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Sacrifice 「犠牲」

「ああもう、パパったら」 と息子のチェイスが目を背けた。「お願いだから、僕がいるときは、そういうことしないでくれる?」

息子があたしを嫌ってるのは分かっているし、息子が嫌悪感たっぷりの顔であたしを見るたびに、それを思い知らされる。かつて、あたしは、息子のヒーローだった。でも今は? 息子はあたしのことを恥だと思ってる。最悪なのは、あたし自身、その通りだと思っていること。息子は全然間違っていない。というのも、冷静に物事を考えられるようなとき、あたし自身、息子と同じく、自分を恥だと思うから。冷静に考えられるときは、あまりないのだけれども。

でも、だからと言って、機会があったら、今とは違うふうになっていたかと言うと、そうは思えない。こうなる他なかったと思う。あたしはそう思っているし、息子も、心の奥ではそう思ってると思う。息子を長年にわたるイジメから救うには、こうなる他なかったし、自分が選択した行動を、あたしは後悔していない。たったの一度も。

息子の要求を無視して、あたしは体を拭き続けた。「あんた、今夜は家にいたくないんじゃない? ジャックが来るから」

「というか、あいつは毎晩うちに来てるだろ」

「映画を見に行くとかしたら? 声を聞きたくないでしょ?」

「3年間ずっと僕をイジメ続けた男に、自分の父親が抱かれているときの声だよね? ああ、もちろん、そんなの聞きたくないよ。でも僕がこうしてって頼んでも、それって意味があった時がある? パパがあいつと取引をした時も、僕が何を言っても意味がなかったし。パパが胸にそんなのを作った時も意味がなかった。それに、パパが女として生きたほうが楽だと思った時も、そうだったよね? だったら、僕が何を望んでも、全然、無意味ってことじゃないか」

「あんたのためにしたのよ」とあたしはつぶやいた。こういう話し合いは前にもしていた。息子もあたしが息子のために犠牲になったことを分かっているんだろうなと思う。あの日、あたしは、息子をイジメてることについてジャックとカタをつけようと彼に会いに行った。ジャックは支配的な雰囲気のある若者で、ある意味、簡単に形勢を逆転させてしまったのだった。

ああ、あの時のことを、まるで昨日のことのように思い出す。ジャックと対決すべく、対面していたら、彼は突然あたしを壁に押し付けたのだった。……あたしが男だったあの当時ですら、彼の方が強かった。……そして、あっという間に、彼は舌をあたしの喉奥にまで挿し込んでいたのだった。抵抗したかったとしても、できなかったし、そもそも、どういうわけか、あたしは抵抗しなかったのだった。そうされるのを望んでいたし、喜んでもいた。こういうタイプの男に支配されるのを望んでいたのかもしれない。そして、みるみるあたしは溶けていくのを感じた。

あたしから力が抜けたのを感じたのか、ジャックはあたしから顔を離し、言った。「取引しようぜ。お前、俺のオンナになれ。そうしたら、お前の息子からは手を引いてやってもいいぜ」

その取引の意味をしっかり考えることすらせず、あたしは頷いていた。そして、それから何秒も経たないうちに、あたしの唇の間に彼のペニスが包まれていて、あたしは夢中になって頭を振っていた。その瞬間から、あたしはジャックのセックス玩具になった。でも、ジャックは単にあたしを犯すだけではなかった……もっと別のことを考えていたらしい。彼はあたしの体を変えるのを望んでいた。そして、彼がそれを望むなら、あたしも当然、それを望む。そういう関係だった。

それがほぼ2年前のこと。その後、何度も整形手術を受けた。何度犯されたか覚えていない。多分、元に戻ろうとしたら、できたかもしれない。胸のインプラントも外せたかもしれない。ホルモンを多量に取るのを止められたかもしれない。ある程度は男性らしさを取り戻せたかもしれない。

でも、実際は、そうしなかった。そうしたくなかったし、ジャックが必要だった。

「ごめんなさい」とつぶやいて、胸の周りにタオルを巻いた。

「僕はどうでもいいよ」とチェイスは玄関ドアへ向かった。でも、息子は家を出るときぽつりと言った。「あと2か月で高校を出て大学に進めるのは、すごく嬉しいよ。ここを出ていけるから」

そう言って息子は出て行った。ジャックを喜ばせることは、息子を失うことに匹敵する価値があるのだろうか? 心は、そんな価値はないと叫んでいたが、カラダは、その心の叫びを激しく否定していた。




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