「ジャッキー」 第1章 Jackie Ch.1 by Scribler 出所
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僕は妻があの家に入っていくのを見ていた。そこは、僕たちが住んでる地区より、貧しい人が住む地区だった。家の前を見ると、そこに駐車してるピックアップ・トラックは、前にも何度か見たことがあるのに気づいた。あの車、僕たちが結婚する前、妻が住んでいた通りに止まっているのを何度か見かけたことがある。

あの車、買ったばかりの頃は白かったはず。だが今は泥だらけで、横にはいくつもへこみができていた。建設関係のトラックなのだろう。屋根の上には梯子が置かれてる。車体に「ロングズ建設」と書かれてるから、僕の推測は正しいようだ。

妻がその家に入っていくすきに、僕はこっそりと隣の家との間の通路を進んだ。窓を探していた。家の中で何が起きるのかを見たかったからだ。僕は、妻が浮気をしてるのではないかと疑ってた。それは間違いであって欲しいと思っていたし、そう願っていた。

覗き込んだ二つ目の窓は、寝室の窓だった。キングサイズのマットレスが床にじかに敷かれている。寝室にはそれだけで、家具と言えるのはほとんどなかった。妻が逢おうとしてる男は、そんな部屋の状態にも、衣類にもまったく関心がないようだ。

数秒後、僕の疑いが確証されてしまった。180センチは軽く超える身長で、アメフトのラインバッカーを思わせる体格の男が、妻を寝室に引っ張りこむのを見た。

男は妻を床に座らせた。妻が仁王立ちしてる男のジーンズに手を伸ばし、チャックを降ろすのを僕は恐怖におびえながら見続けた。何秒か後、妻が男のペニスを引っ張りだし、口に咥えた。長く太いペニスだった。

結婚してまだ半年の僕の妻。それが僕の3倍近くはあるペニスを舐めしゃぶっている。

僕は妻と出会ったころのことを思い出していた。

第1章

大学卒業後、ロースクールに進んだ僕は、学費が足りなかったので、市の大きな法律事務所でバイトをすることした。仕事は調査関係で、賃金もまあまあと言えた。決して多額とは言えなかったが、学費ローンの返済と、多少の生活費には充分だった。

僕の仕事は、法律士たちが扱っている訴訟に関して、その判例を示してるか、それに関係ありそうな訴訟を探す仕事だった。僕が働いていた部局には12名の調査助手がいる。その12名で事務所に雇われている22名の助手法律士の手助けをするのである。他に、8名の准法律士がいて、その人たちのために働く8名の副調査士がいる。さらには、5名の正規法律士がいて、その人たちの手助けをする5名の上級調査士がいる。残念なことに僕は12名の調査助手の一人だ。ということは、階層の最下層にいるということだ。

前にも言ったように、収入はまあまあと言える。ただ、副調査士になればもっと収入は良くなるし、上級調査士になれば、さらにもっと増える。だから、できるだけ目立とうと、僕は与えられた仕事のひとつひとつを精いっぱい頑張った。それに、他の人を出し抜くには、事務所内の人間関係もうまく操る必要があった。そして、その点こそ、僕が問題を抱えたところだったのである。

僕の直接の上司は、50代後半の女性だった。その人は、誰が誰の助手となるかを割り振る仕事をしていた。長髪を禁止するとの指示はどこにもないのだが、彼女は、僕が髪の毛を長く伸ばしているのを好まなかったのである。他の人のように髪を短くするなんて、小さなことじゃないかと思われるのは知っている。でも、僕はそれが嫌だった。

高校までは、父の命令で、髪の毛を短くしていた。だが、大学に入ってからは、僕は髪を切るのをやめてしまった。「暗黒の戦士 ハイランダー」シリーズ(参考)のせいである。僕は、あの剣技や主人公のダンカンの長髪に魅せられるようになっていたのである。僕もダンカンを真似て長髪になり、ポニーテールにしていたし、同じくダンカンを真似て耳にピアスをしていた。ピアスは小さなものだったが、それでも目立つのは変わりなく、僕の上司のロバートソン女史はそれが気に食わなかったのである。

僕は、髪を切ったり、イヤリングを外したりせずに、ロバートソンさんを納得させる唯一の方法は、他の誰よりも一生懸命働くことだと考えた。

そんなわけで、あの7月中旬のある日、僕は法律関係の資料室にいたのだった。運命の日である。あの日以降、僕の人生は永遠に変わってしまうのである。

金曜日、一日の仕事が終わりそうな時間になってから、僕は仕事を命じられた。できるだけ迅速に完成せよと言われた。その日、数時間、その仕事に取り組んだけれど、どうしても仕上げるのが不可能なのが分かり、土曜日にも事務所にきて、仕上げようと思った。土曜日なら、誰もいないはずで、邪魔も入らないだろうと思ってた。

