「裏切り」 第6章 地獄の7段階(参考Betrayed Chapter 6: The Seven Levels of the Hell by AngelCherysse Source 12345
縦書き表示にする
*****
これまでのあらすじ

ランスは、妻のスーザンと元カレのジェフの浮気を知りショックを受ける。ジェフがシーメール・クラブの常連だったのを突き止め、クラブへ行く。そして彼はそこでダイアナというシーメールと知り合い、彼女に犯されてしまうのだった。だが、それは彼の隠れた本性に開眼させる経験でもあった。1週間後、ランスは再びダイアナと会い女装の手ほどきを受ける。翌日、ふたりはデートをしたが、そこで偶然、スーザンとジェフに鉢合わせし険悪な雰囲気になる。ダイアナはランスをクラブへ連れて行き、本格的な女装を施した。ランスはリサと名前を変え、ダイアナの友人の助言も得て、行きずりの男に身体を任せる。それを知りダイアナは嫉妬を感じたが、それにより一層二人のセックスは燃えあがるのだった。

*****

月曜日は、一週間の中で一番忌まわしくて嫌悪を感じる日だ。その理由は、何と言うこともない、自分自身にならなければならないという理由だ。

まず最初に、その朝、「自分」はどの「自分」であるかを、まずは把握しなければならない。会社では「ランス」としての自分が顔を出さなければならない。以前の決まり切った日常に戻り、会社に行き、金儲けをする。「隊長! 腰抜け中隊(参考)配備に戻りました!」ということ。簡単だね? でも、「リサ」の名前で理性が吹っ飛ぶような人生で最も激しい週末を過ごした後に仕事に戻るとなると、これは、とてもではないが、簡単なことなどとは言えない。アイデンティティの危機? それどころじゃない! よくある憂鬱な月曜日(参考)とはわけが違う。まさに地獄のようなもの。しかも7段階すべて揃った地獄のようなもの。

地獄の第1段階は、起きたとき独りであること。昨夜、僕はダイアナとエロティックなディナーを食べた後、彼女を家に送っていった。

その時ダイアナは優しくたしなめるように言った。

「私にはクラブの仕事があるし、あなたも明日、朝から仕事をしなきゃいけないでしょ?」

僕は土曜日の夜と同じようにダイアナについてクラブに行くと言ったが、彼女は頭を振って断った。

「今回はダメ。こんなふうに言うととても意地悪そうに聞こえるかもしれないけど、私、あなたがクラブに来て、男たちに誘われるのを見たくないの。この前の夜も、私、どう扱ってよいか分からなくなってしまったし、また同じようなことになったとき、うまく扱えるとも思えないから…

「…こんなことを言って、自分がすごく偽善的になってるのは分かってるわ。でも、こういうこと…つまり私たちの関係ね…これ、あなたにとっても初めてのことだろうけど、私にとっても同じように初めてのことなのよ。だから、あなたと付き合うというのがどういうことなのか、それに慣れる時間をちょうだい。その後で、何とかして自分の中で折り合いをつけるようにするから…つまり、あなたが他の男と…。言っている意味が分かると思うけど…。ともかく、次の週末にはまた一緒に過ごしましょう。約束するわ。いいわね?」

ちょうど僕が自分のノーマルな生活に戻らなければならないのと同じように、ダイアナも彼女の普段の生活に戻らなければならないのだろう。

ダイアナは僕のマンションを自分の「ホーム」とみなしてることを強調しようと、購入したランジェリーやストッキング、それにコルセットを、丁寧に畳み、彼女用の引き出しにしまった。それから僕が同じようにするのを手伝ってくれた。ダイアナは、ガウンやサンダル、そして毛皮のコートは僕のクローゼットに入れたままにし、ジュエリーも戸棚に置いたままにした。

ダイアナは、自分の大切な衣類を僕の衣類と一緒に置いておくこと、しかも、こんな親密な感じでそうすることが特別な意味を持っているようで、どこか心暖かな曖昧とした感情が湧いてしまうと打ち明けてくれた。

ダイアナは、僕が身につけた彼女のスエードのスーツ、ブラウス、それにミュールを僕に譲ってくれた。

「これ、本当にあなたに似合っていたわよ。…あなたが私に買ってくれたものに比べると、見劣りするし、とても小さくて不釣り合いだけど、私の愛情のしるしとして、受け取って」

ダイアナが帰っていった後、僕は朝のロードワークに出た。夜明け前のひと気のないストリータビルの街路を走る。何ブロックか先、レイク・ショア・ドライブは、早くも朝の交通渋滞が始まっていた。彼らは、6時、7時にパンチカードを押すブルーカラーの人たちや、企業内の出世の階段を登ることの価値が、ちょっとうたた寝して遊ぶことの価値より上回っているワーカホリックのホワイトカラーの人たちだ。日本人たちは、早速、「サラリーマン」的ライフスタイルに切り替え、忙殺的な日常に戻っている。僕はシャワーを浴びた。やはり、たった独りで。浴びながら、独りであることをいっそう実感した。そして歯を磨き、髪にドライヤーをかけ、ベッドに腰掛けた。そして、うんざりするような一日の始まりに正面から対峙した。

