「ジャッキー」 第10章 Jackie Ch.10 by Scribler 出所 第1章第2章第3章第4章 1/2 2/2第5章第6章第7章第8章第9章
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これまでのあらすじ
ジャックは妻アンジーの浮気現場を見てショックを受け、彼女と知り合った頃を回想する。彼は法律事務所のバイト、アンジーはそこの上司だった。仕事を通じ親密になった二人はやがてステディな関係になったが、その過程でジャックはアンジーに女装の手ほどきを受ける。ジャックはジャッキーという呼び名をもらい、アンジーと一緒のときは女性になることを求められる。女装してショッピングをし、クラブへ行き男性とダンスもした。そして彼女はアンジーに初めてアナルセックスをされ、オーガズムに狂ったのだった。

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月曜日はとても落ち込む日だった。次の週末までアンジーと夜を過ごすことができないと思うと落ち込んだ。平日に彼女と会うと、次の日の朝、出勤しなければならないのに夜にアンジーの家に行くことになり、非常に時間が無駄になる。そのため愛し合えるのは週末だけと合意していた。その日の朝、ネイル・アートを落としながら僕は泣きそうになった。アンジーは、たった5日もすれば週末になるんだからと僕を慰めた。

続く2週間で、僕とアンジーの間に計画ができていた。最初の週、僕たちは毎晩、一緒に夕食を取りに出かけていたのだが、その週の後は、アンジーは僕に僕の名前が入ったクレジットカードをくれたのだった。支払いは僕がする形を取らせてくれたのである。アンジーは、誰にも僕が彼女のヒモだと思ってもらいたくないからと言っていた。

週末は、いつもの通り、僕は完全にアンジーのガールフレンドになった。ふたりでショッピングに出かけたり、ディナーを食べたり、一緒に映画を見たり。ふたりでダンスに出かけることも多かった。週末は楽しく、基本的に僕は週末にアンジーのために女装できることを思いながらウィークデイを生き延びている感じだった。

感謝祭の休暇は素晴らしかった。火曜日の午後5時に退社し、次の月曜日の午前9時まで丸1週間休みだったから。その週末はずっとジャッキーとして過ごした。まるで夫婦のように、アンジーと一緒に感謝祭のディナーを作り、休日を祝った。月曜日が来ると僕はすっかり落ち込んでしまったし、アンジーも同じ気持ちだろうと思ったが、彼女は何も言わなかった。

クリスマスから新年にかけての休暇は、ほぼ2週間、会社が閉まる。アンジーはその期間、どこかへ旅行に出かけようと計画を立てていた。彼女はその計画を6月から決めていた。もちろん、6月時点では僕はまだオフィスにいなかったわけだから、彼女の計画には僕は含まれてはいなかった。

アンジーは僕と一緒でなければ行かないと言って、僕も連れて行こうとしたが、僕の飛行機のチケットが取れず、困っていた。僕のチケットが確保できたのは、旅行の二日前というギリギリになってからだった。そもそも、一緒に旅行に行けると思っていなかったので、ふたりとも大慌てで荷造りをしなければならなかった。

それから10日間、僕は南国カリブの島でアンジーのボーイフレンドとしてすごした。彼女は、僕に、数日ほどはガールフレンドとしてすごして欲しいと思っていたが、それはできなかった。女装してしまうと女になった僕がどこから現れたか説明できなくなってしまうからである。

島での最後の日、パティオでディナーを食べていた時、アンジーが僕の手を握った。

「ジャック? 私、そろそろ職場の人に私たちがつきあってることを言おうと思っているの。戻ったら、管理担当の人に私たちのことを伝えるつもりよ」

この件については、ここ2ヶ月ほど、何度か話し合っていた。僕としては、それを申し出ても、どのように受け取られるか確信がなかった。規則としては明記されていないものの、一般的にはカップルが同じ職場で働くことはできない。でも、僕たちの会社ではそのような規則があるというのは聞いたことがなかった。ただ、アンジーがそういうことを言いだすと、彼女の職歴に傷をつけることになるかもしれないと心配した。

