「裏切り」 第3章 戦闘配置につけ Betrayed Chapter 3: The Players Take The Field by AngelCherysse 出所 第1章第2章
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これまでのあらすじ

ランスは、妻のスーザンが元カレのジェフ・スペンサーと浮気をしていたことを知る。調査により、ジェフがシーメールのクラブに出入りしていることを突きとめる。そのクラブを訪れた彼はダイアナというシーメールと知り合い、酔った勢いで彼女に犯されてしまう。だが、それにより彼は隠れた本性に気づくのだった。そして1週間後、離婚手続きをした後、彼は再びダイアナと愛しあい女装の手ほどきも受ける。翌日、ふたりは買い物デートに出かけ、彼はダイアナにたくさんプレゼントをするのだった。

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本当に美味しい超高級の「大きなお肉」を出す店なら、多分シカゴには数軒はあるだろう。違う意味での「大きなお肉」については知らないが、少なくとも料理の意味での「大きなお肉」なら、そうだ。ノース・ステート通りのモートンズ(参考)は、そんな店の一つだ。そして、この店だと、それなりの人々が客として集まり、そのような人々を見たり、逆にそのような人々に見られたりする場所でもある。

僕たちはレストランの駐車場係にメルセデスを預け、店へと入った。クロークのところでちょっとひと揉めがあった。ダイアナが毛皮のコートを離そうとしなかったのである。かなてこでも使わなければ手放してくれないのではないかと思ったほどだった。僕は静かに彼女をなだめ説得した。第一に、手元から離すにしても食事の間だけだと。第二に、食事の場にそれを着て入るのはこれ見よがしすぎると。そして最後に、コートはちゃんとダイアナを待っていて、帰る時には戻ってくると。ダイアナはしぶしぶ納得した。まるですねた子供のようだった。

受付の女性は予約リストをチェックし、僕たちの名前を確かめ、その後、テーブルの空きを確かめにその場を外した。彼女が行った後、僕はダイアナに顔を近づけ、耳元に囁いた。

「なぜ僕をリサと?」 

ダイアナは目を泳がせ、僕の方を振り向いた。

「正確にはリサ・レイン。あなたにピッタリの名前だと思うの」

僕は、こんな短時間のうちに現れてきたものを思い返していた。セックス、ランジェリ、偽乳房、コルセット、ストッキング…。そして今、ダイアナは他人がいる前で僕のことを女性の名前で呼んだのだった。僕を女性化しようとしている。

「ダイアナ、僕には無理だと思うんだけど…」

ダイアナは、僕と正面から向き合い、身体を押しつけ、そして繊細に僕の唇にキスをした。そうしながら、ふたりの身体の間、周りから見えないところで僕の勃起を優しく撫でた。

「やめてと言うだけでいいのよ。そうしたら私、やめるから」 と彼女は僕の瞳を見つめ、呟いた。

彼女が何をやめると意味したのか、僕にははっきりしなかった。僕の股間を撫でるのをやめるのか、僕を女性化するのをやめることなのか、あるいは、僕と会うこと自体をやめるのか? …だが、この三つ、ダイアナにとっては違いがあるのだろうか?

いったい僕はどんな世界に入りこんでしまったのだろう? でも、その世界にどっぷり入ってみると、そんなに悪いところでもないのではないか? というか、良し悪しではなくて、ただ…、ただそれまでと違っているというだけではないか? 実際、誰も傷ついた人はいないではないか?

僕は結婚につまづき、一生彼女だけと思っていたスーザンに裏切られてしまった。雷は二度同じところに落ちることはないと言われるが、ちょうど僕の結婚が破たんした時、ダイアナと知り合った。この積極的で風変わりな女性は、僕に新しく、これまでとは異なった、そして圧倒的にスリルに満ちた関係を僕にもたらしそうだ。正直に考えて、僕は今のところ彼女との関係で嫌なことが一つでもあっただろうか? 僕は、そんなダイアナを捨て去ろうとしてるのか?