地獄の第2段階は、仕事に行く服装になることだった。スーツとネクタイ? なんて…なんて、さえないんだろう。綿のTシャツにブリーフという下着のことを思うだけでも、先の週末、そんなものよりずっと滑らかで柔らかいもので肌を包まれた後では、吐き気すらしてくる。

それに、もう一つ問題があった。それは、これから3か月ほどのうちにダイアナとする予定のファッション・ショーである。そのための体型改造トレーニングの問題である。ダイアナは、体型改造トレーニングの秘訣は、毎日欠かさず継続的に行うことと忠告してくれた。これは僕が毎日しているランニングと変わるところはない。

もしビジネススーツの中に偽乳房を装着しないことにするなら、体型改造をするには今が一番都合がよい。それはダイアナも同意してくれていた。今のうちに少しずつ体型を変化させていけば、僕自身、身体の変化に慣れる時間えられる。加えて、僕の周囲の人々にも変化に慣れる時間を与えることになるから。

ダイアナとポールが、僕に女装フェチのファッションモデルをしたらと提案したとき、そのアイデアは途方もない冗談のように思えた。だけど、いま僕はその気になっている。時間が間に合えばいいなと期待している。

職場の誰も、僕がビジネススーツの中に黒サテンのコルセットを着ても気づかないのではないだろうか? パンティを履いていっても大丈夫では? ストッキングも? それにTシャツの代わりにシルクのシュミーズを着て行ってもバレないのでは?

結局、僕は下着女装をすることにし、その上に、全然つまらないビジネス服を着た。ビジネス服を着ながら、スエードのドレス、加えてダイアナの赤いガウンやサンダルや豪華なシルバーフォックスのコートが目に入り、それらにからかわれている気がした。切ない気持でスエードのミュール(参考)を見つめながら、黒いフローシャイム(参考)のローファー(参考)に足を突っ込んだ。

地獄の第3段階は、身づくろい関係だ。イヤリングは、すべて、昨夜のうちに外していた。耳にできた穴は簡単に閉じないよう、ダイアナが小さなプラスチックの栓をはめてくれた。ちょっとカムフラージュのコスメを使えば、その栓は、本当に近くに寄られてじっくり観察されるのでなければ、気づかれない。

眉毛は剃り揃えられて細くなっている。これは、人工の眉毛をつけてごまかす。つけヒゲなどをつける接着剤を使ってつけるのだ。この人工眉毛も、専用接着剤も、カムフラージュ用のコスメも、演劇メイク専門店で買っておいたものだった。ただ、女性的な眉に比べて、瞼の低い位置に濃く茂る男性的な眉は、いかに「自然」な感じに見えるとしても、今の僕にとっては不自然な眉にしか見えなくなっていた。

綺麗で長い爪は、それぞれ強力接着剤で装着したものだけど、オレンジ・スティック(参考)で注意深く剥がし、化粧台の引き出しに戻した。その下の本物の爪のところには軽くやすりをかけ、ある程度、普通に見えるようにした(「普通」って、またこの言葉だ!)

地獄の第4段階は、職場の同僚たちの前で女性っぽく振舞わないよう、意識しなければならないこと。自分が男であることを忘れないようにして行動しなければいけない。

例えば、話しをするとき両手を女性っぽく可愛らしく優雅に動かしたりしないようにしなけれないけない。それに、髪の毛をいじったり、外してしまったイヤリングを気にするように耳に手を当てたりするのもしないよう、気を使わなければいけない。

脚を組む時も、膝の上に膝を乗せるのではなく、片方の膝の上に足首を乗せるのだ。脚をまっすぐにして。

それにしても何て変なことだろう。逆転したビクターとビクトリアと同じ。女性になろうと振舞っている男性が、無理に意識して、男性になろうと振舞わなければならないなんて!

それにしてもいったい自分に何が起きてるのだろうか? 男性としての確固とした自己イメージにどんな変化が生じてしまったのだろうか? 僕は、ダイアナという美しくミステリアスな女性に、いとも簡単に誘惑され、自分の「隠れた一面」に嵌まってしまったのだろうか?

あるいは、その男性としての自己イメージこそ、注意深く育成されて得られた嘘の姿であって、ダイアナは、単に、僕の子供のころからの隠れた欲望を解放する触媒にすぎないということなのだろうか? 僕はダイアナに、彼女は僕が妻と別れるための単なる触媒にすぎなかったと言ったが、ちょうどそれと同じことなのだろうか?

僕の人生は二つに分断されているところなのだろうか? それとも、長い年月を経て、ようやく一つにまとまろうとしているところなのだろうか?

