「裏切り」 第4章 試合開始 Betrayed Chapter 4: Let the Games Begin by AngelCherysse Source 第1章第2章第3章
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これまでのあらすじ

ランスは、妻のスーザンが元カレのジェフ・スペンサーと浮気をしていたことを知る。調査するとジェフはシーメールのクラブに出入りしていた。そのクラブを訪れた彼はダイアナというシーメールと知り合い、酔った勢いで彼女に犯される。だが、それにより彼は隠れた自分の本性に気づく。そして1週間後、離婚手続きをした後、彼は再びダイアナと愛しあい女装の手ほどきも受ける。翌日、ふたりは買い物デートに出かけ、ディナーを食べながら話しをする。レストランを出ると、そこでスーザンとジェフがいた。険悪な時間が過ぎた。

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ダイアナはリンガーズの駐車場に向かうよう指示した。正直、それには驚かなかった。リンガーズは僕の新しい住処からわずか2ブロックしか離れていない。車でなら、特に渋滞になっていない限り、5分ほどで着く。新しい住処をどうしてリンガーズの近くに選んだのか? 意識的に選んだわけではなかった。無意識的には…? 正直、わからない。

ギアをパークに入れるとダイアナは、「トランクを開けて」と指示した。

僕は言われたとおりにした。彼女の側のドアを開けてあげようとしたが、彼女はそれを待たなかった。自分からドアを開けて出て、車の後部にまわり、トランクからカペジオ・バッグ(参考)を取り出し、トランクを閉めた。トランクの閉め方は、正確で、優しく、カチッと音がなるのを確認する閉め方だった。

その閉め方を見て、彼女は、こういう高性能の高級車に乗った経験があるのだろうと推察した。たいていの人は、トランクの蓋はバタンと音を立てて閉めるものだ。アメリカ車の場合は、むしろ、そうしなければ閉まらない。ふと、ダイアナはかなり裕福な客を惹きつけているタイプの女の子なのではと思った。実際、彼女自身、「甘えられるオジサマ」たちはたくさんいると言っていたし、その人たちみんなを断ったとも言っていた。その上で僕を選んだとしたら…。僕は嬉しかった。

ダイアナはバッグを肩にかけ、僕の腕にすがりついた。

「行きましょう」 と明るい声で言う。

「どこへ?」 

「あなたの未来が待っているところ。でも、もう1分たりとも、待たせておくわけにはいかないの」

ふたり、腕を絡ませながら歩道を進んだ。いつものことらしいが、2回目のショーを待つ客が長い行列を作っていた。その脇を通り過ぎて行く。整理係がすぐにダイアナに気づき、挨拶し、僕たちに手招きして中に入るように促した。

それを見て、列をなして待っている者たちから不満そうな呟き声が出た。「金持ち野郎とそのオンナ」は特別扱いされるのかと、面白くないのだろう。

屈強そうな体格の雇われ整理係の男は、群衆の不満をなだめるため、「タレントさんが入ります」と言った。それを聞いて不満を漏らしていた群衆も認めたようだ。

僕たちは入り口を進み、ステージの奥のドアを入った。進む間、しょっちゅう、バーテンダーやら、パフォーマーやら、ワーキング・ガール(つまりデート嬢)やらに声をかけられ、立ち止っては挨拶をした。誰もがダイアナのことを知っていた。それも僕にとってはちょっと誇らしく感じたし、たいしたものだと尊敬する気持ちも混じっていた。

ダイアナはまっすぐ楽屋に僕を連れて行った。ほとんどドアをノックすると同時にドアを開けた。すると中には8人から10人くらい、ゴージャスな「女の子たち」がいて、すっかり衣装を着た者から、まだ素っ裸の者まで、それぞれ様々な着替えの段階にいた。

慎ましやかにしてる者もいれば、まったく羞恥心を持たぬ者もいたが、ダイアナは全然気にしなかったし、彼女たちの方も僕がいることを全然気にしていないようだった。

だが、誰もが、ダイアナのドレスや靴、アクセサリーにみとれ、特に高級毛皮コートには涎れを垂らさんばかりにしたのは言うまでもない。彼女たちは、ダイアナが急に裕福になった原因を推測したのだろう。そして、それにふさわしい目で僕に関心を向け始めた。

「彼ってキュートね」 とひとりが好意的な眼差しで僕を見やり、意見を言った。「それに、服のセンスも鋭いわ。ちょっと似合っていない気もするけど。ねえ、ダイアナ、彼、何って名前なの?」

「彼の名前は『予約済み』よ」 とダイアナはふざけて言った。

「あなたの一番新しい旦那様?」

「そうだけど、もうすぐ旦那さまじゃなくなるの…」とダイアナは可愛い声で言った。「みんな? この人は、リサ・レイン。彼女は私の奥様になろうとしてるの。みんな、ちょっと手伝って、お願い!」

とたんに、すさまじいばかりの悲鳴や歓声が部屋にとどろいた。

少なくとも12本は手が伸びてきて、瞬く間に、僕のコート、シャツ、ネクタイ、靴、そしてズボンを剥ぎ取った。そして気がつくと、僕はランジェリーだけの格好で、女の群れの真ん中に突っ立っていた。

「悪くないわ、ダイアナ」と別の女の子がコメントした。「スーツが似合わなかったのも、うなづける。あなた、すでにこの人を女装に引きずり込んでたのね。なかなか、いい体つきをしてるわ、彼女」

その女の子は僕の偽乳房の片方を悪戯っぽく揉んだ。

「うん、確かに。この子、とても可愛くなれるわよ。ねえ、ダイアナ? どういうふうにしたの? やり方をまとめてくれたら、みんなお金持ちになれるわよ」

「そういうのはあなたの夢の中だけにしておいてね、チャンタル」 とダイアナは苦笑しながら答えた。「私にできるのは、そういう人を見つけることだけ。すべてを追い求めることはしないの。私が知ってる誰かさんみたいに、ズボンの中のものを追い求めたりはしないの」

この言葉に、再び冷やかしの悲鳴がとどろいた。

「それでは、みんな、遠慮しないで、彼女をドレスアップするのを手伝って! 彼女にコツを教えなくちゃいけないから!」

「ちょっ、ちょっと、待って!」 と僕は叫んだ。

ダイアナが僕の方を振り向いた。にっこり微笑んでる。「待ってって、何を?」

「僕は、まだ何も言っていないんだけど」

ダイアナは、まさに誘惑的な妖女のように、僕の首に両腕を絡めて抱きつき、鼻先で僕の鼻先を擦った。

「でも、あなたはもう言ったはずよ。やめたくないって。もう気が変わっちゃったの? だとしたら、とてもがっかり」

「いや…、ただ僕は……」

口を開いて、すぐに足をつっこんで塞ぐ(参考)というか、もの言えばくちびる寒しとでも言うのか。いまさら彼女が本気だとは思わなかったと言っても、手遅れだろう。ともあれ、この種類のことについては、彼女は冗談を言わない。

「で、でも…、誰かにバレたら、死ぬほど恥ずかしいよ」 と僕は悲鳴を上げた。

だけど、ダイアナはただウンウンと頭を振るだけ。彼女の笑顔は否定できないし、僕の唇への優しいキスも拒めない。

「あなたって、おバカね! あなたが何と言おうと、そんなこと、ここでは問題にならないわ。あなたが心の奥で期待してるなら、それは、すなわち私の命令。私たち以外の誰にもできないことだとはっきりさせなくちゃ。でしょう? 私たちを置いて、他に誰が、あなたを可愛く着飾らせることができると言うの?」

「彼女にどんなのを着せるつもり? ダイアナ?」

ダイアナはにんまりとしながら、ショルダーバッグに手を入れた。

「ちょうどここに持ってきてあるの。この可愛いの!」 とダイアナは喜びの声を上げ、バッグの中から半透明のブラウス、スエードのスーツ、それにミュールを取りだした。

「彼女、今日の午後、これを着ていた私のこと気に入っていたの。でも、今度は、彼女に着せて、どんな感じか見てみようと思って…」

あっという間に、僕はダイアナが着ていた服に変えられてしまった。

僕がその服を着ても、彼女ほど良く見えないだろうと思っていたが、実際は、よく似合っていて驚いた。嬉しい驚きだった。そんなはずはないと想像していたのだけれども、化粧も髪のセットもしていないことを考慮外に置くと、僕はぜんぜん男性に見えなかったのである。

それに化粧や髪のセットがないことによる欠点も、そう長くは続かなかった。早速、そちらも対処されたのである。

みんなに誘導されて、リクライニング式の、美容院にあるような椅子へと座らされた。ほとんど仰向けに横たわるようにさせられた。その僕の身体に美容院で使う大きなエプロンが掛けられ、首から下の部分をすべて覆われた。これから何が起こるか分からないけど、それによって服が汚れるのを防ぐためだろう。

その後、彼女たちは本格的に僕に作業を始めた。「お化粧アーティスト」のメンバーは次から次へと入れ替わって、それぞれの専門の仕事をしていった。

まずは眉毛。4本から5本の毛抜きが一斉に出てきて、同時に僕の眉毛に攻撃をした。情け容赦なく、許可を請うでもなく、眉毛を一本、一本、引き抜かれていった。ようやく、眉毛係が満足すると、今度は僕の顔の肌色を入念に調べ、粗さがしを始めた。

女の子のひとりが僕に言った。

「あなた驚きよ。あなたの顔、赤ちゃんのお尻みたいに柔らかくて、つるつるだわ。虫めがねがないと、毛穴ひとつ見つけられないわ。ニキビも染みもないし。それに、髭の跡も、ちっとも見つけられないもの!」

