「裏切り」 第9章 誰かが企んでる Betrayed Ch. 09: The Game's Afoot by AngelCherysse Source 12345678
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これまでのあらすじ

ランスは、妻のスーザンとジェフの浮気を知りショックを受ける。ジェフがシーメール・クラブの常連だったのを突き止めた彼はそこでダイアナと知り合い、彼女に犯されてしまう。だが、それは彼の隠れた本性に開眼させる経験でもあった。やがてランスダイアナと付き合い、女装の手ほどきを受けリサという名前をもらった。そんなある日、会社の美人秘書アンジーに正体を見透かされる。そしてリサの姿でアンジーとレストランに行くと、そこには会社の上司であるジムとロブがいた。そこでリサは自分が昇格したこと、およびランス=リサであることがバレていることを知らされる。リサはショックを受けたが、本来の自分に忠実にアンジー、ロブ、ジムと4人プレーをして燃える。その頃、ジェフを中心としてランスを陥れようとしてる陰謀が進行しているのを知る。同時に、ショーに向けて本格的に女体化することを決めたのだった。

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月日が流れていく。3月、4月、そして5月に入った。手術の内容や術後のことについては詳しくは述べない。ほとんど常時、アンジーかダイアナのどちらかが私のそばにいてくれた。ただし、ふたり一緒にということは決してない。私は、ふたりを両天秤にかけたとか二股をかけたとは言いたくないが、ときどき微妙なバランスが要求されることだったのは事実。私は、頭のてっぺんからつま先までダイアナにぞっこんなのではあるけど、アンジーに対してその気がないとは言い切れない。どちらかを選ぶなんてできないと思った。もっと言えば、その選択は私がするものではないかもしれない。結局、どちらとも別れることになるかもしれないから。

特にダイアナについて言うと、彼女は、これまで見たことがないほど感情にムラが出るようになっていた。私にべったりとなって、どんなに心の底から愛してるかを伝えたかと思えば、急に何の理由もなく泣きだしたりする。ホルモンのせいで感情の起伏が激しくなるのは私の方のはずなのにと思った。確かに、ダイアナが生の感情を表すところは好きなところでもあるんだけど、どうしてこうなるのかと不思議に思わざるを得なかった。あの涙の後ろには単なる愛情以上のことがあるのではないか、と。

私の鼻は…ツンとして可愛らしくなった。この表現も、これまで自分の鼻について使うとは思っていなかった言葉。まだちょっと大きい感じはしてるけど。それに感覚も麻痺してる感じだった。お医者さんによると、この麻痺は1年もすると消えるらしい。

目のところは大好き。嘘だと思ったら訴訟してくれていい。特にお化粧した時はそうなのだけれど、私の目を見た誰もがうっとりとしてくれる。頬骨と唇は前よりぷっくりとなった。私の知人たちが、言葉を失って、囚われたような様子で私の顔をじっと見つめるのを見るのは、少し怖かった。そのうち、それに慣れるとは思うけど、と言うか、慣れなければならないことがたくさんあるんだけど、それでも、このじっと見つめられるという経験は新しい経験。

身体の他のところも新しくなった。手術の前から毎日コルセットをつけていたので、それ自体は前と変わりはない。でも、コルセットをつけた時の効果はまったく変わった。アンジーと私は、ショーの時までに、コルセットを締めた時にウエスト周り50センチになるのを目標としている。でもダイアナはコルセット装着で46センチ。イヤな女! ともあれポールは歓喜状態になってる。

偽乳房はつけなくなった。今は生身の身体でFカップになってる。まあ、生身というより、私の身体とパーマプラストの合作だけど。最初はものすごく大きく感じた。でも、それを言ったら、ダイアナと初めて会ったときも、同じ感想だった。これも大急ぎで慣れなくてはいけないことのひとつ。

でも、胸の谷間を誇示できるというのはイイ気持ち。仕事中はちょっと谷間を見せて、プライベートではもっと見せる。お尻の方もイイ感じに膨らんでいた。

女性が女性同士では語るけど、男性には決して語らない小さな喜びがある。これもそのひとつ。例えばオフィスや道を歩いてる時、誰か男性とすれ違ったとする。そういう時、1秒か2秒後に、後ろの方で足が乱れたり転んだりする音が聞こえることがある。その音は、すれ違った男性が歩く方向を見てなかったために、壁やファイル・キャビネットや電柱にぶつかったりする音。最初はたまにだったけど、最近、その経験がどんどん増えている。もし、そういうことがあっても笑みを浮かべないと言う女がいたら、その女は確実に嘘をついていると言ってよい。