「それは知ってるわ…」 彼女は僕が心配そうな声で言うのを聞き、言った。「でも、会社の人に知っててもらいたいのよ。あなたに私のところに引っ越してきてと言う前に。驚かしたくないもの。それに加えて、もし会社がダメと言ったら、私、喜んで自分の会社を立ち上げるつもりでいるの」

アンジーの言葉に僕はびっくりしてしまった。アンジーが自分で会社を立ち上げるというのも、確かにそれ自体、驚きだったけれど、それはそれほどではない。むしろ、僕と同居するという言葉の方に驚いていた。確かにそうなったらいいなと思ったことはあったけれど、それは単なる高望みにすぎないと思っていた。アンジーもそのようなことを考えていたとは、全然知らなかった。

あまりに驚いていたので、しばらく何も言えずにいた。それを見てアンジーが訊いた。

「何かまずいかしら? 私が自分の会社を持つのは、できないことかしら?」

「いや、そんなことはないよ。君ならすぐに成功できると思う。……そちらでなくて、本当に僕に引っ越してくるよう頼もうと思っていたの?」

「この2週間ほど、ずいぶんそのことを考えたのよ」 とアンジーは僕の手を強く握った。「いつも月曜日になって仕事に戻るときにあなたがとても気落ちしているのを見てたわ。私もあなたと同じ、月曜日が大嫌いなの。だから、そろそろ一緒に暮らしてもいいかなと思って。そのほうが理にかなってるでしょ? そう思わない?」

「もちろんそう思うけど、でも僕は当事者だから。偏見があると言えるから」と冗談っぽく言った。

アンジーは笑い出した。「私も偏見があるわよ。どうしてもあなたとジャッキーをいつも自分のそばに置いておきたい気持なんだから。来週の週末には私のところに引っ越してくるべきよ。でも、いままで家賃で払っていたおカネは自分で取って置いてね。それは学費のローンにあてるの。あの利息、払う必要がないのに払ってるのを見るのはイヤなの」

僕は彼女の言うことに完全に同意だった。

職場に戻った最初の日、アンジーは管理担当のところに行き、僕たちが付き合っていることを伝えた。アンジーによると、担当者はこの上なく喜んでいたらしい。それに彼女が仕事を辞める理由はどこにもないと。すぐに噂が会社中に広まった。とうとう、あの女王様が僕に手なずけられたと。もちろん、彼女が僕を手なずけたというのが実情だったのだが……。

次の週末、僕はアンジーの家に引っ越した。それほど荷物があったわけではない。もちろん自分の衣類はあったが、その大半はアンジーに買ってもらったものだ。ほんのわずかな個人的持ち物の他はすべて、同じアパートに住んでいた人に譲ったか、ただ捨てたりした。アンジーは、僕が敷金を回収できるようにと、アパートを清掃するサービスを雇った。

引っ越から2週間後のことだった。土曜日の午後で、僕はひとりで家にいた。アンジーは会社のパートナーとの大変重要な会議があるとのことで不在だった。会社の誰もが知っていたことだが、その日は前年度の収益を分けあい、下級職員も含めて、全社員にボーナスとして分け与える日だった。

家には僕だけだし、夕方遅くまでその状態であるのを考え、その日は家の掃除をすることにした。家の中はそんなに汚れていたわけではなかったが、塵払いや掃除機がけは充分にしなければならない状態だった。一階部分はあっという間に終わり、寝室を掃除するため、二階に上がった。

寝室の床に掃除機をかけていたら、ベッドの下にアンジーのハイヒールが転がっているのを見つけた。そこで、それを彼女のクローゼットに戻そうとそこに入ったのだが、改めて考えると、彼女のクローゼットに入ったのはその時が初めてだった。

そこは大きなウォークイン・クロゼットで、ドアの左右にいろいろなものを吊り下げる空間があった。クローゼットの奥には、畳んだものを置く棚がいくつもある。

彼女の靴をあるべきところにしまった後、ふとその棚の方に目をやった。棚の一つに、アンジーのストラップオンのベルトと偽ペニスがあるのが見えた。その棚には、まだ見たことがないディルドが他に3本置いてあった。皮で縁取りされた手錠が一つと雑誌も数冊置いてあった。

