「心が望むものをすべて」第5章 Whatever Your Heart Desires 05 出所 by AngelCherysse (第1章第2章第3章第4章

もう、どうしようもなかった。私はぼろぼろになっていた。こんなことはなかった。でも、まずは、できるところから、していこう。

まず、すべてのレイプ被害者が行うべきことを行った。警察の性犯罪課のドッティ・ハンソン捜査官が私の通報を受け取った。彼女にエスコートされて病院へ行き、性犯罪検査(レイプ・キット:参考)を受けた(もっとも、事後、シャワーを浴びた以上、私も捜査官も、使えるような証拠が出てくるとは期待していなかったが)。加えて、薬物検査と、STD(性病)検査も受けた(これを思うと今でも身の毛がよだつ)。

「ロン」と「テリー」は以前から通報されていた。それも数回。彼らは、普通、バーなどで女を引っ掛け、その場で薬を飲ませ、恐らくモーテルなどのどこか人の目につかないところに連れ去る手口だった。彼らが時間を置いて「遊んだ」犠牲者としては、私が2人目だった。彼らは、巧妙で入念だった。彼らは、言っていたのとは異なり、例のスポーツクラブの従業員ではなかった。これまでの事件では、彼らは住所や電話番号も明らかにしていない。現時点では、警察は、2人の名前が本当の名前なのかも、この地元に住む者なのかすらもはっきりしていなかった。

コンピュータのデジタル・スライドは、その点、捜査に関して突破口となりえるものだった。まして、そこに写っていたダニーの存在も、そうである。だが、ドッティ捜査官にはダニーのことを捜査外に置くよう、何とか説得した。少なくとも今は捜査外とされている。

ドッティ捜査官は、ダニーに対して全国指名手配しそうな勢いだった。・・・あなたがレイプされているのに、ご主人はそれを見ていて、止めようとしなかった。どうして? その直後に姿を消した。なぜ? それなのに、あなたは少しも疑っていないの?・・・

私は彼女に説明した。これまでも私は不実をしてきたこと。それからすれば、ダニーは、目にしたことが、それまでとほとんど同じようなことだと考えたのだろう・・・もっとも、それまでと同じと言っても、(彼女にとっては)極度に侮辱的なことだったのは確かだが・・・いずれにせよ、そのことで彼女が突然に姿を消したことが簡単に説明できる。ダニーには、ひょっとすると、私が完全に理性を失っているように見えたかもしれないのだ。私が気が変になるほど激しくセックスされて、喜び狂っているからだと考えたのかもしれない。私の場合、そういう風になるのは、行為の前に1杯か、いや、2杯か3杯、お酒を飲んでいると、割と普通にあることだから。

ドッティは依然として納得していなかったが、ダニーの写真を見せたら、その様子が変わった。その写真は、モールにある、飛び込みオーケーのグラマー写真スタジオ(参考)で撮った写真だった。裾が短いタンクトップで、胸の谷間と、両手で回しきれる程の細いウエストを見せびらかし、罪深いほどミニのフレア・スカートにプラットフォーム底のアンクル・ストラップ・サンダルを履いた姿だ。私は、彼女におへそへピアスの穴あけをさせたのだった。その傷も癒えていたので、そこに可愛い小さな宝石リングをつけたダニーの写真が欲しかったのである。そのとき撮った写真だった。

それをドッティに見せたとき、私は、事実上、彼女のあんぐり開けて落ちそうになったあごを押さえ、私の手で元通りに口を閉じさせてあげなければならなかった。

「これがあなたのご主人?」 彼女は信じられないという風に訊いた。

「違います。私の妻です」 私は微笑みながら答えた。

ドッティは頭を振りながら、興味深そうな微妙な笑みを浮かべた。そして溜息混じりに言う。

「分かったわ。あなたの言いたいことが」

ドッティ捜査官は、依然として、できる限り早い時期にダニーに面会しなければならないと、警告した。

「彼・・・いや、彼女は、重大な性犯罪の現場を目撃した証人であるのは変わりないのです。もっと重要なこととして、彼女は危険な状態にある。私たちが例のデジタル画像に彼女の姿が映っているのに気づいたとすると、犯人たちも気づいているのかもしれないから」