僕は打ち明けた。

「髭を剃るのが嫌いなんだ。体毛も同じ。体毛や髭に汗や細菌がつくみたいで、長距離走をした後みたいな嫌な匂いがするから。それに、感触も気持ち悪くて…。ゾワゾワするというか…。だから、おカネを稼ぐようになってすぐに、レーザーで処理してしまったんだよ」

「それでいながら、女装は初めてなんでしょう? 何てもったいない!」 とチャンタルが驚いて言った。

「もったいない」のところはふざけ混じりの声だった。彼女たちは僕にうち解けてきていたし、僕もうち解けてきていた。

この状況すべてが、僕には現実離れしている感じだった。たった1週間ほど前には、僕はこのような世界を通りすがりに垣間見て知ってるだけだったのに、今や、すっかりこの世界に引き込まれている。

僕自身、彼女たちに何も隠していなかった。もし、僕が男性としての自我に固執していたら、僕のルックスやほっそりとした体つき、愛嬌のある表情などは、彼女たちの領域を侵犯するものとして拒否されていたことだろう。

ダイアナは彼女たちにかなり高評価を得ているようだ。そのダイアナと僕が関係があるということが、彼女たちが僕を受け入れてくれた理由のすべてだと思う。

女の子のひとりが僕の肌に薄いファンデーションをつけた。きめ細かなスポンジを使って注意深く色合いを混ぜて延ばし、パウダーとブラシで整えてくれた。頬骨のくぼんだ所をブラシで丹念に色を重ね、それからこめかみとあごの下のラインにも同じことをした。

別の子はペン先の柔らかい鉛筆で眉の上、額に注意深く色を重ねてくれた。最初は、その子は眉毛にアクセントをつけてるのだろうと思ったのだけど、どうやら眉のラインの上のところに作業をしているようだった。

二人とも、目の周りには、実に丹念に長い時間をかけてくれた。まずはショーガールがするような、派手目の付けまつげを目の上下に装着し、その後、シャドー塗りに入った。シャドーを塗っていた時間から判断すると、かなり濃く塗ったのではないかと思う。目の上下には液体のアイラインを塗り、輪郭を整えたようだった。

それに唇にも、別の鉛筆で輪郭を塗られたような気がする。輪郭を整えた後、紅をつけたブラシで輪郭の中を埋めるようにして塗っていく。深紅の口紅だと思う。1層目を塗り終わり、滑らかにされた後、さらにもう一層塗られた。そしてその後に透明のグロスが塗られた。彼女たちが僕に何をしてるか、それを感じるものの、実際に見ることができないのは不思議な感じだった。

チャンタルが僕の唇に塗りつけながらダイアナに訊いた。

「あなた、彼女のこの、おちんちんを包むミトンみたいな唇、酷使させるつもりなんでしょ」

「うふふ。それに頬の内側もね…、というか彼女の身体の他のところも。調子がよかったら全部使うかも」

彼女たちがそんな会話をしている間、別の女たちが僕の手首を握って、パッドのついた椅子のアームレストに押さえつけた。指先に何かを丁寧に塗りつけられるのを感じた。多分、ネイル用のつや出し剤だろう(誰でも一度あの匂いを嗅いだら、忘れないと思う)。何分も経たないうちに、僕の爪には幾層もつや出しが塗りこめられていた。それと同時に、ストッキングも脱がされていて、足の指にも同じような施しがされていた。

ダイアナが大きな声を上げた。

「彼女の耳に何か欲しいわね。シェリー? あなた、今夜、道具を持ってきてる?」

背が高く魅力的な黒人の女の子がショルダーバッグの中を漁り、ピストルのような形をした道具を持ってきた。

「もちろん、いつでも。移動するときは銃は欠かせないわ! マイルド? それともワイルド?」

「ワイルドで!」 と一斉に声が上がった。

ダイアナは面白そうに微笑み、僕の顔を覗き込んだ。

「みんなの声、聞いたわよね? いいこと? 思いっきりするわよ。あなたは私の奥様。私、自分の妻には最高のものを施したいの。この場合、一番悪そうなのがベスト。母親に見つかっても自分の娘だと分からない。そうなふうに変身してほしいから」

続く20分、左右の耳に繰り返し何かをチクチク刺された。蜂の群れが耳のそばを飛んでるような感じだった。何本も手が伸びてきて、耳にできた針穴を消毒水に浸した綿棒でトントンと叩いていた。その後、両耳に何かを繰り返し取り付けてる感じで、どんどん重さが増していった。

「髪をつけなくちゃいけないわね。誰かヘアを持ってる?」

一斉に声が上がり、部屋中に轟いた。

「私、持ってるわよー」 ステージに通じる階段の方から、やかましい声が聞こえた。「どうやら、ヘアのところには間に合ったようね。お手伝いできてうれしいわ」

「ミミ、あなたは本当に可愛いわ」 ダイアナは、いかにも感謝してるようで、お世辞を言った。「手助けして欲しいの。あなたはヘア関係については何でも知ってるでしょう? スペシャルな感じにしてほしいのよ」

「スペシャルね、オーケーだわ。『ショーガール・デラックス』のブリーチ・バニー・ブロンドで行くわよ。彼女の瞳はベビー・ブルーだから、すごくマッチして、最高になるはず!」

椅子がくるりと回されて、上向きに傾けられた。今は鏡が見えない方向を向かされている。僕の長い髪は後ろ側にブラシをかけられ、その後、まとめられて網のネットをかぶされ、ぴっちりと押さえられた。その上から長いブロンド髪のかつらを被せられた。それから、ボビーピンがいくつか出てきて、パチン、パチンと音がして、かつらを僕の髪の毛に固定された。一度、仕上げに頭を後ろに強く振られたが、髪はしっかりと固定されていて、まったくズレることはなかった。

ある種のチョーカーのようなものが首に巻きつけられ、首の後ろで固定された。かなり幅のあるチョーカーで、首がすっくと伸びる感じだった。左右の手首にはたくさんの腕輪がつけられた。さらに手の指にも足の指にも指輪がはめられた。無毛の脚に再びストッキングがするすると登ってきて、履かされた。

その後、両側から助けられて、椅子から立たされた。左右から手が伸びてきて、ストッキングのしわを伸ばし、ちゃんと揃えた後、ガーターの留め具に装着。左の足首に鎖状のアンクレットを二重に巻かれ、留められるのを感じた。

それから、足を片方ずつ持ち上げられ、ダイアナの素敵なラベンダー色のスエード・ミュールを履かせられた。ずいぶんヒールを履いて歩いた経験は積んだものの、このハイヒールのミュールでは足の親指の付け根だけで歩くわけで、ふらふらしてしまい、バランスを取るだけでも本当に大変だった。

最後の仕上げとして、香水をふんだんに振りかけられた。シェリーによると「オブセッション」(参考)という名の香水らしい。この香り、クラブで出会った女の子たちがしていたのを思い出す。「妄執」という名のその香水は、男たちに引き起こす反応からすれば、まったく適切な命名だ。

僕を見て、称賛する「うー」とか「あー」とかの声が一斉に上がった。

「完成!」 とダイアナが勝ち誇って宣言した。「ほんとに見事だわ。さあ、あなたの究極の改造のデビューよ。気持ちの準備はいい?」

そういうなり、ダイアナは優しく僕の両肩に手を乗せ、ゆっくりと椅子を回し、僕を初めて鏡の方に向かわせた。

ダイアナは少なくともある1点については大成功を収めたと言える。鏡の中、赤い口紅を塗った口をあんぐりと開けて僕を見つめている過剰にセクシーな女。僕の母親ですら分からないだろう。それは確実だ。

「過剰にセクシー」と言ったのは、毎日普通に職場や街で見かける女性たちと比べての話しだ。僕のショーガール風の化粧は、僕のまわりの彼女たちと完全にマッチしていたと言える。

眉毛にどんなことをされたか、僕が最初に感じた印象は正しかった。僕の目の上にあった形が整えられていない濃い眉毛は、すっかりなくなっていた。今は剃刀のように細い、鉛筆で描いたアーチ状の眉があるだけ。

まぶたには濃い目の色がつけられ、重たげにミステリアスな雰囲気が漂い、目の上下にシャドーが加えられ、眼尻に行くにつれて他の色と混じり合っていた。まぶたが重たげなのは、長くて濃い、過剰なほどのつけまつ毛の重さも関わっていたから。そのまつ毛が今は僕のベビーブルーの瞳を縁取っている。

同じくらい濃い黒いライナーが、左右それぞれのまぶたの上下に引かれていた。その線は眼尻を超え、尖った点となってずっと先まで延びている。

唇は濃い赤ワイン色で縁取られていた。唇がふっくらしているように見せるためか、意図的に、本来の唇のラインの外側に引かれていた。その輪郭の内側を濃い赤の色が満たしている(この色をチャンタルは「強奪の赤」と呼んでいた)。仕上げにグロスが塗られていて、唇は濃赤サクランボのように輝いていた。

頬骨は、骨の下側に暗い色、上側に明るい色を塗ることで、前より大きく高くなっているように見えた。同じような明暗がこめかみとあごの下にもつけられ、元々の顔の形を浮き彫りにさせていた。実際、顔はほとんどハート形になって見え、際立って魅惑的に変わっていた。

そして、その顔全体が、ゆったりと大きなカールがたくさんついた髪の毛で縁取られていた。髪の毛の色はブロンド。だが、非常に薄い色で、ほとんど白と言っても良く、それが滝のように背中に垂れ下がり、腰のあたりまで降りている。

手の爪はほとんど卑猥と言えるほど長く、先に伸びるに従って下方にゆったりと曲がっている。その先端はじゃっかん角に丸みもあるものの四角形に揃えられていた。色は唇と同じく「強奪の赤」の色で、ゴールドのネールアートが輝いていた。