その雑誌を一冊とって見てみたら、女装を扱ってる雑誌だと分かった。表紙を見ると、男性がメイクをするときのコツを扱った記事の特集号だった。多分、アンジーが情報を仕入れたのはこの雑誌からだったのだろうと思った。他の雑誌も合わせて3冊ほど取り、寝室に戻って、それを読むことにした。ひょっとすると僕自身も何か得るところがあるかもしれないから。

最初の2冊はとても情報量が多かったけど、そこに書かれていることはすでに大半知っていることだった。三冊目の雑誌も情報量が多かったが、最初の2冊とは別の意味でである。その雑誌は「シシー・ワールド」という雑誌で、男性を泣き虫のシシー(オンナ男)に変える方法を扱っていた。(参考サイト:Sissy World、あるいはこちらか?

その雑誌には、実際の言葉より写真の方が多かった。女性の服装をした男たちが写っている写真。かなり淫らな写真もあった。その女装男性たちは、他の男や自分たちの妻や恋人たちに強要されて様々なことをさせられていた。妻や恋人たちと言ったが、この雑誌での言葉使いで言うと、女王様たちと言うらしい。

記事の中では、その女王様と呼ばれる女性たちが、自分が調教したシシーとセックスしたり、シシーに他の男とセックスさせたりする様子が描かれていた。女王様は他の男と、シシーを役立たずと罵り、あざ笑いながらセックスすることもあるらしい。

いずれにしても、どの記事もシシーと呼ばれる男たちに対して非常に侮蔑的なものだったし、どうしても僕はそのシシーたちと同類ではないかと思ってしまうのだった。どんなことを言っても、アンジーは僕にかなり似たことをしてるんじゃないか? 彼女は僕をシシーに変えようとしているのではないか?

でも、本当に不思議なことではあったのだが、僕は、その写真を見て不快感を感じていた一方で、奇妙に興奮してもいたのである。その雑誌を開いて、身体を縛られたシシーを見た瞬間から、ペニスが勃起していた。ページを捲り、新しい写真を見るたび、僕の両手は震えていた。そんなふうにしていた時、僕はアンジーに見つかったのだった。

僕は二階にいたので、アンジーが家に入ってきた時の音は聞いていなかった。彼女は、僕がお昼寝をしてるのかもしれないので、音を立てずに二階に上がってきたのだと言っていた。彼女に見つかった時、僕はAライン(参考)のミニスカートとカシミアのクロップ・トップ(参考)のセーターを着てベッドに横たわっていた。

僕が気づく前にアンジーは部屋の中にいた。

「ねえ、何を持ってるの?」

彼女はベッド脇に立っていて僕を見下ろしていた。僕はすぐに雑誌を閉じ、できるだけ嫌そうな声を出して言った。

「これが君の調教マニュアルのようだね」

彼女が雑誌の表紙を見た瞬間の目の表情から、彼女が僕が読んでいた雑誌が何であるか分かったようだった。

たいていの人なら、そんな場合、その雑誌にどんなことが書かれてるか知らなかったと言い張るだろうし、勝手に個人の持ち物を盗み見した僕を責める人もいるかもしれない。だが、アンジーはそういう普通の人とは違った。落ち着き払ってベッドに腰掛け、その雑誌を手に取った。

アンジーがどんな答えをしようかと考えているのが見て取れた。1分ほど黙っていた後、彼女は口を開いた。

「これが見つかっちゃって、残念だわ。これを買ったその日のうちに捨てておくべきだったわね…」 と言い、ベッドにあった他の雑誌を指差して、続けた。「…これは、そちらにある雑誌と同じようなものだと思っていたのよ。あなたの女装関係の参考になるものだと。セックス雑誌だったとは知らなかったの」

アンジーの言う理屈は筋が通っているように聞こえたし、正直言って、僕も彼女を信じたかった。僕が愛する女性が、僕にこんなことをするなんて想像すらできないから。

「つまり、君は、僕にこういうことはしたくないと思っていると。そうだよね?」 僕は彼女がその通りよと言うのを期待して訊いた。

「ええ、もちろんよ。あなたにそういうことは絶対にしないわ」

アンジーはそう言って、雑誌を開き、一枚の写真を指差した。その写真では、シシーがロープで縛られ、猿轡をされて、ひざまずいていた。女王様の女性がそばに仁王立ちして、乗馬鞭を手に彼の尻を叩くポーズを取っている。その男性の尻頬に赤い筋が幾本もあることから、彼がすでに数回鞭打ちされているのが分かる。