その点は私も考えていなかった。

「うちのユニットに、あなたの家をしばらく警戒させますね」

私は息を飲んだ。

「まさか彼ら、また戻ってくることはないですよね? つまり、あの2人は、もう私には用がないはず。私が証言できることと言えば、あの2人が家にきて、翌朝、目を覚ましたら頭痛がしててあそこがヒリヒリしていたと、それだけなのだから・・・」

「ええ、その通り。でもダニーは違います。連中はダニーが失踪したことを知らないでしょう。連中が知っているのは、彼女が、行為を行っている2人を目撃したことだけ。そして、彼らに不利になる証言ができるかもしれないと睨んでいる。連中は、また、現場に戻って、ダニーを黙らせた方が良いと判断するかもしれない。それに、もし、そこにあなたがいたら、ダニーに加えてあなたも黙らせると・・・」

そのことも考えていなかった。ぞっとする可能性だった。そして、次に私の頭に浮かんだことも、同じくぞっとすることだった。

「警察は、私たちをおとりとして使うつもりなの?」

ドッティは微笑んだ。だがその笑みでは疑念は消えない。

「そういう風にはならないとは思います。でも、当面は、あなたのお家を見張らせてください。クリステン? これは、この一連の事件が発生してから、私たちが手にした最も大きな手がかりなのです。ご安心ください。あなたやダニーを不安な状態にしておくつもりはまったくありません。でも、この蛆虫どもを公の場に引っ張り出すチャンスがあったら、私たち警察はそのチャンスをつかまないわけにはいかないのです」

このようなことを頭から消す最良の方法は、ごく普通の日常の仕事に没頭することだった。会社では、上司のハリーも、他の人たちも、皆しっかりと私の応援をしてくれた。

ハリーは、私の身にこんなトラウマとなる出来事があった後に、夫がどうして家を出て行けるのかと理解できずにいた。ハリーには「ダニー」のことを話していない。だから、彼には警察で話したことと同じ説明のうち、好ましくない部分を除いた部分に限り、繰り返して説明した。ハリーに説明するとき、私の求めに応じて、ベスとジャッキーとグウェンの3人が同席し、私の後ろ盾になってくれた。ハリーは理解はしてくれたが、依然として、ダニーのことを「男らしくない」と思っていた。そもそも、夫婦のベッドでそのようなことが起きているのに、それを放置するとは、男として考えられないと。その時は、ハリーに反論し、言い負かす方法はなかったので、ハリーの言うままにさせておいた。

普通の生活に戻ること。最初、これはとても大変だった。本当にキツかった。最初の血液検査と、それに続く検査の結果が送られてきた。すべての感染症に関して陰性だった。少なくとも、この点については、ありがたいと感謝した。それに、家に戻ることも気にならなかった。少なくとも、あのレイプに関しては、それが気になって家に帰れなくなる、という風にはならなかった。依然として家は家だし、そこで生活し続けるのだから。自分がレイプ犯の犠牲者になってしまったこと。これには自分を咎める理由がたくさんあったけれど、それをくよくよ考えるのは嫌だった。起きてしまったことは仕方がない。

トラウマとなったのは、むしろダニーのことである。今回のひどい事件のせいで、私は何より価値を高く置いていた宝物を失ってしまったのである。あれ以来、ダニーからの連絡はなかったし、彼女がどこで何をしているのかも知らなかった。

彼女のいない家は、空っぽで、荒涼とし、寒々とした場所に思われた。時々、夜に、あてもなく部屋から部屋を渡り歩き、心の空白を満たすために彼女が残したかすかな思い出を拾い戻そうとすることがあった。人には、その心の空白を埋めるため、外に出て、その場だけの恋人を見つけようとする人がいるかもしれない。だが私にとって、そういった考えには、吐き気しか感じられなかった。

髪をセットしに、レキシのところに出かけた。いつもしていることで、私のルーティンの一部となっていることだった。レキシは、私の異変を感じ取った。そして私は全部包み隠さず彼女に話した。

