぶるぶると揺らし始めた。誰かが彼にそうしてみたらと言われたようだった。そして動画はそこで暗くなった。

トニーは無力感を感じていた。警察による捜査はまったく進んでいない。いったい何が起きてるのか分からなかったし、今の息子は息子と言うより娘に近いように思われてしかたなかった。

*

フィリップはダンスレッスンを終え、ぐったりとしていた。ダンス・レッスンを始めてから、すでにもう2ヶ月が経っていた。そしてフィリップは、自分はダンスに関して天性の才能があったのではないかと自分でも認めている。彼の中のスポーツ選手としての部分は、そのことを誇りに感じていたが、彼の中の男性としての部分はそのことに恥ずかしさを感じていた。だが、フィリップは自分の中の男性の部分は押し殺すことにしていた。恥ずかしさを感じても、ここでは良い結果にならない。

ベッドに横になりながら、天井を見つめ、ダンスレッスンのことを考えた。ダンスのステップは想像以上に難しかったが、今は上手くやれるようになっている。明日は、ハイヒールを履いてのダンスレッスンが始まる。インストラクターは名前は決して教えてくれないが、とてもセクシーでゴージャスな女性だ。ひとりは彫像のような身体をした訛りがある黒人女性で、この人にはバレエを習っている。もう一人は背が低い(とはいえ、彼よりも背が高い)白人女性で、ブロンドの髪をしている。

フィリップが悩んでいたことは、このふたりの女性を見たら、本来なら性的に興奮するはずだということだった。彼は、ふたりが裸になっているのを何回も見てきている(実際、ダンスレッスンの大半は全裸状態で行われているのだ)。そして、ふたりとも完璧と言える肉体をしていた。にもかかわらず、フィリップは、ふたりの裸体の美しさを抽象的に褒めたたえることはすれども、それ以上の感情が湧かないのだった。美しい彼女たちのことを思い浮かべても、彼のペニスはぴくりともしなかった。

インストラクターたちは美人ではあったが、ふざけることも多く、よくジョークを飛ばしあう。もっとも、ふたりとも彼の小さなペニスをからかうのが好きなようで、ジョークのいくつかはフィリップをからかうものだったが、それでもフィリップは彼女たちとのレッスンを楽しんでいた。時々、ベル博士が彼のダンスレッスンをビデオ撮影しにくることもあり、その時はフィリップはできるだけ良いところを見せようと頑張った。彼はベル博士の気に入ることをしたいと思っていた。ベル博士が満足してくれたら、早く解放されるかもしれないと思ったからである。

しばらく、そうやってベッドに横たわっていたら、フィリップは小便をもよおしてきた。そこでベッドから降り、バスルームに入った。ショートパンツを降ろし、パンティも降ろした。縮小したペニスを手に、便器に狙いをつけたが、ペニスはふにゃふにゃで、うまくつかんでおくことができなかった。結果、小便は床や彼の手にかかってしまった。こうならないためにはどうしたらいいんだろう? 彼はようやくその答えを悟り、便器に腰かけた。このほうがずっと清潔だ。彼はそう思い、これまで小便をするとき、どうして自分は便器に腰かけなかったんだろうと不思議に思った。

フィリップはトイレを終え、部屋に戻ると、ドレッサーの上に見慣れないものが置いてあるのに気づいた。大きな黒いディルドだった。いつの間にそれがそこに置いてあるのか分からなかった。多分、バスルームにいる間に誰かが置いて行ったんだろう。それにしても、物音ひとつしなかったのだが。不思議だ。

ここに来て初めてシャワーを浴び、敏感になったアヌスを不意に擦った日以来、フィリップは、シャワーを浴びる時、気がつくといつの間にか指でアヌスの辺りを触っているようになっていた。いまでは、いつも指でいじっている。もっとも、長い時間いじることは慎んでいた。羞恥心から、それ以上することを控えていたのである。