身体的な移行は驚くほど簡単だった。それに比べて、精神的な移行はずっと難しかった。もはや前の自分には戻れないことをきちんと認識すること。それは難しかった。怒りや苦悩を乗り越えるのに、しばらく時間がかかった。どうしたら、以前の自分をすっかり捨てることができるのだろう?

だけど、結局、捨てることなどないと悟るようになった。知的には、以前と全然変わらない自分である。ほとんど同じ仕事をしているのだから。

外見は変わった。そして外見に対する知覚も変わった。自分自身に対する知覚も他の人からの知覚も。感情も変わった。部分的にホルモンのせいもあるだろう。

しかし時間が経つにつれ、全体的に見て、得るものが多く、失うものは少なかったという認識になっていった。チョコレート・サンデーのことを思い出して? 毎日それを食べることができて、しかも飽きがこなくて、さらに全然体重が増えないとしたら?

術後の回復期間が終わり、仕事に復帰した。自分でも素早く気持ちを切り替え、仕事に集中できたことに驚いた。回復期間中、私はCNNとCNBCを見続けた。合衆国の西部地域とカナダで干ばつが続いているというレポートを読んでいた。仕事に復帰するとすぐに、私はテレビに出ていた農民団体と話しをするためフライトの予約を取った。

現地の農民から状況がどれだけ酷いか、じかに聞きとった。企業が所有しているマスコミの甘い報道では分からない現状を掴んだ。その後、早速オフィスに電話し、冬場の小麦の先物取引について、パックマンのごとく買い漁るよう指示した。1ヶ月後、農業省が、干ばつのため生産が20%落ちると発表した。小麦という黄金色の収穫物は、私たちには本物の黄金になった。冬場の小麦相場が高騰したからである。

アジアの鳥インフルエンザの流行がどれだけ悪影響を持つか、言いかえれば、このアメリカでの鳥肉の価格にどれだけの影響を与えるか、たいていの人は予想していなかった。だけど、これは実に単純なこと。鳥インフルにより家禽類の数がかなりのパーセントで減るとなれば、中国は感染していないニワトリで自国内の食料をまかなう必要が出てくる。その数は膨大になるだろう。私たちは早速、家禽類の先物を買い漁った。表向きは、私たちが鶏小屋を守るキツネのフリをして見せていたけれど。

端的に言って、中国が風邪をひいたら、世界の他の地域は鼻水を流し始める。だから私たちは先回りしてティッシュー売り場に急いだと。そういうこと。

原油取引はもちろんだけど、このような取引のおかげで、今年は、私たちの会社つまりSTG社にとって過去最高成績の年になった。と言っても、まだ半年も過ぎていないのだけど。

今年は、クリスマスのボーナスは社員の誰もを笑顔でいっぱいしていて、社員はSTGを「サンタさん」と思っている。戦略的トレーディング部門の社員たちは、私の直感を不気味だと言っている。トワイライト・ゾーン的なものだと。また、彼らは、まるでランスが社を去っていないようだとも言っていた。ランスは自分のクローンとして私を作りだしたのではないかと言うのだ。どうやってかは知らないけれど。

そういう時、私はただにっこり笑い、素敵なお世辞、ありがとうと言う。そうは言っても、別に彼らをバカにしているつもりはない。実際、私は彼らの何人かと3年は一緒に働いてきているのだから。彼らはただそれを知らないだけだから。

私は先物トレーダーとしてこれだけ成功でき、幸運の星の元に生れたと感謝している。でも、陰謀者の割り出しの仕事については、サム・スペード(参考)にはなれていない。メモリアル・デイは2週間先に迫っていたけど、陰謀者の割り出しには手術の前から一歩も進展できてないと感じていた。