疑問は山ほどあるのに、答えはほとんど出ていない。

ともあれ、上手にショーを演ずることにしよう。まさに、ショーをすると考えればよいのだ。会社の経営と職場の同僚たちのためには、それが最善。同僚たちの目を注意深く観察すること。同僚たちは、何かを面白がったり、何かに気づいたり、あるいは何かを感じて目を輝かすかもしれない。できれば、そういう表情は見ないで済むとよいのだが…。

ひとつひとつのことについてよく考えること。同僚たちになんら疑念を抱かせずに済んだら、僕は安心できる。…いや、あるいは自分の女性化のレベルはそんなものかと、がっかりするかもしれない。ともかく、口にチャックをして秘密を守ること。

地獄の第5段階は、来る日も来る日も、この先ずっと、この分裂した自我と直面して生きていかなければいけないと認識すること。「ランス」として玄関を出ても、ありとあらゆる局面で、前夜の「リサ」の記憶が忍び寄ってくるのだから。

ダイアナと愛し合っているとき、ダイアナは、よく、爪で僕の乳首を掻いて愛撫してくれる。これがとても気持ちいい! それをするとき彼女は僕の背中に胸を押し付けてくる。そんな時、快感の嵐に揉まれた僕の心は、ちょっと変な幻覚を思い浮かべてしまうのだ。その幻覚では、彼女のあの美しい乳房が背中から僕の身体に入り、そこを通り過ぎ、僕自身の乳房になり変わっているのである。

思い出すのは、前にした話しあい。Tガールたちが目的を達成するために使う、手術とか、ホルモンとか、その他の身体改造について話し合ったこと。現実的に考えて、豊胸手術やその他の後戻りできない大きな身体改造を受けるなんて考えられないことだ。少なくとも、ファッションショーのためにもっと女性的に見えるためといった理由からでは、それはあり得ない。メモリアル・デーの週末までは、たった14週しかないのである。その期間的条件を考えたら、問診とか、手術前のテストとか、手術自体、そして術後の長い回復期間といった長期にわたる厄介なプロセスを受けることなど、真っ先に排除されることである。

だけど、なぜか、それをしたらどうなるだろうと考えてしまうのだ。2週間ほど前なら、僕は、そんな思いをにべもなく「馬鹿げてる」と言っただろう。そもそも、僕が突然Dカップ、あるいはそれ以上の胸で職場に現れたとして、同僚たちにどう説明すべきかという問題もあるし、計画中のもう一つの仕事についても問題を起こすのは言うまでもない。それでも、どういうわけか、その可能性には興味をそそられてしまう…

地獄の第6段階はというと、職場に行くたび、オフィスビルの外で私を待ち構えているある人物の存在だ。スーザンである。彼女は、このところ。ずっとそうやって僕を待ち構えているのだ。彼女はすでに、言い訳を言ったり、拒絶したり、しつこくせがんだり、脅迫したり、侮辱したりする作戦は試みてきていて、いずれも失敗に終わっている。現在は、最大限の魅力をふりまく作戦に出てきている。

トレンチコートの前を開けたままにして、その中には丈の短い、タイトなスーツを着ている。ビジネス服にしては、ほんのちょっとだけ派手な感じの服装だが、ストッキングとヒール高12センチのスティレットが動かぬ証拠だ。大芝居をしてもらえる人間はジェフ・スペンサーだけではなかったという話しだ。僕のこの元妻がにっこり微笑めば、ラサール通り(参考)の水銀灯の街灯は不要になるだろう。

「あなた?」 と猫なで声で声をかけてくる。「どうしてた? こんな形で待ち伏せして、ごめんなさい。でも、他に方法がなかったから。ねえ、話しを聞いて。今度のこと、本当に申し訳ないと思っているのよ。私がちょっと……ちょっと脇道にそれてしまったことについて、全然、あなたに話さなかった。だって、あなたがどれだけ傷つくか分かっていたから、言えなかったの。あなたを傷つけたくなかったの…」

笑えるな。スーザンは、そもそも自分が浮気したのが悪かったとは言っていない。それに、ジェフ・スペンサーと会うのをやめるとも言っていない。

「あなたの言うとおりね。あなたは、今も、私が初めて会った日と同じく女性には魅力的だわ。あなたが魅力をふりまいたら、拒みきれる女っているのかしら? 特に、あなたが私にしてくれたように、あなたが本気で女に甘えさせて、わがままを通させ始めたら、どんな女もイチコロだと思うの。ねえ、現実を直視しましょうよ。私たちは二人とも美しい存在なの。私たち、これまでもずっとそうだったように、一緒の世界に属しているのよ。だから、こんなバカげたケンカはやめにして。お願い。私と一緒に家に帰って。あなたがいなくて寂しいの」

話しだけ聞いてると、実にもっともらしく聞こえる。だが、事実は半分で、残りの半分は嘘であることや、故意に誘導していることを無視すればの話しだ。

こういったシナリオもあり得ると、僕の弁護士が忠告してくれていた。小難しい法律用語を言い変えて咀嚼すれば、結局、こういうことになる。つまり、事実を知りつつ、この時点でスーザンを家に連れ帰ったなら、その行為は、法廷の目には、彼女の不貞を暗黙のうちに認めたことと解釈されるということだ。そうなったら、離婚のための確固とした根拠は一瞬のうちに霧散してしまい、結果として、僕には、引き続き離婚訴訟を続けることで彼女に経済的にレイプされ続けるか、あるいは、和解したあげく寝取られ夫になるかのどちらかの認めがたい選択肢しか残らないことになるのだ。

「僕も君がいなくて寂しいよ」

そう答えた。これは嘘ではない。大半が幸福に包まれていた8年間を忘れ去るのは簡単ではない。それでも、彼女が一方的に行った言語道断と言える裏切りを受け入れるつもりはない。たとえ、彼女にどんな理由があったとしても。それに、未来のことは分からないにせよ、僕は独りきりの未来になるとも、正直、思っていなかった。