だが今は、ふたつの欲望がひとつに収束して目の前にある。ひとつ目は、フィリップは自分をここに幽閉している人たちを喜ばせたいという気持ちだった。彼らを喜ばせたら、自分を自由にしてくれるかもしれない。このディルドを置いて行ったのは彼らだし、彼らがそれを使うのを求めているのは明らかだ。もうひとつの気持ちはというと、それを使うとどんな感じがするか、とても興味を惹かれているということだった。確かに指であそこをいじると気持ちいい。だけど、このサイズのディルドだったら? どういうわけか、彼には、それを使ったら最高だろうなという予感があった。

すでにフィリップの男らしさは大半が消えてしまっていた。なので、彼は気持ちの葛藤すら感じず、素早く服を脱ぎ、リアルな形のディルドを掴んだ。細い女性的な手で持ち、まじまじと観察する。そのゴージャスな姿に彼はワクワクした。茎に沿って血管が這っていて、根元には大きな睾丸がついている。

ほとんど本能的に、彼はぺろりと舐めてみた。だが、ゴムの味がして、思わずうえっとなった。辺りを見回して、アヌスに潤滑を与えられそうなものを探したが、それらしいものは何もなかった。仕方なく、彼はベッドに腰を降ろし、後ろにもたれかかり、脚を広げた。そうして指をちょっと舐め、その指を股間にもっていき、アヌスをいじり始めた。驚いたことに、そこはすでに濡れていた。

もう一方の手で、硬くなっている乳首をいじった。そうしてからディルドに手を伸ばし、肉茎のところを握り、アヌスに向けて押した。ちょっと痛みがあったが、それはすぐに消え、その後はまったく抵抗なく、中に入っていった。

フィリップは、ハアっと溜息をついた。これまで、どうしてこれを試さなかったのだろう?! 根元までディルドを挿しこむと、ひとりでに身体が震えた。そして、ゆっくりと引き抜き、また挿しこんだ。抜くときはゆっくりと、挿すときは速く行った。

何度も出し入れを繰り返した。堪えようとしても、どうしても喘ぎ声が出てしまった。しかも、女の子が悶えるような切ない喘ぎ声になっていた。30秒ほどで、彼は絶頂に達したが、それでも続けた。その3分後、彼はまた絶頂に達した。ディルドを握る手の前腕が疲れてきたので、別の手に持ち替えて、続けた。さらに、その腕も疲れると、ディルドの根元を床につけ、その上に座って上下に身体を動かすようにした。

フィリップは恍惚状態になっていた。こんな快感は生れて初めてだった。

彼は、それ以上続けられなくなるまで、結局、何時間もディルド遊びをし続け、やがて疲れ切って、そのまま眠ってしまった。床に丸くなって横たわり眠るフィリップ。そのアヌスにはディルドが入ったままだった。

*

トニーはまたビデオを受け取った。今回は、見まいとする素振りすら見せなかった。彼は内容を見たいわけではない。だが、どうしても見なくてはならない。自分の息子に何が起きてるか、どうしても知っておかなければならないのだ。

今回は別の場所で撮影されていた。10代の娘の寝室のような印象だった。フィリップは赤いレースのソング・パンティだけの格好でベッドに横たわっていた。その小さな布切れのようなパンティの中、小さなペニスが隠れているのだろうか? トニーはその形跡すら認めることができなかった。

カメラが彼の息子からゆっくりと横に振れ、背の高い美しい黒人女性を映した。その女性は全裸であり、しかも目を見張るような肉体をしていた。黒人女性はゆっくりとベッドに近づいた。それをカメラが追う。

フィリップは頭をあげ、笑顔になり、それから手をパンティにかけ、ゆっくりと脱いだ。そして彼は脱いだパンティを黒人女性に放り投げ、黒人女性はそれを空中でキャッチした。フィリップは脚を左右に広げ、股間についている小さなペニスを露わにした。黒人女性はくすくすと笑い、床へと腰を沈め、フィリップの脚の間に位置取った。

カメラがクローズアップした。トニーは、画面の中、黒人女性がフィリップの睾丸とペニスを口に入れ、吸いつつ、指で彼のアヌスをいじるのを見た。それが数分続いただろうか。トニーは目をそむけようとしたが、不思議なことに、どうしても見続けたい衝動に駆られた。