足の爪も同じように完璧な赤とゴールドの色合いで、足先から少しだけ外側に伸びていた。これをチャンタルは「彫刻的足爪」と呼んでいて、今は大人気だと言っていた。確かに、僕が履いていたような、つま先部分が空いている靴にはぴったりの足爪だった。

首の周りのチョーカーは密着して8層に巻きつけたゴールドの鎖で、それと調和するように、左右の耳にも8つ新しいピアスがつけられていた。左右の耳の頂上のところにはゴールドの球状のスタッド(参考)があり、耳の外側の縁には幅広のゴールドのクリップがついていた。小さめのゴールドのリングが4つ耳の縁の真中につけられ、滝のように垂れている。とどめとして、左右の耳たぶには2重にピアスが施されていた。上の方のピアスには2センチ半の輪が一つ、下の方のピアスには大きな10センチもの輪が垂れていた。

左右の手の、細く長いかぎ爪状の指には、ゴールドの指輪が光っていた。足の方も、それぞれ2本の指にゴールドの指輪がはまっていた。加えて左の細い足首には、細いゴールドのチェーンが2重に巻かれている。

過剰すぎる化粧と装飾。思わずイキそうになった。視覚的刺激だけでイキそうになったことはこれまでの人生でなかったことだ。

正直に認めてしまおうと思うが、ずいぶん以前、すでに子供のころから、僕はいつも思っていたことがあった。つまり、自分が男でなく女の子だったら、どうだったんだろうということである。実際、こっそりと、母親や姉のランジェリを少し試したこともあった。だが、それ以上のことはしたことがなかった。もっと言えば、それ以上のことをする勇気がなかったと言える。

それが今、自分は完全に女装しているのだ。まったく新しい次元に足を踏み入れたような気持ちがした。自分のこの姿を見て、僕自身が興奮している。そうだとしたら、このクラブに来ている他の男たちに対しては、僕はどんな効果を与えるのだろう? 

ダイアナは僕の心を読んだようだ。

「男たち、競い合ってあなたを獲得しようとするわよ」と彼女は感嘆した。「私の方が負けちゃって困るほど大騒ぎになるかも」

そんなことはあり得ないと真面目に思った。ダイアナは、他の子たちが僕の化粧をしている間に、彼女自身の化粧直しを済ませていた。僕と彼女はふたりとも、同じ男好きする顔の鋳型を使って作られたようなもの。だけど、ダイアナの表情やボディ、それに大胆なセックスアピールをもってすれば、ちょっと投げキスするだけで男をイカせることができるだろう。

その後、あの高くそびえるハイヒールを履いて、いかに官能的に、かつ堂々とした足取りで歩くかについて、集中特訓を受けた。ダイアナは、僕は物覚えが良いと言っていた。特訓は15分ほど受けた。

それが済んだ後、ダイアナは僕に彼女のラベンダー色のスウェードのハンドバッグをくれた。中には僕が持っていた現金は入っていたが、身分証明書もクレジット・カードも消えていた(「それなら、あなたが誰か誰にもわからないでしょう?」)。それに口紅、グロス、リップ・ブラシ、コンパクト、パウダー・ブラシ、口臭止めのミント、香水が入っていた。加えて、使い切り用のチューブ入りKYゼリー(参考)とコンドームも。

「私、どこに行くときも、これを持っていくの」とダイアナはウインクして言った。「女の子は準備しすぎて困ることはないから」

隣の化粧台に目を落とすと、そこにはさっきまで着ていたスーツ、シャツ、そしてネクタイが置かれていた。それにズボンも。そのズボンの尻ポケットには、クレジット・カード、免許証、それにその他の身分証明に使えるものすべてを収めた財布が入っている。

「あれはどうするの?」 と僕は指差しながら訊いた。「衣類バッグか何かそれに似たものがある?」

「衣類バッグ?」 とダイアナは微笑みながら声を上げた。「もちろん、問題ないわ」 と、彼女はコートを取って、内側のラベルを調べた。

「メンズ・ウェアハウス、って店ね?」

「ああ…」

「パーフェクト! 衣類バッグ、ひとつ、ゲットしたわ」とダイアナは陽気に言った。

彼女は僕の衣類をボール状にくるくるとまとめ、今は空っぽになっているカペジオ・バッグ(参考)に詰め込んだ。そして、「お店が無料でプレスしてくれるわよ」と言い、にやりと笑って「受け合うわ」と付け加えた。

ダイアナは片手にそのバッグを持ち、もう片手に赤いシークイン(参考)のハンドバックを持った。そして、ハンドバッグを持った方の腕を僕の腕に絡めた。僕の衣類をまとめて入れた大きなバッグの方に目を落とし、それから僕に目を戻し、にっこりとほほ笑んだ。

「私たちが帰る時まで、リッチーがカウンターの後ろにこれを保管してくれるわ。ハゲタカだらけのここに置いておくより、その方が安全だから。さあ、いよいよ、このリサ・レインが新世界に対面する時、それともその逆かしら、ともかくその時が来たわ!」

ダイアナとふたり、腕を組んで着替え室から出て、こっそりとラウンジに入った。人生でこの時ほど恐怖を感じたことはなかった。腕を組んでいる彼女に比べたら、自分は女性のみっともないイミテーションにすぎないのだから。

僕たちがラウンジに出た時、ダナが舞台で口パクで歌っていたアニー・レノックス(参考)の歌を除けば、ピンが落ちた音すら聞こえたことだろう。ラウンジの人の群れが一斉に僕とダイアナを見て、しーんと静まりかえったのである。それに、男性客が唖然として口をあんぐり開けるのも見えた。

僕が着替えをさせられている間に、この店はずいぶん混みあっていた。ダイアナが言うには土曜の夜はいつもこうなるらしい。驚いたことに、客の中には生物的に女性の人もかなりの人数いた。ふたり連れだったり、少人数のグループだったり。さらには大人数でテーブルを寄せあって座ってる女性客もいた。

「生まれつきの女も私たちを見に来るのよ」とダイアナは打ち明けた。「あの人たち、私たちのパフォーマンスや完璧な見栄えを食い入るように見ていくの。参考にするのね、たぶん。私たちがあの人たちの男に手を出したりしなければ、別に害はないわ。…あそこの大人数のグループはバースディ・パーティか、結婚式前の女だけのパーティで来た人たちだと思うわ。たいてい、ここで遊んだ後は、街に行って男性ストリップを見に行くのよ」

「彼女たち、何というか…」 僕はためらいがちに訊いた。

「デートするか、って?」 ダイアナは僕が言おうとした言葉を言い、意味ありげに微笑んだ。「時々、そういう人いるわね。数は少ないけど、隠れレズビアン。ここの女の子は実際は男だから、女とセックスするわけではないって、そう言って自分を納得させてる人たち。あとは、ここに来てる男性客とおなじで、ペニスを持ってる女にそそられる女性客かな」

「君もデートしたことがあるの?」 僕は純粋に好奇心から訊いた。

「もちろん」 とダイアナは嬉しそうに答えた。「あの人たちも、男性客とおなじくらいカネ払いがいいから。それに加えて…」

ダイアナは、そう言いながら、今やかなり魅力的な形になっている僕の尻頬を撫でた。

「…私も女の子が好きだし。セクシーで、オンナオンナしてたら、もっと好き。あなたも理解できると思ってるけど?」

彼女に触られ、僕はお尻をくねらせた。

「私もセクシーかしら?」 とわざと女の子が甘えるような声で訊いた。

「ああ、知らないのはあなただけ」 と彼女は僕の耳元に囁いた。

そんなポジティブな応援を受けて、僕もこの遊びに夢中になり始めていた。

カウンターバーを見て驚いた。不思議なことに、カウンターの前に二つだけ並んでスツールの椅子が空いていたからだ。そこに近づくにつれて、どうしてその椅子が空いていたか理由が分かった。それぞれのスツールの上に、白いプラカードが置いてあり、流れるような筆跡で「予約済み」と書いてあったのだった。

ダイアナはスツールの一つに近寄り、プラカードを取り、シートと背もたれに毛皮のコートをかけた。そして、玉座に座る女王のように堂々と腰かけた。それからもう一つのスツールからもプラカードを取り、僕に座るよう合図した。そしてプラカードをバーテンダーに渡し、カペジオのバッグをバーの上に置いた。

「リッチー、ありがとう」 ダイアナはとても心のこもった笑顔をしながらバーテンダーに言った。「私のために、このバッグを預かっていてくれない? それから、私のガールフレンドがカミング・アウトしたお祝に、何か特別な飲み物を探してきてくれない?」

僕は、こっそりとバッグからお札を二枚取り出して、その手をリッチーにしかみえないように背中にまわした。彼は差し出された紙幣を目立たないように受け取った。紙幣にベンジャミン・フランクリンの肖像画がある(つまり100ドル紙幣である)のを見て、僕にウインクをした。

「うちには特別な時のために、テタンジェ・ブラン・ド・ブラン(参考)のボトルを用意してあるんですよ。この機会にお勧めできると思うのですが、ミス…」

「リサです」 純粋に感謝の気持ちから、僕は甘い声で答えた。女性の声にするのを忘れなかった。「リサ・レイン。とても素敵だわ、リッチー。ありがとう」

「あなたにご奉仕できて光栄です、ミス・リサ」

正面を向いてリッチーと対面し、彼の手に軽く手を乗せた。そして、できる限りまぶしく明るい笑顔をして見せた。

「あなたにご奉仕していただいて私も嬉しいわ、リッチー」

リッチーは顔を真っ赤にさせ、うつむき、何か心からの感謝の言葉を呟いた。そして、そそくさとシャンパンを探しに駆けて行った。ダイアナは、感心した面持ちで僕に微笑みかけていた。

「とても上手じゃない? 見事なあしらい方だったわよ」 とうっとりした声で言う。「でも、おカネの使い方は勉強しなきゃダメね。今夜は一晩中、私たち、男たちにおごられるわよ。待ってればすぐ分かるから。ところで、さっき、リッチーがあなたにご奉仕できて光栄だと言ったけど、あの言葉、文字通り受け取るべき。彼、すごくMっぽいところがあるの。それにあなたにぞっこんになってるみたいだったし。どうやら、あなた、最初の征服を成し遂げたようね。自分専用の可愛い奴隷男を使って何をしようか、ちゃんと考えてある?」

そんなこと考えてもいなかったので愕然としてしまった。僕は実際、何もしなかったのに。こんなに簡単なわけがないじゃないか? 男性の時は、女性に関心を持ってもらうようにするのは、まるで錆びたペンチで歯を抜くほど大変なことだった。男というものはすべて、美しい女性にはこんなに簡単に操られてしまうものなのか? 