「二日ほど、真剣に考えてみるよ。その後で、どうするか伝えることにする。約束だ」 とそう言って、話しを打ち切った。

スーザンは僕の腕をぎゅっと握り、頬に軽くキスをした。彼女が僕に抱きつこうとしなかったのは幸いだった。厚いコートを着ていても、抱きつかれたりしたら、問題となることを彼女が「発見して」しまうことになっただろうから。

「あなた、ありがとう…」 とスーザンは甘えた声で言った。「いまの私に、それ以上のことを求めることができないのは分かってるわ。あなたはいつも公平な人だったから。あなたのことで私が愛している点が、大きいのも小さいのも、何万とあるけど、あなたが公平なところは、そのうちの一つなの」

誰かシャベルを貸してくれないだろうか? このドツボ状態なのに、さらにどんどん泥が溜まってくる。

スーザンは僕の頬を優しく撫でた。

「あなたの電話を待ってるわ」 と小さな声で呟き、微笑んだ。

スーザンはそう言い、女王みたいな足取りで、通りの角、自分のレクサスを止めてあるところへ向かって歩いて行った。それを僕が見ているのを知っているのだろう、彼女は、これ見よがしに腰を左右に振って歩いていた。その腰つきはダイアナのそれに匹敵する。

すると突然、スーザンは歩きを止め、肩越しに僕の方を振り返った。

「……で、ランス? 彼女、素敵だったわね。誰だか知らないけど。それに元気も良さそうだった。あなたが選ぶ女性は、いつも間違いないわ。いい趣味をしている」

この最後のお世辞が、ダイアナについて言ったものか、スーザン自身について言ったものか、僕には分からなかった。スーザンは非常に演技がうまいのか、あるいは、ジェフがダイアナの秘密をバラしていないかのどちらかだろう。多分、後者だと思うが。

ともあれ、スーザンはダイアナのことを過去形で言及した。僕はその事実を逃さなかった。過去の事実。スーザンの目には、自分の男を強奪したあの女にはチャンスがないと映っているのだろう。圧倒的な傲慢さ。スーザンには他にも嫌なところがあるが、このそびえ立つ傲慢さには、恐れすら抱く。

しかし、そもそもどうして、スーザンはこんな見せかけだけのことをわざわざするのだろうか? ジェフと一緒なら、彼女が求めるもののすべてを手に入れられるはずだ。名声も、金銭も、安全も、それに大きなペニスも。

僕とよりを戻そうとするのは、単に、それが自分にできるということを示すためだけじゃないのか? 単なる自己満足の目的。デスクについたらすぐに、弁護士に連絡を取って、この新しい展開について知らせようと思う。そして担当の調査士に掘り下げた調査を続けるよう指示してもらうことにしよう。

オフィスビルに入った。いつもの仕事仲間が、いつも通りの明るい笑顔で陽気におはようの声を僕にかけてくれた。ビルの中、自分のオフィスがあるウイングへと進む。そのウイングには、僕も含めた会社の有能トレーダーのオフィスが6つ並んでる。僕のオフィスは真中の2つのうちのひとつ。僕たちの秘書はアンジー。僕のオフィスのドアに対面している反対側のデスクに座っている。

アンジーは僕たちのグループでこれまで2年ほど働いてきたが、僕のビジネス人生の中で最も光り輝く存在のひとりである。

デリケートな表現を使えば、アンジーはそそられる女と言える。シカゴの北西部出身の身長165センチのラテン系女性。光が当たると青っぽい色に輝く、濃く艶のある髪をしている。その黒い瞳は表情豊かで、女性的ボディはとても官能的だ。いつもタイトな服装をしてきて、その豊かな肉体で服が破けてしまわないかと心配になる。

アンジーはオフィスには派手すぎる服装をしてくる。それにヘアスタイルも化粧も、大半の保守的でポリティカル・コレクトネスを求めるアングロサクソン系の白人層の基準からすれば過剰すぎるものである。

だけど、それは彼女の場合はしょうがないものであるとオフィス内では受けとめられていて、スタッフの男性メンバーたちにとっては毎日の喜ばしい気晴らしとなっている。たとえ彼女が、その発達した腰やお尻や太ももをオフィス内の所作としてはちょっと過剰に振って見せたとしても、僕のいる部署で苦情を言うものなど、ひとりもいないのだ。

確かに、従業員間で時折ちょっとした騒ぎが発生し、「適切なビジネス用の服装と身だしなみ」についてメモが回覧されたりすることもある。そういったメモは、間違いなく、陰険な同僚が匿名で書いたものだろう。だけど、そういった騒ぎが起きても、これまで何も変わらなかったし、これからも僕たちが監視されるようなこともないだろう。(リーダーである僕も含めて)6人の上級トレーダー全員が上層部にメモを送ったからである。アンジーに対して、何の理由もなく何らかの処置が下されるようなことになったら、6人とも集団で会社を出ると脅かすメモだ。僕たちの世界では、つまらない嫉妬心よりマネーがモノを言う。だから、たちまち騒ぎは収まった。

それでも僕たちは、アンジーの振舞いについて注意を払い続けた。何らかの「口実」がねつ造されないようにするためである。そういう僕たちの行動を何と言うのだろう。自分の娼婦を守るポン引きの行為? あるいは排外主義? どうとでも言ってくれて構わない。僕たちは仲間を守るのだし、アンジーを自分たちの仲間と考えている。彼女がどんな服装をするか、プライベートな時間にどんなことをしているか、誰と一緒にそれをするかなど、仕事が順調に行われている限り、彼女以外の人には関係ないことなのである。