黒人女性が顔を離した。トニーは気づかずにはいられなかった。フィリップは気持ちよさそうにしていたにもかかわらず、全然、勃起していないことにである。

黒人女性は這い上がるようにして裸のフィリップに覆いかぶさり、彼にキスを始めた。フィリップはキスをされながら、つるつるの両脚を持ち上げ、彼女の身体を包み込んだ。

しばらくキスを続けた後、ふたりは今度は一緒に身体を反転させ、フィリップが覆いかぶさる格好になった。フィリップは愛しそうにゆっくりとキスをしながら彼女の身体を這い降り、最後に顔が黒人女性の陰部の直前に来るまでになった。そして彼はそこを舐めはじめたのだった。

彼は10分以上もぴちゃぴちゃと音を立てて舐め続けた。その後ようやく彼は顔をあげた。嬉しそうに微笑んでいた。

黒人女性は脚を広げたままでいて、間もなくふたりはハサミを合わせるような格好で、互いに股間を擦りつけだした。フィリップの小さく、ふにゃふにゃのペニスが彼女の女陰を擦っていた。

それを見ながら、トニーは急にある思いに至ったのだった。このふたりは、女同士が愛しあうような愛しあい方をしているのだと。息子はレズビアンとして、この女性と愛し合っているのだと。

ひとしきり互いの股間を擦り合わせた後、ふたりは満足し、その後、黒人女性は立ち上がり、部屋を出て行った。

トニーは、これでビデオは終わったと思った。だが、まだ続きがあったのだった。次は天井からの画面になっていた。トニーは監視カメラの映像のようだと思った。どういうことだろうと思い、トニーはビデオを切らなかった。

45秒くらいしたあと、フィリップは立ち上がり、そわそわと辺りを見回した。そして、部屋を横切り、近くのドレッサーへと向かった。彼はその引き出しを開け、中からディルドを取りだした。

フィリップが脚を大きく広げ、そのディルドをアヌスに深々と挿しこむまで、ほとんど時間がかからなかった。いったん挿入した後、すぐに出し入れを始めていた。すでに何百回も繰り返しているような手つきだった。

画像に音声はなかったが、トニーには息子が快感の叫び声をあげているのが聞こえるような気がした。

トニーは吐き気を感じつつ、パソコンを閉じた。しかし、すぐに彼はまたパソコンを開き、再びビデオを見始めたのだった。

*

フィリップは誇りを感じた。ヒール高13センチのハイヒールを履いて、一度も転ばずにダンスのセッションを最後までやり遂げたからだ。もっと言えば、踊り自体も完璧だったのである。

彼はちょっと息が切れていた(それほど激しいダンスなのである)。それを見て、インストラクタは彼に休憩を取らせた。(フィリップはハイヒールを履いていたが)それを除けば、ふたりとも全裸だった。フィリップはインストラクタの茶褐色の身体にうっとりとしていた。本当にパーフェクトな身体をしている。それにフィリップはハイヒールを履いているのに、彼女の方が彼より3センチは背が高い。

このインストラクタがフィリップの部屋を訪れ、彼と愛し合うようになってから、3週間は経っていた。フィリップは、依然として女性を見ても興奮せず、最初は不審に思っていたが、それでも彼女とのひと時は楽しいと感じるようになっていた。特に、指でアヌスを愛されるのが好きだった。夢のような気持ちになれるのである。とは言え、彼女が出て行った後、最終的には、彼は何か他のモノが欲しくてたまらない気持になるのだった。何か他の、もっと固いモノ…。そういうわけで、フィリップは彼女と愛し合った後、あの素敵なディルドで自慰をするのが普通になっていた。

夢想に耽っていたフィリップは、お尻を軽く叩かれ、現実に戻された。インストラクタが言う声が聞こえた。

「さあ、続けるのよ」

フィリップはにっこり笑い、言った。「音楽がなってないもん」

音楽がかかるとすぐに、彼は再び踊り始めた。

*

トニーのもとに新しいビデオが届いた。彼はすぐに開けてみたくて仕方がなかった。そんな自分を恥ずかしく思ったが、どうしても自分を抑えられない。彼はもはやフィリップを自分の息子と思うことはほとんどなくなっていた。フィリップはただの…。トニーはフィリップを何と呼んでよいか分からなかった。