「できない…。いや、しない…」

もうちょっとだけ考え、改めてもっと決意を込めて続けた。

「したくない」

「何をしたくないの?」 と彼女は優しく訊いた。

流れに身を任せよう…。

「…やめたくない」

ダイアナは勝ち誇って微笑み、感謝の意味で痛いほど勃起している僕のペニスをぎゅっと握った。

「あなたが望むとおりにして…」 と彼女は可愛らしい声で言った。

モートンズでは、客もスタッフも目立つ人物には慣れていて、そのような人が登場したからといって、じろじろ見たりはしない。それでも、僕たちがテーブルへと案内されて歩く間、ダイアナは店じゅうの人々を振り向かせ、その視線を惹きつけた。

頭上の照明は暗めであったが、彼女の胴体を包むシークインに反射して、キラキラと繊細な光を放っていた。すべての男性は、ダイアナの誇張した、女性的で波に揺れるような歩き方に目を釘付けにされていた。

ダイアナは、デート相手とディナーに出たことは何度もあったけど、こんな場所に来たのは初めてだし、こんな反応を引き起こしたのも初めてだときっぱり断言したが、僕にはそれが信じ難かった。彼女のような圧倒的な華麗さを誇る女性に言われても信じられない。それでも、こんな素敵なブルネットの女性を隣に従えて、僕がどれだけ鼻高々になっているか言葉にできなかったし、彼女にもそう伝えた。

「また来たわね。本当に、あなたは押すべきボタンを全部押してくるんだから。その手を使いすぎると、女の子は慣れっこになってしまうかもしれないわよ」

「そこは計算済み」 と僕は苦笑いしながら、彼女をテーブルに着かせ、その後、僕も座った。

ダイアナは、怒って不機嫌になったフリをし、ピンポイントで探りを入れてきた。

「あなた、私の愛情をそんなに簡単に買えるとでも思ってるの?」

僕は肩をすくめ、無邪気な笑みを浮かべて、両手を上げた。手のひらを上に向けた、古典的な「誰? 僕のこと?」の身ぶりで。

それを見てダイアナは笑顔になり、ウインクをした。そして片手をもう一方の手で握った。

「まあ確かにうまくいってるわね。そのまま続けて。こんなふうに甘えさせてもらって嬉しいの。いつかは慣れられたらと思うけど。…でも、真面目に言って、今日という一日が私にどんな意味をもった一日になったか、言い表わす言葉がないわ。動機が何であれ、私にこんなに贅沢させてくれた人は、ひとりもいなかったもの。これって、『プリティー・ウーマン』(参考)を遥かに超えてるわ」

「でも、君のアパートには非常階段はないし、僕もまだ君をリムジンでさらってはいないよ」

「そう?…今日一日、車で動き回ったし、お買いものをしてくれたけど、このことは私をさらってくれたことと同じじゃない? 私の気を惹くために、車に『俺のセカンドカーはガルフストリームV(参考)』とかのステッカーでも貼ってくれるの?」

「うーむ、もしそれが必要なら…」

ダイアナは、毒気のある目で僕を睨みつけた後、にっこり笑って、両手で僕の手を握った。

「もうやめて! 私、真面目に言ってるの。ランジェリーに、コルセットに、ドレスに、ハイヒールに、アクセサリーに、それにあの素敵な毛皮…。私、その全部が大好き。そして私を女神のように扱ってくれたあなたが大好きなの」

「喜んでくれて嬉しいよ。君は、どれを身につけてもすごく似合うから」

テーブルの下、ダイアナは何気なさを装って、ヒールを履いた足で僕の脚の内側を擦った。それから、少しニヤリと笑った。

「着こなしのことについて言えば、私、密かに気が狂いそうになっているのよ。あなたが、私のためだけに、ランジェリーとコルセットとストッキングの姿でそこに座っているのを想像したら、そうなっちゃうの。大きくて素敵なおっぱいを誘惑的に突き出してる姿…」

これには恥ずかしさで狼狽してしまった。このレストランのすべての客が僕が服を脱ぎ、淫らな秘密を明かすのを見てるところを想像してしまったのだ。ダイアナは僕の心を読んだようだ。微笑んで、ほとんど気づかない程度に頭を左右に振って、僕の手を優しく揉んだ。

