「裏切り」 第10章(最終章) 始めあれば… Betrayed Ch. 10: Everything That Has A Beginning... by AngelCherysse Source 123456789
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これまでのあらすじ

ランスは、妻のスーザンとジェフの浮気を知りショックを受ける。ジェフがシーメール・クラブの常連だったのを突き止めた彼はそこでダイアナと知り合い、性交渉をもつ。それは彼の隠れた本性に開眼させる経験でもあった。やがて彼はダイアナと付き合い始め、女装をしリサという名前をもらった。そんなある日、会社の美人秘書アンジーに正体を見透かされる。そしてリサの姿でレストランに行くと、そこには会社の上司であるジムとロブがいた。リサは自分が昇格したこと、およびランス=リサであることがバレていることを知らされる。その頃、ジェフを中心としてランスを陥れようとしてる陰謀が進行しているのを知る。陰謀の内通者がいる。それが誰なのかを探るため、有名人パーティに出たリサは、ジェフと会い、口唇奉仕をしたのだった。

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あの日曜の夜、ダイアナがロサンジェルスからの飛行機から降り立った時、できることなら、オヘア国際空港のゲートで彼女を待ちたかった。でも、それはできず、代わりに手荷物受取所で待たなければならなかった。交通安全局のセキュリティ関係で働いてる人にはユーモアのセンスがない。まあ、自給8ドルの仕事なので、ユーモアを解する余裕がないのも仕方ないかも。

他の乗客たちは、手荷物を運ぶコンベアーベルトの真ん前で、かなり濃厚なショーを見せられ、大喜びだった。悩殺ボディのブルネット美人とブロンド美人が、まるでアダルト・ビデオからそのまま出てきたように、抱き合い、キスし合うのを見せつけられたから。

その夜は、ダイアナのマンションでなく、私のマンションに行くことにした。私は「ダメ」の返事は受けつけなかった。ダイアナはちょっとためらったものの、すぐに喜んで従ってくれた。

彼女は、その夜、私と過ごすことになるのを想像し、純粋に安心しているみたいだった。オヘア空港からシカゴ市内に通じるケネディ高速道路を走る。その間ずっと、彼女は私の腕に腕を絡ませ、私にすり寄っていた。ふたりとも言葉を交わすことなしに、ただ身体を寄せあっていることで多くのことを語り合った。ダイアナの私へのこの反応と、彼女がジェフ・スペンサーへの内通者として私に罠をかけていることを示す証拠がますます増えている事実。どうしたら、このふたつのつじつまを合わせることができるのだろう? 私は内心、辛かった。

ダイアナは緊張し、何かを恐れているようだった。原因が何であれ、彼女は、その件について話そうとはしなかった。オハイオ通りで高速を降りた時、携帯電話が鳴った。私の携帯ではなかったし、いつものダイアナの携帯でもなかった。着信音はヒップ・ポップの曲のようだった。私はダイアナのハンドバッグに目をやった。彼女は窓の外を見ていた。

「無視して」 とダイアナは何事もないような感じで言った。

「でも、これって…」

「いいから、無視して!」 とダイアナは私を睨みつけ、きつい声で言った。「今夜は、あなたとだけの時間にしたいの。他の誰とも、あなたを分かち合うつもりはないわ。特に、アンジェリーナ・トーレスとだけは」

急襲!

いや、実際には急襲と言うほどでもない。ダイアナはアンジーが私の個人秘書になってるのをすでに知っている。それに、ロブのコンドミニアムでのあの最初の夜、私がアンジーとセックスしたこともダイアナは知っている。あの夜のことについてはすべてダイアナに話したから。

それを話した後も、ダニエルとの「デート」について言い合いをした後も、ダイアナは、ちょうど私が彼女のことに探りを入れなくなったのと同じく、私のその後の付き合いについても、しつこく聞くようなことはなくなっていた。ふたりだけの時は、お互いのことにだけ集中し、他の人のとは話さないというのが、彼女と私の間の暗黙の了解になっていた。ダイアナとアンジーのふたりに対する感情で、私は摩擦を感じていたので、この暗黙の了解はありがたかった。でも、今はその力学がダイアナの心の中で変化してしまったのかもしれない。

いったん部屋に入るとすぐに、このゴージャスなシーメールは、まるで1年もセックスしてなかったかのように私に襲いかかった。愛しあったというより、長時間にわたって狂ったように犯しあったと言った方が近い。互いの身体に爪を立て、甘噛みの跡を残しあい、ヒリヒリするほど乳首をつねりあい、そして痛いほどに互いの穴を広げあう…。

行為が終わり、ふたり、スプーンを重ねたように(参考)なって横になった。私は彼女の腕に包まれていた。ふたりとも身体を震わせていた。肉体的にも感情的にも疲れ切って。

ダイアナが私の耳元に囁きかけた。

「あなたとアンジーのこと、訊いたら話してくれる?」

私は前を見つめたままでいた。そして、あてずっぽうで言ってみた。

「君とジェフ・スペンサーとのこと、話してくれる?」

私の後ろでダイアナの身体が一瞬、強張るのを感じた。

「訊かれるのも当然ね……でも、話す前に、答えてほしいことがあるわ。私のこと、愛してる?」

「もちろん。無条件に」

「私のことを信じる?」

ダイアナがこういう言い方を使ったのを知って嬉しかった。私だけの感覚かもしれないけれど、「信じる」と「信頼する」の間には繊細な違いがある。この時は、どちらの言葉を使うかで私は違った答えをしただろうと思う。多分、ダイアナはそれを察して、言葉を選んだのだろう。

「信じるわ」

「だったら、これも信じて」 と彼女は感情がこもった声で言った。「私たちが一緒になった3ヶ月間で、あなたは私の人生になったわ。私にとって生きて行く理由になったの。そういうこと、これまで誰にも言ったことがない。自分がこういうこと言うだろうとも思ってなかった。私のようなライフスタイルを送ってると、深い感情的なしがらみには関わることができないもの。あなたと知り合えて幸運だった。本当に幸運だった…」

「…最初の頃にあなたに言ったこと、覚えている? あのレストランで? 『1週間だろうと、1ヵ月だろうと、一生だろうと、違いはないわ。正しいと思ったときは、正しいのよ。あなたも分かってるはず』って。私たちは正しいことをした。私たちはふたりでひとりなの。あの最初の時、クラブで会ったときは、それに気づかなかったけど、あの素敵なバレンタイン・デーの週末からは、ずっとそう思っているわ。私は、毎日、あなたを引き合わせてくれたことを神様に感謝しているの…」

「もっともっと君を知りたいよ」と私は小さな声だけど、しっかり伝えた。「始まりは、素晴らしかった。君とふたりだけの世界で、他の一切のこと、誰でも他の人のことを忘れて浸ることができた。そして、次第に事態がだんだん…だんだん複雑になってきた。手術の後、君は私のそばにいてくれて、とても嬉しかった。そして今は、私はだんだん……何と言うか、だんだん君と同じようになってきていて、そしてそれは私自身が望んでいたことでもあって、そんなことから、私たちは徐々に別々の道へとさまよい始めたような気がしてる。あまり君と会うこともなくなってきていたし。そして、そんな時、君はロサンジェルスへ行ってしまった…」

ダイアナは私の首の後ろに優しくキスをした。

「それは、私があなたから離れていようとしていたから…。あなたを愛さなくなったというのじゃないのよ。実際は、その逆なのよ」

「それじゃ、分からないよ、ダイアナ」と私は不満そうな声を出した。「ジェフ・スペンサーとの関係のせいじゃないの? ついでに言えば、私は、彼が私よりずっと大きいのを知ってるわ。だから、彼と寝る方がずっといいんでしょ…?」

ダイアナは私の肩を掴んで、私に彼女の方を向かせた。そして怒った声で言った。

「さっき私が何て言ったか忘れたの?」

「あなたは、私が一生愛せる人として期待できるすべてを備えた人なの。その気になったら、あなたを私から別れられなくすることもできる。でも事態がいろいろ複雑になってきた。ええ、あなたとあの変態が関係してる。あいつがどれだけ大きいのを持ってるか、どうしてあなたが知ったのかなんて、知りたくもない。その答えを聞いたら、気分が悪くなる予感がするから…

「…だから、ジェフリー・スペンサー氏についてのモヤモヤは、一度すっきりさせることにしない? さしあたり、あの男の驚異の一物のことは考えないこと。あの部分以外のところでも、あいつがどれだけ大きいか、どれだけ逞しいか、気がついた? あの男は大学に入った時からステロイドを服用してるの。私に告白した。そのおかげで、あいつは、あんなアメフト界で全米1と言える逞しい肉体を手に入れたのよ。だけど、競技場を出たら、ステロイドは正反対の効果を与えた。ええ、確かに、大きく素敵なおちんちんを持ってたんだろうし、たぶん、タマタマの方も高性能だったんじゃない? かつては、だけどね。ステロイドのせいでダメになったのよ。ちょっと勃起させるだけでも、小さな青色の錠剤がないとダメに…