そもそも、僕は、一体いつの間に自分のことを「美しい女性」と思うようになっていたのだろう?

テタンジェは、これまで通り素晴らしいものだった。高級ワインには素人のダイアナですら、このワインは素晴らしいと評価していた。この店では、このようなデリケートなビンテージ物のシャンパンを、冷蔵庫の上でなく、ちゃんと冷蔵庫の中に保存してる。それを知って嬉しかった。

ダイアナとふたり、泡立つシャンパンを啜り、ショーを楽しみ……そして蜂蜜に群がるハエのようにいくつも視線を引きつけ続けた。

店内を見回すたびに、何度となく視線を感じた。たいていは、僕を見ていた男性は罪悪を感じてるみたいに、さっと視線を逸らした。だが時々、視線を逸らさない男性もいて、そんな場合は、その人のことを見返すようにした。そして、割と素敵な人だと思った場合は、できる限りの誘惑的な笑顔を彼に見せてあげた。

たった一週間前だったら、「ランス」はこんなふうに男に浮気な素振りを示すことなど、決してなかっただろう。だが「リサ」となった今は…。ダイアナのおかげで僕の地平線はずいぶん広がったと言える。

腰を降ろしてからさほど時間が経たないうちに、男たちがアプローチし始めた。そのアプローチの大半をダイアナが手際よくさばいた。彼女は、手厳しいと言えるほど正確に男性の評価を下し、気の利かない誘いは上品に退け、真に可能性のあるものだけに焦点を絞った。誘いが僕に向けられた場合、僕は感謝して興味を示してあげたが、たいていは、経験を積んでるダイアナに任せ、その様子を観察し、言葉を聞き、そして学習した。

そんな中、一人だけ、ダイアナと特に長々と囁き声で会話した男がいた。ダイアナがその人にそれだけ時間を与えたということは、彼女がその男を有望だと評価した証拠である。ぴしっとしたアルマーニのスーツ、高級生地のシャツ、シルクのネクタイ、ティソの腕時計(参考)がそれを示している。

次にどんな展開になるか僕は分かっていたし、それに対して身構えた。

ダイアナが立ちあがって、僕の方を向いた。

「あのね…」 彼女は注意深く切りだした。「ディナーの時に話しあったこと覚えている?」

僕は気持ちを強く持って頷き、作り笑いをした。

「よかった。ケンと私はちょっと隣のお部屋に行くことにしたの。そこで…もっと互いのことを知りあおうと…。あなたひとりだけになるけど、大丈夫?」

何のことを言ってるか分かっていた。「これからこの男とヤリに他のところに行くけどいいわね?」ということだった。

これについてはすでに話しあっていた。ディナーの席でも、車の中でも。ダイアナは、この件についてはオープンで正直だった。それが彼女の本性だし、変えるつもりはないと。それと同時に、どんなに素晴らしいセックスをどんなにたくさんしてきても、さらに、どんなに大きなペニスを相手にしてきても、最後には必ず僕のところに帰ってくると言っていた。…帰ってきて、相手にした男のことを詳しく話してくれると。

スーザンはこれをしなかった。代わりに、僕の知らないところでコソコソと、しかも特定男と、遊び回り、ようやく家に戻ってきても、何ごともなかったフリをしていた。ダイアナが男と一緒に楽しんでいると知ってても、それが時には一週間に数夜になることがあっても、僕はダイアナに、スーザンよりはダイアナと一緒になりたいと告白したことがある。

さあ、僕も立ちあがって、自分の言ったことに責任を持たなければならない。

その時、ふと、他のことが頭に浮かんだ。前にもあったが、この時も、僕はダイアナが「男」と付き合うという言葉で考えていたことだ。「他の男」ではなく、単に「男」という言葉で。と言うことは、僕は自分のことを「男」と考えていないと言うことなのか? 自分を「男」と考えていたら、「他の男」と思うはずだから。

一体、僕の自己イメージに何が起きているのだろう? 僕は、その疑問の答えを知るには、バーカウンターの奥にある鏡の中を見るだけで良かった。そこには自分の姿が映っていた。……ラベンダー色のスウェードのドレスに身を包み、薄地の黒のブラウスを着て、ブロンドの髪の毛をふわふわに盛り上げ、顔には過剰なほどの化粧をしている。このような格好になる時、大暴れして抵抗したわけではない。ならば、どうして僕は依然として自分のことを「男」とみなしていると言えるだろう?

まあ、流れに身を任すことにしよう……

僕は、大丈夫だよと安心させるような感じでダイアナの手を握った。実際は、僕はそんな気持ちではなかったけれど。笑顔を見せたが、ちょっと作り笑いになっていた。

「君のコートは僕がちゃんと見守っておくから」

彼女はいろんな感情が混じった表情をしていて、それを読み取るのは難しかったけど、言葉には出てなかったものの、唇の形から「ありがとう」というメッセージを読み取るのは難しくなかった。

その時、妻のスーザンに浮気されたことを受け入れるのはとても難しかったことを思い出していた。浮気の事実を知り、僕は自分の荷物をまとめ、玄関を出て、8年間ほとんど幸せな思い出しかなかった家を飛び出したのだが、それは不可能に近いほど苦しいことだった。

だが、いまの僕の感情は、その時の僕の感情とはまるで異なっている。いま、僕は、僕の「バービー」がひとりでドアを出て行き、その二分くらい後に彼女の「ケン」が上品に後を追ってでて行くのを見ている。

ダイアナは僕に隠れて浮気しようとしているのではない。そのことを改めて思い出した。ダイアナは自分がこういう女だと僕に正直にそして率直に伝えていたし、僕もその点では彼女のことを認めていたのである。もっと言えば、そもそも僕たちは、まだ結婚すらしていないのだ。

「まだ」って? あなた、何を考えているの、リサ?

僕は、そんな考えに没頭しながら、ただ座っていた。無意識にダイアナの豪華な毛皮コートを撫でていた。このコートがこんなに極上の手触りだったとは知らなかった。僕は、ダイアナが座っていた隣のスツールに席を替え、その柔らかく、ふわふわした毛皮に身を包んだ。それにくるまると、極上の快感で心が贅沢になる感じがした。

僕は、これまで長い間、どうしてこの贅沢な快感を味わおうとしてこなかったのだろう?その答えに気づいて、思わず微笑んでしまった。女になろうとしてなかったから、というのが答えだ。単にそういう見方をしようという気がなかったからにすぎないのだ。

だとすると、いま僕がこんなふうに感じているということは……。ひょっとすると、これまでの見方を変えるのはあまり難しいことではないのかもしれない。何か適切な…何か適切な刺激があれば、それで簡単に変えられるのかもしれない…。

「ハーイ、可愛い子ちゃん! 隣に座ってもいい?」

顔を上げた。今回は、作り笑いでなく、純粋に温和な笑顔になれた。

「チャンタル! どうぞ、是非!」

リッチーの顔を見た。彼は僕の心を読んで、素早く3個目のフルートグラス(参考)を出した。僕はそのグラスに残っていたテタンジェを全部注ぎ、乾杯をしようとグラスを掲げた。

「私の…私の新しい人生に…」 と小さな声で言った。

「乾杯!」と彼女も合わせ、優しく僕のグラスにグラスを当て、そして一口啜った。

「まあ! あなた趣味が良いのね…」 チャンタルは驚いた。

それから僕の身体を包んでいる、罪深いほど高価で贅沢な毛皮をちらりと見て、「…しかも、いろんな点で」と言った。

僕はゆっくり頷いて、落ち着いた声で「ありがとう」と言った。

「ところでダイアナは?」 と辺りを見回しながらチャンタルは尋ねた。

「デート!」

そっけない声、それに僕の身体が強張った様子から察したのだろう、チャンタルは即座に事情を理解したようだ。小さな声で言った。

「あら、そう…。どういうことになるか私には分かるけど…。それについて、いま、あなたに話してもいいかしら? あなたも話しをしたい?」

僕はゆっくり頭を縦に振った。

「多分、そのことを打ち明けてしまった方が、心の中に閉じ込めておくより僕自身のために良いと思う。ダイアナとは前にも話しあっていた。彼女はそういう人であって、それを変えるつもりもないことは知ってる。僕もそれを受け入れたし。だから、これは彼女が悪いのではなくて、僕自身の問題。僕は、彼女に対して『嫉妬深い夫』を演じる立場にはないって…」

「ちょっと言わせてもらえる?」 と褐色の肌の彼女が鼻息荒く口を挟んだ。「あなた、最近自分の姿を鏡で見た? その男みたいな言葉使い…」

僕はくすくす笑った。

「うふふ……。分かったわ。もちろんさっきまであの着替え室で自分の姿を見てたから。…自分でもまだ信じられない。自分は気乗りがしなかったというわけではなかった。少なくとも、今夜以降は、気乗りがしないということはないと思う。まして、あなたたちがわざわざ時間をかけて私の変身を手伝ってくれたわけだし」