エアコンは金曜夜から日曜の夜まで切られることになっていた。だから、土曜日の資料室はかなり蒸し暑いだろう。そこでランニング・パンツとTシャツ、ジョギング・シューズの格好で事務所に行った。朝7時に事務所に入った。正午までに仕事が終わればよいなと思っていた。天気予報では35度くらいになると言っていたから、暑くなる前に資料室を出たかった。

探してる判例は資料室の奥にあると知っていたので、そこで懸命に文書を読み、目的の資料を探し回った。ようやく10時近くになって目的の文書を見つけた。そこで、その資料を抱えて、表のコピー機が置いてあるところへ歩いていた時だった。誰かにつまずいて、床に大の字になって転んでしまったのだった。

誰につまずいたのだろうと振り返ってびっくりした。とても綺麗な女の人がいたからだ。ストロベリー・ブロンド(参考)と言うのか、赤みがかったブロンドの髪の毛。縦にカールして肩まで掛っている。瞳は鋭く、青い色で、海を映してるように見えた。肌は透き通るように白く、象牙を思わせた。顔や肩にそばかすが点在してる。

ショート・パンツを履いていたが、彼女には小さすぎるように見えた。上はタンクトップでかろうじて胸を隠してるような感じ。はっきりとは分からなかったが、ブラジャーはしていないようだった。というのも、タンクトップに乳首がツンと立っているのが見えたから。靴は履いていなかった。ここに入る時は履いていたはずとは思ったが。

彼女はにっこり微笑んだ。パッと顔が明るくなる。そして、ちょっとくすくす笑いながら言った。

「ごめんなさい。こんな通路に座っていたらいけないわよね。大丈夫?」

僕も微笑み返した。他にどうしていいか分からなかったからというのもある。ともかく彼女の笑顔は伝染性があった。

「いえ、大丈夫。私の方が悪かったと思います。ちゃんと前を見て歩くべきだった。でも、ここに誰かいるなんて思っていなかったから」 と僕は立ち上がりながら言った。

「あ、資料を散らかしちゃったわね。拾うの手伝わせて」

彼女は僕が落してしまった本を拾い始めた。それを僕に手渡しながら自己紹介した。

「ちなみに、私の名前はアンジー・マクドナルド」

「はい、マクドナルドさんのことは存じてます。繰り返しになりますが、つまずいてしまって申し訳ございません。僕の名前はジャック・アンダーソンです。ここで調査員をしてます」

マクドナルドさんは僕より5センチくらい背が高い。僕は168センチの小柄な体格だった。僕の見たところ、彼女はとても痩せているけど、見事なプロポーションをしていた。ウエストは細く、それに比べると胸は大きすぎると言ってよいほどだった。もっとも、そのアンバランスに文句を言う男はいないだろう。

アンジーはまた微笑んだ。「もし、もう一度でも、そんな敬語で話したら、私、あなたのことひっぱたいちゃうわよ。まるで、私があなたのお母様と同じ歳みたいじゃない?」

彼女が冗談で言ってるのは分かっていた。「すみません。僕は年上の人には敬意を払うように育てられたので…」 

実際のところ、彼女は僕より2つほど年上だった。

アンジーはふざけ気味に僕の腕を軽く叩いて、「仕事の続きがあるんでしょ?」 と言い、立ち去りかけたが、ふと振り向いて、続きを言った。

「ちょっと待って。あなた、ここで何をしてるの? あなたたち週末は休みのはずと思ったけど? 週40時間以上働いたら、それ以上は無給のはずよ」

「スタントンさんに、この仕事を早急にしてくれと言われたんですが、昨日中に仕上げるのが無理と分かったので、今日もしようと思ったんです」

「それじゃあ、自分の時間を使って仕事をしているわけね。とても誠実なのね」

そう言って彼女は振り返り、仕事をしていた書棚の列へ戻っていった。僕はどうしても、彼女のセクシーなお尻に目を引かれた。左右に悩ましく振りながら歩いて行く。

それを見ながら、彼女と愛し合えるとしたら、どんな感じなのだろうと思った。だが、僕には彼女に近づけるチャンスなどまったくないのも分かっていた。第一に、僕が耳にした噂が本当なら、アンジーは男が好きではないらしい。他の人から、彼女はレスビアンで男嫌いなのだと聞かされたことが何度もある。それに、アンジーは、会社の女王様のような存在でもあった。数多くの訴訟で勝利をおさめてきたので、今は、彼女が望むことを何でもできる力を持っている。

