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An errant spell 「逸れた呪文」
「ギャビー、どうしてキミが不安になってないのか、ボクには理解できない」 ディランは長い髪に手を走らせながらつぶやいた。彼はわざわざ近くの鏡に目をやることすらしなかった。自分がどんな体になっているか知ってるからである。「ボクは不安でしょうがない。ほら、ここ」
「ただの副作用だわ」とギャビーは答えた。どうでもよいことに応じてるような声だった。「2日もすれば直るから。約束する」
ディランは頭を左右に振って、背中を向けた。体の向きを変えただけで、体のいろんな部分が揺れるのを感じた。特に胸についてるふたつの大きな肉の塊が。ほんの少し動いただけで、ぶるんぶるんと揺れる。これまでギャビーがどうやってこんな不便なモノを胸に抱えて耐えてきたのだろうと、ディランは不思議に思った。そう感じるのは、この時が初めてではなかった。
もちろん、彼はずっと前から乳房のことをこういうふうに思っていたわけではない。彼のガールフレンドであるギャビーがあることをするまでは、彼は乳房を他の男たちが思うのと同じように思って見ていた。大きければ大きいほど良い。そうずっと思っていた。じゃあ、今は? もし、一生、このバカげたふたつの肉の塊を抱えて生きていくことになるとしたら? ずっと前の時点で、より小さくするための整形手術の予約を入れていたことだろう。
一生? それを思っただけで、背筋に冷たいものが走った。もし、ギャビーが間違っていたらどうなるだろう? あの最初の時点で彼女が呪文を唱えたとき、彼女はこの「副作用」があることを予想していなかったのは明らかだ。それに、この変身がいつまで続くか、彼女は知っていたのだろうか? それに、どうしてまだ変身が完了していないのか? それと言うのも、ずっと小さく、役立たずにはなっているものの、いまだ男性の道具が脚の間にぶら下がっているのだ。その一方で、体の他の部分はすべて落ち着く形に落ち着いているようだった。
ディランは横眼でちらりと鏡の中の自分の姿を見た。当然、予想通りの姿が見えたわけだけれど、そこに映る姿が、どこを取っても彼のガールフレンドと瓜二つの双子にしか見えないのを見て驚いてしまう。脚の間に元気なくぶら下がるモノだけが、唯一の違い。ディランはこめかみを擦って溜息をついた。
でも、そもそも、どうして自分はギャビーにあの呪文の実験をさせてしまったのだろう? ふたりの性生活は順調だったではないか? もっと良いものにする必要が本当にあったのだろうか? とはいえ、彼は自分の人生にギャビーのような女性を迎え入れることができて本当に運が良かったと感謝していたし、彼女が求めるならどんなことでも同意したのは間違いなかった。それに加えて、誰かとセックスしながら精神的な絆を共有するのは、とても魅力的なことに思えた。彼は彼女が感じていることを感じることができ、彼女も彼が感じることを感じることができるのだ。というか、あの呪文はそういうふうに効くはずだった。本当にそういうふうに効いてくれれば申し分なかったのに。
あの時、魔女である彼女が例の呪文を唱えるとすぐに、彼は目の前が真っ暗になるような強烈な頭痛に襲われ、1時間ほど気を失った。そして目が覚めると、すでに彼の体は変化を始めていたのだった。続く3週間のうちに、その変化は、かつて男性そのものだった彼の肉体を侵食していき、彼のガールフレンドとほぼ同一の姿へと変えていったのである。タトゥーまでも同じに。
「元に戻す方法を見つけた?」とディランは訊いた。
「ちょっと、まだ。でも見つけるから大丈夫。約束するわ」
「そうしてくれ。もう仕事が溜まってるんだ。それに兄が先週からひっきりなしに電話を寄越してくるんだよ。でも、どうしてキミはキミのお母さんに訊けないのかなあ。キミの魔法は全部、お母さんから教わったんだろう?」
「ママの助けいらないわ。それに、ママに訊いても、単に、度を越したことをやったのよとしか言わないと思うし。ママはずっと前から用心しすぎなの。まるで、あたしが独りで呪文を唱えるたらどうなるか信用できないって感じで。この状態にしたのはあたしなんだから、これの解決もあたしがするわ。だからあたしを信頼して。どうなってるかちゃんと分かってるんだから」
そうあって欲しいとディランは思った。本当に。しかし、今の苦境の元では、少なくともギャビーの母親の見解に同調しない方が難しかった。なんだかんだ言っても、完全に訓練を積んだ魔法使いは、こんな呪文の間違いはしないはずだから。でも、彼はそれを口に出すことはしなかった。ただ、頷いて、言うだけだった。「キミならできるさ。ちゃんと解決する方法を見つけてくれる。分かるよ、ボクには」、と。
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