アンジーは一緒に働いている男性すべてに色気をふりまいているが、中でも彼女が一番いちゃつく相手はいつも僕だった。その僕も、ビル・クリントンの言葉を使うと「心の中で彼女に淫らな思いを抱いていた」と言ってよいし、僕も彼女にいちゃつき返してきた。だが、そもそも、そういうふうに思わない男性などいるだろうか。スーザンに心身とも捧げていた頃でも、アンジーのことは今と変わらない。

何週間か前、僕の夫婦危機についての噂が、職場の休憩所での話題になると、アンジーは早速、自分自身の問題として取り上げ、できる限りのことをして、僕のその問題を忘れさせようとしてくれた。彼女は、僕に、いつもに増して人懐っこく接し、気を使ってくれたし、服装規定の限界ぎりぎり、まさに破らんとするところまで挑戦しようと決心したようだったのである。アンジーの「気晴らし作戦」を受け、僕は、ひょっとして彼女は仕事を超えたところまで考えているのではないかとさえ思った。

「ボス? この週末は忙しかったの?」 とアンジーが明るい声で言った。

彼女の笑顔を見て、僕の気持が明るくならないわけがない。あの心のこもった、思わずこっちも笑顔になるような笑顔。しかも、心臓が止まりそうなキワドイ服装。

スーツはタイトな白いスーツで、スカートの裾は膝のちょっと先のところ。タイトスカートのおかげで、キュッと細いウエストが強調されると同時に、歩く時に脚の動きが制限され、おおげさにお尻を振るような歩き方をしている。ジャケットは襟元が大きく開いたデザイン。その下には赤紫色のシルクのブラウスを着ていて、ジャケットの襟元のV字のラインに沿うようにボタンを外している。ノーブラでいるのは見てすぐわかり、身体を動かすたびにFカップの胸が甘美に揺れ動いていた。脚を濃い茶色のストッキングで包み、その脚先にはブラウスと同じ赤紫色のパンプスを履いていた。足首にストラップで留めるパンプスで、ヒール高は13センチ。

アンジーは両手を僕のデスクに突いて前のめりになる姿勢になっていた。おかげで彼女の深い胸の谷間がはっきりと見え、目を楽しませてくれている。

「ああ、確かに忙しかった…。でも、とても楽しい週末でもあったよ」

「ウフフ…。やっぱり、思った通り」 とアンジーはウインクして笑った。「どことなく、エッチしてきたばかりみたいな雰囲気が漂っているもの。女の子には分かるのよ」

僕は思わず椅子から転げ落ちそうになってしまった。ひょっとして僕の首の周りにネオンサインでもついてるのだろうか? ともあれ、アンジーの言葉は無邪気なジョークだったのだと思うことにした。

「ああ、アンジーにはやられちゃうなあ」 と素直に僕は白状した。「君の目には何でもお見通し何だね。実際、相手の人も良い人だった」

「ズバリ、ストレートに言うわね。…で、その人は元妻ではないわよね?」

「うん、違う」

「ああ、良かった…」 と彼女は猫なで声を上げた。「ということは、私のような日焼け顔のメキシコ系日雇い労働者にも希望が残っているわけね」

僕はデスクの向こうに手を伸ばし、彼女の手に重ねた。そして、彼女の大きくて表情豊かな瞳を見つめた。

「アンジー? 君がどんな人であれ、少なくとも、君はそんな存在じゃないからね」

一瞬、彼女の瞳がうるんだように見え、その後、ちょっと真顔で僕の身体を確かめるような仕草をした。

「ランス? ちゃんと食事はとってる?」

「ああ。……どうして?」

「分からないけど。……でも、何だか、ちょっと痩せたように見えるから」

この言葉に、僕はちょっとドキッとした。アンジーは心のこもった笑顔のまま、やんわりと僕の手の下から手を引き抜き、逆に軽く僕の手の上に重ねた。

「というか、あなたは依然としてとても素敵よ…」

アンジーはそこまでは真顔で言った後、すぐに元の彼女に戻った。「……とっても、とっても素敵。まあ…何と言うか…ただお世辞を言ってるだけだけど…。ウフフ」

アンジーは僕の手の甲を優しく擦った。指先の爪が完璧に磨かれているのが見える。そして、呟くような声で言った。

「…あと、それから、さっきボスは『君がどんな人であれ』と言ったけど、本当の私がどんな人間か知りたくなったら、いつでも私に教えてね」

そう言って彼女は踵を返し、ドアに向かった。そして僕は、この20分間でまたもや、あり得ないほどヒールが高いハイヒールを履いて堂々と歩き、肉感的に左右に振る彼女のお尻を眺めることができた。スカートの生地がはち切れそうなほど伸びて彼女のお尻を包んでいる。そして、その二つの尻頬が出会う部分に深い谷間ができているところまで見ることができた。