最後のビデオが届いてから3週間が経っていた。トニーは、前のビデオを十数回は繰り返し見ていた。だから、彼は大変興奮しながら、最新版を再生し始めたのだった。

場所は、先と同じ寝室だった。今回は、フィリップはベッドにうつ伏せになっていた。顔を枕に埋め、お尻を宙に高々と上げていた。すぐに、あの黒人女性が現れた。手に双頭ディルドを持っている。

黒人女性はフィリップに近づき、ディルドを彼のアヌスにあてがった。トニーは、フィリップが、それを受けて自らお尻を突きあげるのを見た。黒人女性はディルドを数回、小さく動かしフィリップに挿入した後、ベッドから離れた。アヌスにディルドを埋め込まれたフィリップの姿が映ってる。

そのすぐ後に、再び黒人女性が画面に現れた。四つん這いになってお尻をディルドに向け、じわじわとお尻を寄せてくる。それから手を股間に伸ばし、ディルドの先端を自分の女陰に導き入れた。そうして、また、もう少し後ずさりした。

やがてふたりは互いに逆向きになってお尻を突きだし、触れあわす格好になった。そのままの姿勢でしばらく動かずにいた後、ふたりはゆっくりと前後に身体を揺らし始めた。ふたりとも完璧なリズムで動いていた。まるで同じビートに合わせているようだった。ふたりはたっぷり15分以上、互いにお尻を動かしあっていたが、ビデオは最後までは映さず、途中でフェードアウトしてしまった。

トニーは欲求不満を感じ、その日、さらに3回は再生を繰り返したものの、最後には諦めてベッドにもぐりこんだ。

次のビデオはたった1週間後に届いた。今回は、黒人女性はストラップ・オンをつけてフィリップにセックスをしていた。フィリップは何より嬉しそうな顔をして、身体を揺さぶられていた。こんな嬉しそうな顔をする息子をトニーは見たことがなかった。

*

インストラクタにストラップ・オンでの行為をしてもらうようになってから、1ヵ月が過ぎていた。フィリップは、インストラクタが他の行為ほどは、この行為を楽しんでいないことは知っていた。でも、彼女は相変わらず彼の部屋に来てくれるし、そのことだけでフィリップには充分だった。

ただ、彼は、毎回、これが本物のペニスだったらどんな感じなのだろうと思わずにはいられなかった。暇な時間ができるといつも、そのことが頭を占めた。彼は、もはや女性には性的に惹かれないことは自覚していた。彼のふたりのダンス・インストラクタの裸体を見ただけで(ましてや、実際に性的交渉があっても)勃起しないような男は、他のどんな女性に接しても魅力を感じることなどないだろう。

そんなことから、フィリップは自分は男性に魅力を感じるに違いないと思った。いや、それでは言葉が足りない。彼は自分が男の身体が欲しいと思っていると思った。おちんちんが欲しいのだ。それがいつも手に入るモノなのかどうか。それは分からなかったが、彼はそれはあまり気にしなかった。

この施設に拉致されて1年半経った頃、フィリップはその願いを叶えることができた。不思議な感じだった。ダンス・スタジオでストレッチングを終え、立ち上がった時、クラレンスが7人の裸同然の男性を連れてスタジオに入ってきたのである。

フィリップは、目を避けようとしても、どうしても彼らのペニスに目を惹きつけられた。全員、驚くほど逞しい男たちだった。彼らの後ろについてベル博士も入ってきた。ベル博士は、男たちを横一列に並ばせると、唖然としているフィリップの横に来て、言った。