アンジーと私はファッションショーのリハーサルを繰り返していた。ダイアナはロサンジェルスにいる知り合いの女の子に会いに行っていた。でも、ショーには充分間に合うよう帰ってくると約束してくれた。

ダイアナがロスに行ったことについて、ポールはまったく心配していなかった。これまでもいくつもショーに出演してきたベテランのダイアナのことだから、ポールがどうしてほしいと思ってるかダイアナはちゃんと分かっていると自信を持っている様子。戻ってきた後は、「高速で追い付いてくるはず」と。

私は、アンジーとダイアナが鉢合わせしてしまう可能性が一時的にせよなくなったことに感謝した。でも、よく考えると、ふたりを鉢合わせさせる必要があるのかもしれない。そうやって、無理やりどちらかに手の内をさらけ出させるのだと。もちろん、ふたりのどちらかがジェフ・スペンサーと手を組んでいるならの話だけれども。

ともあれ、私のプライベートな生活にかかわってる人の中、陰謀に加わってそうな人は誰もいなかった。少なくとも、それをほのめかすような情報はこれっぽちもなかった。私の公的な面でも同様に情報はまったくなかった。

本当に、あのクォーターバックのジェフが必死になって仕組んだ策略なのだろうか? おいおい、もういい加減、顔を出せよ! いま以上に熟れて、ジューシーで、よだれが出そうな餌なんて、そうないんだから。いや、でも、ちょっと待って。ひょっとすると、もっと魅力的な餌を用意できるかも……

ロブとジムは社会慈善事業活動をしている。毎月第3土曜日が、そのようなチャリティを行う日だった。シカゴ市長をはじめとして、市のたいていの重鎮が集まる。その中には様々なスポーツのフランチャイズにかかわる人々も含まれる。

そして、その重鎮が男性の場合には、アンジーと私がエスコート役になることになった。実は、ロブとジムが、木曜午前の重役会議で、まさにそうなるように仕向けたのである。ふたりは私たちの反応を見て、呆気にとられた。

「不意打ちの招待だって言うけど、どういう意味?……ふさわしい服に着替えるのに3日もかからないだろ? ……職場でライフルを乱射した男とかっているよね?……」

私もふたりの魂胆が見えてきた……。

でも、ともあれ、その時点では私はもっと大事なことを考えていた。私には着ていくドレスがないということ……いや、あったかも?

あのドレスを100回は見つめていたと思う。クローゼットに釣り下がってるあのドレス。罪悪感についての話を聞きたい?

私はダイアナに教えられた電話番号に伝言メッセージを残した。でも、彼女はまだ返事をよこしてくれてない。確かに、ミシガン通りを車で流せば、何か他のものを見つけられたかもしれない。でも、なぜか直感がくすぐられる。このドレスには何かある。展開しつつある陰謀と関係する何らかの意味がある感じがする。だから、このドレスこそ、完璧なチョイスだと、そうとしか思えなかった。これが私の場合の「マルタの鷹」なら、どうしても着ていきたい……

そしてそれを着た。

まあっ! ちょっと、これ、似合いすぎかも。

すでに全行程を済ませていた。美容室に行って、赤い子牛革のコルセットを締めて、それにマッチしたソング・パンティを履いて、薄地の黒いストキングと、あのドレスを身につけ、仕上げにアクセサリ類をつけた。コートはいらない。5月にしては例年になく暖かい日だったから(シカゴでは6月の第2週に雪が降って、7月の第4週に30度以上になるのも普通)。このドレス、胴まわりが過剰なほどふわふわしていて、スカートのところはお尻を気持ちよく包んでる。

そう。鮫どもに餌を撒くとしたら、中途半端じゃダメ。

黒いネクタイを締めて、タキシード姿になったロブは、確かに颯爽としていた。その彼が、私の姿を目に留めるや、口をパクパクさせた。先の鮫の話ではないけれど、海の生き物のたとえを使うなら、海から引き揚げられた魚のように、口をパクパクさせている。彼を正気に戻し、あからさまに私に接近するのをやめさせるには、かなり腕っ節の強い人が制止に入らねばならなかった。

会場に向かう間、私たちはずっと「有名スター」的な振舞いを続けた。ロブは私をエスコートしてリムジンの後部座席に案内し、その後、私の隣に座った。途中、ジムとアンジーを拾い上げ、ワシントン通りにある元中央図書館、現在のシティ・カルチュラル・センターへの道をシャンパンを啜りながらドライブした。