アンジーはドア先まで行き、肩越しに僕を振り返り、ウインクをした。

「私、このドアのすぐそばにデスクがありますから。OK? …って、でも、そんなこと、前からご存知ですよね。アハハ」

オっ…オーケーだよ…。まあ、ともかく、アンジーの明るい態度のおかげで、僕が痩せて見えること(つまりコルセットをつけていること)については、妙な雰囲気を一掃できたみたいだ。さて、今度は、もうひとつ僕の頭を悩ます別のことを考えなければ。

地獄の第7段階が、最も気が重くなる、悩ましい問題だ。ダイアナがあからさまに乱交的なライフスタイルを送っていることと、彼女が僕に愛情を表現してくれること、この二つの折り合いを僕の中でつけることが、僕にとっての地獄の第7段階だ。

ダイアナには複数のセックス・フレンドがいる。それを知りつつ、僕は彼女を信じるようになれるだろうか? 僕は、信頼していたスーザンに裏切られたのであるから、いっそう、そうなれる自信がない。

これは、結局のところ、誠実さと選択という二つの問題に帰着する。ダイアナは僕に対して本当に誠実だ。真正面から、ほとんど暴力的にと言ってもいいほど僕のことを誠実に愛してくれている。だが、その一方で、ダイアナは僕に選択肢を出してきてる。ありのままのダイアナをそのまま受け入れるか、さもなくば一切、縁を切るかのどちらかを選べと。だけど、ダイアナの方は僕を受け入れているのだろうか? 突然、チャンタルの言葉が脳裏に浮かんだ。

……ダイアナはセックスが好きなの…。でもそれは、単なるセックス。ことが愛のことになったら、ダイアナは、まさにハードコアのレスビアンと言えるわ。あの子はあなたにぞっこんなのよ!……

あのダニエルという男性とセックスした時の経験。あの時、女性の立場からの思考様式を経験し、その後、ダイアナが僕に辛辣な反応を見せるのをじかに経験したおかげで、チャンタルが正確に何を言っていたかを理解することができた。「ランス」という男性の立場だけだったら理解できなかっただろう。僕がダニエルにとって、あるいはおそらく他の男性にとっても魅力的な存在になっていたのは確かだ。

だが、そうだとすると、問題は誠実さと選択の問題ではなく、「信頼」の問題になるのかもしれない。自分自身が信頼できるかどうかの問題。ダイアナが他の誰かとセックスしても、結局は僕を、僕だけを愛することができるように、自分を魅力的な存在なのだと自分を信じられるかどうかという問題だ。そのようにとらえ直すと、ダイアナとの関係がおざなりになることがあったとしても、それは、僕自身のちっぽけな不安感、自信のなさに原因があるのであって、ダイアナの不特定多数のセックス・パートナーのせいではないということになる。

そこまで考えたとき、突然、みぞおちあたりに冷たいものを感じた。自分はスーザンに対してもアンフェアなダブルスタンダードで捉えているのではないか? 

思考がめぐりめぐって、再び、誠実さと選択の問題に戻ってきた。スーザンは、まさにダイアナと同じように、自分自身の性的欲望に関して誠実に振舞っていたのではないだろうか? だからこそ、浮気をしたのではないか? 

いや、これは全然違う。

スーザンは、つい1時間ほど前に、僕に選択肢を出した。だが、あれは単に言葉だけの選択肢であって、僕が無理やり言わせたからにすぎない。実際、ダイアナは、この事態を、こんなふうな言葉で予測していたではないか。

……それで、もし彼女が明日あなたのところにやってきて、私たちが今夜言ったことと同じことを言ったとしたら、どうするの? 話すのが遅れただけだとしたら?……

だけど、スーザンが言ったことは、僕とダイアナの会話での言葉とは同じでなかった。僕の前に表面だけは魅力的な姿で現れて、餌を垂らしてみせる。それに飛びつけば、その事実は、彼女にとって「自由に出獄できるカード」となるだろう。離婚して悔恨するのは、僕の方で彼女の方ではないという方向に持っていこうとしてるのは明らかだ。

スーザンは、ジェフ・スペンサーと会うのを止めることすら、一言もほのめかさなかった。一度だまされたなら、だました方が悪いが、二度だまされたら、だまされた方が悪い。ランスとしてであれ、リサとしてであれ、ちょっとでも、スーザンに改善する方法を示してやったら、スーザンはくるりと背を向け、僕と離婚し、僕をお払い箱に放り込む可能性が高いだろう。

ダイアナのように複数のセックス・パートナーが絡んでいる場合、エイズの問題が出てくるのは当然だが、それは適切に注意を払えば、対処できる問題だ。だが、不誠実さは対処しできない問題だ。あらゆる家庭で、信頼の欠如が厄病になっている。もう一度、スーザンを信頼できるだろうか? あり得ない、絶対に。ダイアナは信頼できるだろうか? 信頼というものは、時間をかけて獲得されなければならないものだ。でも、少なくとも、ダイアナは僕に対して誠実に振舞っているという実感はある。誠実さがあれば、時間さえかければ、やがて信頼を確立することができるはずだ。

その日、午前中はあっという間に終わった。午前中、僕はCNNを熱心に観ていた。OPEC各国の大臣がウィーンでの会合に集まっており、彼らが原油生産に関して何か措置をとるだろうと期待していたのである。僕自身は、OPECが増産と減産のどちらに行くか分からなかったので、僕の指揮で、どっちに転んでも会社がしのげるような投資をさせていた。これはある意味、危険なやり方ではあった。