「それが、私があなたに出会う2ヶ月ほど前に、がらりと変わった。彼のガールフレンド、というか、あなたの別れた奥さんね、彼女がジェフにペニスのインプラント手術を受けさせたの。そのおかげで、あいつは、今はセックスしたくなったら、ポンプであそこを盛り上げれば、それでOKになってる。あなたの別れた奥さんのおまんこにはそれで気持ちいいんでしょうよ。でも、私の場合は、毎回、身体が引き裂かれそうな気分になってるわ…」

「じゃあ、どうして続けてるの?」 私は泣き声になっていた。「あいつにサヨナラのキスをして、あの場所を出て、さらに必要ならあの生活からも抜け出て、私のところに来たらいいのに。どうして?」

ダイアナはしばしシーツを見つめた。考えをまとめているようだった。そして、毅然とした様子で話し始めた

「そこが複雑なところ。できないのよ…。いまは、その話しに入りたくない。フェアじゃないのは知ってるけど、でも、私、あなたを守ろうとしてるの。だから、あまり私に話しを強要しないで。あなたに話せるのはここまで。ステロイドのせいで、あいつは精神まで犯されているということ。あいつが怒りだしたところ見たことないでしょう? 見たいとも思わないだろうけど」

「ダメだ、ダイアナ! あいつから離れるんだ。あの男が君を殴っていると思っただけで、絶対に、私は……」

「ヤメテ!」 ダイアナは金切り声を上げた。「まさにその理由で、あなたにすべてを話したくないのよ。あなたの中には、何か勇敢で、高貴で、そしてマヌケなことをしそうな『男』の部分が残ってるから。あの男なら、あなたを10セントの釘を木に打ち付けるように簡単に殴り倒して、他の男たちとピザとビールを飲み食いに、さっさと立ち去るでしょうね。私は自分がしてることを自覚してるわ、リサ。いまはしっかりした女になってる。自分のことは自分でできるわ」

「そんなこと必要ないのに。私たちであなたを助けていけるのに。私もこの件に関わってるのを忘れた? あなたを守るためなら、全部、手放すわ。仕事もマンションも、服も、車も何もかも。これから一生生活していくのにかかるお金よりもっとお金を持っている。どこにでも行けるわ。いまの状況から抜けて、一緒に歩き出せばいいだけ」

ダイアナは優しく唇にキスをしてくれた。涙が彼女の頬を伝った。

「あなたなら、そうするでしょうね? あなたは本当に正しいボタンを全部押してくる。これ、あなたが言った言葉だわ…」

月曜の朝、私とダイアナは一緒にシャワーを浴び、着替えた。ダイアナはタクシーで自宅に戻ると言い張った。私には彼女の家に近づいて欲しくないと。私は、嫌々ながら、彼女に別れのキスをし、彼女をタクシーに乗せ、そして、自分の職場に行った。

ダイアナと別れた後の1週間、感情的には起伏の激しい週だった。アンジーと私は、ポールの指導のもと最後のリハーサルをした。ポールによると、ダイアナは別の時にポールに会ったらしい。来たる週末に対して、興奮もしていたし、恐れも感じていた。

この週はトレーディングの仕事には完全に近づかないようにした。こういった精神状態では自分の直感を信じることができないから。

ダイアナに何度か電話し、留守番電話にメッセージを残した。ダイアナはかけ直してくれなかった。金曜日、その日の大半を職場のオフィスの窓際に立って過ごした。腕を胸の前に組んで、ラサール通り(参考)を眺めて過ごした。

午後4時ごろ。アンジーが私の後ろに近づいていたことすら気がつかなかった。アンジーは両腕を私の脇に差し込み、後ろから優しく抱きしめてくれた。その人間的な接触をありがたく感じ、私は後ろのアンジーに身体を預けた。

「ミーハ(参考)、こんなところで時間を潰してたのね」 と彼女は甘い声で言い私を落ち着かせた。「今のあなた、1000マイルも遠くにいるみたい。ロブもジムもシャーリーも、もう出かけているわ。スタッフの大半がむしゃむしゃ食べてるところ。この週末のイベントに備えてね。私たちだけで、このお祭り騒ぎの打ち上げを前もってやっちゃうのはどう? ノース・ピア(参考)に行って、ディックズ・ラスト・リゾート(参考)で脂っこいあばら肉を食べて、ハリケーン(参考)を飲んで楽しむの。それから、互いの指を舐めあってきれいにし、天井の扇風機にナプキンを投げて、あそこのウェイターたちのように他のお客さんたちを侮辱するの。それとも、船着き場に行って、ボートを見てもいいわ。一番良さそうなボートを選んで、オーナーに何気なく話しかけて、こう持ちかけるのよ。私たち一番露出度の高いビキニを着て、デッキで日光浴するから、私たちを乗せてクルーズしてって。そうしたら、そのオーナーさんすごくクールに見えると思うけど、どう? ってね。その後、街に戻ってあなたの家に行って、あなたと私で気を失うまでセックスするの。どう? いいプランだと思わない?」

もう本当に、良さそうなアイデア。何から何まで。この5日間、ずっと感じてきた緊張感。それをほぐす何かが欲しかった。ディックズでハリケーンを飲んで酔っ払い、大騒ぎをしたら、確かに緊張がほぐれるだろう。もしここに戻ってくる時に、酔っぱらってグラスを落として割ったりしなかったら、キッチンの食器棚にどんどん増えてるチューリップ・グラスのコレクションにまた新たなコレクションを加えることもできる。アンジーとセックスするというのも、すごく良さそうに思った。こんなことを考えるなんて、何て私は酷い人間だろう。たった5日前に、ダイアナとベッドを共にし、彼女を愛していると言ったのに。なのに今は、アンジーを家に連れ込んで、彼女を揺さぶりたい、あるいは彼女に揺さぶられたいと思ってるなんて。私は誰を裏切ってるの? ダイアナ? アンジー? それとも両方を?

私はアンジーの方に向き直って、彼女を抱きしめた。

「アンジー、本当に楽しそう。ラム酒を飲んで、エッチっぽくなったあなたを抱いたり、そんなあなたに抱かれたりすること、何もかも。でも、あなたと安っぽく、意味もなくセックスするというのは今は良い考えかどうか、はっきりしないの。これまで、誰か他の人を考えたことはないの? 誰か、もっと……」

仕事において、アンジーとずいぶん長いこと一緒に働いてきたけど、こんなふうに泣き崩れる彼女を見たことがなかった。彼女は私の抱擁を振り払い、泣きながら私のオフィスから走り去った。私も、ハイヒールを履いていたけれど、彼女を追いかけて走った。追いついた時には、アンジーはすでにバッグを持って、デスクにカギをかけているところだった。彼女の腕に手を添えると、彼女は私に目もくれず、私の手を払いのけた。今度は彼女の両腕をしっかり押さえ、こっちを向かせた。ヒールを履いていても、私たちはほとんど同じ背の高さだった。

「どういうこと?」 と私は強く訊いた。

アンジーは私の視線を避け、もがいて逃れようとし、かな切り声を上げた。「離して! 誰か他の遊べる女を探しなさいよ!」

「どういうことか言うまで、どこにも行かせない」 と私は意図的に平坦な調子で言った。

「信じられない…」 とアンジーは啜り泣きになった。「あなたと二人でいろんなことをしてきたのに、結局はあなたにとって私はそういう存在ということ? 『安っぽくて、意味のないセックス?』 ええそうよ、これまでもずっと私はオフィスのエッチな可愛いオンナだったわ。私はとんでもないバカだった。ええ、ひとつだけ、あなたの言ったことで正しいことがあるわ。私は本当に安っぽい存在だということ」

その時点で心に浮かんだ唯一のまともな思考を、私は口にした。

「はあ?」

「ご異存がなければだけど、私は月曜の朝に元のSTG部門に戻ることにするわ。私の代わりにデビーを送るつもり。彼女なら気に入ると思うわよ。簡単に言いなりになる人だから」

「時間切れ!」 と私は怒鳴った。もはや声質が変わっていて威厳がなかったけれど、それなりに威厳を持った声で怒鳴った。

アンジーの腕を引っぱって、椅子に座らせた。そして彼女のデスクに腰を乗せ、彼女を睨みつけた。アンジーの方も負けずと私を睨み返していた。

「私が言おうとしたことは…」 と注意深く、考えながら言葉を切りだした。「あなたは、自分にとって本当に意味がある人を探そうとしたことがないの? あなたは、そもそも出会った最初からはっきりと言っていたわ。欲しいと思った男なら誰でも自分のものにできると。こんなことを言って浅薄に聞こえたら悪いけど、私は、あなたが気まぐれに征服する人のひとりになるのはうんざりなのよ。私がスーザンと別れてから、たった3ヶ月だけど、単なる安っぽいセックス相手以上の関係が欲しいし、必要としてるの!」