チャンタルは僕の手を握った。「ありがとう。そう言ってくれて。あなた優しいのね」

「ただ、あんまり短時間にいろんなことが起きちゃって…。外見の変化に頭がついて行くようになるまで、時間が必要だと思う」

チャンタルは僕の両手を両手で握って、真面目な目で僕を見つめた。

「うーん……。そうねえ……、あなたが必要なのは時間じゃないと思うわ。あなたに必要なのは、一度みっちりセックスされること。それもできるだけ大きなペニスに。ダイアナじゃダメよ。ちゃんとした男にヤラレルことが必要。痛みに苦しむだろうけど、それを経験すれば、あなたが求めていることすべてを理解できるだろうし、自己分析できるようになるはずよ。誰か逞しい男にヤッテもらうまでは…。まあ、そういう男は、あなたなら簡単に見つけられるでしょうけど。それまでは、あなたの頭は今いる場所から決して離れることはないと思うわ…」

「…あなたが言った通り、ダイアナはああいう人で、それを変えようとはしないわ。私もダイアナのことは知っているし、彼女の考え方も知っている。ほとんど誰でも知ってると思うわ。ダイアナはセックスが大好きなの。激しくて、荒々しくて、イヤラシイほど、彼女にとってはいいセックスなの。『私を壁に押し付けて、今すぐヤッテ』ってタイプのセックスが好みなのよ。でもね、それは単なるセックス。愛し合うことについて言えば、ミス・ダイアナは正真正銘のレズビアンだわ。ダイアナは、やりたくてたまらなくなったら男を家に連れてくるでしょう。ただし、いつでもその男を追い出せると分かってる場合だけ。彼女は、男に週末じゅうずっとうろちょろされるのは好まないわ。汚れた臭い服を床に脱ぎ散らかしたり、一日中ビールを飲んでテレビでスポーツを見ていたりとか、そういうことをされるのが大嫌いな人よ…」

「…一応言わせてもらえれば、ダイアナは、この1週間ずっと、素敵で、気が利いて、優しい男に出会ったって、私たちがうんざりするほど喋りまくってきたのよ。それに、その男にどれだけイカされまくったかについても。あの子、あなたにぞっこんなの。私たちみんなこう答えていたわ。はい、はい、分かってる。そんなのみんなそれぞれ経験してることよ。最初は誰でも甘くて素敵な男。気が利いて、優しい。でも、次の満月が出る頃には、その変態男は毛むくじゃらで牙を剥きだして、あなたを泣かせることになるものよ、ってね…」

「…でも、今夜、あなたに会って、あなたとダイアナが時々アイコンタクトをしてるところとか、あなたが彼女を贅沢をさせるところとか、初めて試みたにもかかわらず、あなたが極上の美女に変身するところとかを見て、みんなすぐに理解したわ。あなたこそ、まさしくダイアナが大好きになるタイプの人だって。私は普通、女性化する男性にはそそられないんだけど、でも、あなただったら、私も喜んで手を出したくなるもの…」

「…前に私にこう言ったマネジャーがいたの。『チャンタル? もし事実を変えることができないのだったら、自分の態度の方を変えてはどうかな』って。だから、あなたも、人間関係についてと、あなた自身が何者であるかについて、その見方を変える必要があると思うわ。あなたの自由意思にせよ、ダイアナのセイレーンの歌声(参考)のせいにせよ、あなたはこの道を歩き始めた。ダイアナがものすごく説得力があるのは私も知っているわ。本当に…」

「…いま、あなたは選択をしなければいけないの。このことを最後まで突き詰めるとどうなるか、そこまで見届けるべきか、それとも、とっとと引き下がるべきか。ダイアナは、訊くまでもなく、最後まで突き詰める道を進んで欲しいと思ってるはず。いや、そうなって欲しいと祈る気持ちでいるはず。私たち他の者も同じ気持ち。もうすでに私たちあなたが大好きになっているもの。あなたに離れて行って欲しくないの。信じてほしいけど、この場所では、みんながそういうふうになるのは珍しいことなのよ」

チャンタルはバーの時計をちらりと見た。

「もう次のショーの準備をしに行かなくっちゃ。私の話し、助けになったかしら?」

僕はできる限りの気持ちを込めて彼女を抱きしめた。

「あなたが思っているよりもずっと」

チャンタルは、粒ぞろいの歯を全部見せて、にっこりとまぶしい笑顔になった。

「よかった! でも、全部、本当に思ってることを言ったのよ。みんな、これからも、あなたに会いたいと思ってるわ。みんな、ダイアナとあなたに幸せになってもらいたいとも思っている。いいえ、ちょっと嘘をついちゃったわね。私は、ダイアナがあなたをみじめにさせて、あなたをどん底に突き落としてしまうと良いと思ってるわ。そうしたら、私が現れて、突き落とされたあなたを略奪するつもりでいるから。うふふ。じゃあね!」

僕には心を打ち明けて話せる新しい親友ができた。彼女は、そう言って着替え室に戻って行った。僕は彼女が言った言葉について考えた。

しばらくするとダイアナがデートから戻ってきた。僕は自分のスツールに戻り、彼女の席を開けた。ダイアナは心から嬉しそうな笑顔を見せていたが、瞳には、少し警戒しているような色が浮かんでいた。

「私のために椅子を温めていてくれたの?」

「それもあるけど」

「このことについて話し合いたい?」

僕は首を左右に振って、彼女の手を握った。

「それは後で。…今夜、家に戻ったら。…ベッドの中で、君と一緒に寝ながら。その時が、それを話し合うのにいちばん適切な時間だと思うから」

ダイアナは僕に身体を傾け、片頬に手を添え、唇に温かく優しいキスをしてくれた。みんなが見ている前で。そして、僕の耳元に囁いた。

「あなたは本当に、私の心をとりこにするにはどのボタンを押したらよいか知ってるのね。あなたのことが本当に大好き。愛してるわ。もう、爆発しそうなほど!」

***

チャンタルが言った言葉が耳に響いていた。

「……あなたが必要なのは時間じゃないと思うわ。あなたに必要なのは、一度みっちりセックスされること。それもできるだけ大きなペニスに。ダイアナじゃダメよ。ちゃんとした男にヤラレルことが必要……」

一度、男としての自我を完全にぬぐい去り、心から女になってみなければならないのかもしれない…。

……彼のことを無視できなかった。背が高く、魅力的で、ギリシャの神のような体つきをしている。彼は、私がこの店に入ってきてからずっとこっちを見続けていた。それにこちらが視線を合わせても、目を背けない、そういった視線の一つ。

少し前、私は笑顔になって、彼にウインクを送った。彼がそれを誘いと受け取ったのは明らかだった。彼が近づいてくると、ダイアナはかなり必死に彼の関心を惹きつけようとしたが、彼はまったく関心を示さなかった。まっすぐに私が座るスツールに近寄ってきて、話しかけてきた。その後は連鎖反応的に…。

「さっきから迷っていたんだが…」 と彼は言葉を考えながら言いだした。「…どうしたら、君のような子をどこか…どこか二人っきりになれるところに連れ出せるんだろう? 僕はもっと君のことを知りたいと思ってるんだが…」

どうする? 逃げるなら今!

「というと、どんなことを?」 と私は訊いた。

彼は注意深く私のあごを親指と人差し指で押さえ、顔を近づけてきて、耳にじかに囁きかけた。

「君は、とても美しい唇をしている…」 と優しく私の唇の輪郭をもう一方の手の人差し指でなぞった。口紅が乱れないように注意しながら。「…君のその美しい唇で、肉汁たっぷりの美味しいソーセージを食べてもらうには、どのくらい払えば良いのか迷っているんだが…」

明瞭で、簡潔で、ポイントを押さえている。

すでに2時間近く、ダイアナがそういう要求の数々をさばいているのを聞いてきていた。彼女は法外な金額を言って、単に娼婦と遊ぶ妄想を楽しむだけで、実際にコトに及ぶつもりがない男たちを選び、排除していた。本気のプレーヤーは交渉するものであり、高めの直球にひるんだりしない。

「あなたからその話しが出てくるなんて、可笑しい。…私も、今夜はずっとソーセージ・サンドを食べたいと思っていたのよ。私、この近くに、美味しいソーセージ料理を出しているこじんまりとした静かな場所を知ってるわ。…値段は確か75ドルで」

「75ドル?」 と彼はわざと驚いた声を出した。「さぞかし美味しいんだろうな」

「あなたの名前は?」

「ダニエル」

私は息を深く吸って、乳房を見せつけるようにして胸を張り、それから意味ありげに舌舐めずりして見せた。

「本当に? ダニエル?」 呼吸が乱れているのを感じた。「…その値段の価値があると思ってるの?」

彼は改めて私の品定めをし、そしてにっこりと笑った。

「ああ、もちろん。本気でその価値があると思うよ。どこへ行けばいいのかな?」

ダイアナのおかげで、どう答えたらよいか分かっていた。

「まずはおとなしく元のテーブルに戻ること。あなたがそうしたら、すぐに私はこの店を出るわ。一緒に店を出るのを見られるのは、あまり良くないでしょう? 私が出てから10分待って、それから、隣のオフィス・ビルに来て。そこの2−17のブザーを押して、名前を告げて、リサを呼び出すの。そうしたら私がブザーであなたを中に入れるわ。忘れないで。ソーセージ・スペシャルは前金で75ドル。例外なし。分かった?」