「遅かれ早かれ、そのドレスを着ると思っていたわよ」とアンジーが堰を切ったようにしゃべりだした。「もう、ほんとに、あなたったら…。深呼吸したら、絶対、はみ出しちゃうわよ。恥知らずなんだから!」

私もふざけまじりに辛辣さを装って反撃した。「でも、その言葉、ドナテラ・ヴェルサーチ(参考)のオリジナル服をフレデリックス・オブ・ハリウッド(参考)のように見せてしまうボディをしたオンナが言う言葉?」

実際、黒サテンのビスチェ風(参考)のシース・ドレス(参考)に身を包んだアンジーはハッと息を飲むほどセクシーだった。このドレス、私たちが木曜朝の会議の後、すぐにオフィスを抜けだし、ニードレス・マークアップ(参考)のドレスメーカ・サロンで見かけたもの。

アンジーはこれを試着して、三面鏡で自分の姿を見た時、目をらんらんと輝かせたが、その直後に値札を見て、みるみる目に涙を溢れさせた。そこに私はプラチナ・カードを出したのだけど、そうしたら、アンジーは公の場所なのに泣きだしたのだった。

「いいこと? あなたのせいで3か月前にこんなことに巻き込まれることになったのよ。私ひとりだけでやるとなったら怒るんだから」

そして、怒りを和らげるためにアンジーの頬に優しくキスをした。

「それにね……あなたはその服を着る価値のある人だし」

そんなことを思い出しながら、さらにシャンパンを飲んだり、カナペを食べたりしているうちに会場に到着した。

メインの会場には弦楽四重奏団がいたし、それより小さな、かつては参考書類が置いてあった部屋にはハープ奏者もいた。この雰囲気は、有名企業の社交文化にしばらくいた人たちにとってすら、珍しい雰囲気だった。苗字がホットドッグやベーコンの包装紙に載っている人はもちろん、公共の建築物や企業のロゴに名前がついてる人たちと一緒に会場にいて、肘を突き合わすようにしていて、ちょっと恐れ多い感じもした。いわゆるセレブたちに囲まれて、アンジーはすでに有頂天になっていたし、私もそれに近い気持ちになっていた。

明らかに、私とアンジーは、ふたりの若い天才投資家を表敬訪問しにきたロイヤルファミリーか何かのような受けとめられ方をしていた。ほんとに、たくさんの男性たちが私たちを2度も3度も振り返って見ていた。ロブとジムは、まさに熱い注目を浴び続けていた。それは、彼らの成功ゆえの注目でもあったけれど、彼らが連れるコンパニオンの選択ゆえの注目でもあった。

シカゴ市長ですら、さすがに抜け目のない政治家であるだけあって、お世辞を忘れず、私たちのことを、「偉大なるシカゴ市をさらに偉大にしている輝かしい実例」と言っていた。市長の視線の先を考えると、彼が私たちの会社の成功のことを言っているのか、私とアンジーのバストラインのことを言っているのか、あやふやだった。

ロブ・ネルソンについて私が尊敬することはたくさんあるけれど、そのひとつは、他の人を褒めるとなると、完璧に無私になれるという点。

「私は皆様にお伝えしたいことがございます。確かに今回の成功は、おおまかな戦略は私が充分計画したものの、実際はというと……」 と彼は私の方に顔を向けた。

ロブは文の途中で発言を中断した。それは、私のスティレットのヒールが彼の足の甲に食い込むのを感じたから。私は人に気づかれない程度に頭を横に振った。そして彼の腕をぎゅっと抱きしめ、大きく息を吸った。そうやって胸を大きく膨らませて見せた。

「……ぎりぎりの時にひと踏ん張りできたお礼として、私のコンパニオンのリサ・レインに感謝の言葉を述べたいと思います」 ロブはアドリブをした。「リサと彼女のお友達のアンジェリーナ・トレスは、寛大にもハリウッドでのお仕事の合間に、この2ヶ月ほどジムと私のところにいてくれて、精神的応援をしてくれました。それがどんな応援か、お分かりですよね? 直観的に想像がついたら、それに従うのが一番です」