「いいえ、大丈夫。もちろん他の人には見えないわ。もっとも私は見てほしいと思ってるけど。お化粧もしてないしドレスも着てないのに、あなた、とても素敵だもの。今すぐ、テーブル越しに手を伸ばして、あなたの服のボタンを外して、中のブラウスのボタンも上の3つを外して襟のところを大きく広げたいわ。そうやって、あなたのエッチな深い胸の谷間を見せびらかしたい気持。もう、この衝動を抑えるので精いっぱい。この広い世界中に、この人が私の可愛いふしだら女なのよ、私のために、ここまでしてくれてるの、って教えたい気持なの」

「本気で言ってるの? 何と言うか、僕たちほんの少し前に知りあったばかりなのだから…」

「知りあって1週間? ひと月? 一生? 違いは全然ないわ。いいこと、リサ? これからあなたのことリサって呼ぶわね。私はこれまで何十人、何百人もの男たちと付き合ってきたの。その誰も、いかに偉人だろうと、いかにお金持ちだろうと、いかにビッグな人だろうと、あなたがしてくれることを私に、私のためにしてくれた人はいないわ。女装が何? それで問題ないと思うなら、それは間違ったことじゃないのよ。それはあなたも分かってるはず。そうじゃない?」

「それは……。何と言っていいか分からない。…何もかも新しいことずくめで、僕が今まで経験してきたどんなものともあまりに…、過度と言えるほど違いすぎるから。僕は…恥ずかしがるとか、怒るとか、何かそういう反応をすべきじゃないかと…」

ダイアナはこっそりと片手を僕の膝に当て、太ももの内側を擦った。

「おやあ? だったら、どうしてここがこんなに固くなっているの? ズボンを破って出てきそうよ?」

それは否定できなかった。

「それは、ただ、そうなってしまうので…」 適切な言葉がないかと探しながら返事した。「とても向こう見ずで、邪悪で、不道徳的で、それに…恐ろしいことのように感じるんだ。前にも言ったように、この1週間ずっと君のことが頭から離れなかった。あの夜から、僕は、現実とは思えない、ノンストップのスリルを味わってる。このめまぐるしい感情…。だけど、僕は君のことについてほとんど何も分かっていない。すべてを知りたい気持なんだ。…君がどうして今の君になったか、可能な限りすべてを知りたい。…つまり、僕と知り合う前の君がどんな人だったのか?…」

そう言った直後に自分の言葉を後悔した。ダイアナの目に怒りの色が浮かんでいた。

「それで何が変わるというのよ。私は以前の私ではないわ。実際、最初から私は今の私だった。生まれてからずっと、あなたが目の前に見ている人になろうと、願い、夢見て、計画を立て、そして必死に頑張ってきた。これが今の私だし、これが、私の心の中ではずっとそうであった私なの。もし私に気にいらないことがあるなら、いいわ、今すぐ帰ってよ。私は変えるつもりのこと全部したんだから」

業務用仕様の強力な災害対策が必要とされる時だった。僕は他人目に着かないようにテーブルクロスの下に手を伸ばした。彼女のスカートの中へ入れ、子牛皮なめしのソング・パンティの中にある膨らんだクリトリスを見つけ、優しく擦った。期待した通り、その官能的な皮パンティはダイアナの敏感な部分を刺激し、エロティックな効果をもたらした。ダイアナは息を詰まらせ、目を妖しく輝かせた。

「ごめん。本当にごめん。失礼なことを言うつもりじゃなかったんだ。君のことをずっと前から知っていたら良かったのにという気持ちだったんだ。だけど、まだたった1週間だから…。僕は妻に裏切られたという、ひどい人間関係から抜け出したばかり。求めていたことすべてが、いや、自分ですらも求めていた分からなかったものが、こんなに早く自分のところに落ちてくるとは思ってもみなかった。いつ、時計が12時を打って、僕がカボチャに変わってしまうのかと不安になっているんだ」

ダイアナはしばらく僕の言葉を考えていた。多分、僕の言葉そのものか、あるいは、僕の声の調子だったのか。あるいは僕の目に浮かんでいた真摯な表情だったかもしれない。いずれが手掛かりとなったのか分からないが、ダイアナの表情が和らいだ。全身から緊張が消え、彼女の股間への僕の奉仕も、期待した効果を出せるようにしてくれた。