「ああ、分かった。了解!」

ダニエルが自分のテーブルに戻って行くのを見ながら、ダイアナに、はにかんだ笑みを見せた。彼女の気持ちを読み取るのは難しかった。

「この子ったら、本当に、本当に成長が早いんだから…」 予想に反して、どこかよそよそしい声でダイアナが言った。

「…たった2時間ほど前までヨチヨチ歩きだったのに、今はもう、男と初めてのデートに行こうとしてる。私が教えたことすべて忘れずに、逞しい男の子と遊んでらっしゃい。ここの持ち主のジムが私たちが使える部屋を用意しているわ。彼はこのクラブだけでなく、このビル全体を所有しているの。前に話したように、彼に忘れずチップをあげること。彼に、ちゃんとフェアに優しく接してあげたら、彼はあなたの一番のファンになるはずよ。さあ、行ってらっしゃい。それからちゃんとコンドームをつけるのよ」

「彼にはフェラをしてあげるだけよ。本番はしないから」

「とにかくコンドームをつけた方がいいわよ」 ダイアナは強情だった。「後で私に感謝すると思うわ」

ジムという人は入り口にいて、客が来ると挨拶をしていた。面識はないも同然だった。今夜、この店に入った時は、彼は私に挨拶はしてくれたものの、他の明らかにストレートと分かる男性客に対してと同様、私にもほとんど無視も同然だった。

ダイアナはジムのことについて教えてくれていた。彼は背が低く、丸々と太ったゲイで、女装に興味があったと言う。最初は、彼自身がステージに上がってパフォーマンスをしていた。彼は店で働く者たちに時として暴君になるという噂があったが、本当は、彼はステージでパフォーマンスをしたり、サクラとして盛り上げたりする女の子たちを崇拝していて、密かに、自分もそういう女の子たちと同じくらい美しくなれたらと願っている人物とのことだった。

ジムは私を見るなり、目を飛び出さんばかりに丸くした。

「まあ、まあ、可愛い子ちゃん! ずるいわねえ、いつの間に店に潜り込んでいたの? この入り口から入ったんなら、絶対、あなたのことは覚えているはずなんだけど」

私は手を差し出した。

「リサ・レインです。ダイアナのお友達なの」

ジムは私の手を取り、手の甲にキスをした。

「ああ、もちろんそうだわね! 美女なら誰でもダイアナの知り合いだから。今夜、ダイアナが店に来たのは覚えているんだけど。でも、ごめんなさいね、どうしてもあなたのことが思い出せないんだけど」

「覚えてるはずもないと思います。私が店に入った時は、くすんだ存在だったから。外に出るのはこれが初めてなんです。もっと言えば、私は2時間ほど前にあなたのお店の着替え室で誕生したようなもの」

ジムがどれほど感情的に盛り上がれるのか、果てがないように思われた。文字通り、どうしていいのか分からず、私の周りをくるくる回って、私を見ていた。

「ああ、なんと、なんと! ほんとに優雅。今回が初めての外出? なのにこんなに素敵だなんて? そうすると、私は娘自慢のパパということ? ああ、落ち着くのよ、私! ああ、心臓発作を起こしそう。誰か私にアスピリンを持ってきて! この人、他に取られる前に、私がつぼみのうちに摘み取ってしまわなくちゃいけないわ! 今すぐ! ねえ、あなた、ダンスできる? 歌は? 少なくともアテレコはできるわよね? ローラースケートとかチアガールの真似は? どうしてもうちのステージに上がってちょうだい! ああ、私、すごく興奮している。自分が自分でないみたい!」

「ねえ落ち着いてちょうだい。じゃないとステージに上がったとしても出演料を二重に請求しちゃうから」 と冗談まじりに言った。

可哀想にジムは笑いすぎて、最後には涙まで浮かべていた。

「ねえ、お願いだから私と一杯つきあってくれない? あなたとの出会いは本当に特別な感じ。だからお祝いをしなくちゃ」

「私も是非、ジミー」 私はできる限りの魅力を醸し出して返事した。「…でも、ちょっと後でもいい? 実は、隣の従業員用のラウンジに立ち寄って、ちょっと……コーヒー・ブレークをしようかと思っていたの…」

これはダイアナに教えてもらった合言葉だった。ジムは私の言った意味をちゃんと理解した。

「じゃあ行ってらっしゃい! 初めて外出したというのに、もう素敵な男を狂わせたのね? あなた、スターになるわよ。ダイアナみたいに!」

ジムは両手で私の両手を掴み、ぎゅっと強く握った。私はその機会を利用して、手に25ドル紙幣を持って彼の手を握り返した。ビジネスを円滑に進めるためのちょっとした油。彼はおカネに気づき、にっこりと顔を崩した。

「あなたは本当に優れモノよ! デートに行ってらっしゃい。ちゃんとコンドームは使うのよ。ここからブザーで中に入れてあげるわ。戻ってきたら、一緒に一杯。いいわね。ああ、私があと20歳若かくて、女の子にそそられる人間だったらいいのに!

***

ナーバスになっていた? 誰が? 私が? 何にナーバスにならなくてはいけないのだろう? 10日前までは、私は幸せな夫婦生活を送っている、完全に異性愛主義のトレーダーだった。アマチュア・スポーツ選手で、誰からも愛されるナイス・ガイ。それが今は、ふしだらなブロンド女で、「従業員用のラウンジ」を行ったり来たりしながら、最初のデート相手が来るのをそわそわしながら待っている。自分は、なんという世界にのめり込んでしまったのだろう? そう思ったのは、この夜、何度目なのかすら分からない。

ダイアナの教えに従って、激しく勃起した分身に震える手でコンドームを装着した。ほとんど不可能じゃないかと思ったものの、何とかして、その「クリトリス」をパンティの奥へと曲げ入れ、太ももの間に押し込んだ。

ダイアナに額に銃を押しつけられ、「デートしなさい」と言われたわけではない。それとは全然違う。強いて言うなら、ダイアナはこの2時間ほどは、そういう関心を私に向けるのを避けていた。むしろ彼女自身に向けていた。それでも、いったん私がその道を選ぶと決断した後は、ダイアナは私の気持ちを削ぐようなことは何も言わなかった。ただ、私から決めたことが不満そうなフリをしただけ。

たぶん、そこが核心だと思う。自分で道を選ぶという点が。ダイアナは私に何かを強要したことは一度もない。彼女は、単に私に一連の選択肢を提示しただけ。そして、どの道を進みたいのか、私に選ばせただけ。

チャンタルは彼女について何と言っていたっけ? 「ダイアナがものすごく説得力があるのは私も知っているわ。本当に…」 そう言っていた。私の恋人はそんなに優れた者なのだろうか? 言葉を使わずに私を操作して、彼女の思い通りのことをさせることができると? ほんのちょっと前など、むしろダイアナは私にデートしてほしくないような印象すら与えていたのに?

インターフォンのチャイムが鳴って、私は飛び上がった。

「はい?」

「リサ? 僕だよ。ダニエル。準備はいいのかな?」

コルテスは新世界に着くとすぐに、航海に使った自らの船を海岸線に並べ、燃やすように命じた。彼の部下たちは、夜空に炎が燃え上がるのを見て、もはや後戻りはできないと悟ったと言う。

私はボタンを押した。

「ドアを開けたわ。上がってきて」

燃えろ! 燃えろ!

ダニエルは、ルックス以外の点でも印象に残る男性だった。おカネの交渉については、クールに直ちに済ませ、気懸りとなることを解消し、快楽に没頭できるようにしてくれた。私は、早速、彼をベッドに押し倒し、ベルトを緩め、チャックを降ろし、ズボンを剥ぎ取った。彼はそんな私の振舞いを気に入ったと思う。

彼の「持ち物」の大きさを見た時にも、私は圧倒された。彼のと比較すれば、確かに私は女の子のようなものだと感じられた—そのことは、あの状況の下では、かえって良いことと言える。

スーザンとの夫婦生活を通して、私は、スーザンに何時間にもわたってオーガズムの喜びを与え続ける口唇愛撫の技術を習得していたし、ダイアナとの行為を通して、その技術を洗練し、女性が男性を喜ばすために応用する方法も知っていた。ダニエルは、そんな私の「教育」の成果を享受した。

最初は、陰嚢から先端にいたるまで、彼のペニスの底面にそって、長くじっくりと舌を這わせ、舐め上げることから始めた。

全体にわたって、舌先をちろちろと踊らせ、あらゆる部分に舌による愛撫を与える。それから、先端に軽くキスをする。唇をすぼめて、それがかろうじて触れたか触れないかのような軽いキス。それをしてから、唇を開き、ペニスの頭部だけを口に含ませる。その後、再び舌の仕事に戻り、今度は肉茎を横に咥え、上下に顔を動かしながら、同時に舌を細かく動かし続ける。それを何度も、何度も…。

適当に制限時間を設け、それまでに彼をイカせるようなことはしなかった。これは、私にとって、初めての、そして未知の魅力に満ちた冒険なのだから。確かに、私が思い描いている冒険とは違うかもしれないが、この場に私がいるし、彼もいるわけなのだから、最後までやり遂げようという気持ちでいた。

この行為を私自身、本当に楽しんでいたのだろうと思う。やがて私は、この素敵なペニスが私の口ではなく、アソコに入って、私を犯してほしいと思っていた。そうされたらどれだけ気持ちよくなれるのだろうと。

私の熱のこもった奉仕は、彼にも望ましい効果を与えていたのは確かだった。彼の呼吸が速く、浅くなっていた。彼の腰も前後に動き始めている。いつの間にか彼は両手で私の頭を掴み、私の口に対して突きを繰り返していた。

