「ジャッキー」 第12章 Jackie Ch.12 by Scribler 出所 第1章第2章第3章第4章 1/2 2/2第5章第6章第7章第8章第9章第10章第11章
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これまでのあらすじ
ジャックは妻アンジーの浮気現場を見てショックを受け、彼女と知り合った頃を回想する。彼は法律事務所のバイト、アンジーはそこの上司。仕事を通じ親密になった二人は交際を始め、その過程でジャックは女装の手ほどきを受け、ジャッキーという呼び名をもらう。アンジーとは女性としてデートし、外出もした。そしてアンジーに初めてアナルセックスをされ、オーガズムに狂う。やがて二人は同棲を始めた。ジャッキーはバレンタインデーの贈り物として一日アンジーのためにメイドとなるが、期待に反してまるで性奴隷のように扱われたのだった。

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翌朝、目が覚めたが、目覚まし時計が鳴っていなかったのに気づいた。時間を知ろうと時計を見ると、すでに9時半。僕は驚いて、息つぐ間もなく跳ね起き、ベッドから飛び出した。何から始めてよいか分からず、部屋の中を駆け回りながらアンジーに声をかけた。

「アンジー、時間だよ。もう遅くなっている。目覚ましをセットしたと思ったんだけど…」

「いいえ、大丈夫よ。ねえジャック、ベッドに戻って、私を抱いて…」 アンジーは眠そうな声を上げた。

「嘘じゃないよ。アンジー。もう9時半なんだ」 と僕は大きな声を出した。

「分かってるわよ。あなたが飛び起きた時、時計を見たもの。そんなこといいから、こっちに来なさい!」 アンジーはちょっと命令口調になって言った。

ちょっと考えて、どうやらアンジーは何か隠し事をしているらしいと気づいた。普段なら、一番にベッドから出るのは彼女の方だったから。普段なら、時間より30分も余裕がある時ですら、アンジーは、もう遅れてると文句をいうはずだった。

ベッドに入りなおすとすぐに、アンジーは僕にすり寄ってきた。

「うーん、この方がいいわ。起きるのは、もう少し、こうやって一緒にぬくぬくしてからでいいの」

言われたとおり、しばらくそのまま一緒に抱き合っていた。実際は、そんなに長くではなかったかもしれない。1分も経たないうちに、僕は彼女に訊いていた。

「いったいどういうこと? 普通のアンジーなら、僕より早く起きるはずなのに?」

アンジーは目を開け、溜息まじりに答えた。「多分、私は、仕事より、ジャッキーの方が好きだから。少なくともジャッキーは、私とこうやって抱き合っているが好きなはずよ。彼女なら、仕事に行かなくちゃなんてぜんぜん気にしないだろうし…」

僕は笑ってしまった。「だって、彼女の場合は、そもそも出勤しなくちゃいけないような仕事を持っていないわけだし」

「それも羨ましいことだわ。ジャッキーなら何も仕事をしないだろうし。彼女が会社にいても、職場の男たちを追いかけまわしてパンティの中に誘い込もうとして、一日過ごすかもね」

確かに、ジャッキーが男たちの注目を惹きつける存在だということは分かっていた。

アンジーと一緒にクラブへ出かければ、必ずと言ってよいほど、アンジーと同じくらい、男たちからダンスの誘いを受けてきた。そういう誘いがあった場合、ジャッキーはたいていは上品にその誘いを受け、一緒に踊った。ただ、相手の男が妙に馴れ馴れしい手つきで身体に触れてきた場合は、拒否をしなければならないこともあったが、そういうことはそう数は多くなかった。

クラブが終了の時間になると、家まで車で送ろうとか、一緒に朝食を食べようとかの誘いを何度も、何度も受けてきた。そのような誘いについては、ジャッキーは一切断ってきている。男性とダンスをするのはアリでも、その男と一緒に寝ると言うのは完全に問題外だった。とはいえ、男たちの注目を浴びることは、とても嬉しいことだというのは、否定できない。

クラブで男たちの注目を浴びることについて、そんなことを思っていたら、不意にアンジーが問いかけた。

「ねえ、ジャック? ちょっと立場をスイッチしてみるのを想像してみて?」

「イヤだ!」

意識せず大きな声になっていた。ちょっと防御的な声に聞こえたかも知れない。

「うふふ…、たぶんジャックならそう言うでしょうね。でも、ジャッキーはどうかしら? 適切な男とだったら、そうは言わないように思うわ…」

僕は、男に気があるように取られるのは心外だと、向きになって反論した。多分、自分はストレートなのだと強調しすぎてる言い方になっていたと思う。その間、アンジーはずっとあけすけに笑いっぱなしだった。