先週の火曜日からある噂が流れていた。スンニ・トライアングル(参考)でアメリカ軍による大規模な攻撃があるという噂だった。それを聞いた時、僕の直感が高速回転状態になった。シカゴ・マーカンタイル取引所(参考)にいるウチの社員に電話をし、ナンバー2の位置にあるアラビア原油契約に関して、手につけられるものすべてに買い注文をするよう指示した。僕の仕事も評判も、僕の直感の正確さにかかっている。

午前11時、巡回中のアメリカ空軍がナジャフでイマム・アリ神殿の一部を破壊したとの情報が入った。この神殿はイラクのシーア派にとって最も神聖とされている宗教施設である。それから1時間もせぬうちに、ウィーンから情報が入った。OPECが原油生産を一日あたり総計300万バレル減産するだろうという情報である。アラビア原油の先物取引の価格が一気に跳ね上がった。ロケットの打ち上げ並みの上昇で、しかも僕たちがその操縦席についている! 午後1時までに、僕の直感のおかげで我が社と顧客に総額125万ドルの利益がもたらされ、しかもそれは依然として増加していた。これらすべてがたった1日での仕事の結果である。

この利益の一部を今度はハイブリッド・カーに投資するのが良いかもしれないと思った。そして、じきにシカゴ交通局とかから対応を求められると思われる、あの排ガスを垂れ流すSUV車のオーナーたちのことを思い、こっそり笑った。

その時、アンジーがドアから顔を出した。

「もう準備いい?」

「何の…?」 僕は何のことか分からず当惑顔をした。

「ランチよ! 今日はずっとあなたの搾取仕事のことを追ってきていたんだから。というか、フロアのみんなも同じだけどね…。…あのね、情報があるの。ロブ・ネルソンとジム・グラントがあなたを聖人候補に指名する予定なんだって。だから、私は、彼らが私の優先権を奪う前にあなたをランチに連れ出そうとしているわけ。あなたが自分で会社を立ち上げてここを去ってしまったら、もう一緒にランチをするチャンスがなくなるかもしれないし」

これは大ニュースだった。今回の取引での僕の成果をもってすれば、シカゴ・マーカンタイル取引所に僕自身の個人取引席を確保したいという目的を十分達成できるだろう。取引所に個人席を確保するのは、カントリークラブに入会するのと大変よく似ている。現に所属しているメンバーに「推薦」してもらわなければならないのだ。もし、ロブとジムが僕の推薦人になってくれるとしたら…。ロバート・ネルソンはうちの会社の会長兼CEOだし、ジェームズ・グラントは社長兼COO(最高業務執行者)だ。ふたりとも今の僕の地位とほぼ同じところから出世を始めた。つまり、最初は他の人のために働き、その後、自分自身の取引席を獲得したということ。もっとも、そういう帝国を建設するために長時間働いたわけで、二人とも私生活を犠牲にしてしまった。ジムは離婚したし、ロブは結婚すらしていない。ふたりにとっては会社こそが妻であり、女王様であり、労働監督者だったのである。ふたりは成功の頂点に到達したものの、根のところでは単なるサラリーマンのままと言ってよい。

「その心配はいらないよ」 と僕は明るく答えた。「もし会社を出るとしたら、その時は、僕と一緒に君もドアから引きずっていくから。必要とあらば、蹴飛ばしたり、大声をあげたりしながらね」

美しいラテン娘は、媚びた笑顔になり僕のところに近寄った。僕の前に立ち、前のめりになって僕の顔の前に顔を突き出した。そして片手で優しく僕の頬を撫でながら、僕の瞳を覗きこんだ。

「蹴飛ばしたり叫んだりするの、私、好きよ。でも、私を引きずっていく必要はないと思うわ。あなたがそういう種類のことに興奮するなら話しは別だけど…」

アンジーは僕を椅子から立たせ、僕の腕に腕を絡めた。ハイヒールを履いているので、実際、彼女の方が僕より背が高くなる。

「本当にここを辞めてもやっていけるの?」

「もちろん!」 とアンジーは軽やかな声で言った。「いくらでもお金はあるわ…。あなたの支出予算が許す限り、いくらでも使える」

「ああ、なるほどね」 と僕はわざと無愛想に言った。

「お黙り! タクシーを呼んで!」 とアンジーはわざと恐い顔をして唸った。

ヨギ・ベラ(参考)が言うように、まるでデジャブの繰り返しのようだった。前にダイアナとモートンズ(参考)に行ったのだが、この日もアンジーの提案で、僕たちはワッカー・ドライブ(参考)に新しくできたモートンズに行ったのである。内輪でウケていたことがあって、それはMORTON’SのネオンのTが切れていたということ(訳注:「精神薄弱者」の意味のMORONになる)。夜になると、環状線を走る誰もが、ネオンを見て大笑いしていた。