だが、突然、彼は私を突き飛ばし、身体を離した。

「やめろ! ……気が変わった」 と息を荒げながら彼は言った。

私はこの行為に夢中になっていたところだった。だから、それを聞いてがっかりしたと言うだけでは、言葉が足りない。

「気が変わったって…」 恨みつらみを言うような声になっていた。「…私、返金はしないのよ」

「いや、違う。そうじゃない。俺は…、俺は、君の中にフィニッシュしたくなった。どうしても。それはいくらだ?」

嬉しい言葉に、身体をくねらせていた。チャンタルの言葉がまた頭に浮かんだ。

……あなたに必要なのは、一度みっちりセックスされること。それもできるだけ大きなペニスに……

「すでに払ってる分に加えて、もう125いるわ」

「150にしたら、ナマでやってもいいか?」

彼のスペルマをたっぷり注ぎこまれるのを想像し、私は目を輝かせた。でも、そう思ったのと同じくらいすぐに、私の頭脳は理性を取り戻した。

「私、まだ、あなたのことをちゃんと知っているわけじゃないの。増えた25ドルより私の命の方が価値があるわ。だから、今夜は、アレをつけてプレーして。でなければ、ここで止めなければダメ…」

ダニエルは素早く私におカネを出した。私はジャンボサイズの潤滑剤つきコンドームを被せ、また口に含んで10回ほど舐めしゃぶった。そしてスカートをめくり上げ、パンティを脱いだ。

持っていた携帯用のKYゼリーを全部、急いですぼまった穴にすりこんだ。ダニエルの求めで、私はベッドの端に覆いかぶさり、両手で身体を支えた。彼は私の唾液で濡れたペニスを私の入り口に押し当てた。するりと中に滑り込んでくる。

私は、それが入ってくるのを感じながら目を大きく見開いた。ダイアナのが大きいと言うなら、ダニエルのは巨大と言えた。彼は私をプロの娼婦のように扱った。獣のような情熱で、私のあそこを激しくえぐり続けた。

あまり時間はかからなかった—彼にとっても、私にとっても。

ダニエルが身体をこわばらせるのを感じた。ペニスもいっそう固くなるのを感じた。

彼は私の腰を両手で押さえ、ぐいっぐいっと繰り返し私の身体を彼の鋼鉄の棒へと引き寄せた。遠くの方で、女の子が叫んでいるのがかすかに聞こえた。

「ヤッテ、もっと! 淫乱女なの、私! この身体、好きに使って! 中に出してね! 安っぽい商売女なんだから、好き放題に使っていいのよ! ただのスペルマの捨て場所と思っていいの。あなたの熱いのを中に! 今夜、ずっとこれをしてほしかったの。だから、いっぱいやって! もっと強く! めちゃくちゃにして!」

薄い被膜を通してだけど、彼の肉棒がホースのように噴射するのを感じた。そして、それが引き金となって、私にもオーガズムが襲いかかってきた。私の周りの世界ががくがくと揺れ、何100万個もの小さな破片となって粉々に砕けていく。雷のような轟音が耳にこだました。頭からつま先まで、身体全体がヒクヒクと痙攣した。

ばらばらになった精神の破片をひとつひとつ集め、元通りにするのに、長い、長い時間がかかった。破片の一部は、決して、元通りにならないだろうと思った。

ダニエルが起き上がり、ズボンのチャックを上げる音が聞こえた。その間、私はハアハアと喘ぎながら、ベッドに突っ伏したままだった。時々、発作的に身体がぶるぶると震える。彼が、ありがとうと言い、部屋を出ていく音も聞こえたが、その時になっても、動けずにいた。

やがて次第に身体と心が元に戻り始めたが、その時になって、さっきの女の子の声—ダニエルに、やって、身体を使ってと叫んでいた声—が自分の声だと分かった。あの女の子の言葉、あの淫らな叫び、あれは私の声だったのだ。いったい何が私に?

いつものことだけど、ダイアナの教えは正しかった。コンドームは欠かせなかったのだ。私が出した量は、ダニエルが放出した量には及ばなかったが、それでも、つけておいていて正解だった。コンドームの利点は、まわりを汚さずに済むことも当然だけど、事後の処理の容易さもある。ダニエルのをペーパータオルでつかんでゴミ箱に捨て、自分のも同じように捨てた。それから自分の身体をチェックし、ベッドに染みがついてないか確かめた。

それから乱れ切った服装を直し、お化粧を整え、後で使う人のことを考え、シーツや枕を元通りに直した。

最後に部屋をもう一度眺め、この部屋が、私が本物の男にバージンを奪われた場所なのね、と最後のお別れをし、元気よくドアを出た。

歩き方をわざと誇張していると取られてもおかしくないほど大げさに腰を振り、しゃなりしゃなりと店の人たちの前を通りすぎ、私の女神の隣の席に戻った。前に私が座っていた席である。

そんな歩き方になった理由のひとつは、そうしないといけないと思ったから。この1週間、私はガニまた歩きをしてるんじゃないかと気になっていた。

もうひとつ理由があって、それはドラマを演じたいと思ったから。ダニエルがつけたコンドームはちゃんと仕事をしたけど、たっぷり使った潤滑用のゼリーがまだ中に残っていて、そのヌルヌル感のために、彼に本当にたっぷりと中出しされたような感覚になっていた。そのため、男の出したスペルマをあそこにたっぷりと溜めたまま、愛する人の元に帰ってくる女のような、ちょっとイケナイ女になった気分がしていたのである。私は、店にいた大勢の客が楽しめればと、そういう役を演じる気になっていた。

私はちょっと陽気な感じを装って、腰を降ろした。片脚をもう一方の脚に乗せ、脚を組んで座る。脚を組む時、ストッキングとストッキングを擦りあわせ、少しだけざらっとした音を出した。もちろんその音は、この店の大音響のサウンドの中では、聞こえたと言うより、そう感じられたと言った方が正確だろう。

私はダイアナにもたれかかるようにして近づき、鼻先を彼女の頬に擦りつけ、そして耳元に囁きかけた。

「私がいなくて寂しかった?」

そう言いながら、彼女のドレスの上から太ももを優しく擦り、私の意図した含意をそれとなく伝えた。ダイアナはぐいっと顔を上げ、私と視線を合わせた。彼女の眼には何か熱く鋭い表情があって、その感情を解釈するのは私には難しかった。

「楽しかった?」 とダイアナは注意深く言葉を選んで言った。

「ええ、もう!」 と私は大きな声で返事した。「チャンタルは正しかったわ。彼女、私がいろんなことを正しい見地から整理し直すためには、大きなおちんちんにしてもらうのが必要って言ってたのよ」

「あの男にやらせたの? そういうこと?」 と彼女は吐き捨てるように言った。

私はぱっと明るい顔になり、首を縦に振った。「やられたのなんのって!」 大きな声を出していた。「私のこと、誇りに思ってくれる?」

「もう店を出ましょう!」 

ダイアナは厳しい顔になっていた。返事する間もなく、彼女は立ちあがり、コートを羽織った。リッチーはすぐに空気を読み、すぐ後にカペジオのバッグをカウンターバーの上に置いた。ダイアナはそれに全然気づいていないようで、わき目も振らず私の手首をぎゅっと握り、ぐいぐい引っ張り、歩きだしていた。掴まれた手がそっちの方で良かった。私が椅子から引きずり降ろされる間際に、なんとか空いてる手でバッグを回収することができたから。

お客の人だかりでなかなか進めなかったけれど、それでもできるだけ早く出口に向かった。出口では、ダイアナに急かされたけれども、私はジミーに感謝を述べ、さっき申し出てくれた招待については、またの機会にお願いと伝える時間だけは、何とかねばった。

車を駐車していた場所に着くのも、記録的な速さと言っていいほどだった。メルセデスをとめておいた場所は、いちばん奥のスペースで、暗闇に包まれている場所だった。

そこに着くとダイアナは、何の前触れもなく突然、私を押し、車のトランクに覆いかぶさるようにさせた。そして私の後ろに来て、自分の太ももを使って私の太ももを押し広げた。スカートは腰のところまで捲り上げられ、気がついた時にはパンティも膝まで降ろされていた。この、ダイアナの私を奪うやり方に、優しさのようなものはまったくなかった。

「あんたも、こうされるのがいいんでしょ? ええ? 淫乱!」 とダイアナは怒鳴り、私のあそこを彼女のクリトリスで貫いた。

「あいつと同じくらい感じる? 私には『ヌルヌルの二発目』(参考)だって全然かまわないから。私のために穴を緩めておこうと、男にやらせたんでしょ? それなら、ひとりだろうが、ふたり、三人だろうが何人でも、全然かまわないから」

ダイアナは、その言葉のリズムにテンポを合わせて私に強く押しこんだ。いったい私は何か彼女を怒らせるようなことをしたのだろうか? 全然、分からなかった。「怒り」という言葉が、彼女の感情を表すのにまさにぴったりの言葉だった。

その夜はかなり寒かったのだけど、ダイアナの燃えさかるような怒りの感情によって、寒さがほとんど相殺されていた。ダイアナにとっては、身体の中はアドレナリンが充満しているようだし、身体の外には足まで届く丈の毛皮のコートを着ていたから、たぶん、焦げるほど熱くなっていただろう。

一方、私は、寒さをしのぐための服として、薄地のスエードのジャケットしか着ていなかった。それはそうであったけれど、このダイアナの獰猛な攻撃。この攻撃は、身体的に私を痛い目に合わせようとした攻撃ではない。ダイアナの言葉は正確だった。確かにダニエルは私の身体をゆるゆるにしてくれていたのであるから。ダイアナの攻撃は精神的なものであった—そして、的を射た攻撃だった。

ダニエルとの経験、そして今はダイアナによるこの攻撃。それらをされて、受動的に受けとめている自分。まさに、自分が淫乱女になった気持ちだった。そして、真に恐ろしく感じたのは、自分自身が、このようにされることが嬉しくて仕方ないと感じているところだった。