「さあ、そろそろ起きましょう。シャワーを浴びなくちゃ」

僕たちが、いつからジャックとジャッキーを二つの別個の人格のように呼ぶようになったのか、はっきりしない。僕がアンジーのところに越してきた頃だったと思うけど、正確な日付は分からなかった。これも、そもそも、決まった日から始まったことではないのかもしれない。徐々に変化が進行し、いつの間にかこの段階に到達していた、というのが本当なのかもしれない。

ただ、ジャックとジャッキーの間にははっきりした違いがあるのは確かだった。ジャックの方は、規範を重んじるタイプだ。物事を決まったやり方で片づけるのが好きだし、決められた時間までに、あるいはそれより前に片づけるのを好む。一方、ジャッキーの方はずっと自由なタイプだった。どんな形であれアンジーが望む形にするのが好きで、喜んでそうする。言うまでもなく、ジャッキーの方がはるかに女性的で、一緒に抱き合ったり、たくさんキスし合ったりするのが好きだった。事情が許すなら、一日中でもアンジーとベッドの中で過ごすこともでき、決してそれに飽きることもない。ジャックにはそれができないと言ってるわけではないけど、ジャックにはそうするチャンスはまったくなかった。週末はジャッキーの時間であり、ウィークデイはジャックの時間だったからである。

自分の心のこのような動き。多分、精神科医にかかることにしたら、僕の心は、その医者に優れた事例を提供することになるだろうと思う。もっとも、僕は、精神医にかかろうという必要性は全然感じていなかった。自分の身に起きていることが、心から気に入っていたし、その状態を変える気などまったくなかったからである。

熱いシャワーをたっぷり浴びた後、アンジーと二人で着替えして、外に出た。彼女は黒革のズボンに白いボタンダウンのブラウスを着て、その下には、ストッキング、白レースのパンティとガーターベルト、そしてそれにマッチしたレース・ブラを身につけた。

僕は、ランジェリーでは黒レースのパンティとガーターベルト、それにマッチしたキャミソール。ストッキングを履き、その上にソックスも履いた。その上からドレッシーな黒いスラックスを履き、上には暗い赤色のポロシャツを着た。アンジーは革ジャケットを羽織り、僕の手を取り、車へ導いた。

その時まで何度か、どうして今日は休みにしたのか訊いたのだけど、アンジーは、私たちはときどき休暇を取る権利があるのよ、としか答えてくれなかった。それに加えて、彼女自身、この前の週末に予定していたことがあったのだけど、僕が土曜日にサプライズの行動に出たので、それができなかったのだとも言っていた。彼女の言い方には、不平を言うような調子はまったくないけど、それでも、彼女は予定していたことをいまだにしたがっているのは、ありありとしていた。

まず、二人であるレストランに行き、そこで朝食を食べた。その後、アンジーは公園へと車を飛ばした。あのケルト人のお祭りが開かれた場所だ。公園へ着くと、アンジーは車から降り、警備員に話しをし、公園内に車を乗り入れるのを許可してもらった。数分、公園内を回った後、彼女が言った。

「ここがあの場所だったと思うわ。ねえ、車から出て、ちょっと歩きましょ」

僕が返事をする間もなく、アンジーは車から出てしまった。

外は寒かった。氷点下2、3度になっていたと思う。地面には雪が積もっていて、見たところ10センチ以上はありそうだった。この2週間ほど雪は降らなかったから、この雪は前に降った雪が解けずに残っていたものに違いない。

アンジーは辺りを見回した。何か目印となるものを探しているようだった。ようやく、彼女は僕の手を取り、言った。

「この場所だと思う」

「何の場所?」

「この場所で私は恋に落ちたのよ。私があなたに初めてスカートを履かせたのが、この場所」

僕は辺りを見回した。そして、この場所にテントが立っていたのを思い出した。そこで彼女にスコットランドのキルトを履くように言われたのである。僕は顔を上げ、彼女の瞳を見つめた。

「あの時は、キルトであって、スカートじゃないと言っていたと思うけど?」

アンジーはヒール高10センチの革ブーツを履いていた。その結果、僕より15センチは背が高くなっていた。どうしてか分からなかったけれど、彼女は、その日、僕より背が高くなるようにわざとブーツを履いてきたような気がした。裸足でも5センチ近く彼女の方が背が高いので、彼女が10センチのブーツを履くと、完全に僕より背が高くなる。