「私の方もごめんなさい。まったく同じ気持ちになっているわ。これまで、まるで私が人間以下の存在であるように、私の過去を顔面にぶつけるような罠に何度もかけれてきて、それに慣れてしまっていたと思う。私も、あなたが今のあなたのような人とは思っていなかった。時々、本当に運に恵まれていると感じる時があるわよね。私も、あなたなしではいたくないと思ってる」

僕は肩から重い荷物を降ろしたような気持ちになり、笑顔になって彼女の手を握った。

僕は自信なさげに言った。「正直、僕は、君が僕のどこを買ってるのか分からないんだ。…君が知ってる他の男たちに比べて」

「心配しないで。いずれ分かるから」 とダイアナは楽しそうに言った。

「それはそうと、本気で僕にリサになってほしいの?」

ダイアナはぎゅっと僕の手を握り返した。

「少なくとも私にとっては、あなたはすでにリサになってるわ。私自身が、私にとっては、ずっと前から今の、あなたの目の前にいる『私』でいたのと同じ。ポールにもあなたのことが見えていたと思う。ポールは、男性にしては、女性性の判断はとてもしっかりしているの。ポールがつきあってるキティもそうね。ポールとキティはとても変な関係にあるの。私たちと同じ。…それはともかく、今の私たちの課題は、意識上の『あなた』を意識下の『あなた』に追いつかせることだわ。あなたにその気があるならの話しだけど」

「僕たちどこまで進むんだろう?」 と僕は不安げに訊いた。

ダイアナは、ただ肩を少しすくめ、いたずらっぽい笑みを浮かべただけだった。

「そんなの分からないわ。…これまでも、私は男の子を女の子に変えてきたし、そのついでに、その結果も楽しんできたわ。そういった場合は、その人たち、私の場合と同じで、最初から女性になりたいという目標があったの。私はその目標の達成を助けていただけ。女性化の過程に精神的にかかわってきたのは、今回が初めて。もし、あなたが本当に私の生き方をモデルにしたいなら、これからしなくちゃいけないことや、学ばなくちゃいけないことがあるわ。それについては私はすでにどうしたらよいか知っている。でも、それ以外のことについては…。正直に言って、私が、いいえ私たちが、どこまでしたいと思うかは、分からないの。進めながら、いくつか約束事を立てていく必要があるのは確かね」

ダイアナは、言葉で強調すべきところが来るたび、何気なさを装って、テーブルの下、僕のストッキングの脚を足で擦っていた。

「はっきり分かっているのは、かなり短期間にずいぶん進んできたということ」

「でも、もしそんな先まで進めていったら、僕のペニスは…、その…」

その先をどういう言葉で続けていったらよいか分からなかった。あまりに極端すぎる。だが、少なくともそれが可能性としてあることは知っていた。

ダイアナは目を輝かせた。そして、からかい気味に言った。

「そうしたいの? 私の可愛い従順な女の子になりたいの? そうなりたいなら、私には、そうならせることができるわよ。すっごく興奮しそう…」

「いや、違う、違う、違う!」 慌てて言った。少し慌てすぎたかもしれない。「もしそうなったら、の場合を訊いただけだよ。僕は、アレがなくても君を喜ばせることはできる。でも…、何と言うか、そうなったら、君は、ペニスであそこを満たしてほしいと残念がることはないのかな、って」

ダイアナは真剣な顔になって、一度、深呼吸をした。

「リサ? 私の言うことを注意深く聞いてね。私とあなたの間に、一切の間違いも誤解もあって欲しくないから、ちゃんと言っておきたいの…」

「…私は、もしペニスを入れて欲しくなったら、ペニスを入れてもらうわ。その点は、決して、か・わ・ら・な・い。私は私だし、私は自分がしたいことはするわ。その点も、決して、か・わ・ら・な・い。私の場合、人間関係はペニスで決められるわけじゃないの。それは単なる私の仕事の一部。たまには、ペニスを欲しくなることもあるわ。食べたり、眠ったり、呼吸をしたりするように。でも、私は自分の欲求はどこでも満足させることができる。あなたも私の欲求、私の欲望を満足させてくれる人…」