「ねえ見て…」とアンジーはそのシシーを指差して言った。「私があなたにこんなことをしたことがある?」

もちろん僕は首を左右に振った。

「もし私がこういう行為が好きだったら、この3カ月の間に一度くらい試みたはずだと思わない? あなたのために選んで、あなたのために買ってあげた女装用の服で、何かあなたの気分を害したことあったかしら?」

再び僕は首を左右に振った。「もちろん、そんなことは一度もなかった。君が僕のためにしてくれてるのを知って、僕はとても運がいいと思っている。君も楽しんでいるのは知っていたけど、そもそも、もしも僕が拒んだなら、君もこういうことを始めなかったと思う」

よく冷静になって考えると、アンジーが言うことが正しいと思えるようになっていた。

「アンジー、ごめんなさい。多分、勝手に想像をたくましくしてしまったみたいだ。君は僕にこういうことをしたことがなかったし、今までしようと思ったらいつでもできたはず。それなのにしなかったというのも分かった。疑ったりして、ごめん」

「私こそ、こんなもの取っておいててごめんなさい。今夜、家に戻ってきた時に、暖炉で全部燃やしちゃうわね」 とアンジーは僕を抱きしめた。

「これからどこに出かけるの?」

「あなたとディナーに出かけようと思ってるの。とっても良いニュースがあるのよ。外食して一緒にお祝いしたいと思って」

どんなニュースかと訊いたが、彼女は答えようとしなかった。「どこに行くのかなあ。それに、どんな服を着て行くべきなんだろう?」

自分の衣類を選ぶときになっても、どんな服を着て行くべきか、アンジーから答えをもらっていなかった。だが、彼女は、僕の迷いを知っていたようだった。つまり、ジャックとして出かけるのか、ジャッキーとして出かけるのか、という迷いである。確かにアンジーはいつも、それは僕自身が決めることと言っているが、それでも前もって彼女自身の好みを伝えることが多い。

「あなたも知っての通り、私はジャックと一緒にいても、ジャッキーと一緒にいても、どちらでも幸せなの。でも、今夜はできたらジャックにそばにいてほしいわ。このニュースは彼にも関係のあることだから」 と彼女は僕の頬にキスをした。

出かける支度をするのに少し時間がかかってしまった。まずは、前の日に施したお化粧やネイルを全部落とさなければならなかった。その頃までには、自分の爪もかなり伸びていたので、よっぽど長い爪をつけたいときでないなら、つけ爪は不要になっていた。逆に言えば、自分の爪なのでいちいちマニキュアを落とさなければならない。それに偽乳房を外すために接着剤の融解液も使わなければならなかった。さらに、シャワーも浴びなければならなかった。

いま着ている服は、アンジーと出会ったときに着ていた服とはずいぶん変わってしまった。今のスーツは、以前のスーツの3倍は高額な高級服だ。アンジーは僕のスーツは高級品でなければいけないと強情だったのである。シャツも高級品だったが、中に着ているランジェリーが隠れる生地に限定されていた。ネクタイも、以前のポリエステル製のネクタイではなく、シルク製になっていた。耳には以前はゴールドの鋲ピアスではなく、クリスマス・プレゼントとしてアンジーからもらったダイアモンドのピアスがついている。

ズボンの長さは5センチほど長すぎになっている。僕の靴が7センチ半のハイヒールになってるのを隠すためにそうなっている。これを履くと、アンジーがハイヒールを履いても、だいたい同じ背の高さになれるのだった。アンジーは、僕が彼女より少し背が低いことは全然気にしていなかったが、同じ背の高さになれば周りの人たちの視線を気にしなくても良くなると言っていた。

アンジーもシャワーを浴び、ディナーに向けて着替えをした。彼女は赤ワイン色のニット・ドレスを着た。裾が膝上10センチくらいまでのワンピースだった。胸元がざっくり開いたネックラインで、胸の内側のかなりの部分が見えるデザインだったし、ニットなので身体に密着し、彼女の体つきを完璧なまでに強調して見せる服だった。