アンジーは僕を見下ろし、あの眩しいような笑みを浮かべた。

「もちろん、あれはキルトよ。でも、あの時、あなたは心の中ではスカートを履いているような気持ちだったんじゃない? あなたが私のためにあのスカートを履いてくれた瞬間、私はあなたに深く心を惹かれたの。あなたこそ、私が探していた男性だと分かったの。私を完全に満たしてくれる人だと」

アンジーは僕を抱き寄せ、強く唇を重ねてきた。そのキスは、どこか切迫していて、彼女が何かを恐れているような雰囲気があった。実際、彼女が小さく震えているのも感じられた。おそらく寒さのせいで震えているのだろうと思ったけど、同時に、そうとも思えない感覚があった。

アンジーはキスを解くと、こう言った。

「ジャック? こういうことは、男性であるあなたが言いだすものというのは知ってるけど、分かってる通り、私たちの関係はそういう風になっていないわ。あなたも私も、提案するのは私で、それに従うか、従わないかを言うのがあなた、という関係であるのを了解している。だから、この件でも、私が一歩先に進めることにするわね。ジャック? 私と結婚してくれない?」

アンジーの素敵な唇から出てきた、この言葉が信じられなかった。前にも言ったけど、実際、僕自身、この件を何回か思ったことはあったけど、真剣に考えたことは一度もなかった。土曜日に、アンジーは結婚の件にちょっと触れたけど、彼女が結婚のことを考えていたこと自体、僕にはまったくの驚きだった。

そして今、彼女が実際に結婚を申し出たのを耳にして、僕は完全にショック状態になっていた。小さな声で「イエス」とだけ言うのが精いっぱいで、それもほとんど聞こえない小さな声になっていた。

僕の言葉を聞いて、アンジーはさらに嬉しそうな顔に変わり、再び両腕で僕の身体を包み、抱きよせた。あまりにきつく抱かれ、僕は呼吸ができないほどだった。同時にキスもされた。情熱的なキスで、唇を重ねると同時に彼女の舌が僕の口の中に入ってきた。まるで喉奥まで到達しようとせんばかりに深く舌を入れてくる。

とても長い時間キスを続けた後、ようやくアンジーは唇を離した。「あなたのおかげで、私、とても幸せよ。さあ、私にこれをあなたの指につけさせて。私たちの約束の印として」

アンジーは上着のポケットから青いベルベットの箱を取り出し、ふたを開けた。中には、男性用の指輪があった。ゴールドのリングで、中央に大きなダイヤモンドがついている。アンジーは指輪を手に取り、僕の左手の薬指にはめた。

指輪をはめてもらった後、僕は彼女に言った。「指輪を贈るのは僕の方だと思うけど」

「普通はそうだけど、あなたも私も、私たちの関係はたいていの人とは違うのを知ってるでしょう? それに、私、おばあ様の婚約指輪を譲ってもらっていて、私が誰かと婚約したら、それをつけると約束しているの。とても思い入れがある指輪なの。だから、あなたが気にしないでくれたらいいと思っているんだけど」

そう言ってアンジーは別のポケットからもう一つ指輪の箱を出した。とても古いもののように見えた。ホコリで赤茶けていて、周辺も擦れてボサボサになっているようだった。彼女はその箱を開けたが、中に入っていた指輪を見て僕は驚いた。

3カラットのマーキーズ・カットのダイアモンド(参考)でリング部分はゴールドだった。ダイア自体は良い状態に見えたけど、かなり由緒のある古いものだというのはすぐ分かるし、リングのゴールドもかなり擦れているように見えた。どうして、彼女に、この指輪は嵌められないよと言えただろう? それに、そもそも僕には、その指輪の代わりに同じ価値の指輪を用意することなどできなかった。

アンジーは手を出し、僕に指輪を嵌めさせてくれた。指輪を嵌めた後、僕たちは再びディープキスをし、互いに相手を深く愛していると伝えあった。

二人とも外に立っていたけど、寒さが耐えがたくなり、ようやく車に戻った。アンジーがエンジンをかけたままにしていたので、車の中は暖かかった。

それから、また、何度かキスをした後、アンジーが言った。

「そろそろ、私からのバレンタイン・プレゼントを上げてもいいかしら?」

僕自身の感覚としては、すでにプレゼントをもらっているようなものだったし、たとえどんなものをもらっても、彼女にプロポーズされたことより上回るものとは思えなかった。 「欲しいと思ったものは、もうすべてもらっているよ。もうこれ以上、プレゼントは必要ないと思うけど」