「…あなたの『持ち物』についてだけど、それがあろうと、将来なくなるかも知れなくても、それは関係ないの。あなたは、すでに、過去も未来も含めていかなるチンポにもできない形で私を満足させてくれる能力があると、間違いなく、証明してきているわ。逆に、私の方もあなたの欲望をかなり満足させることができると証明してきたと思う…」

「…だから、私が男とセックスをすることについてとやかくこだわるのはやめてほしいの。男たちはあなたにとっても、私たち二人にとっても、脅威にならないわ。私が男とすることについて、いつも、前もって話せるとは限らないかもしれない。仕事でデートしてたり、よだれが出そうな男と会ったりしたら、その男と寝るわ。私はそうして生活してるから…」

「…でも、約束するわ。そういうことがあったら、後でちゃんとあなたに話すから。でも、あなたに嫉妬してほしいとか、あなたを傷つけたくて話すわけじゃない。そうじゃなくって、私と同じくらいにあなたにも興奮してほしいし、エッチな気持ちになってほしいから、あなたに話すつもり」

彼女が言った言葉の中のあるフレーズが、突然、頭にこびりついた。「私が男とセックスをすることについてとやかくこだわるのはやめてほしい…」。ダイアナは「他の男」と言わなかった。つまり彼女はすでに僕を「男」と認識していないということだった。何もかも展開が急速すぎる……。突然、不安になって、僕は言い返した。

「でも、僕と一緒なら、もう君は仕事でデートしなくてもいいじゃないか」

「確かに今は仕事でデートする必要はないわ。でも、そういうことを言うのは、あなたの中の『男』の部分ね。私のことを『自分のオンナ』としてキープしておきたいおじ様は100人はいるの。その気になれば、いつでもその中の誰かの申し込みを受けることができるわ。そのおじ様たちの誰もが、今のあなたがいまだそうであるのと同じ、私がいついなくなってしまうかと不安に思っているのよ。あなたがそういう感情を克服できるよう私が手助けしてあげるわ。でも、今は、このことだけは信じて。私が欲しいのは、今の、このあなただということ」

ディナーは最高だった。もっとも僕はあまり食べなかったが。減量薬とか、体重計とか、炭水化物の量とか、ましてや胃のバイパス手術なんか忘れていい。本気で体重を落としたいと思ったら、きついコルセットを試してみるべきだ。普段食べる量の10分の一も食べていないのに、満腹感を感じた。

料理も良かったが、もちろん、食事相手も最高だった。食事中、僕の関心は、すべて、皿の上ではなく、僕の前に座る魅惑的なブルネットの女性に注がれていた。頭の中に浮かぶのは、あの目を見張るような彼女の身体だけ。その魅惑的なボディがさらに目を見張るようなコルセットに抱きすくめられている姿だけ。こんなにも官能的で、爛熟し、性的魅力をふりまく彼女が、僕だけを求めている。僕の方も、今は着心地が悪いスーツの下、同じように彼女にとっては、そして彼女にとってのみ、官能的で、爛熟し、性的魅力をふりまく姿に変えられている。彼女が僕に触れるたび、何か身ぶりをするたび、何か求めるような視線を向けるたび、そのことがはっきりと伝わってきた。

ディナーを終え、再びクロークに戻った。ダイアナは毛皮のコートを取り戻した。彼女の、それに腕を通し、それに居心地良く包まれた時のあの至福そのものといった顔の表情。あれこそ、本当の、「コダック・モーメント」(参考)と言えるだろう。

僕はダイアナに背中からコートをかけてあげ、内側についている2つのホックを留め、そしてベルトを締めてあげた。ダイアナは、満足そうに、コートに対する愛しさを満面にたたえた表情をしていたが、あのような表情は、本当に長い間、見たことがなかったように思う。

彼女は僕に腕を絡めた。

「準備はいいかい?」

「どんな言葉でも表わせないほど。今すぐあなたが欲しいわ!」

僕たちはレストランの前に立ち、ボーイが僕の車を用意してくるのを待っていた。ちょうど、その時だった。新車のコルベットZ06(参考)が僕たちの真ん前に止まった。ボーイがひとり即座に運転席側に走り、ドライバーを出迎えた。ドライバーは車から出て立ち上がったが、かなりの長身で、その人物に比べるとダイアナも僕もまるで小人のように見えるだろう。