牧師、バーテン、そして美容師。この人たちは、人の話を聞いてくれる。レキシはとても同情してくれた。とても現実とは思われないような出来事が連鎖し、悲劇的な結果になってしまったのね、と。私があのような暴行を受けたことに激しく嫌悪してくれたし、私が、ダニーを失ったことは別として、事件のショックにもめげずに生活を続けていることを、わが事のように喜んでくれた。ただ、ダニーの件についてのレキシの反応は、私が思っていたのとは少し違った。確かに、私に同情はしてくれたが、どことなく、ダニーが失踪したという知らせは、彼女にとって、まったくの驚きというわけではなさそうに思えた。

ヘアセットを終え、椅子から立ち上がったとき、偶然、セリーヌの姿が見えた。彼女が私の姿に気づいたのと、ちょうど同時だった。ハッと息を飲むほど美しい、あのアフリカ系の彼女は、私を見るや、針を刺されたかのように、ぷいっと私から目を背けた。

でも、その時のセリーヌの眼差しは、ほんの一瞬ではあったが、多くのことを語っていた。もし、セリーヌが目からナイフを撃ち出せたとしたら、私はその場でめった裂きにされて死んでいたことだろう。私は、注意深くセリーヌの持ち場に進んだ。恐らく、悲しい対話が待ち構えているだろうと覚悟しながら。でも、その対話はどうしても、済ませておかなければならないものだとも感じていた。それに備えて、心を鋼で武装しながら、進んだ。

「私に話しかけないで!」

セリーヌは、取るに足らない仕事を忙しそうにしつつ、きつい口調で言った。

「あなたなんかと話したくないわ!」

「どうしても話しなくちゃいけないの・・・私たちのどちらかが、お話したくなくても、しなくちゃいけないの。私は、ダニーが無事だと、どうしても知りたいの」

セリーヌが、急に振り返って、私と面と向かった。瞳にも声にも、冷たい怒りが満ちていた。

「いいこと? ダニエルはあなたにあんなに尽くしたのに、あなたはあんなことをしたのよ。なのに、のこのこ私の前に来て、彼女が無事か、などと訊いている。彼女が無事なわけないじゃないの。ダニエルは、永遠に、無事の状態には戻れないわ。それもこれも、すべてあなたのせい。彼女は、私のことはまだ信頼してくれていると思うわ。でも、彼女が誰か他の人に喜んで感情をゆだねるとしたら、今は、私を信頼することしかできないでしょうね。今ここで、私が、あなたの不潔なお尻を蹴っ飛ばさないのは、私がアレクシスを尊敬しているから。そのことだけは心得て頂戴!」

私は、暴行事件についてレキシに話したことを繰り返した。それに、警察が、ダニーは危険な状態にいると考えていることについても話した。

「私は間違いを犯したわ。だけれど、ダニエルに危害が及ぶことだけはどうしても避けたいの」

セリーヌは、一瞬、うんざりした顔で私を見た。ほとんど知覚できないほどだが、顔が和らいだように見えた。

「そのことなら、心配する必要はないわ。私が見ているから」

少なくとも、私の愛する人とコンタクトを取っている人がいるということは分かった。私は、この美しい黒人女性のことを、最初に会ったときから、本能的に尊敬していたと思う。彼女は、メス狼が我が子を守るように、ダニーのことを守ってくれている。愛する人に会うことも話すこともできないのはとても辛かったが、少なくとも、ダニーが良き人に守られていることは理解した。私は、自分の心情を適切に表す言葉をつむぎだそうと頭を巡らせた。一瞬、その点に関して才能のあったダニーのことを思い出し、あのような才能が私にもあったらいいのにと思った。ゆっくりと言葉を選んで話した。

「今この場では信じてもらえないのは分かっているけど、私は彼女のことを心の底から愛しているの。もし、私の心を証明する唯一の方法が、ダニーが私に接触する心積もりができるまで、ダニーから遠ざかっていることだと言うなら、その通りにするわ。あなたなら彼女のことを大切にしてくれると信じているし、あなたが、ダニーにとって最も利益があることを考えていてくれてるのも分かってる。私もそれを考えているの。うまく目に見える形で表すのが苦手だけど。ダニーに良くしてあげてね、お願い。私もそうしていたつもりだったけど、お願いだから、もっと良くしてあげて。ダニーは、そうされて当然の人だから」