アンジーは口をあんぐりと開けて私を見つめた。そして、何か考えを振り払おうとするかのように、頭を振った。

「ちょっと話しを整理させて」 とアンジーは私と同じくゆっくりと正確に言葉を選んで言った。「あなたは、自分のことを、私にとって単なる気まぐれセックスの相手にすぎないと思っていたということ?」

私は頷いた。突然、どこからともなく平手が私の頬に飛んできて私を唖然とさせた。

「どうしてそんなふうに!」とアンジーは泣きそうな声で言った。「そんなに素敵なルックスなのに、そんなにセクシーな淫乱娘に変わってこれたのに、あなたは、今だ、時々、みっともない男になってしまう!」

「じゃあ、どう考えればいいのよ!」 と私は叫んだ。

「私が、欲しい男なら誰でも自分のモノにできると言った時はね」 と彼女も大声で言い返し始めた。「私はあなたのことが欲しいと言ったのだと理解すべきなの。あなたに初めて会ったその日から、ずっとあなたのことが欲しかった。リサがいると知るよりずっと前からよ。そしてリサが存在すると分かったら、もう、私はあなたなしでは生きていけないと悟ったわ」

「でも、そんなこと一度も言ってくれなかったじゃない!」 と私は強く言い返した。

「そうする必要がないからじゃない! 女の子はそういうことを察することができるものなの」

私は両手にこぶしを握って、振った。

「言葉が大事なの、アンジェリナ」 と私はちょっと落ち着いた声で言った。「私は人の心を読める人間じゃないわ。どれだけ頑張ってもそんな人間になれない。スーザンはひとことも言わなかった。その結果がアレだ。多分、彼女はそもそも、そういう気持ちを持っていなかったのかもしれない」

デジャブ?

アンジーは涙をぬぐいながら椅子から降り、私の手を取り、私を立たせた。そして私をきつく抱き寄せ、私の顔をまっすぐに見つめた。

「私はちゃんとそういう気持ちを持ってるわ。そして、ちゃんと言葉に出してあげる。私はあなたを愛してる。あなたのことが欲しい。呼吸する空気と同じくらい、あなたがいないと生きていけない。あなたは私の人生。この私の言葉に対して、あなたの言葉は?」

正直、私は間違っていた。

「言葉では言えない」

アンジーは頭をわずかに横に傾け、そして近づいてきた。

「いい答えね」 と小さく溜息をついて、唇を開いた。「ディックの店なんかどうでもいいわね。早速、要点に入りましょう!」

***

アンジーと私は、土曜日の午前中から午後にかけて、ずっとノースウェスト・サイドにあるヒスパニック系の美容院で過ごした。アンジーより私の方がかなり時間がかかった。私の髪はすでに脱色していたが、その髪が今はずいぶん長くなっていた。アンジーは、そろそろ部分カツラをつけて派手にしてみるべきだと言い、スタイリストに指示した。その作業が終わった時、私の髪は素敵なカールがついた長い髪に変わっていた。

アンジーと私の髪の色は昼と夜のように対照的だったけれど、ふたりのヘアスタイルは似ていて、メイクとネイルの感じも同じスタイルだった。

「そのスタイルなら、私でもあなたに出来たかもしれないわ」 とアンジーは自信ありげに言った。「でも、私も準備しなければいけなかったから、仕方ないわね。それに、あなたが私のためにこういうふうに変身していくのを見るのはとても楽しかったわ。もう、私、下着がびしょ濡れよ」

その後、ふたりでポールとキティに会いに行った。ポールたちは、サウス・ミシガン通りにあるヒルトンホテルの中2階の売店群のブースにいる。

アンジーとふたりでエスカレータを上がっていくのに連れ、目の前に、広範囲に集められたフェチ関係の服飾や装飾具が目に入ってきて、ふたりとも息を飲んだ。何列も何列もブースが並び、いろんなものを飾り、売っている。ブース群は中2階全体に広がり、ページェントが開かれる大広間へと続いていた。ポールは、キティにブースの留守番をさせ、私たちを楽屋の方へと案内してくれた。

売店のブースの前を歩きながら、売られているモノを見物した。革製の服やゴム製の服、靴やブーツ、鞭、平板パドル、チェーン、拘束具、ディルド、アナル・プラグ、バイブ、ボンデージ関係の用具、さらには中世風の鉄の檻から、鋲はないけど正真正銘の拷問具の「鉄の処女」(参考)に至るまで、際限ないと思われるほど、いろいろな物が売られていた。

この会場でコルセットを売ってるのは、ポールのブースだけではなかったけれど、私にしてみれば、彼のブースしか目に入らなかった。ブースに飾っているのは、すべて新品で、販売用だった。

この会場でブースを開いて品物を売っている人たちは、売ってる品物がまがまがしいモノであっても、大半の人は爽やかな顔をして、知性があり、自分の商品や市場について驚くほどの知識があって、しかも、街角の屋台でホットドッグとソーダを売っているかのように、平然としてて、販売に熱心なのだった。私とアンジーは顔を見合わせて、悲しげに頭を振った。ふたりとも、どうしてこんな楽しいことがあるなんて知らなかったんだろう、と。

「これは全部、男向けなの?」 と私は、邪悪そうなヒール高15センチのスティレット・ヒールがついた、黒いエナメルのブーツを指差して訊いた。涎れが出るほど素敵な装飾が施されてる。

「全然」 とポールはくすくす笑った。「まわりを見て御覧。女の子は君たちだけじゃないよ。一番セクシーなのは君たちだけどね」

「そのこと、キティに聞かせないようにしなきゃね。あなた、彼女に一晩中、感謝祭の時の七面鳥のように縛られっぱなしにされちゃうわよ」

「またも約束かあ」 と彼は溜息をついた。

ダイアナはすでに楽屋に入っていて、お化粧をしていた。私はこの瞬間を何ヶ月も恐れ続けていた。私が愛するふたりの女性が、対面してしまう瞬間。この時間をどうやって切り抜けたらよいのだろう? ふたりとも、目を真正面から見ることができない。

「ハイ! ダイアナ!」 アンジーが呼びかけ、美しいブルネットのダイアナにハグをし、軽く頬にキスをした。

「ハイ、アンジー!」 とダイアナも温かな笑みを口元に浮かべ、挨拶を返した。「私たちのガールフレンドはどんな感じ? 私にも見せて」

ダイアナにポーズを取って見せるなんて問題ではなかった。私はショックで動けずにいたので、そのままでポーズを取って見せていたようなもの。官能的なシーメールのダイアナは私のお化粧やネイルを点検し、そして髪の毛を点検した。

「いい仕事だわ」 とラテン娘のアンジーに高評価のコメントをした。「この髪は豪華だわ。これ、あなた? それともあなたのお父さん?」

アンジーは頭を振った。

「ループがしたの。パパはブースのセットアップで忙しかったから。ブース部門が終わったら立ち寄るって言っていたわ」

私は本当におバカのように見えていたに違いない。ただ突っ立って、アンジーの顔を見たりダイアナの顔を見たりを繰り返していたから。アンジーは私の腕に腕を通して、別の手で私の手の甲を軽く叩いた。

「大丈夫よ、リサ。ダイアナのことはずっと前から知ってたの。私はそういう環境で育ったから。一種、育ちの環境での慣れね。だから私はゴージャスなTガールに気をそそられるのよ。そうよね、ダイアナ?」

今度はダイアナがアンジーの頬にキスをした。

「数か月前までは、私にとって、アンジーほどの人は他にいないと言ったと思うわ」

アンジーは顔を赤らめた。

「言ってる意味がすごく分かる」

環境……髪の毛……お父さん……

「アンジェロ!」 と私は唸り、両手で顔を覆い、頭を振った。

ダイアナもアンジーも同時に吹き出した。

「でも、あなたにもまだ希望はあるのよ、ミーハ」 とアンジーはくすくす笑いをした。「もうあなたはなんだかんだ言っても、オトコ的ではなくなってるでしょ? もっとも、女の子なら事実をずっと早く捉えたでしょうけど」

アンジーはダイアナに顔を向けた。

「今夜のこと…すべて準備はできてる?」

ダイアナは微笑みウインクをした。

「すべて」

「待ちきれないわ」 とアンジーは言った。

腰を降ろしてもいい? めまいがしてきて……

私たちのメイク用のテーブルの下に大きなトランクが3つ置いてあった。それぞれに、ポールの3人のモデルの名前が書いてあった。ダイアナのはすでに開けられていて、彼女の足元に置いていた。アンジーと私は、それぞれ自分のトランクを運び、最初の衣装替えの準備を始めた。

