659 | 661


Obsession 「強迫観念」

「彼の奥さんに、無理やり、ああさせられたって聞いてるよ」 とあたしの旧友のひとりが言った。

「いや、僕の場合は違うよ。彼は、なんかの事故にあったって聞いたんだけど」と別の友人が言った。

「あれは、邪悪な精神医が彼に催眠術を掛けたんだよ」と、また別の旧友が言った。「あいつが、あんまりたくさんの人妻と浮気を繰り返すものだから、って」

あたしは、みんなの推測を立ち聞きしながら、微笑んだ。もちろん、みんな、あたしが聞いてるとは思っていない。それに、たとえ聞かれているのが分かっても、みんな、気にするとは思えない。彼らにとっては、あたしは、ただの女体化された裸の淫乱にすぎないから。そして、あたしの外面いについては、その特徴づけは完全に正しい。でも、あたしの心の奥底には、それとは別の存在も生息している。昔のあたし、すなわち、ボクは、まだ表面下に潜んでいるのだ。ただ、何もできず、自分自身の行動をどうすることもできずにいるのだけれども。

もし、みんなが本当のことを知ったら何と言うだろう。そのことを考えずにはいられない。みんな、心配するだろうか? そもそも、そんなこと信じてくれるだろうか? あたし自身ですら、ようやく信じることができたというのに。実際に、身をもって経験してきたあたし自身ですら、やっとの思いで信じることができたというのに。

分かって欲しいのだけど、あたしもかつては普通の男だった。というか、少なくとも、男と言えそうな存在だった。割とイケメンで、腕力もあり、もちろん女が好きだった。典型的なプレーボーイ。だけど、突然、何の前触れもなく、あたしの人生が急変してしまったのだった。そうなってしまった理由はひとつだけ。でもとても重要な理由だった。

それは、突然、あたしはおちんちんが欲しくてたまらない状態になってしまったということ。

みんなの気持ちは分かる。あたしが気ちがいじみたことを言ってる、と。ストレートの男だったのに突然、男性器に憑りつかれるなんてあり得ない、と。そんなの、訳が分からない、と。人間の性的志向は、そんな変化はしないものだ、と。

まあ、でも、あたしの場合、本当にそうなったとしか言えない。それに、それ以前まで、女性のことが気になって仕方なかった頃の気持ちよりも、男性のことが気になって仕方ない気持ちの方が強くなっていたのだった。というか、男のカラダことしか考えられない状態になっていた。憑りつかれていた。夜も眠れない。食事も満足に取れない。自分の世界が、すべて、他の男性の性器を崇拝することを中心に回り始めたのだった。

そうなってからゲイサイトのGrindrに登録するまでは、すぐだった。それはちょっとは助けになった。でも、逞しい男性の肉体をちょっとだけ味わうたびに、もっともっと欲しくなっていった。欲しくてたまらない状態になっていった。そして、やがてあたしは、他のことはどうでも良いと思うところにまで達してしまった。アレを唇で包んでいなければ、それとも、アレをお尻の穴に入れてもらっていなければ、ちっとも幸せを感じないような状態になっていた。

多分、あたしは気が変になったのだろうと思う。どこか狂ったところがあるのだと思う。でも、あたしはそんなことは気にしない。必要なモノを得られてる限り。そして、実際に、その必要なモノは得た。数えきれないくらい何回も。でも、それ以上に、あたしは、欲しいモノを手に入れるチャンスを得られる立場になれるよう、自分の外見も変え始めた。そして、すぐに、当たり前と言えば当り前だけど、あたしにとっては恐ろしい事実に気がついたのだった。……女性の方がゲイの男性より、たくさんおちんちんのご褒美をもらってるという事実。だから、自分も女性に変わろうと思うのは、理にかなった判断だった。

そして、実際、あたしは女体化した。ホルモン。手術。それがどれだけ犠牲を要しようとも、あたしは躊躇わずにそれを行った。そして、それは功を奏した。女性っぽくなればなるほど、あたしは男性にとって好ましい存在になっていった。そして、今は? まあ、ほぼ完ぺきと言える。好きなだけ、男を頬張ることができるようになっている。それができさえすれば、あたしには他に何もいらない。




List