セリーヌは何か言いかけて口を開いた。だが、言うのをやめたようだった。

「帰ったほうがいいわね」 彼女は無感情にそう言い、そっぽを向いた。

私は、言い返すことはせず、言われた通りに店を出た。

考えられるうちで最も小さな突破口だった。だが突破口であるには変わりない。少なくともダニーが生きていることが分かった。どこで生活しているかは分からない。だが、セリーヌなら知っているのは確かだ。多分、ダニーは彼女と一緒に生活している。そう考えると、つじつまが合った。ダニーが一緒にいても安全だと感じられる人は、セリーヌの他に誰もいなかったのだろう。

先に、私は、セリーヌに初めて会った時から、彼女のことを本能的に尊敬していたと言った。もしセリーヌがダニーを保護しているなら、ダニーが他の女性と一緒にいることに卑しい嫉妬を感じてはいても、その気持ちは脇において、今こそ、本当に尊敬しなければならないだろう。

私は、すべきことと決めたことを行った。仕事をし、日常的なルーティンに没頭した。不動産販売の営業活動に没頭し、友人とランチを食べ、仕事帰りの飲みに行き、そして家に帰る。ある日、友人たちは私を説得し、一緒にクラブに行くことになった。もちろん、私に言い寄ってくる男性が現れる。これも友人たちの意図したとおり。私は元気付けられた。少なくとも、仕事に関係しない会話をすることは楽しかった。それにダンスも何度かした。誰かに抱きつき、その体の温かみを感じることは気持ちよかった。ただ、それは前とは違った。男性たちとの会話・・・スポーツや仕事、新しい車やボート、それにどういう風に私のような女の子を探してきたか・・・といった話は、陳腐な話にしか聞こえなくなっていた。

正直に言うと、一度、そういう男性たちの1人を家に連れてきたことがある。彼は名前はスタンとか何とか・・・。ともかく、彼は男だ。そういう言い方しか思いつかない。確かに魅力的だし、体格も素敵だった。彼の「外見」はオーケーだった・・・ただ、オーケーだったというだけ。彼はありきたりにセックスをした。彼は達したが、私は達することができなかった。達したふりすらしなかった。それが終わった後、元気さを取り戻した私は、彼に失礼にならない程度に、早々に彼に出て行ってもらった。彼が私の中に入っている間、ずっと私は彼とダニーとを比較していた。そして、比較にならなかったのである。あのスタンとかいう男の完敗だった。

2ヶ月ほどして、地元のニュース番組で奇妙なニュースが流れた。

匿名の通報を受け、警察が地元のモーテルの1室に踏み込み、この地域の女性に対しての連続性犯罪との関連で、2人の男の身柄を拘束したというニュースである。この踏み込みで、デジタルカメラ、ビデオ装置、加えて、過去の犯罪の証拠を含むと思われるデジタルディスクも押収されたという。

奇妙だった点は、警察が現場に到着した時、部屋のドアは、すでに押し破られた形跡があり、問題の2人の男は、手錠を掛けられ、殴打された状態だったと言う点だった。さらに伝えられたところによると、性的な暴行も受けていたと。現在、2人は地元の病院に収容されており、罪状認否の取調べは、退院を待って行われるらしい。この2人に対して、明らかに、何らかの復讐が行われたと考えられるが、現時点では、警察はその容疑者は把握していないという。2人の退院を待って、さらに情報が得られると推測されているそうだ・・・

そして、このニュースが流れてすぐ、私は彼女の姿を見たのである。

あの日、グウェンが、私たち仲間の3人に、「ゴサム」という新しいクラブが開店したと教えてきたのだった。早速、金曜日の夜に、いつもの4人でその店をチェックしに行くことになった。

訪れて見ると、店の装飾は、陰鬱とした不気味な雰囲気を醸し出したもので、かなりゴシックの影響を受けたものだった。照明が暗い小部屋がたくさんあって、通路も入り組んでいる。探検する気持ちでいないと、迷ってしまいそうな作りだった。

そして、そこのダンス・フロアにダニーがいたのである。別の女性と一緒にダンスをしていた。相手の女性は私に背を向けていたので分からなかったが、ダニーの方は、確かだった。あのゴージャスな体も、あの燃えるように赤い髪も、他の人に見間違えることはない。