ショーは5時に始まり、90分ほど続くことになっていた。私たち3人に加え、他のベンダーからのモデルも加わってショーを行う。楽屋にはベンダーもモデルもたくさんいて人でごった返していた。そんな中、私たちは衣装替えのために楽屋を駆けまわる。しかも衣装替えは4回も。

ダイアナは、ショーのフィナーレを飾る特別のソロのショーをすることになっていた。次のミスター・ゲイの王座を決めるコンペは7時から開始する。

私はステージの端のカーテン越しに客席を覗いた。ジェフとスーザンが客席に突き出た細長いステージのそばに座っていた。ふたりは、モデルやモデルの着ている衣装や、それを作ったベンダーを紹介する特別ゲストの司会となっていた。

ジェフたちが出席することで、必ずマスメディアでの報道がなされる。加えて、ジェフのチームの試合を放送している地元の独立系テレビ局からもカメラマンが来ていた。本当に、彼らがこのショーを選んで、私を破滅に追いやるつもりでいるなら、新聞と10時のニュース番組での報道を狙うだろう。シカゴ中の人が目にするようにと。

デューバル通りのファット・チューズデイ(参考)で、肌を露出したビキニとハイヒールのサンダルだけの格好でピニャ・コラーダ(参考)を啜ってるというのも、ボートをチャーターして遊ぶのと同じくらい楽しいと思うけど、どう?

なのに、今の状況。バックステージに立って、最初のモデルが喝采を浴びてるのを聞いて、気が重くなった。お腹のあたりに蝶が飛んでるようなゾワゾワした感じだったけど、その蝶が今やハゲタカに変身して、翼を広げ、私のお腹の中から飛び出そうとしてる。同時に私の身体が引き裂かれそう…。

とうとう出番の合図が飛んできた。

合図を受けて、ステージに飛び出した。白い子牛革のコルセット。首輪。黒エナメルの飾りがついた肘までの長さの手袋。マッチした白い子牛革のレースアップ式のブーツ。このブーツは太腿までの長さで、黒エナメルの渦巻き模様が施されている。そしてヒールは、15センチのヒール高のスティレット。

ファッションショーでの歩き方や仕草についてはダイアナにコーチを受けていて、みっちり覚えこんだつもり。これでもダメだと言ってみなさい。ちんぽを根元から食いちぎってやるから!

アンジーは私のすぐ後ろ。紫の子牛革のコルセットのミニ・ドレスと、それにマッチしたプラットフォーム(参考)のサンダル。

そのアンジーの後ろにはダイアナ。私と同じような赤いエナメルのコルセットの組み合わせで、太腿までのブーツでコーディネイトした衣装。

私がステージに出た時には、前のモデルたちへの拍手が残っていたけど、私たち3人が出て1秒か、2秒したころには、音は大きなスピーカーからズンズンと響き流れる音楽だけになっていた。

たった数秒も何時間のように感じられる。スーザンは、この前の週末に会ったことで、私の顔を思い出したようだった。また私の顔を見て、嬉しそうな顔とはとても言えない顔をしていた。その他は何も表情の変化は読みとれなかったけれど、だけど、スーザンについては、何を考えているか知れたものではない……。それより、観客が皆、シーンと静まり返っていることの方が、正直、辛かった。

緊急事態! 緊急事態! 救助運搬車出動! レベルを300まで上げて! 気つけ薬1CC必要! 注入して!

その時、観客の顔を見た。

目をまん丸にして、口をあんぐり開けた人を、一か所でこんなに集まっているのを見たことがない。拍手が沸き起こった。みるみる拍手が大きくなって、轟音に近くなっていく。爆音で鳴らしている音楽も掻き消されそうになるくらい。巨大な中央のシャンデリアが振動でカチャカチャなっていた。私はすでにステージ方向へターンをしていて、バックステージに向かう途上、中央へと向かうダイアナとすれ違った。彼女は私にウインクをした。

そうよ、いくわよ! その心意気!

次々に着替えて、ステージに出るたび、拍手が速く、そして大きくなっていった。それによって、私もどんどん自信がついてきた。

うわあ、もし先物商品の仕事がうまくいかなくなったら、こっちで……

3回目から4回目の衣装替えの時、何か熱を帯びた言い争いの声を聞いた。ステージの奥の袖あたりから聞こえてくる。私は裏側から忍び出て、そのふたつの怒り声の持ち主に近づいた。ひとつは男性の声、もうひとつは女性の声。

「何だよ! お前、あいつをここに連れてくると言ったじゃねえか!」 と男が怒って言う。「いいか、お前。もし俺をだましたら、お前に生れてこなければよかったと思わせるからな! 男だろうが女だろうが!」

「彼ならここにいるわよ」 と女が吐き捨てるように言った。「フィナーレまで、彼を怖がらせておくつもりなの。彼は全然、疑っていないわ。私を信じて。誰も忘れないでしょうよ。あなたのもくろんだ通りにになるから」

「本当か? じゃあ、あいつはどこにいるんだ? 教えろよ! さもないと……」

私は急いで角を曲がり、ダイアナの腕を掴んだ。ジェフは空になったグラスを掲げて、ダイアナの頭に振り落とそうとしている。それは重いので、振り落とされたら、ダイアナの頭蓋骨を打ち砕くことになってしまう。もしそんなことになったら……

「ダイアナ、次のセットの着替えをしなきゃいけないわ! 急いで、今すぐ! あら、ジェフ! また会えてうれしいわ」

「リサ! 待てよ! 話しがあるんだ…」 とジェフは大声で言った。

「ショーの後で会いましょう? いいでしょ?」 と私は猫なで声で言った。「今は、ダメなの。ここにいる私のお友達の衣装替えのお手伝いをしなくちゃいけないから! じゃあ、またね!」

ダイアナかジェフが何か言いだす前に、私は急いでダイアナを引き連れ、バックステージに戻った。ダイアナは私をぐいっと引っぱり、前を向かせた。彼女、私の顔を見て、何かについて私の心を「読みとろう」としていた。でも、その「何か」が何であれ、その場で、それについて話しを聞く度胸は私にはなかった。私はダイアナの唇に人差し指を立てて、ちょんちょんと軽く叩いた。ダイアナを黙らせるためでもあり、私が考えをまとめる時間を稼ぐためでもあった。ようやく、考えがまとまり、私は口を開いた。

「今は……今は、やるべきことだけをやってくれればいいの」 と諦めた感じで呟いた。「そのことを私に説明なんかしてくれなくていいの。ただ、やってくれればいいだけ。それが何であれ、そんなことのためにあなたが傷つくなんて、そんな価値はないことよ。あなたが傷つくことの方が、何より私を傷つけるの。神様に誓ってもいいわ。もしジェフがあなたを傷つけたら、私、個人的にあの男を追跡して、殺すつもり。あなたが、何と言おうとも、全然、気にしない」

ダイアナの目にみるみる涙が溢れてきた。彼女は私の頬を優しく撫で、私の唇に軽く唇を重ねた。

「あなたを愛してるわ」 彼女はそう呟き、後ろを向いて、着替え部屋へと駆けて行った。

私たち3人は、ステージに出るたびに、出る順番を変えた。最後のステージでは、ダイアナ、アンジー、そして私の順番。ダイアナは、豹柄のビスチェ風(参考)の子羊革製コルセットとそれにマッチしたソング・パンティ(参考)を着て、首輪と肘までの長さの手袋を嵌め、太腿までの丈のスティレット・ブーツという衣装だった。

続くアンジーは、ショッキング・ピンクのビスチェ風のエナメル・コルセットのミニドレス。胸元が大きく割れている。それに薄地の黒いシーム付きストッキングと、ショッキング・ピンクのエナメル製プラットフォーム(参考)のサンダル。ヒール高は16センチだった。

そして私はというと、靴はアンジーと同じスタイルだけど、足首を捻ってよろけそうなくらい高いヒール。色は黒のエナメルで、同じくエナメルの赤い炎のアップリケがついている。コルセットは胸元がとても深く割れていて、もし、息を大きく吸ったら、乳首がはみ出てしまいそうなほど。でも、それは問題ない。というのも、ウエストを48センチまでキツク締めつけていたので、息を大きく吸うなんてあり得なかったから。ヒール高16センチのスティレットで小股で歩いていたけど、酸素不足で頭がくらくらしそうだった。

観客の大歓声が轟音のように響いて、音楽がほとんど聞こえなかった。私たち3人とポールも交え、ステージ中央にみんなで手をつないで並び、そしてお辞儀をしてから、バックステージに戻った。