首の周りにはゴールド製でハート形のロケットをぶら下げていた。そのロケットは僕からのクリスマス・プレゼントで、中には僕の写真が入っている。靴も赤ワイン色で、ヒール高7センチ半のパンプスだ。あまりにヒール部分が細いので、本当にそれを履いても折れないのだろうかと心配になりそうなほどだ。

いつものデートと同じく、この日もアンジーが車を運転し、レストランに向かった。彼女はドライブが好きなので、決して運転席を他の人に譲ったりしないのである。僕の方は、それは全然気にならない。むしろ、彼女が運転している間、ずっと彼女のことを見ていられるので好都合だと感じている。そんなことを言うと、たいていの男性なら苛立つだろうとは思うが、彼らは僕が見ている女性を見ているわけではないのだ。

僕たちが行ったレストランはアンジーのお気に入りの店だった。その店では僕たちは優名人である。というのも、この3カ月ほど、週に1回か2回はその店に食事に行っていたからである。僕は、その店にはいつもジャックの姿で現れていたので、ジャッキーは一度も行ったことがない。

入り口でコートを預けた後、アンジーは僕の腕に腕を絡ませた。そしてウェイターに連れられてテーブルへと案内された。テーブルへと歩いている間、アンジーが囁いた。

「ジャック? 席についたらドン・ペリニョンを1本オーダーして」

これには驚いた。アンジーは普通シャンパンを飲まない。シャンパンは特別な時のためのものと彼女は言っていた。それに、だしぬけにドン・ぺリニョンを注文するのではなくて、このように予告するとは。これは、何か本当に特別なことなんだろうと思った。席につき、僕はウェイターにシャンパンを注文したが、彼の方も驚いていたようだった。僕たちがシャンパンを注文したのは、これが初めてだったからである。

シャンパンが注がれ、料理の注文を終えた後、アンジーはグラスを掲げ、こう言った。

「おめでとう、ジャック! あなたは上級調査士に昇格よ!」

一瞬、呆気にとられていた。昇格の話しすら聞いていなかったのに、いきなり昇格になっていたのだから。そして、その地位に上がるということは、アンジーの元では働けないことになると思った。上級調査士は正規法律士の元で働くのであり、アンジーはまだ准法律士だったのだから。

アンジーは僕がグラスを取ろうとしないのを見て、尋ねた。

「どうしたの? 昇格、嬉しくないの?」

「あんまり。だって、そうなると、もう君のために働けなくなるから」

アンジーはあの温かみのあるまぶしい笑みを浮かべた。

「会社に、あなたは昇格を受け入れて私の元を離れるなんてことはしないでしょうと言ったの。そうしたら、私も昇格させなくてはいけないなと答えたのよ。私も今はアレン・アレン・アンド・ロジャーズの正規法律士になったの」

この知らせには驚いた。「それはすごいよ、アンジー。とても嬉しいよ」

「私も嬉しいわ。ふたり一緒にというのがとても嬉しいの。私が昇格できたのもあなたのおかげなのは明らかね」

アンジーはシャンパンを一口啜り、話しを続けた。

「どうやら、会社では最初の女性正規法律士を加える用意ができていたらしいんだけど、レスビアンは困ると考えていたようなの。私がジャックと付き合っていて、今は同居していると言ったら、会社の人は私がレスビアンではないと踏んだらしく、昇格させてもかまわないと判断したようなの。もう、分かるでしょう? あなたが私のところで働いてくれなかったら、私は正規法律士になれなかったわ」

その話し、正直、どこまで本当なのか僕には分からなかった。だけど、彼女と言い争うつもりはなかった。僕たちは、互いの成功を祝って、乾杯した。

とても楽しくディナーを食べた後、ふたりで1時間か2時間ほどダンスをした。ダンスの後、家に戻り、まるで初めてセックスの喜びを覚えた10代の若者のように愛し合った。東の空、明るくなる頃になっても、まだ僕たちは愛の行為を続けていた。そして、その後、すっかり疲れ切った僕たちはシャワーを浴びる力も果てて、そのまま意識を失い、眠ってしまった。ふたりとも、全身、汗と体液にまみれたまま。