そのドライバーが振り向き、顔を見せた。僕もダイアナも、すぐにその男が誰であるか間違いなく分かった。ジェフ・スペンサーだ。

一方、ボーイ長が助手席側に駆け寄り、ドアを開け、中に手を差し伸べた。彼に助けられひとりの女性が外に出てきた。もちろん、その女はスーザンだった。

4人とも黙ったまま見つめ合い、じっと立ち尽くした。ジェフはさっとダイアナに視線を向けた後、僕に視線を変えた。そして、その後、彼の前に立つスーザンの後頭部へと視線を向けた。ジェフの目には明らかに不安の色が浮かんでいた。僕にすら、それが読み取れた。

スーザンは僕に気づくと、じっと僕の目を睨み続け、その後、ダイアナへと視線を移した。スーザンは直ちにすべてを取り入れたようだ。ダイアナの顔、髪、化粧、爪、アクセサリー、そして高価なシルバー・フォックスのコート。スーザンがあごに力を入れてるのが見えた。歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど、あごをギリギリさせている。

スーザンの瞳孔が収縮し、点のようになるのが見えた。そこから強烈で純粋な憎悪が照射されるのを感じる。

もちろんダイアナがその憎悪に気づかぬわけがなかった。本能的に僕を引き寄せ、自分の領域を示そうとした。この姿勢、Tガールだけができる純粋に本能的な姿勢だった。

「あんた! さっさと行きなさいよ。あんたには、そこの筋肉バカがいるでしょう。この人は私のものだから!」

「そうでしょうよ!」 とスーザンは怒りまじりに吐き捨てた。

その時、僕のベンツが来て、コルベットの後ろにつけた。僕は無言のまま踵を翻し、不貞を働く配偶者に背を向け、ダイアナを助手席側へとエスコートした。

「ランス! ちょっと、ランス! 私が話してるときは、こっちを向きなさいよ! 失礼ね! そんなことも分からないの、バカ!」

話しを聞くのは、その言葉だけで十分だった。スーザンは僕を裏切り不貞を働き、そして今は罵声を浴びせている。礼儀を守れだと? ふざけるな!

僕はボーイにチップを渡し、運転席に乗り込み、ドアを閉め、そして車をだした。あのアバズレ女と低脳な筋肉バカのことは完全に無視した。ジェフの顔の表情からすると、ダイアナの正体についてスーザンに話すことはなさそうだと思った。どうしてジェフがダイアナのことについて説明できようか。自分の性癖のことをバラさずに説明できるはずがない。

ダイアナは助手席に震えて座っていた。恐れからなのか、怒りからなのかは分からない。ディビジョン地区を過ぎるまで、二人とも黙ったままだった。

「ひょっとすると…」 ダイアナが急に呟いた。「あの女は…」

「…僕の妻だ。すぐに離婚することになっている。…月曜に家を出て、火曜に書類をまとめた。今、僕は、この結婚をぶち壊すのに、何ら戸惑いを感じない」

「浮気相手は…ジェフ・スペンサーだったのね」 ダイアナは注意深く言った。

「そうだ」

「どのくらい?」

「分からない。少なくとも2カ月か? 多分、もっと前からだろう。前から疑っていはいたが、はっきり分かったのは10日前だった」

「私に会う前ね」

「そう、君に会う前」

「でも、あなたがあの女から離れたのは、私と一緒になってから」

「そう」

「私のせいで別れることにしたの?」

「いや、僕がそうしたのは彼女のせいだ。君は触媒だった」

「説明して?」

「8年間、僕の世界では、妻を中心に陽が昇り、陽が沈んでいた。妻が僕の全世界だった。他の女性のことは考えたこともなかった。妻が僕の知らないところで何をしていたかを知った時、僕は打ち砕かれた。ともかく、家から出たかった。逃げ出さずにはいられなかった…

「…リンガーズの店については、以前から第三者に話しを聞いて知っていた。金曜の夜、どうして僕があの店に行ったのか、自分でも説明できない。ともかくあの店に入っていた。あの時、どうして君に近づく勇気があったのか、それも説明できない。ともかく、君に話しかけていた。あの夜、結局、君の家に泊まることになったのだけど、そうなったことをいちばん驚いているのは僕自身だ。正直、あの夜、僕は君も含めて、誰ともセックスするつもりはなかった…