「急いで、ダイアナ」とポールが急かした。「君には、すぐ着替えて、ウェディング衣装でステージに出てほしいから」

「素敵! ちゃんとするから大丈夫。ポールは前に舞台前に出て、キティとショーを楽しんで。舞台裏のこっちは私たちに任せて。オーケー?」

ダイアナはポールを追い払った。私は柱に寄りかかっていた。目の前に黒い斑点が踊ってる。私が具合悪くなっているのに、アンジーが気づいたみたい。

「可哀想に! その衣装、殺人的なのね。さあ、こっち。化粧台の前に座って、休んで。あなたはどうか知らないけど、私はもう喉がカラカラ。ダイアナ? みんな、何か飲み物、ないかしら?」

ええ、大丈夫。ただ、座ればいいのね。でも、この衣装を着ていると、ただ座るというのも言うほど簡単ではなかった。からだを曲げることも難しい。何とか腰を曲げて、椅子の恥っ子にお尻を乗せた。立ち上がることも、動き回ることもあんまりできない。

休んでいると、私の携帯がしつこく鳴っているのに気づいた。携帯はハンドバックの中。これはランスの名前での携帯。見てみると、10回以上も電話があったのに気づいた。

「大丈夫ですか?」 電話は私の弁護士からだった。叫んでいる。「この2時間ほど、ずっと電話をしてきたんですが。何事もないですか?」

「ええ、特に何も…」

「でも、声の調子が変ですよ。息切れしているような。甲高い声になっているような……」

「あ、ああ、ちょっとマラソンをしたばかりだったので。いまは呼吸を整えているところです」

「いま、どこか、公共の場所にいるんですか? たくさん人がいるような場所に?」

「ええ、どうしてですか?」 と私はうんざり気味に応えた。

「これからお話しすること、本当に注意深く聞いてください」 と弁護士はゆっくりと言い聞かせるような口調になった。「すぐに家に戻ること。そしてドアをロックして、家の中に留まっていること。おひとりで。先ほど、調査員が、ジェフ・スペンサーと彼が接触している女性との電話を傍受しました。その女性が、行動する準備完了と言ったそうです。すべて計画通りだと。ランスさん? その女性はGHBを手に入れたと言ってます。彼らはあなたに薬物を盛る計画でいます。クスリを盛って、その後、何かするつもりでしょう。何も食べたり飲んだりしないこと! よろしいですか?」

その時、アンジーとダイアナが戻ってきた。アンジーは手にシャンパンが入ったフルート・グラス(参考)を2つ持っていた。ダイアナはひとつ。私は目を泳がせるようにふたりを見ていたと思う。見ているものが信じられないように。

「もう行かなくては。後で電話します」と電話口に言い、携帯を閉じ、ハンドバッグに戻した。

アンジーが私にフルート・グラスを手渡した。私は、まるで蛇でも扱うように、注意深く、受け取った。アンジーは不思議そうに片眉を上げて私を見た。

「何か重要なこと?」 とアンジーは歌うような調子で尋ね、私が閉じたばかりの携帯電話に目をやった。

「いや、もう大丈夫」 と気弱に答えた。

私は、完璧に打ちひしがれた気分だった。アンジーとダイアナはふたりとも、無邪気に私のことを見ている。アンジーがグラスを掲げた。

「さて、何に乾杯する?」

私は何も考えられなかった。歴史上の誰も、グラスを掲げて、「裏切りに乾杯!」と言った人はいないと思うし、私がそれを言う最初の人になるつもりもなかった。その時はどうでもいい気分だった。ただ肩をちょっとすくめて、グラスをくるくる回して見ていた。……モエ(参考)のホワイトスター、エクストラ・ドライか…。まあ、乾杯したいなら……そうね、今の株価とか、ドルの為替値とか?

ボーっとした感じで上の空になっていた。この世に興味がなくなったみたいに。

ダイアナは今まで見たことがないほど美しかった。彼女は、結婚式を模したショーの花婿の役になっている。黒いタキシード・コートを着て、黒いサテンのボータイを締め、オールド・ファッションのトップハットをかぶっていた。そして、その下には、キュウキュウと締めつけた黒エナメルのコルセットを着て、脚には黒い網ストッキング、そして黒エナメルのプラットフォーム型サンダル。足首でストラップで留めるデザイン。

「花嫁」の方は、SM用の木馬に覆いかぶさっていて、両手、両足ともしっかり拘束され、誘うように脚を広げている。ウェディング・ドレスはあまり似合っているとは言えない。わざとチープでまがい物ふうにしている。いずれにしても、お尻のところが捲り上げられているし、似合っていないからと言っても意味がない。お化粧は女の子っぽい感じにはなっていても、この「花嫁」の薄汚いイメージが和らぐわけではない。

一方のダイアナの方はと言うと、まさに神がかったような美しさ。その表情は、彼女の長年の念願が叶ったような顔をしていた。

………私は、ダイアナの20センチのクリトリスに何度も何度も愛されてきたので、あれを入れられてる時のアノ感じがよく分かる。あそこを彼女のアレで抜き差しされるアノ感じ! その1ミリ、1ミリの動きがはっきり視覚化できるほど。

ビリー・アイドルの「ホワイト・ウェディング」の曲に合わせてカーテンが上がった。ステージで行われている行為を見て、ゲイの男性が圧倒的多数を占める観客が大歓声を上げた。ダイアナは「花嫁」のアヌスに怒りにまかせた出し入れを続け、この「結婚」の儀式を祝っているのだ。

観客を見ると、その中にスーザンの顔があるのが見えた。恐怖と不快感をあらわにした顔をして見ている。変なの! スーザンは、この究極の勝利の瞬間を楽しむとばかり思っていたのに。

一方のジェフ・スペンサーの方は、この瞬間を貪るように楽しんでるのは確かだった。その顔にはまぎれのない喜びの表情が浮かんでいて、ダイアナに突かれるたびに嬉しそうに声を上げている。彼の人並み外れた巨大なペニスは、最大の30センチまでに雄々しく勃起し、ダイアナに繰り返しアヌスに突き入れられるのに合わせて、SM木馬の脚の間から顔を出したりひっこめたりを繰り返した。ダイアナが、ジェフにこれをして楽しんでるのは間違いなかった。私は、ふたりを見ながら、ダイアナに入れてもらってるときのことを思い出し、少なからず、今のジェフが羨ましいと、嫉妬を感じた。

曲が終わりにさしかかるのに合わせて、カーテンが降り始めた。幕が下りると同時に、舞台の反対側からチャンタルとミミが出てきて、ダイアナのところに駆け寄り、彼女をジェフから離し、出てきた袖口へと連れて行った。

アンジーは私にしがみつき、抱き寄せた。そして私と一緒に近くの袖口から舞台の外へ出た。私は可愛いラベンダー色のスエード・スーツを着てミュールを履いたまま。アンジーは白のスーツ。3か月前のあの月曜日の午後の時もアンジーは同じ衣装を着ていたけれど、今の方がずっと似合っている。

「リサ? あの子たちがダイアナをここから逃がすことになってるの。私たちも姿を消した方がいいわ。今すぐに!」

私とアンジーは横のドアから外に出て、劇場の中二階のバルコニー席に入った。

劇場は修羅場のような大騒ぎになっていた。ホテルの警備員やシカゴ警察の警官たちが、いたるところ駆けまわっている。ほとんど服を着ていない逃げ惑う「モデル」たちを探しているのだった。公然の場でわいせつな本番セックスを見せてしまったのだから、当然だった。

駆けまわっているのは警官たちだけではなかった。報道のカメラマンや撮影隊たちも、締め切りに間に合うようにと駆けまわっていた。こんなスクープだったら、編集者やプロデューサたちは何でも用意してくれるだろう! 

その大混乱の中、ちょっと化粧が濃いけど魅力的な若い女性がふたり、悠然とホテルの中を進み、ミシガン通りの出口に向かっていた。そのふたりのうちのひとりはちょっとばかりお酒を飲みすぎている様子だった。

***

陽の光が顔にあたるのを感じ、私は目を覚ました。光は私の寝室の、オグデン・スリップ(参考)に面した東向きの窓から差し込んでいた。私の隣にはアンジーが横たわっていた。片肘をついて頭を乗せ、目覚める私を見つめていた。天使のような笑顔を見せている。

「おはよう、私の愛しい人! 大丈夫? 二日酔いにはなっていないと信じてるけど?」悪い効果は出てないでしょ? 私は信頼してるけど」

「信頼なんて言葉、今は、そんなに何気なく使えるとは思えないけど」 と私はぐったりしながら答えた。

突然、昨夜の記憶が頭の中によみがえった。電流で撃たれたように上半身を起こし、直立させて叫んだ。

「ダイアナ……!」

アンジーは私の胸に優しく手をあて、私を落ち着かせた。

「無事にシカゴから出たわ……。そうせざるをえなかったの。今はシカゴ中の警察とスポーツ・ファンが彼女の命を狙っているから。ヒュー・グラントとディバイン・ブラウン(参考)よりもずっと悪い状況ね」

私は当惑しながらうつむき、毛布を見つめた。すべてを鮮明に覚えているけど、でも、薬物のGHBを盛られていたせいで……?