アンジーは僕にチュッとキスをし、言った。「もう一つだけ、あなたにさし上げたいものがあるの。飾りもの的なプレゼントというより、もっと役に立つものよ」

彼女がどんな物のことを言っているのか、僕には分からなかった。

アンジーは車を動かし、守衛に手を振り、グラウンドから一般道に出た。僕たちは、道路を走る間、安全のために離さなければならないときは除いて、ずっと手を握ったままだった。

気がつくと車は、新車がずらりと並ぶスペースに来ていた。アンジーはレクサスのディーラの店の前に車を寄せた。

車を止めると、ショップの中から高級そうなスーツを着た男が出てきて、アンジーのためにドアを開けた。車から降りると、その男が言った。

「マクドナルド様、ご来店、嬉しく存じます。土曜日に来ていただけるものと、お待ちしていたのですよ」

「私も来ようと思ったんだけど、私のフィアンセがサプライズのプレゼントを用意してくれていて、どうしても出てこれなくなっちゃったの」 アンジーはそう言って、そのセールスマンと握手し、僕のことを紹介した。

「お車は、詳しく点検させまして、店の裏手にご用意してあります。すぐにお乗りできますよ。ちょっとお待ちください。すぐに戻ってまいりますから」 と男は小走りでディーラ・ショップの裏手に消えた。

彼が去った後、僕はアンジーに、「新しい車を買うの?」と訊いた。

「ええ、まあ、そうも言えるわね。車を買うけど、私の車じゃないわ」

どういうことか考えているうちに、先のセールスマンが新車のレクサス300ESに乗ってやってきた。赤いボディで中は黒革仕様だった。後で分かったのだけど、それはオプション装備もすべて完備していた。

セールスマンは車を止め、中から出てくると、キーをアンジーに手渡した。するとアンジーはそのキーをそのまま僕に手わたした。

「ジャック、バレンタイン・デーおめでとう」

唖然として、口がきけなかったと言っても誇張ではない。多分、それでも控えめすぎる表現だろう。口から一言も言葉が出せない感じだった。アンジーもセールスマンも満面に笑みを浮かべて僕を見ていた。セールスマンは、僕が唖然としているのを見て、アンジーに言っていた。「フィアンセ様は驚きのようですね。元に戻られましたら、ショップの中に連れてきていただけますか。書類にサインをしていただきたいので」

セールスマンが去った後、僕は二度ほど生唾を飲み込み、ようやく言葉を発した。「アンジー、これは一体…?」

「単純なことよ。あなたにバレンタインデーのプレゼントとして車を買ってあげただけ。気に入らなかったら、別の色やスタイルのに変えてもいいわよ」 アンジーは明らかに嬉しそうだった。

「アンジー、僕は別に別の車はいらないのに。いまの車で十分なのに」

「うふふ…。あなたの車、10年は古くて、ポンコツじゃないの。もうあれだと、安全とは言えないと思うわ。なんだかんだ言っても、この冬、エンジンがかからなかったことが3回はあったでしょ? あなたが安全で良い車に乗っていると分かるだけで、私はとても気分が休まるの」

アンジーに反論して、あの車を買うのをやめさせようとしてもムリだと思った。彼女がいったん決心したら、それを変えることは不可能なのだから。それに、本当のところは、今の僕の車はダメになりかかっているので、新しいのが欲しいと思っていたところだった。僕が買うとしたら、もっと安い車を買うつもりだけど、それでは、たぶんアンジーはうんと言わないだろうと思う。

アンジーはすでに車の代金を払っていたのを知った。書類にサインをした後、僕は彼女の車の後についてレクサスを走らせ、家に戻った。ディナーに出かけるために、一度、着替えをし、その後、二人でレストランへ向かった。この時は、僕の新車で行った。アンジーが僕に運転させてくれたのは、この時が初めてだった。

レストランの後、家に戻り、深夜まで愛し合った。翌日からは、またいつも通りのスケジュールに戻った。それから間もなくして、社内で、アンジーと僕が婚約したという噂が広まった。ほとんどすべての人から、おめでとうの言葉をかけてもらった。

その次の週末、アンジーは、ジャッキーとしての僕に結婚を申し込んだ。もちろん、ジャッキーは、二つ返事で承諾した。アンジーはジャッキーに女性用の婚約指輪を贈った。1カラットのマーキーズ・カットのダイヤの指輪だった。その指輪を嵌めた瞬間から、僕はジャックの時は男性用の指輪をはめ、ジャッキーの時は女性用の指輪をはめるようになった。


つづく
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