その2週間後はバレンタインデーだった。それが土曜日にあたるのを見て、僕はアンジーのために何か特別なことをしようと思った。僕はあるアイデアを持っていて、それは、僕がフレンチ・メイドの服装になって、アンジーに一日中ご奉仕するというアイデアだった。実のところ、そのアイデアは「シシー・ワールド」の雑誌から得たものだった。あの雑誌の中にメイド姿になった人の写真があったのを思い出したのである。

どこに行けばメイド服が買えるのか分からなかった。だけど、以前、アンジーがギャフ(参考)を買ったお店に行けば帰るかもしれないと思っていた。アンジーはあの後もギャフを買い足しに2回ほどあの店に行っており、コスプレ用の服も含めていろんな衣類を売っていると僕に話していたから。

でも、自分でメイド服を買うというのは勇気がいることで、僕はずっと買いに行くのを先延ばししてしまい、結局、その店に入ったのはギリギリで、バレンタインデーの前日だった。

店に入る時、どれだけナーバスになっていたか、話しても分かってもらえないと思う。実際、店の近くの道路に車を止め、店に入る勇気を奮いだすため、30分近く車の中にいたのだった。なんだかんだ言っても、その店は女装する男性のための店なのである。店の人がメイド服は僕が着るものだと思ったら、僕はどうしたらよいのだろう。結局、僕は、ガールフレンドのために買うと店の人に言うことに決めた。

ようやく勇気を振り絞って、店に入った。最初に僕があっと思ったのは、その店の匂いだった。皮製品のムッとする匂いやラテックス製品のツンとくる匂いである。この二種類の匂いに隠れて、わずかにラベンダーとシナモンの香りがした。

僕が入って行った店の部分は、奥の方にあるセクシュアルな装身具が飾ってある部分だった。ストラップオン用の革ベルトが数点飾ってあった。いずれも大きなディルドを装着した形で飾ってある。もちろん他にも様々なディルドやバイブが飾ってあった。

さらに奥手に進むと、アンジーが言っていた通り、様々な種類の衣類でいっぱいの部分が出てきた。女性の足には大きすぎに見えるものの、デザインは明らかに女性用の靴もたくさんあった。

コスプレ用のコスチュームはどこにあるんだろうと見回していると、突然、後ろから肩をとんと叩かれ、僕はびっくりして跳ね上がりそうになった。振り向くと、非常に背が高い中年女性が立っていた。180センチは軽く超える背の高さ。ハイヒールも履いているので、190から195センチはありそうに思った。長く美しいブロンドの髪の毛をしてて、肌は白く、瞳は青で、サクランボのような色の唇をしていた。その笑顔はとても温かみがある。

僕がびっくりした顔をしてたのを彼女が見たのは確かだろう。

「びっくりさせてごめんなさい。ここでは何も怖がるべきものはありませんよ。噛みついたりしないから。うふふ。私の名前はアンナです。何かお探しのものでも?」 と彼女は握手を求めて手を差し出した。

「僕は、その……メイドのコスチュームを探していたんです。……僕のガールフレンドに送るための…」 と、説明したが、言葉がたどたどしくなっていた。

アンナはぱっと明るく笑顔になって言った。「ふーむ、あなたなら、メイド服を着たら素晴らしいでしょうね。フレンチの…」

「あ、いや、…ええ、そう、フレンチメイドの服です。ですが、それは僕ではなくて僕のガールフレンドのためであって…」

アンナは右手をのばして、僕の左のイヤリングに触れた。「もちろん、そうでしたわね。あなたの可愛いガールフレンドのため。…では、一緒に来てください。いくつかお見せしますわ」

アンナは僕の前に進み、僕はその後に続いた。彼女は、過剰に腰を振りながら歩いていた。意識的に腰を振っているようにすら見えた。僕には、アンナは実にいいお尻の形をしていると思われたし、その長い脚も相まって、後ろをついて行く僕には素晴らしい眺めだった。