アンジーは私の心を読んで、頭を左右に振った。

「バリウムよ」と彼女は訂正した。「直ちに意識を失わせるような量じゃないわ。あなたを扱いやすくするだけの量。あなたが大騒ぎさせないようにしつつ、車に乗せることができるようにね。ごめんなさい。ジェフ・スペンサーがダイアナを殴ってるとあなたが言ったでしょ? そしてあなたはそれについて何かしようとしていた。私たち、あなたが何かありえないほど高貴なことをして、本当に痛い目に合わせるような危険は犯したくなかったの。私たち、それを避けようとしていたのよ。今回の件、最初からすべてが、そうなっていたの。ちなみに、ジェフは飲み物にGHBを入れられていたわ。彼、記憶があるかどうか、あやしいわね。少なくとも、天罰を受けるまでは記憶がはっきりしてないんじゃないかしら?」

私は両膝を胸に押しつけ、両腕を回して抱え、前後に身体を揺らした。アンジーは両腕で私を抱いた。

「あなたには、最初からのすべてを知る権利があるわ」 と彼女は私の耳元に甘い声で囁いた。

「ダイアナが私が知らなかったことをいくつか教えてくれた。残りのいくつかは私の推測。でも、かなり事実に近いと思ってる。あなたとダイアナが初めてリンガーズのお店で出会った、あの金曜日の夜。あの夜は、あなたとダイアナがつながった最初で、最後の夜、つまり一夜限りの出会いになっていたかもしれない。ダイアナの言葉を使うと、あの時点では、あなたはダイアナにとっては、いつもの『変態』のひとりにすぎなかったらしいわ。後になってあなたが彼女の家から慌てて出て行くのを見て、彼女、大笑いしたようね……」

「……あの夜、実は、ジェフ・スペンサーもリンガーズのお店にいた。ダイアナとアレをしようと期待してね。あの週、スーザンはジェフに愚痴を言い続けていたらしいわ。あなたが自分の生活の面倒をみるべきなのに、自分を捨てて出て行ってしまったとか。でも、ジェフとしては、泣きごとを聞かせられるのはうんざりで、それなしでエッチがしたいと思っていた。だからリンガーズに行ったみたい。そして、ジェフはあなたとダイアナがあの店を出るのを目撃したの。ジェフはすぐにあなたが誰なのか分かったと……」

「……次の日の夜、ジェフはダイアナに詰め寄って、あなたが何かの取引でジェフに損害を与えたとかと吹き込んだのよ。そして、ダイアナに、ちょっとあなたを『遊んで』あげたら、それなりの褒美をやろうと言った。ジェフは、ダイアナに、あなたと仲良くなって、女装の趣味を教え込み、女装した姿でダイアナにセックスされてる写真を撮ってもらうのを期待したわけ。そして、あなたにそんな『汚点』がある証拠をゲットした後、スーザンと一緒に姿を表し、離婚の話を帳消しにし、さらには、以前同様、ふたり好きな時に不倫をしつつ、経済的にはあなたに支えてもらう人生を送れるよう、あなたを脅迫するつもりでいたわけ。その計画にあなたを確実に従わせるため、ジェフは写真を得た後、あなたをぶちのめす計画でいたようだわ……」

「スーザンも知っていたの?」 私は怒って唸った。

アンジーは頷いた。

「少なくとも、以上が、ジェフがダイアナに言ったこと。実際、私が思うに、スーザンはジェフに情報を操られていたかもしれない。あの時点では、ジェフはスーザンに、自分に疑いの目を向けられないようにしつつ、ダイアナがTガールだと知ってたと説明するのが難しかったのだろうと思うの……

「……いちばん可能性があるのは、ジェフはスーザンに、あなたが他の女と一緒にいたのを見たと吹き込んだことかも。どうやら、しばらく前から付き合っていた様子だったと言ったのかも。だから、スーザンは、あのモートンの店の前で、あなたとダイアナが一緒にいるところを見た時、それにダイアナがすごく綺麗で、あなたが明らかにダイアナに贅沢をさせているのを知った時、彼女、自分が浮気していたよりもずっと前からあなたが浮気をしていたと、簡単に信じ込んでしまったのよ。気が狂ったように嫉妬心でいっぱいになっていたから!……

「……ダイアナは、それをジェフから聞いた時、本当に天にも昇る良い気分だったと私に言ったわ。スーザンほど独占欲が強い女だから、もっと個人的なレベルで喧嘩を売らずに、簡単に諦めるなんて想像できないもの。私、どこか、間違ってるかしら?」

私は、あの月曜の朝に会社の前で起きた出来事を話した。アンジーは唇を歪め、ニヤリと笑い、そして、信じられないふうに頭を振った。

「あのアバズレ女、大嫌いだけど、私と似たタイプの女かもしれないわね。何か欲しいモノを見ると、必ず手を出し、自分のモノにしたくてたまらなくなる、そんな女。スーザンは、その後、現れた?」

私は頭を左右に振った。アンジーはうんうんと頷いた後、何か考え事をするように遠くに目をやり、そして、また私に視線を戻した。

「これも、私の推測にすぎないけど、あの時が、ジェフが爆弾を落とした時かもしれないわね。多分、ジェフはスーザンに、ダイアナを尾行して、彼女がシーメールだと分かったと言ったのよ。スーザンみたいな女なら、自分の男を『男』に取られたと知ったら、簡単に我慢の限界を超えてしまうでしょうよ。その瞬間から、スーザンはジェフが計画することすべてに同意したと思うの。でも、そういうところが、私があのおまんこ女を最低だと軽蔑するところよ! ふんぞり返って、自分だけはキレイなところにいて、汚い仕事は全部ジェフにやらせている。彼女、ジェフが仕事を上手くやってくれる限りは、ことの詳細すらどうでもいいと思ってるはずだわ」

「私は、ダイアナがこの件に最初から関わってるとは感づいていなかった。その点で、私はダイアナのことを完全に読みそこなっていたのかしら?」

アンジーは片手を私の頬に当て、顔を左右に振った。

「いいこと? よく聞いて、リサ! あなたは、あなたが女性をどんな気持ちにさせるか、自分で自分のことが分かっていないの。特に、ジェフ・スペンサーみたいな男と付き合った後にあなたと出会ったら、どんな気持ちになるか!……

「ジェフは、あの金曜の夜に、ダイアナを仕向けてあなたに電話をさせた。そうして、あの夜、デートをすることにさせたのよ。アレが罠の始まりね。そして、あの奇跡のようなバレンタイン・デーの週末の後、ダイアナは人生を完全に諦めて、あなたのマンションから出て行った。私も、同じことをすると思うわ。見たところ、あなたもダイアナに、あなたとスーザンとジェフとの本当の関係を話したんでしょ? そうよね?」

私は首を縦に振った。

「ダイアナは、次にジェフが接触してきた時、彼に、おカネは持ってていいから、それに、その人工的な強力ペニスもいらないと言ったのよ。あなたと一緒にいたいと……。それからね、事態がひどくなり始めたのは。ジェフはダイアナを叩くだけでは充分ではなかった。そもそも、彼がダイアナに暴力を振るったのは、それが最初でもなければ、最後でもなかったからのよ……」

アンジーはまた遠くを見る目つきになった。思考をまとめているところなのだろう。

「ねえ、リサ? ダイアナのような女の子はどうしてもアレを避けられないの……違法なこと……生きていくためには、どうしてもそういうことをしなくちゃいけないの。正規の仕事にはつけない。誰も雇ってくれないもの。ジェフは、ダイアナが行ってる福祉サービスについて知っていた。もちろん、お金持ちの施しなんかじゃなくって、シリアスなサービスのことよね。ジェフは、公衆電話に10セント入れるだけで、ダイアナを監獄に送り込めたでしょうね。もちろん、ダイアナの場合は男性犯罪者の刑務所。Tガールにとって、髪を丸坊主にされ、男として生きていき、同時に囚人たちのセックス玩具になって生きていくというのがどういうことか、想像がつく?」