「好きなのをひとり選んでよいぞ。どれがいい?」

フィリップは唖然としたが、何とか返事をした。「ひとりだけ?」

ベル博士はにやりとした。

「おお、そうか。ふたりまでならいいぞ」

フィリップは実に嬉しそうな笑顔になった。とは言え、難しい選択だった。男たちはそれぞれ異なった人種だった。馬のような一物を持つ黒人がいたし、アジア人の顔つきをした男もいたし、ラテン系もいたし、白人男もいた。それに、たぶんネイティブ・アメリカンと思われる男もいたし、インド人もいた。全員、背が高く筋肉隆々としていた。そして、どの男も巨根の持ち主だった。

フィリップは黒人男に近づき、恐る恐る、彼のペニスに触れた。黒人男はにんまりしながらフィリップを見降ろした。フィリップはその大きなペニスを握り、まるで鎖で引くように彼を引き連れた。フィリップは、次にラテン系の男の前で立ち止まり、その男のペニスも握った。

「これが欲しいわ」 とフィリップは言った。

「お前たちは下がってよい」 とベル博士は残りの男たちに言い、それを受けて他の男たちは部屋から出て行った。

それからベル博士はフィリップに向かって言った。

「じゃあ、楽しむといい。好きに遊んでもらいなさい。いい子でいたご褒美だ。楽しんでいいぞ」

それを聞いて、フィリップはすぐさま、床にひざまずき、黒人男のペニスを舐めはじめた。片手ではラテン男のペニスを握り、黒人男をしゃぶりながら、しごき続けた。しばらくして、今度は相手をスイッチして同じことをした。最初は舐めるだけだったが、じきに吸う行為に変わっていた。彼は、可愛い顔をして、本当に嬉しそうに肉茎を吸いしゃぶる淫乱娘そのものになっていた。

そんな激しい吸茎が何分か続いた後、黒人男が急にフィリップを押し、四つん這いにさせ、彼の後ろに膝を突いた。その1分後、彼はフィリップの丸いお尻に激しく打ち込みをしていた。そしてフィリップはと言うと、後ろから犯されながら、ラテン男のペニスを咥えたまま、ふんふん鼻を鳴らして吸い続けていた。

その何分か後、黒人男はフィリップの腰のあたりに射精をし、ふたりの男たちは位置をスイッチした。ただ、今度は、ラテン男が床に座り、その上にフィリップが乗り、腰を上下に振りながら、黒人男のペニスを咥え、また勃起させようと吸ったのだった。

こんな調子で、時々、体位を変えつつも延々と続けられた。ふたりの男は何度も何度も射精を繰り返しつつも、可愛いオンナ男にセックスを繰り返し、彼を無数の絶頂に導き続けた。そして、その間ずっとベル博士はその行為をビデオに収めていた。この行為は3人とも疲労で床に倒れ込むまで、何時間も継続した。

最後にベル博士は精液にまみれたフィリップの姿にズームアップした。完璧にヤリまくられた姿で、身体じゅうどろどろになり、ダンス・スタジオの床にだらしなく横たわるフィリップの姿である。

*

トニーは最新のビデオを一度も休みを入れることなくぶっ通しで見た。ほぼ3時間に渡るビデオであるにもかかわらずである。彼は催眠術にかけられたかのようにパソコンの前に座り、息子がふたりの男たちに何度も犯される光景を見続けた。

その1時間後、トニーは再び最初からビデオを見始めた。

こんなこと、良くないのは分かっていたが、どうしても見たくなり、やめられないのだった。

*

フィリップはいったん本物のペニスの味を知った後は、ディルドは単なる代用品にすぎなくなってしまった。かつては一日の最高の時間であったひと時が、いまでは、本当のセックスをしてもらうまでの残りかすになってしまった。

彼はあの日以来、時々、セックスをしてもらうのを許されるようになっていた。だが、週に1回以上になることはなかった。フィリップは性的に欲求不満の状態が続いた。彼はすぐにダンスレッスンの本当の意味は別にあったのだと思うようになった。ダンスはオトコを手に入れるための手段なのだと。

彼はもはや、自由になることそれ自体を目的とは思わなくなっていた。自由にはなりたい。だが、それは本当にしたいこと、すなわちもっと多くのセックスをできるようになるためのひとつの段階に過ぎないのだ、と。