ロブはとっさの機転もきく。男性でもこういうことができる人が私は好き。これ以上ないほどの素晴らしい作り話をしてくれた。多分、この話を聞いた人は、大予算のハリウッド映画では私たちの名前も、顔も、身体も見つけられないだろう。当然、ここの男たちは今夜急いで家に帰った後、他のタイプのDVDをチェックするに違いない。

普段なら慎み深く他人の目を避ける私が急にバストを強調したり、ロブに抱きついたりしたのはなぜか。何も突然、気持ちが変わったからではなかった。私は、人々の群れの中に点在している、他の「やりたがりの男たち」、しかも、フットボール関係の男たちをチェックしていた。

私の直感は、チカチカと警戒信号を発していた。今は、注目を浴びるのはまずいんじゃないの、と。でも、バストを押し上げるコルセットをつけて、このドレスを着てたら、どっちみち、注目を浴びてしまうもの。

このような社交の場ではよくあることだけど、会話の内容も会話の相手も刻々と変化し、その力学によって、私たちのグループは自然にばらばらになっていった。私はと言うと、産業界の人たちのグループとかなり長時間おしゃべりをしてて、あの人たちにズボンを脱ぎたくなると思わせるほど魅了していたと思う。(もちろん、これは比喩的に言っているけれど、実際、あの人たちがそんな気がないかと言うと、そうでもなさそう)。

そんな時、私の真後ろに人がいる気配を感じた。私に触れているわけではないけど、妙に私に近い位置にいたのは確か。ロブは、こういう場であまりあからさまで親密に見えないようにして愛情を巧みに表現することがある。ひょっとして、後ろにいるのはロブかも……。私は笑みを浮かべながら、少しだけ後ろにお尻を動かした。そして、少し経ってから後ろを振り向いた……。

心臓が止まりそうになった。皆さんは私のことを初期の心臓病にかかってると思うかもしれない。でも違う。

そこにはジェフ・スペンサーがいて私のことを見ていたのだった。彼の瞳は私と同じ青い眼だけれど、まるで捕食者が獲物を見つけたようにギラギラしていて、私のことを見定めている。ヒールの高さは15センチ近くあるのに、私は彼を見上げていた。

「どうしても目を逸らすことができなくてね。君はここにいる中ではいちばん綺麗だと思う」

え? ずいぶん物腰が柔らかい…。いいえ! あなた、ほんとうに高校を出たの?

そうか、こういうことね? ジェフは、この場所、この瞬間を選んだと。シカゴのエリートが集まるこの場所で、私が男であることを「バラす」と……。

頭の中で床からジェフの股間までの距離を測った。揺らぎやヒールの高さを考慮に入れ、加えて、膝を蹴り上げた時の力とスピードを計算した。ええ、まさにそういうことをすべき。ソプラノ声になるのよ。とうとう、こいつが現れた……。

「まあ、どうして? ありがとう」 私は、このお世辞に対する応答にふさわしく、さも感激した感じで返事をした。「私たち、前に会ったことがあったかしら?」

「もし会ってたら、絶対に忘れることはないけど」 と彼はおべっかを使った。「自己紹介させてください。僕はジェフ・スペンサーで…」

「もちろん…あなたのことは知ってるわ。テレビで見たことがあるから。でも、これだけは言いたいわ。テレビカメラのアングル、あなたのことを正当に映してないって」

でも私は正当にちゃんと見るべきところは見ている。ちょっと言い訳させてね、スポーツ専門テレビさん。あなたたち、ちゃんと見せるべきところを見せてないわよ。正当じゃないわ。スポンサーは、ウインナ・ソーセージ会社じゃなくてウィーン少年合唱団にしたら?