私はぶるぶる震えた。

「私には、今なら、うまく対処できると思うけど」 と私は言った。

「可哀想なダイアナ。彼女はどうしようもない状況に置かれていたのよ。あなたへの愛と、死ぬより恐ろしい運命への恐怖のはざまで引き裂かれそうになっていた。あの時のダイアナは、あなたが持っている人脈も社会的つながりも、何も知らなかった。彼女は、あなたとジェフを比べて、ジェフの方が強く、あなたがジェフにボロボロにされるかもしれないと感じたのね。彼女は、そんなふうにだけはさせてはいけないと思った。ダイアナは、そうするための唯一のことをしたのよ」

「それは?」

「ダイアナは、あなたやジェフの世界ではあなたを守りきることはできないと知っていたのよ。『女装した男』という立場では、それはムリだと。そこでダイアナは、あなたを自分の世界に引きずり込まなければならなかった。それも完璧に。その世界は、ダイアナがルールを敷き、すべての采配を振るえる世界だから。ダイアナはジェフにファッションショーのことを話した。そして、そのショーこそ、あなたを罠にはめるのに絶好の機会になると言ったわけ。ジェフは了解したわ。彼は、公の場であなたを侮辱するという側面が特に気に入ったみたい。そういうことになったので、ダイアナは自分の計画を実行するための時間的余裕ができた……

「……ジェフは、ショーのことをスーザンに言っておく必要があった。スーザンが、パブリシティ関係の準備をすることになっていたし、カメラマンやテレビ関係者がショーの取材にくるよう手はずを整えることになっていたから。ジェフもスーザンも、公の場であなたをずたずたにする瞬間を、本当に心から待っていたに違いないわね。ふたりとも、あなたがこれほどまでに完全に変身していて、完全に女性として通る姿になっているなんて、思ってもいなかったんじゃないかしら。でも、ダイアナはあなたの変身の度合いを十分知っていた。そして、そのことを利用してしか、ジェフやスーザンから、あなたと彼女自身を守ることはできないと知っていたのよ……」

「これに君が絡んでいることが、全くの偶然とは思えないんだけど……」

アンジーは顔を赤らめ、うつむいた。

「そうなの、実は偶然じゃなかったの……。私、ほとんど、最初から知っていたの……。私はシーメールとかが普通の環境で育ったと、前に言ったの、覚えている? あのバレンタイン・デーの日、私、彼氏とのデートをすっぽかしたの。彼、いつも私を待たせてばかりだったから。私はショーを観にリンガーズのお店に行って、女友達とおしゃべりしてた。そのとき、『ランス』とダイアナが着替え室に入って、その後、あなたとダイアナが出てくるのを目撃したわけ。女装が普通の世界で育った人間しか、あの時のあなたと『ランス』が同一人物だとは認識できないでしょうね。実際、その前からずっと、私はあなたが女装したらどうだろうって妄想してエッチな気持ちになっていたし……。あの着替え室から出てきたあなたを見た瞬間、どんなにあなたが欲しくてたまらなくなったことか! もう、あの場でイッてしまいそうになったほどよ! そして、あなたが外に出て、あの男があなたの後をついて出たとき! 私、嫉妬で気が狂いそうになっていたの!」

「ちょっと待って!」 と私は叫んだ。「あの月曜の午後、私がもうあそこが『処女』じゃないと言ったとき、君はすごく驚いていたじゃないか!」

アンジーはウインクをして、私に笑顔を見せた。

「確かに驚いたわよ。そうじゃなかった?」 と彼女は猫なで声を出した。「本当に私がそう言ったとしても、すごく説得力があったもの。とにかく、あなたがあの男との『デート』に出ている間に、私、ダイアナに近づいて、素敵な『ガールフレンド』ができたわねっておだてあげたの。ダイアナは夢中になってあなたのことを話してくれたわ。あなたと過ごした一日や、あなたが彼女にとても贅沢をさせてくれたことについて、もう、しゃべりっぱなし。もうあなたにぞっこんになってしまったとか、あなたを完全に変身させてあげるつもりだとか、いろいろ。ダイアナは、その夜は、罠について何も話してくれなかった。あなたが私の上司だと言ったら、彼女、びっくりしていた。私が、あなたの変身について私も手伝うと言ったら、彼女、すぐに『手伝って!』と叫んだわ」

「君は、個人的に私に興味があることをダイアナには言わなかったの?」

アンジーはゆっくりと頭を左右に振った。

「悪いことだとは知ってたわ……」とアンジーはすまなそうな声になった。「私、あなたのことずっと好きだったでしょ? そんな時に、『リサ』になったあなたの姿を見たもんだから。まさにずっと前から妄想して、恋焦がれていた姿のあなたを観たもんだから……。盗人に名誉などないってことかなあ」

私はちょっと肩をすくめた。

「後になって……ダイアナがジェフと徹底的に話し合って、そのあとジェフがダイアナを脅かし始めた後、ダイアナはすべてがばらばらになるのを見たの。そして他の人に助けてもらう必要があると思ったのね。そういうわけで、ダイアナは私にすべてを告白してくれたの。もちろん、ダイアナには私を頼りにしてくれていいわよと言ったわ。私の親切心が、単なる彼女との友情関係以上のことによるのかもしれないってダイアナが疑い始めたのはいつ頃からだったのか? それは私には分からない。女の子はそういうことにはすぐに気づくものなのよ。ともあれ、私の気持ちを知ったころかしら、ダイアナは、たとえどんなにあなたのことを愛していても、あなたと一緒にいることはできないと思い始めたんだと思う。あなたはあまりに深く自分の世界に閉じこもっていた。ダイアナは、あなたのその世界ではつまはじきになっていたと感じたのね。彼女のために言うけど、ダイアナは私があなたと一緒になったことで私を恨んだりは決してしなかったわ。昨日も、ダイアナはこう言ってくれたもの。もし、あなたを自分のものにできないとしたら、私以外の人には譲りたくないって」

そう言いながらアンジーは涙を流した。

「あなた、ダイアナに何か言った? 彼女の身の安全を守るためなら、何でも、あらゆるものを手放してもいいって、そんな内容のことを?」

私はうつむいてシーツを見つめたまま、小さくうなづいた。私の目にも涙があふれてきていた。

「リサ!」 とアンジーは大きな声をあげた。「ダイアナはあなたにそのことを思い出させて頂戴と私に言っていたわ。まさに、ダイアナがしたことは、そういうことだったのよ。彼女はあなたの身の安全を守るため、すべてを手放したの。あなたのことも含めてすべてを手放したの。あなたが彼女にしたこと、与えたこと、影響を与えたことに比べれば、そんなこと大したことじゃないわってダイアナは言っていた。でもね、彼女にできる最大のことを彼女はやったのよ……

「……お願いだから、これから私が言うことを聞いて、私を憎んだりしないでほしいんだけど。私、ダイアナがあなたにしたように、他の人のためになるようにと、自分を犠牲にした人、知らないわ。そういうことをした彼女を見て、私はダイアナを自分の血肉と同じくらいの存在に想ってるの。それほど彼女のことが好き。だけど、彼女が姿を消したことについて残念には思っていないのも事実。私はずっと前からあなたのことを自分のものにしたいと思い続けてきたから。今はあなたと一緒になっている……。ダイアナのことを思うと辛いけど、だけど、私はあなたのことを全部大好きなの。その気持ち、あえて証明しなくても充分伝わっていると神様に祈りたい気持ちよ!」

アンジーはそう言って私をぎゅっと抱きしめた。啜り泣きに合わせて、彼女のからだが震えていた。その気持ちで私たちはひとつになった気がした。

***

ゲイ・レザー・ページェントの事件については、チームからは何ら公式的な言及はなされなかった。それに、地元のメディアでも、あの事件についての説明は名さえrなかった。ジェフ・スペンサーは、鎮痛剤に依存した状態から回復するためにリハビリを行うことになり、たぶん、今期のトレーニング・キャンプには参加しないだろうという発表があった。

しかし、もちろん、あの事件のことはゲイたちのコミュニティには知れ渡っていたし、それは、とりもなおさず、シカゴ中に知れ渡っていたことを意味する。地元のラジオのスポーツ・ショーやトーク・ショーへは電話が殺到し、その電話交換機は、何週間も、クリスマス・ツリーのように点滅し続けた。その後、公式アナウンスがあった。残念ながらチームはジェフ・スペンサーとの契約を取り消すことにすると。「モラル」の点で違反があったとして。

そういった広報関係でのトラブルの後、スーザンはチームのフロントを去り、シカゴからも去った。「双方同意の元」とのことである。思うに広報関係の仕事をする人は野球のマネジャと似たところがあるようにも思う。スーザンはシカゴを去った後、1週間もせぬうちに、マイアミの組織と契約したのだった。