彼はダンス上達のための努力を再び倍増させた。よりセクシーなダンスをしようと努力した。インストラクタたちはふたりとも彼の努力に感動した。

それからしばらくすると、フィリップの性的不満は薄れ始め、やがて以前ほどはエッチな気持ちではなくなっていった。彼は、あの気持は時間とともに消えて行くのだろうと思った。これは多分良いことなのだろう。あの、四六時中、頭の中がモヤモヤする気分は、消えてほしいと思っていたから。

彼が拉致されてから2年になろうとしていた。そんな時、ベル博士がフィリップの部屋に来た。

「フィリップ、ここを出たいかな? もしそうなら、お前を家に戻してやろう」

あまりに直接的な訊き方に、フィリップは不意を突かれ、返事に戸惑った。

「これは罠ではないよ。もし望むなら、家に戻してやる」

「お、お願いします」 とフィリップは答えた。

「ただ、条件がひとつある。我々のことを決して他の人に言ってはならない」

「もちろん、言いません。ベル博士」

「もし言ったら、お前を元の姿に戻すつもりだからね」 と博士は付け加えた。

このことだけでフィリップは充分に恐怖を感じ、誰にも言わないだろう。そういう効果があった言葉だった。

*

フィリップはファースト・クラスのフライトで故郷に戻され、空港で父親に出迎えられた。トニーは息子の顔を不思議そうに見つめた。彼が大きく変化していたからではない。彼の顔に何かに飢えた表情が浮かんでいたからだった。

ふたりはすぐに家に戻ったが、フィリップにとっては家には違和感があった。自分の部屋に入ると、彼はすぐに素っ裸になった。彼はこの2年間で、服を着ているより裸でいる方がずっと心休まる状態になっていたのである。フィリップは自分がどこにいるかも考えずに、裸のまま部屋を出た。そして廊下で父親と鉢合わせするまで、自分が裸でいることに気づかなかったのだった。

あ、恥ずかしい、と彼は思った。自分を見て、父親のズボンの中が盛り上がってくるのを見たから。フィリップは、これからは忘れずに服を着ることにしようと思った。

*

家に戻って何日か経ち、物事は普通の状態に似たものに戻りつつあった。トニーは、フィリップに彼の会社の秘書として、仕事につかせた(この会社は、なんだかんだ言っても、彼の一族の会社なのだ)。公式的には、フィリップはトニーの姪ということにされ、彼はその後、パトリシア(あるいは縮めてトリシア)と呼ばれるようになった。パトリシアが会社じゅうの淫乱だとの評判を得るまで時間はかからなかった。

トニーに関しては、誘拐犯からもう1通だけメールを受け取った。それには、こう書かれてあった。

トニー、

お前の誇りであり喜びであったお前の息子に俺たちがしたことを気に入ってくれてると思う。息子さんは、前のように好き放題に女の子と付き合えているだろうか(あるいは、息子さんの方が男たちに遊ばれてるのかな)? 前にも言ったが、俺たちは、これがすべてお前自身の過ちの結果であることをお前に思い知らせたいと思っている。お前の不誠実さのせいで、こんなことになったのだよ。

お前の元同僚のマイクより

追伸:俺の親友のベル博士からのメッセージだ。次はお前だそうだ。

トニーは3回もメールを読み返し、そしてしばらく考え込んだ。マイクって誰だ?

*

ベル博士はデスクについていた。小さな録音機を前に。

彼は独りごとを言うように録音装置に語り始めた。

「被験者は3ヶ月のうちに、完璧に女性化に至った。フェロモンの受容と分泌の調整には6ヶ月かかった。フェロモンは若干低いレベルに抑えた。対象がセックス狂いになって、他のことが一切頭に入らなくなるようにはなってほしくないからだ。同様の理由から、アナルの感度も若干落とした」

「…それ以外の点では、テストは完全に成功した。次は他の人種にテストを続けることにする」

そこまで録音し、彼は顔をあげ、椅子の背もたれに寄りかかった。笑顔になっていた。もうすぐ、計画を実行に移せる。


おわり
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