その夜、二度目の射精に至ったのは、まさにそのような感覚を感じたことがきっかけだった。二度目であったけれど、一度目よりも激しい射精だった。ダイアナも達していた。私のお尻をクリーム色の精液で溢れさせていた。

共に射精を終え、ふたりとも恍惚状態になっていた。私は車のトランクに突っ伏し、その私の背中に彼女が突っ伏して重なっていた。

しばらくした後、私も彼女もゆっくりと意識を取り戻し始めた。

「どうして?」 

ようやく、息切れが収まり、私は訊いた。

「どうしてなの? 私は、あなたが求めることを全部したわ。自由にしてみればと言っていたでしょう? 私もそうしようと思ったのよ。なのにこれ? どうして? 何か悪いことをした?」

ダイアナは私から抜けた後、私の身体を回して、正面を向かせた。ふたりとも、それぞれに服装を直し始めたが、彼女の顔には、依然として、強い感情が浮かんでいた。もはや怒りの表情は彼女の目から消えていた。ダイアナが依然として怒っているのは確かだったけど、その怒りは私に向けてではないように感じられた。

「車を運転して」 とようやくダイアナは口を開いた。

「でも、どうして…」

「いいから、運転して!」

私はカペジオ・バッグの中を漁り、車のキーを取りだし、彼女のためにドアを開けてあげた。ダイアナは、私の視線を避けたまま、革製の高級座席に身を沈めた。私は、助手席のドアを閉めた後、急いで運転席側にまわり、乗り込んで、エンジンをかけた。5リッター、V8のエンジンが轟音とともに息を吹き返し、車はシルクのような滑らかさで発進し、加速した。

家への道の半分に差し掛かったところで、ようやくダイアナは沈黙を破った。

「何でもないのよ…」 と彼女は助手席側の窓の外を見ながら呟いた。

「何が?」

彼女は私の方に顔を向けた。

「あなたは何も悪いことはしてないわ。もっと言えば、あなたがしたことは全部、正しいこと—私が想像したより…。私が期待したよりも、ずっと正しいことをしたのよ。問題はあなたじゃないの。私なのよ…。あなたがあの男と出て行くのを見て、そして戻ってきて、カナリアを食べた猫(参考)のような顔をしているの見たら、私…」

ふたりともシートベルトを締めていたのは良いことだった。私は、ふたりの身体がフロントガラスにぶつかるほど強くブレーキペダルを踏んでしまったから。

「嫉妬心?」 信じられない気持だった。「あなたが?」

「そういう言い方、やめてくれる? 私には。…私は、私の隣に座ってる女の子と同じく、人間なのよ。実際、自分がどれだけ人間らしいところがあるのか、思い知らされているところなの。こんな状況になったこと、これまでなかったから…」

「女の子の友だちが男とデートに行くのを見たことがないの?」

「本当に気に留めている女友だちでは、初めて。こんなことなかったわ! 今回は違うのよ。あなたは違うの。何を言おうとしているかというと、こういうことなのだろうと思うけど、あなたに対する感情が、これまでとは違うのよ。あなたがあの男と一緒にいるのを見たら、私…。嫌な気持ちになったの」

最初に思ったことは、自分が思慮深いことをしたということ。まあ、2月の凍えるような日曜日の午前1時にイリノイの道路の真ん中で、車のギアをパークに入れることが「思慮深いこと」といえるならの話しだけど。

私はシートベルトを外し、シートの上、身体を彼女の方へと移動させ、最後に彼女の膝の上にまたがった。そして両腕を彼女の首に巻くようにして抱きつき、鼻先を彼女の鼻先に擦りつけた。そうするまでの間ずっと、SLクーペ(参考)でなくセダン・タイプを買った自分のセンスに感謝していた。

「ダイアナ?」 と甘い声ですり寄った。「そんな言葉があなたの口から出てくると、すごく変なこと、分かってるの?」

「そうよ、すごく変なのよ。私はあなたにぞっこんだわ。心の底から。それを認めるのは、全然、怖くないわよ」 と彼女は憮然として言った。

「違うわ、違うの…」 と私は素早く打ち消した。「あなたが何かを気にするというところがすごく変って言ってるのよ。ダニエルは、おちんちんを持った男。ただそれだけ。確かに、素敵なおちんちんだったけど、ただのおちんちんにすぎないの。私が欲しいのはあなただけ。私が家に連れ帰りたいのはあなただけ。…こんな会話、前にもしたと思うけど?」

「私に言葉遊びをするのはやめてよ」 とダイアナは怒った。「これが今までとは違うのは知ってるでしょう?」

「違うって?」 私は甘えた声のまま続けた。「どんなふうに違うの? あなたのことじゃなくて、わたしのことを話しているから? だから違うと言うの?」

「じゃあ、あなたとスーザンのことと言い換えてみたら? スーザンも男と遊んだだけと考えたら…?」 

これには傷ついた。

「それって反則技だよ、ダイアナ。これとは違う。言葉が重要って、あなたが言った言葉じゃない? 忘れたの? 私たちがここにいて、こういう会話をしていること。それだけで私たちは他とは違う関係になっているのよ。スーザンは私にそういうことをさせなかった。彼女はただ逃げていっただけ」

「でも、彼女が明日あなたのところに来て、今夜、私たちが言ったことと同じことを言ったら、その時はどうなるの? 同じじゃない? そうなったらスーザンが話しをしなかったと言うことにならないわ。ただ、話し合いをする時期が遅れただけと」

私は彼女の懇願するような褐色の瞳を見つめながら、頭の中でそのシナリオを考えていた。そして、目を閉じ、ゆっくりと頭を左右に振った。

「その点も、私たちはすでにカバーしている。船はもう出航してしまったの。スーザンたちのことを知った時点で、そちらの話しは完了してしまった。私とあなたがここにこうして、一緒にいるのだから、その意味でもスーザンと私の関係は完了している…」

「…この10日間という時間の間、特に、この16時間の間に、私は心の根本を揺るがす不信状態を行き来し続け、ようやく今の状態にたどり着いたの。どういうことか分かる? 私の中ではうまくいってるのよ。私はウサギに導かれて穴に落ちたけど、帰り道を見つけるのを全然急いでいない—あなたが私と一緒にいる限り。私の家はすぐそこだし、月曜日の朝はまだまだずっと先。だから、今はこんなバカなことは終わりにして、家に帰って、残りの週末を楽しむことにしない?」

言いたいことを強調するため、彼女の太ももにまたがったままお尻を擦りつけ、軽く唇を重ねた。これも、彼女を蕩けさせる「正しいボタン」の一つを押したことになると思った。

「車を出して」 とダイアナは呟いた。今回は目に涙を浮かべながらだった。

車を走らせたが二人とも黙ったままだった。車を私のマンションの地下の駐車場に入れ、エレベーターに乗り、部屋がある階まで上がったが、その間も沈黙が続いた。

でも、陰鬱な雰囲気も、私がドアを開けダイアナを招き入れたとたん、消え去った。彼女は、私の住処の豪華さ—彼女にとって豪華ということだがーそれに魅了されたようだった。それに、窓からすぐ下に見えるミシガン湖とボート停泊地の息をのむような眺めにもうっとりしていた。少し遠方に目をやれば、レイクショア・ドライブ(参考)が、ミシガン湖とシカゴ川を分ける水門の可動橋(参考)が見え、そこを忙しく行き交う車が見える。

「素敵だわ」 ダイアナは夜景を眺めていた。「とても、とても素敵」

偽りなく出た言葉のような言い方だったけど、やはりよそよそしい感じがあった。リンガーズの店を出てからずっと同じだった。私は彼女を私の方に向かせた。

「そうね。それにあなたがここにいるから、いっそう。ここに連れてきた女性はあなたが最初だし、私が欲しい女性はあなただけ」

「私はいつもここにいるわけではないわ。それは前にも言ったはず」

「いや、あなたはい続ける。どこにいるかが重要。あなたはいつもここにいる…」と私は自分の頭を指差した。

「…それに、ここにも…」と心臓を指差した。ダイアナはハアっと溜息をもらし、私を抱き寄せ、私の胸に頭を乗せた。目に涙が溢れてきてる様子だった。

「リサ、私はあなたに値しないの…。…でも、それを改めるのを自分の仕事にするつもり。信じて」

彼女は毛皮のコートからするりと抜けた。それを取ってあげようと手を出したが、彼女はそれを断った。彼女はいまだそのコートの感触に愛情を持っているようで、できる限り触れていたいと思っているのだろう。ダイアナはクローゼットを見つけ、木製の重いハンガーを選び、注意しながらコートを掛け、優しくクローゼットのドアを閉めた。

「ここから出る時は、それを持っていくのを忘れないように」 と注意を促した。

ダイアナは微笑み、頭を左右に振った。

「それはあり得ないわ。ジュエリーもここに置いて行く。コートやジュエリーを私の家に持ち帰ったら、私が背中を見せた隙に、どんな変態やら私の『友だち』と名乗るやつらが盗んでいくか知れないもの。これは全部、ここに置いて行くわ。そうすれば、私が帰るべき家として、いつでもこれと…」 とダイアナは私に優しくキスをした。「…あなたがいることになるから。あなたを私の帰るべき家にしてもいい?」

私もキスを返した。熱を込めて。

「信じてくれていいわ。ありがとう」

「ありがとうって、何に対して?」

「ここを家とみなしてくれたことに対して。あなたがここにいると、本当に帰るべき家のように感じられるから」

ダイアナはいきなり私をカウチに押し倒し、私の上にのしかかった。私のスカートをめくり上げ、ブラウスのボタンを外し始めた。

「それじゃあ、お引っ越しパーティ(参考)をするのはどう? 私たち二人だけで…。たくさん話したいことがあるの」

ダイアナは甘い声で言った。


つづく
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