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The Point of No Return 「後戻りできない地点」
「ちょっといいか? 俺は君のことを心配してるんだよ。分かってる? ほら。ちゃんと言ったからな。友達だから心配してるんだ。だからさあ、頼むから、俺に話してくれないか?」
「何も話すことなんかないと思うよ。もっと言えば、どこかおかしいって君がしつこく言うので、ボクは低レベルだけどちょっと気分を害されている気持ちになってるよ。ボクが男らしさについての君のヘテロ中心主義的な見方に組しないからってだけで、君はボクがどこかおかしいと思ってるんだろ? それって、ボクの人格より君の人格について、はるかに多くのことを語っているよ」
「だけど、その通りの現実じゃないか! 君は前はそんな話し方をしなかった。君が前のセメスターに受講したあの授業のせいじゃないのか? まるで、あの授業で君の脳が完全に組み替えられてしまったようだよ」
「っていうか、開眼させてもらった、と言いたいね。こういう問題、君は一度でも考えたことがある? アーバーナシー博士は天才だよ。先生はジェンダー研究の分野の第一人者のひとり。知識があやふやな男子寮の学生の忠告を聞く前に、まずは彼女の話しを聞くよ、ボクなら」
「ああ、ロバート……」
「今はボビーだよ。前にも言っただろ?」
「ああ、いいよ、ボビーと呼ぶよ。俺の話しを聞いてくれ。君があのバカげた授業を取ることに決めたのは、あの授業に出ると簡単に女の子たちと仲良くなれると思ったからだ。そうだよね? そう、君は言ってたんだよ。でも、君はあのクラスのドアをくぐった途端、考えを変え始めた。最初は、たいしたことじゃなかったさ。ちょっとした立ち振る舞いの変化だけ。でも、その後、君は減量を始めた。家父長制について話し始めた。ああ、そうだ! 菜食主義にも変わったんだ! で、今の君はどんな姿になってる? 自分で見てみろよ。賭けてもいいけど、紳士用の服はひとつも着ていないだろ? それに、君がおへそにピアスをして、化粧もしているのを、俺が気づかないなんて思わないでくれよな!」
「で?」
「『で?』 『で?』だって? レンガの壁に向かって話してるようだ。そんなの君らしくないって言ってるんだよ! 全然違う! そこんところ、君は自分でしっかり分かるべきだって!」
「ボクが分かったのは、君にひどくがっかりしてるということ。ボクが中性的な外見になったからって、ボクが……」
「いや『女性的』だよ。中性的じゃない。君は女に見える」
「まあいいよ。どっちでも。だからと言って、君がボクを助けなくちゃいけないわけじゃないだろ、チャド。っていうか、マジに言って、どう思ってるの? ボクは。、あの教室に入った途端、みんなに催眠術を掛けられたとかって? 魔法のように、ボクを変えてしまったとかって?……」
「分からない。本当に分からない、ボビー。ただ、俺が知ってる彼は、君が着てるような服を着たりなんか決してしないだろうということ。どんなことがあっても、そんなことはしないだろうって」
「チャド、多分、君はボクのことを理解してると思っていただけだったんだよ。それとも、ボクが本当のボクを表に出すのを恐れすぎていたのか、本当のボク自身に気づかなかったのか。そういうことを考えたことない?」
「正直に言う? ああ、考えたことはない。現実と行動の違いは分かっている。そして、これは行動であるということも分かっている。でも、俺は本当の君がするりとどっかに消えていこうとしてる気がしてるんだ。替わりに何かが乗っ取ってきてる気が。近々、ある時、君が境界を越えてしまうのじゃないかと、それを恐れているんだ。そこを超えてしまったら、もう俺には君を助けることはできなくなる」
「助けは必要としてないよ。さっき言った通り」
「ああ……分かっている……」
「それに、助けを欲してもいないんだよ。だから、もし君がボクと友だちでいたいなら、ボクをこのままの人間として放っておいてくれることだよ。このままのボクを受け入れること。そうしてくれたら、大いに助かるんだけど。まさか君が偏見の持ち主じゃないかって恐れてたけど、そうじゃないって示してくれることになると思うんだよ」
「ああ……いいよ……分かった。そうする他に道はないんだろ?」
「ない。それしかないんだよ」
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