多分、スーザンがシカゴを去る荷造りをする前から、すでにその契約が成立していたのじゃないかと私は睨んでいる。マイアミは将来有望な新進のクオーターバックを獲得していた。カリフォルニア州立大を出て3年ばかりのジェイク・プレスコットである。チームは彼を伝説的なダン・マリノの再来になる選手と信じていた。ジェイク・プレスコットにはすべてが備わっていた。ボビー・ダグラス並みの体格と、競走馬並みのスタミナ、鷲のような目、それにライフル銃のような攻撃力。スポーツ記者たちはこぞって彼を次世代の巨人ともてはやしていた。スーザンと知り合いであった彼は、すでにその地位を保証されていたと言える。

2ヶ月ほど後、シカゴ・トリビューン紙の3面に小さな記事が載った。デ・モイン警察が、元アメフト・スター選手でシカゴのスポーツ界の伝説的な選手であったジェフリー・グレン・スペンサーが銃で撃たれて死んでいたことを調査しているという記事である。死体は、デ・モイン中心部のホテルの一室で発見された。スペンサーは、発足したてのコンチネンタル・フットボール協会に属するデ・モイン・デーモンズのチームでカムバックをしようとしていた。警察の報道官は検死の結果はまだ出ていないと言ってるが、予備的検死に当たった調査官によると、致死に至ったのは自ら行った行為によるものである可能性があると言うことである……。

アンジーと私は船を見つけた。ふたりとも大いに気に入ったあの船。ふたりでその船の持ち主もおもてなしした。その持ち主は私のオフィスの隣のオフィスにいる。ロブである。ロブは最初、船を買うつもりなどなかった。私とアンジーが彼のオフィスに忍び込み、ドアを閉めるまでは。アンジーは彼のデスクに腰かけ、私は彼の膝の上に乗っかって両腕で彼の首に抱きついた。そうしてアンジーが私にしたのと同じリズムで彼にしてあげた。まあ、まったく同じことをしてあげたわけではないけど。

そんなわけで会社は「社用のヨット」を持つにいたった。(まあ、ビル・ワーツ(参考)が所有するホッケーチームのブラックホークといったものには程遠いけれど、ミシガン湖をクルーズするにはお手ごろだし、ほどよく小さいのでオグデン・スリップ(参考)に停泊させることができる)。

ロブとジムは、他のボート所有者たちと知り合いになり、一緒に酒を飲み、大騒ぎの週末をすごした。私とアンジーも、このお買い物をしていただいたお礼に、デッキでお尻を高々と掲げながら、全身に素敵な日焼けを得ると共に、ボスたちをとてもいい気持ちにさせてあげた。

ダイアナがどこに行ったかをアンジーに言わせる必要はなかった。ダイアナの社会保障番号を知っていたし、インターネットという武器もある。加えて、彼女がロサンジェルスに旅行したことが偶然ではないかもしれないとも思っていたので、ダイアナの居場所は簡単に突き止めることができた。ウエスト・ハリウッド(参考)であった。

私はアンジーにハリウッドに行ってみることを伝えた。アンジーは喜んではいなかったけれど、黙認してくれた。彼女は、私にはこの件を決着させることが必要であるを分かっていたのだろう。アンジーは、何か最終的な決心をするとしても、その前に一度戻ってくることを約束するよう私に求めた。

彼女は、サンタモニカ大通りにあるクラブ7969の中、スツールに座ってバー・カウンターについていた。その店がリンガーズほどの雰囲気の良い店とはとても思えなかったけれど、それなりの機能は果たしている店だった。

ああ、彼女は前と変わらずとても美しかった。私と彼女の間、時間が停止したように感じられた。その週末、以前と同じように、私と彼女はずっとベッドの中で過ごした。今この瞬間、この場所だけを思って、外のことや過去のことなど考えずに愛しあい続けた。

別れる前に、私は彼女がちゃんと生活できるように整えた。信託資金とベッドルームが2つあるコンドミニアムと彼女用の車を1台与えて。彼女にはどんなものでも自分がなりたい人間になれるのだと理解してほしかったし、それを達成するために誰か他の人やモノに頼ることはないのだと分かってほしかったから。今回は、彼女の携帯電話の番号もしっかり教えてもらった。

車でロサンジェルス空港まで送ってもらった時、私たちはずっと互いに触れ合い続けていた。この魔法のような瞬間を断ちきりたくなかったから。その気持ちは依然として強く、いまだに彼女に電話するたびに感じる感情だ。

私の生活も仕事も今だにシカゴで続けている。アンジーのおかげでいつも幸せな気持ちでいられることを否定しない。彼女の愛すべきところを挙げよと言われたら、大きいものも小さいものも含めて何百万ということができる。アンジーの方も私をどれだけ愛しているか恐れずに口にしてくれている。STG社も私も目を見張るほどの大成功を収めていた。ラサール通りでも世界的にも、STG社の名前はブランドになっていた。

実際、私も巨額のお金を得ていた。アンジーと私はロブとジムのふたりと公的にも(そして、非常に私的な)お付き合いを続けている。だけど、あの特別の非常に親密な関係はアンジーとの間のためだけ。

私とアンジーはまだ結婚していない。それに、ふたりとも会社に勤めている間は、多分、結婚することはないと思う。私たちは、オフィスに顔を出さなければいけないことが何度もあるので、結婚してしまうと、同僚たちから非常に答えづらい恥ずかしい質問をされてしまうことが考えられ、それはできるだけ避けたかったから。ある意味、私たちは他の会社の同僚たちをだましていることにはなっているかもしれないけれど、少なくとも、アンジーと私の間では正直な関係でいたいと思っている。

でも、時々、アンジーに誠実でいられなくなる時が出てくるのが事実。アレが機能しなくなるということ。

アンジーが私にそうなってほしいと思った時には、確かに、あの「小さな青い錠剤」(参考)が助けてくれる。ええ、アレは、ロザリオ(参考)になりたがってる60過ぎの男性に対してと同じように、「困惑した」Tガールにもうまく作用する。

アンジーは冗談まじりに、手術で逞しくしてもらったらと提案までしたけど、同時に、真顔で、完全に逆の方向になったらどうかとも言ってくれた。私としては、正直言って、後者の方がずっとアピール力がある。だけど、それって、私と彼女に対してどんな意味をもつことになるんだろう?

ロブは現状に満足している。でも、ジムはそう思っていないのじゃないかと思っている。私の直感からすると、ジムはアンジーと今以上に深い関係を望んでいるのではないかと思う。アンジーは、現状を変えたいという気持ちは一言も発していないけれど、ロブとジムと一緒にするちょっとした4人プレーを彼女がとても楽しんでいるのは事実だ。時々、ジムとアンジーが互いに見つめあう様子を見ると…… ロブも私のことを同じように見つめてくれるし、アンジーはそれに文句を言ったりはしない。でも、だとすると、どうしてアンジーは? 最近、私とアンジーは「バイアグラの滝にハネムーンに行く」(訳注:バイアグラの滝=ナイアガラの滝、バイアグラを使って新婚カップルの男女として愛しあうこと)の頻度がどんどん減ってきていた。私は、再び、「男」となって頑張るの? バカよね、私たち、そんなことする必要ないのに。そうでしょ?

この件についてアンジーと話しあうべきかしら? その必要があるのかしら? 言葉にあんなに高い価値をもたせた人間として、私は、どうしてその件についてアンジーとジムに訊くのを恐れているのだろう? 答えが怖いから? どうして私の人生はこんなにも複雑にならなくちゃいけないのかしら。多分、そんな複雑になる必要がないのかもしれないのに。

何度か、夜遅く、ベッドで安らかに眠るアンジーを尻目に、ひとりバルコニーに立って、眼下のオグデン・スリップ(参考)やミシガン湖を見下ろすことがあった。そして、デュバル通りのファット・チューズデイ(参考)のサンデッキに横たわってる自分の姿を想像する。着ているのは、紐みたいなビキニとハイヒールだけ。ピニャ・コラーダ(参考)を啜りながら、アイランド・ミュージック(参考)を聞いている。日は照り、空気は熱く、誰もが、いつも決まって午後5時に降りだす雨を待ち望んでいる。

そして、私の心はと言うと、通りのはずれにある古い映画館を思い浮かべている。そこでは、ドラッグ・クイーンのショーをしている。私は、あの魅惑的な茶色の瞳を思い浮かべ、あの種の人生が彼女には魅力的に感じられるのだろうかと考える。彼女は自ら進んであれをする気になるだろうか? 彼女は、私を抱きしめ、私を安全で居心地良く、そして幸せな気持ちにするためにすべてを捨てる気になるだろうか? 私はどうだろうか? 私の心の中では、弁護士たちが言うように、少なくとも、「訊いて、答えは得ている」。でも、すぐに、彼女に会いたくて心が疼いた。今でも、そう。

ただ、成り行きにまかせるの。…そして、流れがあなたをどこに連れていくか、見ていればいいの。


おわり
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