2人とも、可愛い淫乱娘のような服装をしていた。深く切れ込んだ胸元、猥褻なほどに短いスカート、そして、危険なほどヒールが高いスティレット・ハイヒール。2人は、ゆっくりとした官能的な音楽のビートに合わせて、体を密着させてダンスをしていた。その空間にいる誰もが、2人に目を奪われているように思えた。

しばらくダンスを続けた後、相手の女の子は魅惑的な赤毛の女の子の手を両手で握り、フロアから降り、通路に姿を消したのだった。私は2人の跡をつけることにした。客の群集を注意深くかき分けながら進む。

小部屋を1つずつ、入り組んだ通路も1つずつ確かめながら、私は、あの2人連れの姿をもう一度見るため、探して回った。2人は店を出てしまったの? たったあれだけ、数分にもならない時間しか、私にはダニーを見ることが許されないの? あれだけで、後は一生、彼女の姿を見ることができないの? 

いくら探しても見つからず、絶望してあきらめようとした時だった。暗い、つきあたりのひと気のない小部屋の中に2人を見つけたのだった。

2人は・・・セックスをしていた。部屋の前を通れば、誰にでも見られるような場所なのに。

2人の行為は、とても熱を帯びていて、とても激しく、そして、とてもあからさまにエロティックなものだった。私のあそこはたちまち愛液を溢れさせていた。私は、卑しい覗き屋のように、陰に身を潜め2人を見ることしかできなかった。

気がつくと私はスカートの中に手を入れていた。2本の指を使って、疼いているクリトリスを、軽く円を描くようにして擦り始めていた。目の前の、美しくエロティックな絵画のような光景から、どうしても目を離すことができない。

美しい2人の女性。そのうちの一人には、太く肉量たっぷりなペニスがあって、公の場だと言うのに、それも気にせず淫らに性行為を行っている。私と彼女も、傍から見ると、このように見えていたのだろうか? そうに違いない。

もう一人の女性の顔は陰に隠れて見えなかった。だが、ダニーの大きなクリトリスが彼女の割れ目に出入りする様子ははっきりと見えていた。2人とも、激しく喘ぎ声を上げていた。恐らく、もうすぐ、頂点に達しようとしているのだろう。

それは私も同じだった。クリトリスを擦る行為から、2本指を力強く、あそこの穴に突き入れる行為に切り替えた。ダニーの激しい出し入れに同調させて、自分の指を突き入れる。

私も含めて、3人ともほぼ同時に達した。2人の絶叫のおかげで、私自身が漏らした声は聞かれずにすんだ。強烈なオルガスムに両膝ががくがく震えた。中腰で脚を広げ、股間に指を突っ込んでいる、女としてはみっともない姿。壁に手を当て、よろめく体を支えた。

このオルガスムは、ダニーが家を出て行ってから初めてのオルガスムだった。無様な格好で覗き見しているという無粋な状況であるにもかかわらず、いや、多分、そういう状況だったからこそ、このオルガスムは強烈で、満足の行くものだった。2人は、しばらしくた後、体を離し、乱れた服装を直し、こっそりと何気なさを装って歩き去った。手を握り合って。

ダニーの相手の顔をはっきりと見たのはそのときだった。あの黒髪の美人を見間違えるはずはない。考えてみれば、たった2日前に、私は彼女の担当する椅子に座り、ヘア・スタイリングをしてもらっていたのだった。2日前ばかりでない。これまでずっと毎週、水曜日に。

その週末の、土日の間、私は持っている中で一番大きなディルドを使って、狂ったように自慰を続けた。週末の間ずっと。あのときの光景を、頭の中、何度も再生した。私は、あの光景に呪縛され、獲りつかれてしまったようで、どうやっても、頭から振り払うことができなかった。

オルガスムも強烈だった。淫らで、下品で、動物的な絶頂に数限りなく達し続けた。自分は気が狂ったとしか思えなかった。事実上、私は、愛する「妻」を大の親友に寝取られた「夫」と同じ立場になっていた。しかも、その行為を盗み見して、激しく興奮している。

多分、あの行為のあからさまなところ、目の前で展開していた大胆さが、興奮を高めた理由だったのかもしれない。しかも、私との間のときとほとんど変わらぬ親密さで、ダニーは彼女とセックスしていた。レクシと私が入れ替わっても、まったく変わらない。まるで、私自身が暗く、ひと目につかない小部屋で、ダニーとセックスしていたような錯覚さえあった。ある意味、そうだったと思う。