それはともかく、店に入り、コブ・サラダ(参考)を注文したアンジーに、僕も同じものを注文したところ、彼女は不審そうに片眉を吊り上げた。

「いや、ちゃんと僕は食事をしているよ。ただ、正しい食事をしてきてなかったから。もっと食物繊維を取らなくちゃいけないんだ」

「ふーん、食物繊維?」 とアンジーは苦笑いした。「覚えておくことにするわ」

愛らしいラテン系美女からの「説得」はわずかなものだったけど、僕は有名シャンパンを1本注文した。特にこれ見よがしのシャンパンではない。ちょっと良いモエ・ブリュット(参考)だ。アンジーは、僕が食べるサラダの量が彼女の食べる量より少ないことに気づいていたかどうか。たとえ気づいていたにしても、彼女はそれに触れることはなかった。もちろん僕たちはシャンパンを無駄に残したりはしなかったわけで、当然、少なからず酔いが回ってしまった。僕は、職場に戻ってデスクについても、ぐったりしてしまうだろうと言った。

「心配いらないわよ」 とアンジーは請け合ってくれた。「実はね、上の階のシーラに伝言してきたの。今日の午後はあなたは『体調不良』になる予定だからって。私の仕事はデビーが担当してくれるわ。今日の午前の大活躍の後なんだから、誰も私たちを非難しないはず。これは私たちへのご褒美。ふたりで勝ち取ったようなもの」

「私たちって、どういう意味?」

「つまり、あなたは取引で活躍し、私は、勤労意欲とレクリエーション担当として、この1週間、あなたがその頭脳を仕事に向けさせ、心も集中するようにとしっかり管理してきたということ」

「ええ? そうなの?」 と僕は大きな声をあげた。「それはそれは、ご献身、大変ありがとうございました。で? どうやって君は、僕がいつもの僕であるように助けてくれたの?」

アンジーはただはにかんだ笑みを浮かべた。それから深呼吸した。大きな深呼吸。息を吸うのに合わせて、彼女の胸が驚くほど膨らんだ。二つの丸い大きな風船のよう。それが揺れつつどんどん膨らむ。今にも爆発しそうにすら見える。僕は、失礼とは思ったが、黙ったまま、うっとりとして彼女の胸を見つめた。

「例えば、これとか…」 と彼女は小さな声で答えた。

テーブルの下、アンジーが僕の太ももに手を乗せてきた。僕のあそこはすでに勃起していて、サテンのパンティから顔を出してしまっていた。そこをズボンの上から擦ってくる。パンティを履いているのがばれてしまってる…。ひょっとして、コルセットやガーターやストッキングがバレるのでは? その三つとも身につけているのがバレるのでは? 死ぬほど恐ろしい。

「こ、これは…か、可愛かったから…」 と僕は、いつの間にか、うわの空で呟いていた。「だから着てるんだ…君の衣服も全部…とても…いいよ…」

「本当にそう思うの?」 と彼女は呟いた。「ありがとう! 可愛い人! ここではあなたのことそう呼んでも気にしないわよね。私たち二人だけだもの。何と言うか、あなたってとても魅力的な男の人……。いや、それは正しくないわ。あなたはとても若々しくて、ほっそりとしてて、つるつるのお肌で、繊細な感じで… 何と言うか可愛い男の子みたいな…」

彼女の手が蛇のように僕の股間から腹部へと進んできていた。僕は彼女を止めようにも、何もできなかった。アンジーがパッと明るい笑顔になった。部屋全体が明るくなったように感じた。

「…可愛い女の子のように着飾るのが大好きな可愛い男の子みたいな…。『ドラッグ』(参考)のこと、ちょっと昔は何て言ってたかしら? あなたのような可愛い女の子は、必ず可愛い名前を持っているものよね。あなたの名前は?」

いきなり地面が割れて、そこに吸い込まれてしまいたいと思った。僕は目を閉じ、囁いた。

「リサ…」

「リサ!」 アンジーは大きな声で叫んだ。「あなたにすごくピッタリ! リサ、わたしあなたに会えてとても嬉しいわ。私も職場の他の女の子たちと仲良くやってるけど、でも、彼女たちみんなとっても…ありきたりなの。私の言っている意味、分かるでしょう? でも、あなたは違うわ。あなたこそ私が求めてるタイプの女友だち。いつも、あなたのこと、粋で、チャーミングで、自分が持っているものを怖がらずに自慢できて、適切な時期が来たら何をすべきかちゃんと知っている人だと思っていたの。スーツにネクタイにスラックス、職場にこんな服装をして来なくちゃいけないのって、死ぬほどいやなんじゃない? あなたが本当に求めていることは、自由に解き放たれて、本当に自分が感じているままの服装をしてくることじゃない? そうでしょう? その青い瞳に、透き通った白い肌。あなた、変身すると極上のブロンド美人なんじゃない? そう思うんだけど」

僕は無言のまま頷いた。どうしてアンジーはここまですべて知っているんだろう? どうしてそれが可能なんだろう。ありがたいことに、ランチ時の混雑はだいぶひいていた。こんな話しをしている時、テーブルの周りに人がいたらと思うと…

「アンジー、実は僕は付き合っている人がいるんだ」 と僕は呟いた。

アンジーの瞳が黒いダイヤのように輝いた。

「その通り! あなたは私と付き合ってるわ。そして、私、いま、ものすごくワクワクしてる。これ以上ワクワクすることなんか考えられない。ものすごくクールなことだわ。もう待てない。どうしてもこの効果を最後まで確かめなくちゃ気が済まなくなってきちゃった。ねえ、お勘定、お願い!」


つづく
TOPに戻る