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Easier 「ずっと気楽」

あたしの前に立つ男が、いやらしい目であたしの裸を見ながら言った。「おやおや、これはいったい誰だろうねえ?」

彼はあたしだと気づいていない。気づくわけがない。あたしは、彼にとって、一番再会するとは考えられない人間であるし、それに加えて、あたしは彼と最後に会ってから非常に、非常に姿を変えてしまったから。それでも、自分自身の兄にじろじろ裸を見られるのは、気持ちが乱れることだった。それに、これからどんなことを行うよう期待されてるか、そうするためにどれだけのカネをもらっているかを思うと、恐怖心すら湧いてくる。だけど、それは避けられないことだった。この件について、あたしには選べる立場にはない。

ハリーと会ってからどのくらい経っただろう? 2年? 3年? 当時、あたしはこの世の中で自分がどんな居場所にいるべきかまったく分からなかった。迷いはぐれた、痩せた若者だった。それ以来、あたしは自分自身についていろんな発見をしてきた。その中でも特に、あたしは自分がトランスジェンダーであることを知った。整形手術とホルモン剤のおかげで、自分にふさわしいと納得できる肉体を手に入れることができた。でも、この肉体は、決して安価に手に入れられるものではなく、仕方なく、性産業に従事してそのおカネを捻出してきた。

最初は、ライブチャット。しばらくの間は、それで充分だった。流行に乗っていたこともあり、ワクワクする仕事とすら思えた。でも、手術代がかさむにつれ、それ以上のことをしなければならないことを悟った。そんなわけで、特に熱心なファンたちを相手に個人的な時間をもつようになった。それは結局のところ売春婦になるのと同じことである。そのことは分かっていた。セックスをしておカネをもらうわけなのだから、売春婦以外にありえない。でも、あたしは、自分は本物の娼婦とは違うと自分に言い聞かせた。ちょっと、今だけ。ピンチだから、と。

それは、便利な嘘だった。

手術がすべて終わり、その支払いを済ませた後も、あたしはこの仕事を続けた。やめられなくなっていた。やめたくもなかった。セックスが好きだったから。男たちにカラダを使われるのが好きだったから。おカネにもなるし。そう、あたしはやめるつもりはなかったのだった。好きなことをしておカネになる。やめる理由がどこにもない。

でも今、シーメールにハマった実の兄を目の前にして、あたしは分からなくなっていた。これは、越えてはいけない一線だというのは知っていた。これを超えたら、自分は永遠に変わってしまうだろうと。だけど、これは仕事であり、ちゃんと遂行する義務がある。兄は客として、多額のおカネを払っているのだから。どうして兄を拒むことができるだろうか?

結局、あたしは、支払われたおカネに見合う仕事をした。それは、想像したほど難しいことではなかった。なぜ、難しくなかったかというと、多分、あたしが、今の自分は過去の自分と同じ人間だと思っていないからだったのだろうと思う。彼は、あたしの兄ではないのだ。他のお客さんと同じ、ただのお客さん。そういうふうに考えることで、ずっと気楽になれたからだろうと思う。














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