月曜の朝、職場に行くと、いつもの3人の友だちと、先週末の外出のことについての話になった。3人とも、私が突然姿を消してしまったと言い、私に何が起きたのか心配していた。私は、ある部屋でエッチな光景に出会ってしまい、結局、早く切り上げて、一人で家に帰ったと答えた。すべて事実だ。嘘はない。後になって、グウェンが私だけを連れ出した。彼女は笑みを浮かべていた。最初はためらいがちの笑みだったが、次第に本当の温かみがこもった笑みになった。

「それが、あなたにとって良いことだったらいいと思ってるの。本心で言ってるのよ、クリステン。あなたは私にとってとても良い友達でいてくれてるから。私が悪い友達だったときでも、あなたは変わらずにいてくれたわ。あなた、こんなに長い間、独りでいるなんて、もったいないもの。あなたはそんな女じゃないわ」

グウェンが何を言おうとしていたか、正確には分からなかったけれど、私は言葉を額面どおりに受け取って、彼女に感謝した。

私には決めなければならないことがあった。賢い決断はというと、できるだけ早く、新しいヘアスタイリストを探し出すこと。たとえ、レキシが私が知ってるということを知らなくても、あんな光景を見た後で、どういう顔をしてレキシに会えるだろう? 

でも、そこまで考えて、今度は、ダニーはどうだったのだろうと思った。私が彼の陰で続けた様々な男遊び。それをダニーは知っていながら、いつも彼はちゃんと私と接してくれていた。ダニーにとっては、単なるヘアスタイリストどころかもっと重い事実だったはず。レキシはずっと前からの私の親友だった。厳密に言って、レキシは私をだまして、ダニーを寝取ったわけではない。私に隠れてしたわけじゃない。ダニーとは夫婦の籍は入ったままだが、今のダニエルは、いわば、フリーの状態だ。そのダニーが誰かと一緒になるとしたら・・・

私は、いつもどおりに水曜日にレキシのところにいくのを続けることにした。

レキシは満面に笑みを浮かべて、私を椅子に座らせた。彼女は、いつもどおりに元気よく、いろんなことについておしゃべりをしてくれた。いろんなこととは言っても、特に何の意味もないことではあったが。ヘアが終わり、私は椅子から体を起こし、振り向いてレキシの顔を見た。彼女は、生き生きとして、明るく輝いた顔をしていたが、私が何も言わず、ただ彼女の顔を見つめていると、彼女の顔からゆっくりと笑みが消えていった。

「どうしたの?」

「私、あそこにいたの」 静かな口調で言った。 「見ていたの」

レキシは、私の言っていることが分かったようだった。顔を赤らめ、うつむいた。それから再び顔を上げ、私を見た。

「私は謝らないわ」 平然とした口調で返事した。

「謝って欲しいとは言わないわ」

「じゃあ、どうしたいの?」 彼女が身構えようとする感じがした。

「私がしたいのは・・・」 腕時計を見た。 「あなたをランチに連れ出したいこと。ここを抜け出せる?」

レキシの顔に笑みが戻った。

「親友のためならいつでも時間を作れるわ」 嬉しそうな声で彼女は答えた。

理解できると思うけれど、レキシとのランチは、出だしはちょっと気まずい感じだった。2人で道脇の小さなキャフェに入った。レキシのヘア・サロンの近くの街角にある店で、いつも2人で行く所。

何とか気まずい雰囲気を打ち破りたかったので、私は率直に、心に浮かんだ最初のことから話を切り出すことにした。

「彼女、素敵だったわ。もっと言えば、あなたたち2人が一緒になっていた姿、とても素敵だったわよ」

「・・・ありがとう」 レキシは躊躇いがちに言った。「彼女、本当に素敵になったと思うわ。そうだったでしょ? あなたのおかげで、彼女、自信を持ったのよ。それにセリーヌも・・・」

レキシはちょっと顔を落としてテーブルを見た。それから、意を決したように再び顔を上げた。

「あなた、どこまで見たの?」

「さっき言ったとおり。見たわ。私は、あなたたちと同じ部屋にいたの。陰のところに。私・・・彼女があなたにしているのを見ながら、そこで自慰をしたわ。あなたがいったのにあわせて、私も達したの。とてもエッチだった」