もうひとつ、僕が彼女と釣り合わない点として、僕の容姿があった。僕は彼女より背が低い。ものすごく低いというわけではないが、低いことには変わりない。それに僕はとても痩せている。何を食べても全然太れない人がいるが、僕もそういう人間だ。ずいぶん、がんばってもっと立派な体になろうとしてるんだが、無理だった。

あーあ、と羨望のため息をつき、僕は仕事を仕上げるため、コピー機に向かった。

正午前、僕は仕事を終え、帰る準備に入っていた。使用した本を元の書架に戻し、戻ってくるとき、再びマクドナルドさんとすれ違った。彼女はこの暑さにずいぶん参っているのが見て取れた。シャツが汗でびっしょりになっている。まるで誰かにホースで水をかけられたみたいに。それに、何か分からないけど、すっかり途方に暮れているようにも見えたので、僕は訊いてみた。

「マクドナルドさん、何か探しものですか? 手伝いましょうか?」

彼女は笑顔になって答えた。魅力的な笑顔だった。

「どうやら、私、途方に暮れた顔をしているみたいね。この暑さのせいか、私の頭が混乱してるせいか分からないけど、探し物が見つからないのよ。でも、あなたは今日は無給でここにいるのは分かってるわ。だから、自分の仕事を仕上げて」

「僕はもう終了しました。それに今日は、もうどこかに行く予定もないし。お手伝いしても、ほんとうに構わないんですよ?」

考えてみれば、上司におべっかを使ってもまずいことはないと言えたが、正直、その時は、そういうことは考えていなかった。

「本当に大丈夫なら、手伝ってくれると本当に助かるわ」 

彼女はそう言って、僕に何を探しているか伝えた。

コンピュータをチェックし、彼女が求めているものの参照文献を検索したら、すぐに、目的の文書を見つけることができた。それに、彼女が調べている判例に関係がありそうだったので、参考までにと、他の判例集を3つ教えてあげた。午後の4時には、彼女は必要なものをすべて揃え、僕たちは二人とも作業を終了した。

彼女は書類をブリーフケースに入れながら言った。

「本当にありがとう、アンダーソンさん。あなたがいなかったら、これを全部できなかったと思うわ」

この時まで、彼女はずっと僕のことをアンダーソンさんと呼んでいた。

「どういたしまして。でも僕のことはジャックと呼んでください」

「じゃあ、これから私のこともアンジーと呼んでね。ねえ、一緒に出ない? 手伝ってくれたお礼に冷たいビールをおごってあげるわ」

「いえ、そんなお構いなく…」

そうは言ったものの、アンジーは諦めるつもりはさらさらなかった。両腕で僕の腕を抱え、資料室から引き連れ、外に出た。二人、それぞれの車に乗り、彼女が知ってるパブに行った。そして、それから2時間、僕たちはビールを飲みながら、お喋りしたのだった。

その夜、僕は彼女についていろいろ新しい情報を得た。アンジーは4年前にハーバード大学を卒業したばかりで、この会社の准法律士の中で一番若い。音楽や映画での好き嫌いについても知った。

彼女の方も僕についてたくさん知った。ビールのせいで僕は饒舌になり、ハイランダー・シリーズが大好きであることまで語っていた。そういうことは僕の場合、普通はないことだった。

2時間ほど経ったら、彼女が言った。

「ねえ、ジャック? 何か食べない? 家に帰る前にお腹に何か入れておいたほうが良いと思うの」

実はあまりお金を持っていなかったのだが、その誘いを断ることはできなかった。パブを出て、街を歩き、あるレストランに入った。

注文した食事を待ってる間、僕たちはさらにお喋りを続けた。その時、アンジーは、ちょっと重要なことを言う時など、僕の手を握るようになっていた。料理が届き、食べはじめたが、僕はどこかアンジーと特別な間柄になったように感じた。会社の他の誰も知らない秘密を分かち合ったようなものだから。

食事が終わり、外に出て、先のパブの駐車場に戻った。アンジーも僕もそれぞれ自分の車にもたれかかりながら、別れの挨拶をした。

「ほんと楽しかったわ、ジャック。こんなに楽しかったのはずいぶん久しぶり」

「僕も楽しみました。今度はぜひ僕におごらせてください」

「そうね…」 とアンジーは言い、突然、僕に近づき唇にキスをした。

そのキスは、映画などで見る情熱的なキスではなく、どちらかと言えば友だち同士のキスのようなものだったが、僕には何か別の雰囲気がそのキスに込められていたように感じられた。単なる僕の想像かもしれないが、何か、パッと燃えるような心が込められていた気がした。

その後、僕たちはそれぞれの車に乗り込み、別れた。僕はその週末、何度も、そのキスのことを思い出すことになったのだった。


つづく
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