「…君のアパートを出たとき、僕は傷つき、屈辱感を持ち、他人に使われたような気持だった。まさしくスーザンに味わわされた感情と同じ感情を持っていた。先週は一度も家に帰らなかった。誰とも顔をあわすことができなかった…

「…だが、自分のことながらいちばん忌々しく感じることが起きたんだ。君のことが頭から離れなかったということ。君は、僕の夢に現れるばかりでなく、起きていてもしょっちゅう思考の中に浮かんで出てきた。分かってるさ、そんなの狂ってるって。まるで、妄執に囚われたストーカーみたいなものだ。そんなふうに思われたいなんて思ってもいないのに…

「…そんな僕の心境を言い表わすとすれば、こんなふうに言えるかもしれない。つまり、君のおかげで、僕はスーザンに対する心的依存から解放されたのではないかと。君のおかげで、僕はスーザンとの虐待的な関係に留まっている必要はないんだということに気づくことができたのではないかと。誰かスーザン以外の人に気持ちを寄せることもありえるし、その人も僕に気持を寄せることもありえると…」

ダイアナが反論した。「あなたを利用したとあなたが思っている人なのに、その人に対して気持ちを寄せる、ですって? それって、普通、マゾヒズムと言われてることじゃない?」

「僕の認識は、僕が生きてる文化の価値観に基づいているんだよ。ダイアナ? ふざけてると思って聞いて欲しくはないんだけど、君は僕がこれまで会ったどの女性とも違うんだ。本当に。君に対する肉欲的な意味での欲望を表現することも、君の僕に対する欲望を受け入れることも、どちらも、僕にとっては価値観の修正が要求されるんだ。そう、ポイントはそこだと思う。ただの価値観の修正だ…

「…君にとっては、先週、僕にしたことも、昨日の夜、僕としたことも、性別を問わず、普通の恋人同士がしてきていることと何ら変わりがないものだと思う。その二人が愛し合っている限り、どの性別の組み合わせだろうが関係ないと。だが、僕にとっては、まったく新しい世界で、本質が分かるまで丸一週間かかったんだよ。昨日の夜までかかったんだ…

「…本質が分かったからこそ、僕は再び君に身体をゆだねた。そして、いったん、定型的な先入観を捨て去ることができると、君が僕に対して愛情を表現していたのだと、簡単に気づくことができた。僕が僕の身体を使って君を喜ばせたのとちょうど同じように、君も僕に喜びを与えようとしていたんだと。同じことだったのだと。君が僕と一緒に絶頂に達してくれたことで、いっそう、愛情が甘美に感じられた」

「ありがとう…」 ダイアナは小さな声で言った。「とても美しい言い方だわ。でもね、あなたの第一印象の方が正しかったかも知れないのよ。私は単にあなたの身体を利用していただけかも…」

「でも僕には選ぶことができた。そして、君を信じる方を選んだんだ。その結果がどうなろうと、僕は納得して生きていく」

「本当に、そうできる?」 ダイアナは重要なところだと言いたげに訊き返した。「私を愛したら、いろんな結果を引き寄せることになるのは確かよ。もう、それについて話したわね。あなたは私がどんなことが好きか知っている。それに私がどんな人間かも知っている。私たち先に進む前に、この点については、はっきりさせておかなくてはいけないわ。少なくとも私は。私とつきあうとどんなことが起きるか、どんなふうに変わるか…、それを知っていながら、ちゃんと私とつきあっていける?」

僕はちょっと肩をすくめた。暗がりだったのでダイアナが僕の身ぶりに気づいたか、僕は知らない。

「それは分からない。もはや僕にとっては、どんな人間関係も何ら保証はない。それをよく知っているのは他ならぬ僕だ」

ダイアナはしばらく黙っていた。この新しいデータを咀嚼しているのだろう。僕は、彼女が、ジェフとの関係を引き合いに出して、そもそもどうして僕がリンガーズを訪れたのか、それを詳しく訊きだそうとするのではないかと心配した。その疑問については、僕はまだ自分でも納得のいく答えを持っていなかった。だが、幸い、彼女はその件については何も訊かなかった。