そこからは、会話は、飛行機が離陸するように滑らかになった。

「あなた、気にしている?」

「ええ、もちろん!・・・でも、今の私には、ダニーを独占する権利なんかないし、あなたは、いつも私がどれだけすばらしい人を相手にしているか、知りたがっていたもの。だから・・・」

レキシは、顔に夢見るような表情を浮かべながら私を見た。

「あの小部屋での交わりは、あの夜、たくさんしたことの一つに過ぎなかったわ。あの後も数え切れないほど、愛し合ったの。土曜日の朝には、ほとんど仕事に出てこれないくらいになっていた」

「ダニーは女を満足させる方法を知ってるのよね」

レキシが顔を輝かせた。熱をこめて、言い含めるように、話し始めた。

「たぶん、私は、あなたと違って、ずっと彼女を欲しいという風にはならないと思う。・・・つまり、私はやっぱり男が好きだということ。だけど、残念だけど、ダニーは女の子。ほんと、あんな風に私を燃えさせるボタンをしっかり押してくれる相手は、これまで一人もいなかったわ」

レキシは、私が涙目になりかかっていたのを見たらしい。私の手を両手で握って、軽く揉んでくれた。

「大丈夫。あなたと彼女の仲は終わっていないから。ダニーはいつもあなたのことを話しているのよ。私の見るところ、ダニーは、あなたが会いたがっているのと同じくらい、あなたに会いたがっているはず。・・・あなたには悪いと思ったけど、彼女に、あなたのレイプ事件のことを詳しく話したわ。それに、あなたが、あのレイプ犯とは知らずに、あの男たちを招きいれた理由が、ある夢を実現しようとしたことだったということも。つまり、あなたとダニーが、他の男性2人に一緒にセックスしてもらうという、あなたの夢・・・」

「ダニーは、それを聞いて、話してくれたわ。そもそも、本格的に女性への変身を始めたのは、あなたがその夢のことを話してくれたときからだったって。それに、その夢は、彼女にとっても興奮する夢だったらしいの。ただ、あの時点では、彼女は、男とセックスするとどういう感じになるか、自信が持てなかったということ・・・」

「あなたが時々、気楽に男遊びをする件については、ダニーを本当に傷つけていたのよ。彼女が口で言っていたよりずっと。ダニーが何も言わなかったのは、彼女があなたのことをそれだけ愛していたから。あなたと別れたくなかったから。ダニーは、あなたが喜ぶように変身することで、やがて、そういうことをやめてくれると信じていたの。実際、女性化した結果、あなたたちの関係はすごく良くなっていたんだから。そう思っていた時に、家に帰ってみたら、あの夜、あなたがベッドの上で男2人とセックスしてるのを見てしまった。ダニーはどうしてよいか分からなくなってしまったのね・・・」

「ともかく、あの夜、実際にどんな事が起きたか、実情を知ったダニーは深く傷ついたわ。彼女は、心から、あのようなことがあなたの身に起きて欲しくなかったの。ダニーは、心から自分を恥じたみたい。あの時、ダニーは、あなたが男たちにいたわりの欠片もないやり方で体を貪られていた間、隣の部屋にいて何もせずに座っていたのね。そんな自分が嫌になっていた。それに、あなたの姿を見たダニーは、あなたのことを、こんなに思いやりのない行為が平気でできる人だと思ったらしいの。事実を知ったダニーは、そんな風にあなたのことを思ったという点でも、自分を嫌になってしまったのよ」

今度は、私が顔を下げて、テーブルを見つめる番になっていた。溢れてくる涙をこらえていた。

小さく鼻をすすりながら、私は答えた。

「ダニーは知らなかったの。いや、そもそも知る由もなかったわ。まさしく彼女が思ったとおりに思って当然なのよ。彼女は全然悪くない。私は、彼女に、あの夢を私と一緒にしてみる心積もりがあるかどうかすら、訊かなかったんだから。あの時、私が考えていたことと言えば、ただ、あの最低男のロン・ランドールとやりたいと、それだけだったのよ。私なんか、レイプされて当然だわ」

レキシの顔から笑みが消えた。。

「よく聞くのよ、クリステン!」 

しっかり言い含める調子の声だった。

「この世に、レイプされて当然な女なんか一人もいないの。私はちゃんと分かってるし、ダニーもちゃんと分かってる。セリーヌでも理解しているのよ。セリーヌの優しさに感謝することね。彼女はダニーと・・・・セリーヌは、何人かの友達と、ダニーの問題について本当に親身になってくれているんだから」

突然、ある光景が浮かび、心臓が高鳴った。今朝のサロンのことについて、1つ、訊きたかったことがあったことを突然、思い出した。朝、サロンではセリーヌを見かけなかったのだ。彼女は病気なのだろうか? 