「正当性について言えば……」 とジェフは流れるように次の話題に移った……

本題が来たわね……

「…あなたのような素敵な女性を、シャンパン・グラスを空にしたまま立たせておくなんて、犯罪行為そのものだと思うのだが…。僕たちふたりでウェイターを待ち伏せして、この件で脅迫し、大金を巻き上げるというのはどうだろう?」

そういう段取りなわけね? 私をどこかひと目につかないところに連れて行き、著名人の前で私のことをバラすとほのめかして、私を脅かすと。あなたは、私が思っていたより賢いようね。いいわ、その話しに乗ってあげましょう? ひょっとしたら、あなたが誰と組んでるかも吐かせることができるかもしれないし……

「ええ、そうしましょう!」 と私は嬉しそうな声を上げ、彼の腕に腕を絡ませた。「そもそも、ここのウェイターたち、私ばかりでなく他の人にも気を使っていないもの。ちょっと、ひと騒動、起こしてもいいかも」

信じてほしいけれど、このとき私がした行動は、ちょっと澄まし顔で笑みを見せ、腰を少し振っただけ。でも、心の中では叫び声を上げていた。

この角度だと、ヒザ蹴りの作戦は使えない。彼の腕を素早く捻り上げることができるなら、別だけど。でも、ここにいるのはゴジラのような巨体の男。そうなったら私のことをブドウを握るように握りつぶすことができるだろう。

でも、ちゃんとタイミングを計ったら、私のスティレット・ハイヒールで彼の足を踏みつけ、床に釘づけにできるかもしれない。超シックで、超バカ高で、超極細ヒールのブルーノ・マリ(参考)のハイヒールで。そうやって、あなたにもっと高音域で歌わせるわよ!

どういうわけか、ウェイターたちは、別に部屋の陰に隠れているようにも見えなかった。私は、このシャンパンの罠の本当の意味を瞬時には理解してなかったみたい。

ジェフとふたりで非常口のドアを出てた。ドアを閉めるとすぐに、私は身体を翻して、ジェフと面と向かった。いきなり私の顔面にこぶしが飛んでくると思ったから。

でも実際は、私の顔には、いや、口には…彼の唇が来ていた。そして舌も。私は両腕を振り回していたが、効果はなかった。壁に押し付けられている。

ちょっと、ダメよ! 何してるのよ、この変態! 私を好きなようにして、その後で、シカゴ中に私のことをバラすなんて、そんなことさせないわ! もうちょっとでも私の方に身体を寄せてきたら、速攻でお返しをするから。絶対に、確実に、間違いなく……

ジェフは私の胸を揉んでいた。私の急速に固くなってきてる乳首を、親指と人差し指でつまんでいた。そのせいで、すべてに淡いモヤがかかったようになっていた。抵抗力が、風に吹かれた塵のように、雲散霧消していった。私の心は、この究極の裏切りに金切り声を上げていた。誰の裏切り? それは、私の身体の裏切り。私の身体が私の心を裏切っている時に、この危険なゲームでジェフを打ち負かすチャンスなんて、ない。

彼のもう一方の手は彼の股間あたりをさまよっていた。何かしてる…。何をしてるかは分からない。そうしたら、その手が私の手を掴んだ。そして前に引っぱった。あっ……何?……す、素敵……すごい! ゴジラって本当だった。この人、モンスターだわ!

全然、説明できそうもないけど、その瞬間、私の自動操縦機構が作動した。床に膝をつき、彼のチャックを降ろした。そして中から引っ張り出した。大きかったので、出すのがちょっと難しかったけど。実際、彼に半歩うしろにさがってもらわなければ、ちゃんとそれと向き合えなかった。

右手で柔らかにジェフのアレを握り、これ以上ないほど優しく先から根元まで擦った。握りながら、私情を抜きにその大きさに感動していた。私の小さな手では、全長の4分の1ほどしか握れていない!

いったい私の心に何が起きて、私がそのむっくり膨らんだ紫がかった亀頭を口に含んだのか…。そんなことを問わないでほしい。その時点では、私の思考回路は、アルファベット・スープ(参考)の中を泳いでいたから。そうでなければ、あのヌルヌルした蛇を喉の奥まで飲み込めたはずがない。

それでも、彼にフェラをしながら、一つだけ明瞭な考えがゆっくりと前面に浮かんできた。

つまり、なんだかんだ言っても、公正で慈悲深い神様が存在するということ!

笑みを浮かべて、うっとりと目を閉じ、この大きなごちそうを楽しむだけ。それだけでいいの。ウインナ・ソーセージとウイーン少年合唱団、それがひとつに!