皮製品のコーナーを過ぎ、多数のメイド服が置いてあるコーナーへと入った。アンナは、そこで止まり、僕の方を振りむいた。

「御覧の通り、うちにはメイド服を多数セレクトしてあります。それで、あなたの…、あ、いや、あなたのガールフレンドの服のサイズをお教えいただけますか?」

「ええ、彼女はたいていの服ではサイズ5を着てるんです」 もちろん、そのサイズは僕の服のサイズだった。

アンナは笑顔で言った。「ということは、あなたと同じサイズなんですか?」 

僕は頷いた。

「何か特別なスタイルのものをお探しなのでしょうか? それともバレンタインデーのためのものでしょうか?」

「バレンタインデーのためです。彼女はたぶんその日限りで、後は着ないと思うから」

「まあ、お優しいのね。たまたま、バレンタインデーにぴったりの可愛い服が入ったところなんですよ」

アンナは、コスチュームの棚を探し、中から一着、取りだした。

「これです。それにサイズも、ちょうどお求めのサイズ5」

そのメイド服は、さくらんぼ色のサテンでできていた。白いレース製のハート形のエプロンがついている。襟の周りと短い袖のそで口にレース飾りがついていた。スカートはミニというより、マイクロと言ったほうが正確で、スカートの中には固いクリノリン(参考)が数層、備わっている。とてもセクシーそうに見え、僕はただちにそれを買うと伝えた。

アンナはまた笑顔になった。

「お好きになると思っていましたわ。では、ちょっと試着してみませんか? あ、そうでした。ごめんなさい、あなたのガールフレンドのためのものでしたね? うちには、ご自分のために可愛い服を買っていかれる男性のお客様もたくさんいらっしゃるものですから、つい。ごめんなさいね。うちが異性装関係を扱っているのを、ご存じでしょう?」

「それは聞いたことがあります。でも僕はそれとは違いますから」 と言ったものの、アンナはこのメイド服は僕のためのものとすでに知っているような気がしてきていた。

彼女は訳を知ってるような笑みを浮かべた。

「もちろん、お客様は違いますわよね」

そしてメイド服を見て続けた。「私なら、福に125ドル払う前に、一度試着してみたいと言うと思いますわ。だって、バレンタインデーのサプライズとして用意したのに、全然似合わなかったら最悪ですもの。そうなったら、せっかくのバレンタインデーが台無しになってしまうと思いませんか?」

もちろんアンナが言うことは正しかった。家に持ち帰った後になって、服が似合わず、アンジーを驚かすことができないとなったら困る。どうして、ギリギリの前日まで先延ばししてしまったのだろうと、自分を罵った。もう数日前にこの店に来ていたら、家に持ち帰って試着し、似合うかどうか試せたのに。もちろん、そのことはアンナには話さなかった。

アンナは、まるでたった今、思いついたかのように、こう言った。

「どうやらあなたとあなたのガールフレンドは全く同じサイズのように思いますわ。うちにはたくさん男性客もいらっしゃいますので、私はそのサイズ調節がとても得意なんです。あなたとあなたのガールフレンドは、同じ服を着れると思いますよ。たとえば、ガールフレンドさんのジーンズを自分のジーンズ代わりに履いたこととかありませんか?」

僕は、メイド服を試着する方法として、彼女のアイデアに飛びついた。「ええ、何度かあります」

アンナは再び満面の笑顔になった。「それなら、サイズ的には合うかどうか確かめられますわよ」

僕が頷いた。

「良かった。では、そのメイド服を試着室に持って行って、試着してみてください。ちゃんと合うようでしたら、お客様のガールフレンドにも合うこと、請け合いです」

「どうかなあ…。誰かに見られたらどうなるの?」 と不安げな声で訊いた。だけど、内心では、ぜひアンナが言うとおりに試着してみたいと思っていた。

アンナは服を僕に渡しながら言った。「ぜひ、試着してみください。もっと言えば、試着していただくまでは、売るつもりはございませんから」

僕がコスチュームを受け取ると、アンナは僕の背中を押すようにして試着室に連れて行った。

「さあ、中に入って、試着してみてください。誰も見てませんから。似合うかどうか分からない場合は、私にお声をかけてください。私の感想をお伝えいたします」

とアンナに言われたけど、声をかけるなんて絶対しないだろうなと思った。

試着室にはカギがついていたので、中に入るとすぐにロックした。部屋は試着室にしてはかなり大きな部屋だった。横幅も奥行きも2メートルほどあり、ドアの左側の壁には大きな鏡がついていた。