「そういえば、セリーヌを見かけなかったけれど・・・」

レキシは、それこそ彼女本人が病気になったような、不快そうな顔をした。

「多分、セリーヌはもう家では働かないわ」

「ひょっとして、他の大手のサロンに引き抜かれてしまったんじゃない? あなたが彼女を美容学校から引き抜いた時と同じようにして?」

軽い冗談のつもりで言ったが、彼女の目を見て、原因は何であれ、軽々しく言えるようなことではないらしいことが分かった。私はレキシの手を握って、謝った。

「ごめんなさい。ダニーと別れる前も、別れた後も、セリーヌが彼女のことを親身になって考えてくれていたことを思うと、セリーヌは本当に特別な人だと思ってるわ」

「セリーヌは最高の人よ」

レキシはただそれしか言わなかった。その後、レキシは少し表情を明るくして、言葉を足した。

「私の直感だけど、明日あたり、別のことで用事がなければ、ダニーはあなたの家の玄関前に現れるんじゃないかしら」

まさにその点だ。ダニーとセリーヌの関係。この点こそ、ずっと気になって、心配していたことでもあった。私は決心を固めるように溜息をつき、思い切って尋ねた。

「ダニーとセリーヌは良い関係でいるのかしら?・・・つまり私とダニーの間柄と同じような意味で、関係が続いているのかしら? もしそうなら、私、2人の間の邪魔をしたくないわ」

レキシは私を見つめながら、頭を左右に振っていた。

「あなたが、どうしてそう思うようになったのか分からないけど、ダニーとセリーヌはそういう関係にはなっていないわよ。決して。そもそも、セリーヌがそれを許さないでしょう」

私にはまったく理解できなかった。ダニーとセリーヌが親密になっているのは明白だった。私はダニーの魅力に抵抗できなかったし、その点では、レキシも同じだった。なのに、どうしてセリーヌだけは違うと断言できるのだろう。

ただ、レキシは、セリーヌの話題を避けたがっているように思えた。私は、セリーヌは私やレキシと違って、Tガールには興味がないのねとだけ言って、その話題は放っておくことにした。

「繰り返しになるけど、ダニーは今、ちょっと大きなことを抱えているの。個人的な人間関係以外のことだけど・・・」

どんなことなのか、その点に関してレキシは非常に口が硬く、何も語らなかった。

「ただ、これだけは言えるわ。あのゴージャスなTガールは、まだ、あなたのものよ。それは大丈夫。あの心の傷がいえるのにしばらく時間がかかっているだけ。それに、ダニーが自分で立ち上がって、今しなければならないことを片付けるのに、ちょっと時間がかかってるだけなの。ダニー自身、あなたに戻ってきて欲しがってるんだから。それは誓って本当のこと」

レキシの言葉を聞いて、心臓が高鳴った。嬉しさに頭がくらくらしそうだった。

「私も彼女に戻ってきて欲しいの。何よりも彼女が必要なの」

2人とも、それぞれの仕事に戻らなければならない時間になった。一緒にテーブルから立ち、脇によけて、互いに抱き合った。レキシは、注意深く私の様子を確かめた。

「あなた、大丈夫?」

「ええ、もちろん」 そう言って、もう一度、レキシを抱きしめた。

「本当? 証明して見せて!」

「どうやって?」

レキシはウインクをして見せた。

「場所はゴーサム。土曜日の夜。あなたの誕生日ね。あなたと私の2人。店を閉める前にサロンに立ち寄って。一緒に夕食を食べて、それから出かけましょう? 私たち2人だけで」

「デートというわけね」 私はわくわくしながら返事した。


つづく
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