ええ、その通り。その時、次の明瞭な考えが浮かんだ。今の私は、犯罪行為の固い証拠を残さずに、何万人ものシカゴ人にとってのヒーローを傷つけることができるということ(口に残る証拠は別としてだけど)。メディアが私のことを嗅ぎつけたりしないとしたら、その時は……。そんなある種の苦悶の気持ちはあったけれど、その時の私はジェフに特殊な好悪の気持ちはなかった。ただ私の唇と舌だけは彼のことを大好きになっていたみたいだけど。

神様は私を憎んでるんだ。本当に、本当に。

私の口唇奉仕のスピードが増すにあわせて、私の思考も速く回転するようになっていた。ジェフは、これが私への復讐であるとか、復讐の前奏であるとかも、そのようなことをまったくほのめかしすらしていない。私を知ってるのかすら、まったくほのめかしていない。ジェフはそんなに演技が上手かった? 彼は、私のことを、いつものファンの女の子にすぎないように扱っている。そもそも、彼が私のことを知らないなどということが、あり得るのだろうか?

それはともかく、巨大なフーバーダムが水門を開き、荒れ狂う奔流が私の喉奥へと流れ込んだ。自分でも気づかなかったけれど、いつの間にか私は空いてる手で自分のクリトリスをいじっていたみたい。上下の唇で彼の分身をしっかり咥えたまま、私はもう一方の手も股間にもっていき、淫らな声を上げながら私も射精を迎え、身体を震わせた。やっぱり神様は慈悲に溢れてる…。

その夜、ひょっとしてロブかアンジーか、あるいはふたりそろって私を遊ぶ気持ちでいるかもしれないと予想して、私はダイアナの大昔の忠告に従って、クリトリスをラテックスの小袋に包んで、子羊の革製のソング・パンティの中、しっかりと後ろにしまっていた。そこが濡れてるのを感じる。でも、この小さな問題は後で時間ができたときに何とかできるだろう。

ことを終え、ふたり腕を組みながらメインのフロアに戻った。歩きながら、通りかかったウェイターからシャンパンをもらった。その冷えたシャンパンを啜りながら、ジェフとおしゃべりを始めた。

「絶対にもう一度会いたいなあ。さっきの続きを最後までやり遂げたいし」 とジェフは私の耳元に囁きかけた。

「もっと続きがあるの?」 とわざと無邪気に問い返した。

「ああ、もちろん。ずっとたくさん。…今度の土曜日はどう?」

私は頭を横に振った。

「ごめんなさい。予定があって。何時までになるか分からないの」

ジェフはがっかりしつつ、頷いた。

「本当を言うと、僕もなんだ。うちのプロモーション関係の人に、ヒルトンで開かれる同性愛関係の催し物に顔を出すように言われてるんだ。そこのファッションショーにモデルと一緒に出ることになっている。そのモデルのひとりは知ってる人だけどね。ああ、他のモデルたちがイヌみたいな容貌のヤツじゃないといいんだが…」

私は顔を輝かせ、「ワン、ワン!」 とふざけて吠えてみせた。

彼は呆気にとられて私の顔を見つめた。

「冗談じゃ…君なの?」

私はにっこり笑って頷いた。そして、部屋の向こうにアンジーがいるのに気づいた。他の人たちとおしゃべりしている。私は素敵にマニキュアをした人差し指を伸ばし、彼女の方向を指差した。

「それにあそこにいる私の友だちも一緒。私と彼女、お似合いののペアに見えるでしょ?」

「スゴイ…」 とジェフはかすれ声で囁いた。「僕はもう死んで、天国に来てるのかも。この週末には、片づけなければならない別の個人的な案件があるんだ。その日が僕にとって今週の、今月の、いや今年のハイライトになると思っていたけど、今度は、君とあそこにいる君のお友達も加わるとは……」