部屋の中を見回し、隠しカメラや覗き穴がないか確かめた。神経質すぎるのは分かっていたけど、着替え室でスーツ姿から女性用のドレスに着替えたことなど一度もなかったのだから、しかたない。盗み見されてはいないと確信した後、スーツを脱ぎ始めた。

スーツの下には元々ストッキング、ガーターベルト、パンティとキャミソールを着ていた。もっと言えば、アンジーとデートし始めてからほとんどいつもインナーはそういう格好をしていた。なので、そのままメイド服を着れば、だいたい、どんな格好になるか完成版が分かる。多分コルセットをつけるだろうけど、今はそれがなくてもあまり見栄えに影響はない。

メイド服を着て、チャックを締めて見た。ほとんどパーフェクトだった。胸元が少しゆるめだったけど、家に帰ってBカップの偽乳房をつけたら、この部分もいい感じになるだろう。思った通り、スカートは非常に短かった。実際、スカートの裾からストッキングの付け根がのぞいていた。クリノリンのおかげで、スカートがほとんど水平と言っていいほど広がっていたけど、それもまたこの服のセクシーさを増しているところでもある。

よく見ると縫製もしっかりしているので、多分、コスプレとして着るよりは、もっと頻繁に着られるように作られているものだと思った。いいと思った。まさに求めていたものだと思った。これを着たらアンジーも喜ぶだろうと思った。

メイド服を脱ぎハンガーにかけて、スーツに着替えた。その時になって、アンナがどうですかと声をかけるのが聞こえた。僕はドアを開け、この服で大丈夫と答えた。

アンナに連れられて元のカウンターに戻ると、そこにはメイド服と同じ色のコルセットがあった。それに赤いストッキングと、白いレースのカップのようなものもあった。

アンナはそれを手にして言った。

「これはそのメイド服とお揃いになってる帽子なんですよ。それにメイド服の下につける、お揃いのコルセットとストッキングもお買いになるかなと思いまして。ブラジャーについてはサイズが分からないもので。それに、パンティの方も、フレンチ・カット(参考)がお好みか、ソングのタイプがお好みかが分からなかったので」

どういうわけか、アンナの話しを聞いてるうちに顔が赤くなってしまった。「僕が着るものではないんですよ」

「うふふ…。もちろんそうですわね。でも、独身の女性でバレンタインデーにフレンチ・メイドの服を着たいと思う人は、いませんわよ。普通ならお菓子とかジュエリーとかお花とかを求めます。本当にお客様のガールフレンドにこれを着せたいのなら、その3つ全部揃えた方がよいと思いますよ」

「花は明日配達されるはずだし、すでに大きなハート形の箱に入ったお菓子が家にある。それから、ここを出た後、ブレスレットを買いに行くつもり」

「それでこそパーフェクトな男性です。さて、ソングになさいますか? それともフレンチ?」 とアンナは両方のタイプの下着を出して見せた。

本当のところ、コルセットもバンティもブラも必要なかったけど、色がメイド服にマッチしているのを見て、どうしても買わずにいられなくなった。アンナにフレンチ・カットが欲しいと言った。これは僕の好みから。それにブラのサイズも教えた。アンナはレジに全商品の値段を打ちこみ、すべてをギフト用の箱に入れ、赤いリボンで結んだ。

その箱を僕に渡し、アンナは言った。

「お客様とお客様のガールフレンドさんがお楽しみになりますように。でも、その彼女が、この服をお客様に着せようとするかもしれませんよ。その時は驚きになりませんように。異性装は男性、女性のどちらにとってもとても楽しいことになるのが多いんです」

僕は、そそくさと礼を言い、店を出た。

まだジュエリー・ショップに寄らなくてはいけなかったし、すでに時間も遅くなっていた。もっとも、僕が遅くなってもアンジーにはあまり問題ではなかったが。

ブレスレットを買った後、家に車を飛ばした。家に着いた時、すでにアンジーは帰っていて、寝室にいた。これは幸いで、僕は彼女に見つからないように、メイド服が入った箱を予備の寝室にしまうことができた。


つづく
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