「でも、彼女の方はまだあなたに未練がありそうね……」

ダイアナが不安そうな声でものを言うのを聞いたのは、この時が初めてだった。僕はいきなり車を横に寄せ、ブレーキを思い切り踏んだ。この1週間、感じてきたものとは異なった感情に襲われ、ダイアナの両腕を握り、僕の方を向かせた。

「スーザンとは終わっている」 決意を込めて誓った。「今夜、それがはっきりした。スーザンとは高校3年からずっと一緒だった。僕は一度たりとも彼女を裏切ったことはない。だが、彼女は僕の忠誠心に対して、僕のために捨てたはずのボーイフレンドとヤリあうという仕打ちをした。スーザンは僕が勝者で、ジェフは勝者出ないから僕と一緒になりたいと言っていた。多分、スーザンは、結局は、ジェフの方がより大きな勝者だと判断したのだろう」

「ジェフは、確かに大きいけど、私は必ずしもあいつを勝者とは言わないわ」

ダイアナは僕を抱きしめた。頭を僕の胸に押し付けながら。僕の偽乳房が彼女の頭の横に押し付けられていた。ダイアナはまた無口になった。考えをまとめているのだろう。

「…私もあなたに忠実じゃないかもしれないわよ。前にも言ったけど…」 と彼女は小さな声で言った。

その返事は予想していたし、僕も心ができていた。

「君からは忠実さは求めない。それを超える存在だから。君は真正面から僕に正直に振舞ってきた。今は僕は君の性的欲求に対処できる。すでに話しあったし、お互いの気持ちも説明し合ったし、僕はもう対処できるようになった。いわば『インフォームド・コンセント』といえるだろう。スーザンは、僕に正直ではなかった。多分、最初からだろう。スーザンがジェフ・スペンサーとヤリまくっているのは知っている。あの男の前に何人、他の男がいたか、そんなのは知らない。知りようもないし、今は、全然気にならない。終わった女だから。僕にはもっといい女がここにいる」

僕の言葉に彼女の身体が膨らむのを感じた。望むらくは、プライドを感じてであってほしい。

ダイアナは身体を起こし、意思のはっきりした目で僕を見つめた。

「あなたは、ああいうセクシーなアバズレ女よりも私を選ぶということ? あの女が何をしたかにかかわりなく、私を選ぶ? 私は身体を売ってる女よ。しかも、まんこの代わりにチンポを持ってる女。もし、チンポについてのあの女の欲望が、私の欲望と同じだとしたら、どうする? 彼女が、言葉とは裏腹に、依然としてあなたにぞっこんだとしたら、どうする?」

「そんなこと考えるに値しない。自分の目で証拠をはっきりと見たばかりだ。もしスーザンが僕に依然として惚れているものの、他の男のカラダが必要だったとして、どうして、それを僕に言わなかったのか? 君はちゃんと言ってくれた。言葉が重要なんだよ、ダイアナ。僕たちはテレパシーを使えるわけじゃない。言葉だけが、相手が本当に感じていることを知るための唯一の手段であることがあるんだ。スーザンが何も言葉を言わなかったとしたら、それは、彼女が僕の感情を重視しなかったからだ。それは愛情ではない。単なる、自己中心的な享楽主義だ。僕がスーザンよりも君を選ぶかって? もうすでに選んでる。もし、美醜がいちばんの問題だと思うなら答えるが、不思議なことに、今夜まで、スーザンがどれだけ醜いか気づかなかっただけだ」

ダイアナの瞳が涙で輝いていた。

「それじゃあ、本当に私があなたに正直だったと信じてるのね?…あの、スーザンだっけ? 彼女と違って…」

「そう、スーザン。それに、そう、僕は君を信じている」

ダイアナは僕から顔を背け、助手席の窓の外を見た。多分、僕に泣き顔を見られたくないからだろう。

「いまの言葉を覚えていてくれると嬉しいわ」 と彼女は小さな声で言った。

「…右に曲がって!」

「でも、家は左だよ」

「まだ家には帰らないわ。右に!」


つづく
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