ジェフは声を落として言いかけた言葉を止めた。そして、私を後ろ向きにさせた。

「その時にまた一緒に。いいね?」

瞬間、彼の肩越しに向こうを見ると、スーザンがものすごい勢いでやってくるのが見えた。私はもちろん我慢できなかった。背を伸ばしてジェフの頬に優しくキスをした。

「もちろん、絶対よ」

スーザンはすうーっと絹のような滑らかさでジェフの脇の下に腕を指しこんだ。明るい笑顔を浮かべていたけど、眼は氷のように冷たい眼をしていた。

「私が忙しくしてた間、私の彼氏のお相手してくれてありがとう」 とスーザンは悪意のこめて皮肉っぽく言った。

私は目を輝かせて、頬を赤らめたジェフの顔を見上げ、「いいえ、こちらこそ」と笑顔を見せ、後ろを向いて立ち去った。わざと腰を振って歩いた。

「後で会うことになるかしら? えーっと…」 とスーザンは私の背中に声をかけた。

私は振り返ってウインクをして見せた。

「リサよ。うふふ、リサ・レイン。確実に会うことになると思うわ」

スーザンはジェフを睨みつけていた。その表情の意味はたったひとつ、家に戻るまで待ってなさいよ、と。

アンジーは私が口元に笑みを浮かべているのを不思議そうな顔で見た。そして、私の肩越しに視線を向け、スーザンとジェフがいるのに気づいた。彼女、心臓発作を起こすんじゃないかしらと思った。私の元に駆け寄ってきて、腕を掴み、横の方に私を引っぱって行き、顔を私に近づけた。

「あなた、気でも狂ったの? 自分で何をしてるのか分かってるの?」 と小さな声で言う。

私は肩をすくめ、満足げに微笑んだ。

「損失評価よ。彼らがとても優れた役者なのか、私が誰か分からないでいるかのどちらか」

アンジーの顔が真ん前に来ていた。私に心のこもったキスをしてくれそう。でも彼女は急にとまり、私の息の匂いを嗅いだ。シャンパンは完全に匂いを消さなかったのだろう。アンジーは目を丸くして、信じられないとばかりに頭を振った。

「あなたには自殺願望があると分かったわ」 と呟き、そして顔を上げて私を見た。悲しそうな笑みを浮かべている。「お口を洗う時間ね。これからあなたと何をしたらいいの?」

「何でもお好きなことを…」と彼女の耳元で囁いた。「でも、もうちょっと後まで待つべきかも…この社交の集まりが終わるまで。ここの人たちおしゃべりが大好きなのは分かるでしょう? ところで、私にこんな危険な生き方をする道を選ばせたのが誰か、忘れないようにしましょうね」

その後もパーティでは、スーザンはずっと私を見ていた。私も視界の隅にいつも彼女の姿を捉えていた。彼女は、向こうから恐い眼で私を睨みつけていた。

私がまざっていたグループのひとりが横にずれた時、スーザンはロブが私の身体に腕を回すのを見た。その瞬間、スーザンは目を飛び出さんばかりの顔になった。その後、彼女はグループの様々な人と会話を再開したが、何度も私の方にチラチラ視線を向けていた。それを見た男性が何人か、笑顔で何かスーザンに言い、それを聞いて、彼女は顔を赤らめた。私の推測では、私とアンジーがレズ・カップルとしてポルノ作品の出演者として選ばれたとか、かな? そのすぐ後に、スーザンはジェフの腕を引っ張るようにしてパーティ会場から出て行った。

その日の夜、アンジーと私は、ロブのマンションに行き、私たちを崇拝するふたりの男性のためだけの出演作でスター女優を演じた。セックスは、ダイアナとだけしていた頃も良かったけど、今はもっと良くなっている。ここも、私の大きく変わったところ。私は、もはや、狭い精神空間にひとり膝を抱えて隠れることはなくなった。

ジェフが私に何かをするとして、その時間と場所について知ることができた。すべてを知るまでには至っていないけれど、とうとう、その全体の姿が見えてきたところだ。もっと言えば、ようやく、私が優位に立てる場所が見えてきたと言ってよい。

ジェフとスーザンに偶然鉢合わせした時のアンジーの反応。あれも、パズル全体にとって大きなピースだった。アンジーについてはずっと安心できるようになっている。片や……

サム・スペード(参考)方式はダメ。シャーロック・ホームズ方式で行きなさい。

あり得ない人たちを排除していったら、たとえ誰が残ったとしても、その人がいかに考えられない人であっても、それが真実。

その考えは、全然、好きになれないものだったけれど。


つづく
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